25話 聖剣教会
「どうぞお座りください」
ギルドを出てヒルアについていくと、王都の外れにあるごく普通の家に案内された。
王都の中心に偉そうにそびえ立つ聖剣教会本部。
てっきりそこに連れてかれると思って多少身構えていたが、何だか肩の力が抜けたわ。
失礼のないよう気を使って、部屋の中を見渡す。
「随分と慎ましそうな暮らしをしてるんだな」
あのオヤジの態度を見るに、それなりの地位を確立してそうなもんだが。
俺が見た感じ、とても贅沢な暮らしをしてる様には見えない。
「そうですか? 私はこの今の生活に満足ですが」
「いや、魔王を追い払うくらいの力を持ってるんだ。てっきり周囲が羨むような暮らしをしてるかと、勝手に思ったんだが」
「……私のことをご存知でしたか」
お茶の用意をしていたヒルアの手が、一瞬だけ止まった。
「気付いたのは途中からだけどな。ヒルア・ヴァンデルって言ったら、王都を救った超有名人だ。知らない奴のほうが少ないだろ?」
王都ラズールどころか、その名前は世界にも轟いてる程だ。
魔王を引かせたなんて、聖剣に認められし勇者ですら難しい所業だ。
それを成し遂げたのが当時、まだ成人もしていない少女だったというのだから。
そりゃもう、凄い盛り上がりだったのを覚えている。
「王都を救った……ですか。ふふ、私には過ぎた評価です。本当に守りたかった者は救えなかった……馬鹿な世間知らずの女です」
そう言って笑うヒルアの顔は、何処か影を帯びていた。
きっとここに至るまでに、こいつはこいつで様々な道を辿ってきたんだろう。
だが、それにずかずかと踏み入るほど俺もアホじゃない。
「へぇ、何があったのよ? 話してみなさい」
あ……居たわ、アホが。
まったく空気を読まない、いや読む気がないセルティアが口を開く。
横で大人しくしてるスロネを見習えよ。
まぁスロネは基本無口なだけだが。
「アホ、少しは空気を読めや」
「イタッ……」
セルティアの頭にすかさずチョップをかます。
「ちょ、何すんのよぉっ!! 雇い主に向かってぇ!!」
「お前がアホだからだ。あんたも気にしないでくれ」
頭を押さえながら、恨めしそうに俺を見るセルティア。
「ヒルアです」
「ん?」
「ヒルアと呼んでください」
ああ、あんたじゃ流石に失礼だったか。
「わかった。俺はアルムだ。こっちのちんまりしてるのがスロネで、このうるさいのがセルティアだ」
勇者殺害未遂で追われてたし、俺達の名前も知ってるだろうが、一応自己紹介しておく。
「ふふ、知ってますよ」
「そりゃそうだよな」
コトンと、テーブルにお茶を並べていくヒルア。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
「とは言っても、俺達は最初から嘘なんて言ってないぞ。あの糞勇者が因縁つけて仕掛けてきたんだ。それにどんな理由があろうとも、人間に聖剣を向けるのは御法度だろ? 裁かれるべきはあいつらだと思うが」
付け加えるなら、聖剣を使うだけじゃなく一人に対して四人でかかってきたからな。
どう考えても勇者にゃ見えん。
「やはりそうですか……」
「疑わないのか?」
「あなたが嘘を言ってないことは目を見ればわかります。嘘をつく人間は瞳が曇ってますから。それにこういった勇者絡みの事件は、珍しくありません。聖剣が折れたのには驚きましたが」
珍しくないって、俺達以外にも勇者に何かされた奴らがいるのか。
やりたい放題かよ……
「他にも被害が出てるのか?」
「ええ。今この世界は聖剣教会が絶大な権力を誇ってますからね。聖剣を管理する教会に、王国ですら口を出す事はできないのです。そしてその教会内でも頂点に位置するのが、聖剣を扱うことのできる勇者になります。それをいいことに、好き勝手する勇者がいるのも事実です。七人全員がそういう人間という訳ではないんですが……」
本当にロクでもねーな。
黙って魔王と戦ってろよ……
「ロギエトは七人いる勇者の中でも、特に問題を起こしてましたので、周囲からの評判は良くありませんでした。だから正直、私は聖剣が折れて良かったとすら思ってます」
「教会側の人間がそんなこと言っていいのか?」
「私は聖剣教会に属してはいますが、教会のやり方には賛同できないので。駄目なことは駄目です」
自分の属している組織であっても、堂々と意見を言えるヒルアを見て、俺は素直に感心した。
よかった。
教会の人間が全員、糞勇者やさっきのオヤジみたいな奴だったらどうしようかと思ったわ。
「ザラスの手前、何もしないという訳にもいかなかったので話を聞くという名目でここに来ましたが、最初からあなたたちをどうこうするつもりはありませんでした」
「そうか。お前みたいな考えの奴が居てくれて助かったよ。ありがとうな」
もしあの場でヒルアが来なければ、かなりややこしく拗れたに違いない。
下手したらもうラズールに行くことも出来なくなってたかもな。
「教会には私が報告しておくので、もう少し時間をおいたら帰っていただいて構いませんよ。ザラスの部下に監視されてるかもしれないので、余り早く帰す訳にもいかないんです。ご理解ください」
監視か……仲間内でもいろいろあるんだな。
「俺達にとっちゃありがたいが、聖剣を折った奴を簡単に帰して大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ。聖剣は折れても打ち直すことが可能ですから」
「そうか、ならよかった」
世界に七本しかない、人類が魔王に対抗する為の武器。
その内の一本を折ったんだ、結構ヤバいかもと内心思ってはいたが、打ち直せるならばそこまで気にすることもないか。
その後はなるべくゆっくりお茶を飲み、俺達はヒルアにお礼を言って、その場を後にした。
※
「ハァ~……何かすげぇ疲れたわ」
今日はクレープの材料を買って、魔力測定をした後で『第4魔界』で修行の予定だったが、色々イレギュラーなことが起こって疲れたので、今日は城でゆっくりすることになった。
明日から頑張るとしよう……
「ん、アルム」
ベッドで寝転がる俺を、椅子の上に立ち見下ろすスロネ。
ん? この表情は…………ちょっと不機嫌な時のだな。
「どうしたんだ?」
「…………してない……」
「なんだって?」
「ん!! 私、ちんまりしてない!!」
ああ、ヒルアに名前を教えた時のことか。
そんなこと気にしてたのかよ……
「お、おう。悪かった。スロネはちんまりしてない。大きいぞ」
「ん……大きくもない」
中々難しいな……
「……すまん。普通だな。丁度いい大きさだと思うぞ」
立ち上がりスロネの頭をワシャワシャと撫でる。
納得したのか、椅子から下りてベッドにちょこんと座る。
う~ん……やっぱりちんまりしてるわ。
「ところでセルティアはどこ行ったんだ?」
城に戻ってきてからもう随分と経つ。
そろそろ夕飯時だというのに、あいつの姿が見えない。
いつもは嫌でも視界に入るんだが。
「ん、セルティアならヒルアの所に行った」
「……はぁ!?」
何しにいったんだよ……




