11話:覆いの向こうを見る程度の能力
忠行は賽を投げ、晴明がそれを紙に記録しつつ、奥から道具を引っ張ってくる。
「六、癸、南方に凶星」
忠行が何やら呟く。恐らく賽の目から導かれる占いの結果なのだろうが、少年には何のことかさっぱり分からない。ここで、どこかで味わったような感覚に見舞われる。はて、それはどこであったか、しばし考える少年。
「あ、これ歯科検診だわ」
「お静かに」
「すみません……」
少年のくだらない一言は晴明に打ち消された。
「再び六、壬、転じて南方に吉星」
晴明は神に線を引き、その横に細かく文字を書き込む。そして謎の道具を操作し、その結果をもとにまた何か書き込む。どうやらその道具は計算機か何からしい。
「四、庚、西方に凶星」
忠行はまた賽を放る。
「一、丁、南方に凶星」
「同じく一、戊、東方に吉星」
「五、乙、北方に凶星」
賽を6回振った所で忠行は一度それを置き、横にある箱を少年に差し出す。
「一度振って見てください」
少年は言われた通りにその箱を振る。すると棒が一本飛び出してきた。
なるほど、おみくじみたいなものか。
「百二十八」
晴明はその番号の引き出しから数枚の人形を取り出す。そして、それをばらまいた。
ばらまかれた人形はまるで意思を持っているかのように飛び回り、一通り飛び回った後少年の前にひらりと落ちる。
「一つお選びください」
忠行が少年にそう言う。少年は少し悩んだ後、
「じゃあこの真ん中ので」
「承りました」
それを忠行は丁寧に拾い上げ、何やら書き込み、呟く。すると
「おわっ!!」
人形はボウッ、と火を発し灰となった。
その灰を掃き集め、墨汁に混ぜる。
そしてその墨汁に筆をつけ、晴明が差し出した先ほどの賽の結果をもとに、手元の紙へ何か線を引いた。すると、酷く見覚えのある籤ができあがる。まさしくそれは、
「阿弥陀くじ……?」
「そう呼ぶ方もおられますな」
忠行は少年に筆を渡す。
「七本、好きに線を引いてください」
「分かりました」
少年は適当に線を書き足す。阿弥陀くじの完成だ。
「これで準備が整いました」
――阿弥陀くじを作るだけでこんなに面倒な手続きがいるのか?
少年は疑問に思う。するとその様子を察したのか晴明が説明を加える。
「これまでの行程は気脈の流れを我々に都合よく整えるために必要だったものですよ。古風な言い回しをすればランスウチョウセイというものです」
「乱数調整?古風どころか未来だろ……というかその気脈ってなんなの?」
「この世界に流れる気の流れ道、といったところです。気は世界を形作り、秩序を与える力の根幹のようなものですかね」
「ふーん」
晴明の説明に納得したようなしてないような少年。だが、晴明も別に理解してもらおうと思っていたわけでもないようで、すぐにまたゴソゴソやり始める。
「さて、では神子様、この中から一つお選びください」
忠行は阿弥陀くじを差し出す。少年はなんとなく一番左端を選んだ。それを辿っていく先に書かれていたのは数字の「八」
「八……素因数分解して二の三乗、これを当てはめて……」
晴明がメモを取りつつ道具をいじる。
「素因数分解とかいう概念あるんだ」
「ええ、浄御原帝の編み出した算術の一つですよ。神子様は古典が堪能なようで」
「古典、なのか……?」
思わぬ用語との再会に少年は驚くが、この世界にはどうも当たり前のようにあるようで困惑する。
「……これですね」
晴明は書物を開き、印を結ぶ。すると、紙に見知らぬ文字が浮かび上がった。
「!?これは?」
漢字でも仮名文字でもなく、勿論梵字でもアルファベットでもない文字を見て、少年が尋ねる。
「異界の者が用いる文字です。神代文字や天狗文字とも異なる文字。解読は人間には不可能です。規則性が全くないうえに、周期的に変化する」
見ると、すでに一部の文字は完全に形が変わってしまっている。だが、全体としての意味は変わらないらしい。
「この文の意味が分かれば、貴方の名前の選定は終わります」
落ち着いた声で、忠行がそう言った。
「え、でも人間には読めないんですよね?」
先ほど晴明が言った通りなら、解読は出来ないはず。なら、読みようがないではないか。しかし、忠行はニコリと笑う。
「読む必要はございません。意味が分かれば良いのです」
意味が理解できず呆気にとられる少年。解読できずにどう意味を理解できるというのだ。その様子を見て忠行は自慢げに続ける。
「文字など所詮は記号、内包する意味を乗せる器に過ぎません。すなわち、見方を変えれば文字は意味を隠す覆いと見做すことが出来る」
少年は師忠も言葉を思い出した。
彼は覆いの向こうを見ることに秀でている、それはつまりこういうことであったのか。
「ええ、私は覆いの向こうを見るのが得意なものでしてね」
一呼吸置き、忠行が細目を見開く。すると、何の特徴もなかった彼の目が一瞬だけ紅く閃いたような気がした。
その直後である。刹那、彼はわずかに後ずさった。その指は少し震えている。場が突然張り詰めた空気となった。
「なっ!?」
少年、そして忠行が異口同音に口を開く。少年は彼の反応に驚いただけだが、忠行は、何かもっと別の物を見た。
「せ、晴明、これは……!?」
目を見開いいたまま、忠行は晴明に問いかける。晴明は、やはり、といったふうの顔をした。
「……師匠ははっきりとご覧になりましたか。神子様の「覆いの向こう側」を」
「え、何、どうしたの!?」
その時、少年の耳に、いや、意識に直接声が響いた。
『あれ、もう見つかってしまったか。なるほど成る程。少し侮っていたかな。まぁ、構わないんだけどねぇ。』
「!?」
突如グニャグニャと歪む景色。視界の上下が反転し、晴明たちの声すら遠くなっていく。
――一体何が……
そして、世界は暗転した。
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「ここは……?」
目を覚ますと、少年は真っ白な部屋に寝そべっていた。
すると、傍らから物音がし、少年はそちらを見る。
「ああ、やっと目が覚めたのかい?」
そこには、顔を布で隠した軍服姿の男が一人、椅子に腰掛けていた。
「お、お前は……?」
「はじめまして、再臨クン。僕の名前は古都主。しがない国つ神さ!」
その男は顔を覆う布の向こうで、不気味な笑みを浮かべた。




