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契神の神子  作者: ふひと
第1章:蒼天の神子
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8話:名無しに名前を付けましょう

「神子様、朝でございます」


 透き通るような声で少年は目を覚ます。


「うーん」


 少年が目を開けると、吐息が掛かりそうなほど近くに黒髪の美少女の顔があった。

 お香か何か花のような良い香りもしてくる。


 これまでのありきたりな高校生活ではまず出会うことのない場面であった。


「なんだ、夢か」


 目の前の非日常から目を背け、再び布団にもぐろうとするが


「神子様!」


「はいっ!!」


 仁王丸に一喝され、少年は飛び起きる。


「って、今何時!? やべッ!遅刻遅刻!!」


 少年は急いで支度しようとバタバタする。

 その様子を仁王丸は不思議そうな顔で眺めていた。


「何をそんなに慌てていらっしゃるのですか?」


 彼は周りをキョロキョロと見渡し、ふと気付く。


「あ、そうか」


 ――ここは平安京。元いた世界じゃないんだよな……


 夢だったと言われた方が現実味がある昨日の出来事を思い出しつつ、少年は脳を再起動。

 そして、頬を一つぱちんと叩いた。


 確かに伝わってくるひりひりとした痛み。


――うん、これは現実だ。


 彼は、そう結論付けた。

 そんな様子の少年を見て、仁王丸は不思議そうに首を傾げている。


「……? 朝餉の用意が出来ております」


「あー、そう。ありがとう。今行くよ……って」


 今更ながら、少年は彼女が平然と立っていることに気付く。

 仁王丸は確か昨日、足を負傷していたはずだ。


「もう動いて大丈夫なの!?ケガは?」


「契神術には傷の治りを早くするものもあります。宰相殿のお手を煩わせてしまいましたが、もう万全ですよ」


 そこまで出来るのか、と少年は素直に感心した。


「なら安心だな。にしても契神術万能か……」


 その言葉を聞いた仁王丸は少し表情を曇らせて俯き、


「……決して万能などではございませんよ……」


 少年にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「なにか言った?」


「……いえ、お気になさらず」


「そう、ならいいけど」


 部屋を後にする仁王丸に少年も続く。

 朝方の師忠邸。昨日は気付かなかったが、やはりかなり広い。

 廊下には使用人たちが慌ただしく動き回り、その中には何やら大きな荷物を運ぶ少年が。


「あれ、犬麻呂はもう起きてるんだ。意外」


「アイツはこう見えて早起きなんですよ。それにもう巳の刻が過ぎますので皆起きております」


そんな何気ない彼女の言葉に、少年はしばし固まった。


 ――巳の刻? えっと何時くらいだ? 丑三つ時が午前2時くらいで、一日を12分割してるから一刻は約2時間、つまり2×4+2=10。つまり今は十時ぐらいか……って


「え、もうそんな時間!?」


 いつもならとうに起きている時間、寝坊も寝坊だ。

 少年は愕然とする。


 だが、仁王丸は気にしない。

 彼女は奥の広間へと入り、一礼、傍に控えた。


「おはようございます、神子様。昨晩はよく眠れましたか?」


「おはようございます。おかげさまで」


 色白の美丈夫、師忠が笑顔でそこに座っている。

 ただ、屋敷の主を待たせたことに少々気まずさと申し訳なさを感じつつ、少年はおずおずと口を開いた。


「えっと……師忠さんはもう朝ごはん食べたんですか?」


「いえ、賓客より先に頂くのは少々気がひけますし、それに」


「それに?」


「食事は皆でとったほうがよろしいのでしょう?仁王丸からそう聞きましたが」


 師忠はにこやかな表情でそう答えた。

 昨日の仁王丸との会話のことを受けての気遣いだろう。

 少年は、唾を飲み込み頷いた。


「ああ、そうですね!」


 ――よし、昨日のリベンジと行こうか!


 昨晩は一緒に食べるというところまでは行けたが、食事中の会話はほぼゼロ。

 今日こそは、というのが彼の目論見であった。

 幸運なことに、師忠の助力もある。

 大チャンスだ。


「せっかくなんでお話ししながら朝ごはん食べませんか? まだ出会って一日も経ってないし、お互い親睦を深めていきましょうよ!」


 食い気味な少年の言葉に師忠は少し驚いたような表情を見せる。

 そして俯き、わざとらしく袖で顔を覆った。


「私としたことがお客に気を遣わせてしまうなんて……至らない主人で申し訳ありませんね」


「いやいや!そんなつもりじゃ!!」


 思いがけない失言――

 慌てて少年は繕おうとする。

 だが、とうの師忠は満足げに微笑んでいた。


「冗談ですよ。ですが貴方の言うことは正しい。そう、私的な食事を団欒の時間としてしまうのも良いではありませんか。犬麻呂、仁王丸、貴方たちも」


 師忠は従者二人に呼びかける。

 とはいえやはり慣れない状況に抵抗があるようで少し逡巡している様子だ。


「遠慮するなって!」


 少年も二人に呼びかける。


「じゃあ!」


「仁王丸も来なよ!」


 あっさり提案を受け入れた犬麻呂とは対照的に、仁王丸は気乗りしないようだ。

 そんな様子を見かねて、師忠は彼女に呼びかける。


「それ程までに遠慮せずとも。この程度の団欒、誰も咎めはしませんよ」


 彼の言葉に、仁王丸は渋々頷いた。

 そして、彼女も席に着く。


「何はともあれ、いただきましょうか」


 こうして、四人揃っての朝食会が始まった。


 ▼△▼


 ――さて、何の話題がいいかな……


 言い出しっぺである以上、話題は自分が振らなければ。

 そう考えて少年はあれこれ思案してみる。

 

