26話 淀んだ目
王都ラズールの南西に位置する森、通称『忌みノ森』。
中央には広大な泉が広がり、その周囲には木々や花々が生い茂っており、一見すると普通の美しい森だが、ここを訪れる人間は滅多にいない。
その理由は、この森に生息する魔物の強さにあった。
A級冒険者でも手こずる程の魔物がそこら中にいる、恐ろしい場所だ。
そんな森に一人の女の姿があった。
「今日はこんな所でしょうか……」
そう言って剣を鞘に収める女の後ろには、大量の魔物の死骸が山のように重なっていた。
勿論ただの魔物ではない。
どれも一筋縄じゃ勝てない、クセのある魔物ばかりだった。
彼女こそ、聖剣を持たぬ身で魔王を退けた女傑、ヒルア・ヴァンデルだ。
「そろそろ姿を見せたらどうですか?」
「あら、バレてたのね」
ヒルアが声を発した方角にある大木から、セルティアがひょいと姿を見せた。
「何か私に用ですか?」
「う~ん、そうねぇ。用っていうよりもちょっと気になることがあってね。それにしてもよくこんだけの魔物を倒したわね」
少しだけ驚きながら、山積みになった魔物の死骸を見るセルティア。
「毎日の日課です。身体は動かさなければすぐに衰えますからね」
「へぇ、がんばり屋さんなのね」
「……強くなければ、何も守れませんから。それで、"気になること"とは何でしょうか? 態々こんな所まできたんです、相応の理由があるのでしょう?」
訝しげな目でセルティアを見る。
普通は用があってもこんな危険な森にこないだろう。
「…………あなた、私達の正体に気付いてるでしょ?」
少し低めの声で訊ねる。
「ああ、あなたとスロネさんが魔族ということですか? もちろん気付いてましたよ、会った瞬間から」
セルティアの真面目な質問に対して、それがどうしたんですか? とでも言いたげな表情で、淡々と答えるヒルア。
「やっぱりね。そんな気がしてたのよ。で、どうするの? あなた達人間にとって私達は敵でしょ。戦う?」
「いえ、私にそのつもりはありません。もちろんあなた達のことを、聖剣教会に報告するつもりもないのでご安心を」
「何故かしら? …………あなたの考えが読めないわ」
魔族と人間は敵対している。
正体がバレてるのなら、今この場で戦闘になってもおかしくない状況だ。
いや、ならなければおかしい。
それほどに、魔族と人間の関係は険悪だ。
それなのにヒルアは、戦わないどころか、教会に報告すらしないと言う。
わけがわからない。
「そんなに深く考えないでください。あなた達に人間を傷つけようとする意志がないことは、アルムさんとのやり取りを見てればわかります。それに…………まぁ、これが本当の理由なんですけど――――――――どうでもいいんですよ」
セルティアをまっすぐ見つめ、冷たくいい放つ。
「どういう意味かしら?」
「言葉通りの意味ですよ。人間だとか魔族だとか、そんなことはどうでもいいんです。私には、どうしてもやらなければならないことがあるんです。命をかけてでも、どんな手を使ってでも成し遂げると誓った…………だからそれ以外のことはどうでもいいんです。教会に属しているのも目的を果たす為です」
そう言うヒルアの瞳は、暗く淀んでいた。
「…………そう」
セルティアはこれ以上聞く事はしなかった。
いや、聞くまでもなくわかってしまった。
今まで長い時を生きてきて、何度も何度も、嫌というほど見てきた目。
この目は間違いなく、復讐に囚われている者の目だ。
「私達に危害が及ばないならいいわ、じゃ私は帰るわね」
人間のことが好きなセルティアではあるが、今日あったばかりの人間の抱える闇に、自ら首を突っ込むようなことはしない。
だから言葉少なに、
「その先には、あなたの望むものなんて無いわよ」
それだけを言い残し、瞬間移動魔法を発動させた。
「…………そんなこと、わかってますよ」
セルティアが去り、再び一人になった森の中で呟く。
「…………もう少しだけ待っててください、メルナ。私が必ずあいつを――――――――あの勇者を殺すからっ」
※
「ん、戻ってきた」
スロネの声で起き上がると、丁度目の前にセルティアが現れた。
「ただいまぁ」
「スロネに聞いたぞ、何しに行ってたんだよ?」
「う~ん、それなんだけどね。ヒルアに私達が魔族ってバレちゃったわ」
「……マジか?」
「ええ、マジよ」
せっかく糞勇者の一件で俺達を庇ってくれたってのに…………
庇った相手が魔族って…………
ヒルアからしてみたら、とんでもない裏切り者じゃねーか俺達。
「でも安心していいわ。黙っててくれるって」
「は?」
いくら何でもそんな都合のいいことがあるのか?
「お前、脅したりしてないよな?」
「失礼ね。私をなんだと思ってるのよ!!」
むくれるセルティア。
まぁ、そういうことをする奴ではないか……
「一応話はついてるけど、あの子とはあんまり関わっちゃ駄目よ?」
「何でだよ」
「いいから。雇い主命令よ!! それよりお腹空いたわ。夕飯にしましょ」
まぁ元から関わる気があった訳じゃねーけど、何か引っかかるんだよな…………




