2話 瞬間移動
その日も何とか必死の抵抗の末、セルティアの足を舐めずにすんだ。
何か足を舐めさせる事に、特別な意味でもあんのか?
よくわからんが、あの足を舐めたりしたら、味覚が狂うわ。
それと、何でこんなにも広い城なのに、同じ部屋なんだよ?
流石にベッドは別々だが…………ここら辺も魔族と人間の価値観の違いか?
しまいにゃ、襲ったろか?
横のベッドで、スヤスヤと気持ち良さそうに眠るセルティアを見る。
危ない危ない、綺麗な容姿に騙されてはいけない。
こいつはこう見えて、魔王なのだ。
その気になれば、俺なんて一瞬で塵になるだろう。
「まったく…………人間を雇うなんて、変わった魔王がいたもんだ」
※※
この世界では現在、人間と魔族が争いを続けている。
いつ頃始まったのかはわからないが、俺が生まれるよりずっと前から続いてるようだ。
俺も、魔族は悪い奴と教えられて育った。
だから、セルティアに奇襲をかけた時、命を奪おうとしたが、可哀想だとかそんな感情は持ち合わせていなかった。
けど今は違う。
少なくともこいつは、悪い魔族ではない。
今こいつが無防備な状態でいたとしても、俺は攻撃を仕掛けようとは思えない。
魔族の中にもいい奴はいる。
それが俺の出した答えだ。
人間も酷い奴は酷いからな。
※※
朝になった。
「起きろ、セルティア!! 朝だぞ、飯できてるぞ」
フライパンにお玉を叩きつけ、カンカンと音を鳴らして起こす。
「煩いわね、そんな大きな音を立てないでも起きるわよ」
機嫌悪そうに、目を擦りながら起き上がる。
本人はこう言ってるが、こいつは並大抵の事じゃ起きない。
どの口がいってるんだか……
「ほれ、朝飯だ」
「ありがと」
いつも通り、二人で朝食を済ませる。
俺は空いた時間に一人で食べるって言ったんだが、一緒に食べなきゃ駄目らしい。
「今日は王都に買い物にいくんだろ?」
「そうね、いろいろ見てみたいわ」
「……本当に大丈夫なのか? 魔族が王都に入ったりして」
見つかったら、直ぐにでも戦いが始まるに違いない。
それくらい、人間と魔族の仲は険悪だ。
「あら、心配してくれてるのかしら?」
「いや全然。どうでもいいが、俺を面倒事に巻き込むなよ?」
「素直じゃないわね。大丈夫よ、私の変身は完璧だもの。たとえ勇者だろうと見破れはしないわ」
そう言った後で、セルティアがパチンッと指を鳴らした。
すると、額の角が一瞬で消えてしまった。
元から人間っぽかったが、角がなければ本当に人間にしか見えない。
「凄いな……流石は魔王様だな」
「どお? 少しは見直したかしら?」
「別に。魔王ならこれくらいはできんじゃね?」
「まったく、なんて生意気なのかしら。私の元で働いてるって自覚が足りないんじゃない?」
働いてるって言っても、こいつの身の回りの世話をしてるだけだがな。
はぁ…………勇者パーティよりも先に魔王を倒して、俺を捨てたサリエルを後悔させてやろうとしてたのに…………
何で仲良く朝飯食ってんだろ?
それどころか、給料まで貰ってるし……
けど、はっきり言って、待遇は最高だ。
貰えるお金も、俺がギルドでちまちま依頼を受けても到底稼げない額だし、家賃も食費もかからない。
ただ、夜になると足を舐めさせようとしてくるのだけは、やめてもらいたい……
マジで臭いから。
それで喜ぶ性癖のヤツも中にはいるんだろうが、俺はごめんだね。
※※
「さ、行くわよ! つかまってて」
朝食を済ませ、さっそく王都へと向かう。
「はいよ」
「もっと、ギュッと、力強く! 途中で振り落とされたら大変なんだから」
「はいはい……」
言われた通り、セルティアの腹にギュッと力を込めてしがみつく。
端からみたら、なんとも間抜けな格好だが、これが一番いいらしい。
「じゃあ、出発ぅ!」
セルティアが瞬間移動の魔法を発動させた。
俺達を不思議な光が包み込む。
「うえぇ、何回やっても慣れねーな。この瞬間移動って」
目を開けると、そこには懐かしい景色が浮かんでいた。
初めてセルティアと会った、森の中だった。
「あなたみたいに魔力が弱い人だと、気持ち悪くなるみたいね。そのうち慣れるわよ。それよりも、今日はちゃんとエスコートしてね? これも仕事のうちよ」
「へいへい、別に仕事じゃなくても案内くらいしてやるよ」
「へ?」
「んあ? どうした?」
何故だかキョトンとした顔をしている。
そんなおかしいことは言ってないが。
「フフン、何でもないわ」
そう言って、腕を絡めてくる。
「おい、あんまくっつくなよ! 誤解されるだろうが」
この『王都ラズール』には、なんだかんだで一年近く居たから、知り合いもそこそこいるのだ。
「あら? 照れてるのかしら?」
「は、冗談は足を洗ってから言えや!」
足に激痛が走った。
「――――痛ってッ、そんな強く踏むことねーだろっ」
「あなたが失礼な事言うからよ!」
「楽しんでる癖に…………」
「まだなにか?」
「……なんでもないです」
森から王都へは歩いて向かった。
急に人間が現れたら騒ぎになるだろうしな。
この瞬間移動の魔法だが、こいつは当たり前のように使っているが、普通はそんな簡単に使えるようなものじゃない。
人間でこの魔法を使えるのは、世界でも数人しかいない。
本当、デタラメな女だ。
「あ~楽しみだわ! 初めての人間の国よ!」
俺の横をピッタリと歩くセルティア。
かなりご機嫌だ。
「そんな完璧に変身できるんだ、一人で来たことはないのか?」
「う~ん、一人だと中々勇気がでなくてね。でも今日はアルムが一緒だし、安心だわ」
セルティアは、人間の事が嫌いではない。
なんなら、仲良くしたいとさえ思っている。
魔族の中でも、相当珍しい部類に入るだろう。
「ま、今日はセルティアに楽しんでもらえるように頑張るよ」
俺達はラズールへと入っていく。
この作品は、不定期更新です。
なるべく投稿できるように頑張るので、宜しくお願いします(^ω^)