 さて、少年は別にコミュ強ではない。むしろコミュ障の類である。

 話を主導するのはあまり得意ではない。


 取りあえず何を振っても何とかしてくれそうな人物に振ってみることにした。


「……てなことで師忠さんの趣味って何ですか!」


 かなり雑な始まりだ。

 だが彼の期待通り、悠々とした態度で師忠はにこやかに口を開く。


「そうですね、古文書の解読、碁、楽器の演奏、あたりは好きですよ。生まれた時から文書に囲まれて育ったので、文書があると一日中読んでしまいますねぇ」


 流石は平安貴族。

 まさにといった感じだ。


「へぇーなんかイメージ通り。てか師忠さん楽器やるんだ」


「まあ一介の公家ですから、多少は嗜みます」


「なんか流石ですね……」


 楽器と言っても琴とか琵琶とかだろうか。

 イメージできるような出来ないような。

 

 だが、やはり教養人ということなのだろう。

 そんな感慨を少年は抱いた。


 そしてそのまま、一番向こうの席で欠伸して油断している人に話題を振る。


「じゃあ次犬麻呂!」


「え、俺も!?」


 予想通り意表を突かれ頓狂な声を上げる犬麻呂。

 少年は内心ほくそ笑みながら、


「そりゃそうだよ! で、何!」


 彼の催促に、犬麻呂は困惑しながらうんうん唸っている。

 少年は、クラスの親睦会とかで急に話を振られて困った体験を思い出しつつ、そんな彼を見つめていたが、


「趣味か……あー、蹴鞠とか好きだぞ? あと鷹狩りとか?」


 思っていたより貴族らしいのが出てきたことに、少年は驚きの表情を見せる。

 虫取りとか駆けっことか言い出すんじゃないか、などと彼はと思っていた。

 まあ、それは流石に幼く見積もりすぎであろう。


「なんからしくなく雅な趣味だな……」


「悪いかよ」


 どこか小馬鹿にされたのを感じ取ったのか、犬麻呂は機嫌を悪くする。だが、


「いいや全然? いいと思うぜ? じゃあ次仁王丸!」


 少年は適当にスルー。

 残りの一人に話を振る。

 

 彼女は自分に回ってくることをわかっていたようだ。

 弟とは対照的に、澄ました顔で口を開く。


「そうですね、趣味というほどではありませんが、武芸の稽古は欠かしませんし、古典も嗜みます。それと、笛を少々……」


「仁王丸も楽器やるんだ」


「ええ、まあ笛以外はからっきしですが」


 謙遜してそう答えたのだろう。

 少年はそう思っていたが、師忠がそこに楽しそうな顔して入ってくる。


「仁王丸の笛はなかなかのものですよ。宮中でも十指に入ります。それ以外はからっきしですが」


「宰相殿まで言わなくてもよろしいではないですか!」


「ふふふ」


 相変わらず師忠は人をからかって喜んでいる。

 きっと性根がひん曲がっているに違いない。

 さらに、犬麻呂まで割り込んできた。


「姉貴は変なとこ不器用だからな。舞はヘタクソだし」


「犬麻呂まで……」


 彼女は痛いところを突かれた、というふうの表情だ。

 クールビューティー、といった感じの彼女にしては意外、という感慨を少年は抱く。


「もしかして仁王丸って案外ドジっ子属性とか持ってたり?」


「そのドジっ子とやらが何かは存じませぬが、恐らくありません」


「俺はあると思うなー、ドジっ子が何かわからんけど」


「犬麻呂は黙っておれ」


「これこれ、あまり仁王丸をいじめないでやって下さい」


「アンタが発端じゃん!」


「ふふふ、バレましたか。貴方なかなか鋭いですねぇ」


 少年が話題を振り、師忠がひっかき回し、佐伯姉弟が振り回される。

 広間には、楽しげな声がしばらく響いていた。


▼△▼


 皆が食べ終わった頃になって、師忠は少年に語り掛けた。


「ところで神子様。名前がないというのは何かと不便でしょう。私の知り合いに腕のいい陰陽師がおります。彼の占いで良き名を仮に付けてみるというのはいかがでしょうか?」


そんな師忠の提案。

少年はまず、その中のあるワードに反応した。


 ――陰陽師! へぇ、やっぱりいるんだ!

 

 和風ファンタジーの世界では定番中の定番、陰陽師。

 この世界の彼らがどんなものか、少年は心惹かれる。


 だが、陰陽師だけでなく、師忠の提案自体も少年の気を引くものである。


 名前がないというのは不便だ。

 思い出すまでの間は仮の名前を持っておいた方が良いだろう。

 そして、名付けてくれる人がいるなら、少年にとっては願ったりかなったりだ。


「確かに神子様神子様言われるよりはいいかも。考えてみます」


 また時間のある時にでも。

 そう思って彼はそう返したのだが、


「実はもうすでに文をよこしてあります」


「え」


 少年の返事など問題外などとでも言わんばかりの行動の早さに、少年は唖然とする。

 そして師忠は、そんな彼を見て愉しげに微笑みつつ手を広げた。


「善は急げですよ?」

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