1話 出会い
「アルムよ、サリエルから手紙が届いていたぞ」
「サリエルから? 貸してくれ!」
俺は親父から手紙を受け取り、中身を見た。
「……なんだ、これ?」
手紙の内容を見た瞬間、俺は膝から崩れ落ちていた。
「ど、どうしたんだ、アルム?」
親父が心配して駆け寄ってくる。
俺は無言のまま、手紙を渡した。
「これは…………」
親父は手紙を見た後で、俺に優しい、慈しむような目を向けて言った。
「フラれちまったな……」
いつもは厳しい親父が、やけに優しそうに言うもんだから、何だか調子が狂う……
手紙の内容はシンプルで、俺より好きな人が出来たから、婚約を解消すると書いてあった。
解消したいとかではなく、解消すると書いてある。
なんだろう、有無を言わさぬ強い意思を感じる……
サリエルは俺の幼馴染みで、生まれた時から一年前まで、ずっと一緒に育ってきた。
結婚する約束までしていたのに。
俺はサリエルが好きで、当然、将来は結婚して一緒になるもんだとばかり思っていた。
サリエルも俺の事を好いてくれていたと思う。
この一年の間に何があったのか……
いや、想像はつくさ。
一年前、魔王を討伐する為に活動している勇者パーティが、この村に立ち寄った。
そこでサリエルは、回復術師の才能を見いだされ、パーティへの同行をお願いされていた。
勇者は、男の俺から見てもかなりのイケメンだった。
当初、サリエルは乗り気じゃなかったが、勇者の必死の説得もあって決心したようだった。
当然俺にも相談してきたが、イケメンの勇者の事を楽しげに話すサリエルにイラついて、少し突き放すような言葉を言ってしまった。
結局、ギクシャクしたまま、サリエルは勇者パーティと行ってしまった。
だけど俺は何も心配してなかった。
喧嘩なんてしょっちゅうしてたし、旅に出た後も頻繁に手紙を送ってきてくれた。
だけど、半年くらい経ったあたりから、手紙の返事が急にこなくなった。
俺はもしかしたら、手紙が届いてないのかもと思い、何度か送ったんだが、返事はこなかった。
そしてやっと返事がきたと思ったらこれだ。
相手は十中八九、勇者だろう。
何故なら、勇者パーティは勇者以外、みんな女性だったから。
まったくふざけた話だ。
俺は自室のベッドで手紙をグシャグシャに丸めて捨てた。
手の甲に、ポタリと何かが垂れた。
俺の涙だった。
「糞、あのアバズレが! 俺と過ごした時間は、勇者と過ごした、たったの一年にすら劣るっていうのかよ!」
多分俺は、自分で思ってるよりも彼女の事が好きだったのかもしれない。
だってこんなにも胸が苦しくて、涙が止まらないんだから……
俺は悔しくて、悔しくて悔しくて堪らなかった。
このままでは、俺の気が済まない。
このまま引き下がるのは、どうしても俺のプライドが許さなかった。
糞がっ! 絶対に後悔させてやる…………絶対にだ!!
その日の夜に、俺は村を出た。
ある目標を掲げて。
※※
それから一年の時が過ぎた。
「ちょっとアルム? この服、汚れが全然落ちてないんだけど? ちゃんと洗ったの?」
「ちゃんと洗ったってばっ!」
「じゃあ何で汚れが残ってるのよ! もう一回洗ってきなさい!」
「チッ、わかったよ!」
――――俺は何故か、川で洗濯をしていた。
本当に何故こんなことをしてるんだか……
絶対に後悔させてやる!!
そう思ってた時期が俺にもありましたわ……
一年前、村を出て俺が向かった先は、王都の冒険者ギルドだった。
ここで剣と魔法の腕を磨き、強くなって、あいつらよりも先に魔王を倒してやろうと思ってたんだが……
現実はそう上手くいかなかった。
当たり前だ、今まで剣なんて握った事もなかったし、魔法だって使えなかった。
あの時の俺は、どうかしてたわ。
魔王を倒す? ムリムリ。
何ならそこら辺の雑魚にすら勝てなかったわ。
それでも最初の方は頑張ってたんだけどなぁ……
色んなパーティに、臨時で助っ人として入れてもらった。
とりあえずは、場数を踏まなければ話にならないと思ったからだ。
初めはどんなに駄目でも、必死でやってりゃいつかは強くなると思ってた。そう信じてた。いや自分にそう思い込ませてたんだ。
だけど、そうはならなかった。
どうやら俺には、剣の才能も魔法の才能もなかったようだ。
一度助っ人に入ったパーティに、二度呼ばれる事はなかった。
そんな事を繰り返してるうちに、俺はどこのパーティにも入れなくなった。
だけど、途方にくれている時に、ある情報が王都に広まった。
『南の魔王』が王都の近くで目撃されたという。
もうこれしか無ぇって思ったね。
こうなったら、不意討ちでも何でも、卑怯な手を使ってでも倒してやろうと、馬鹿な考えが浮かんだ。
そもそも、そこら辺の雑魚にすら勝てない俺が、どう足掻いても魔王なんかに勝てる訳はないのだが、この頃の俺は正気じゃなかった。
王都から少し離れた森で、待ち伏せる事にした。
ひたすら待った。
だけど、三日が過ぎても一向に魔王は姿を見せなかった。
もう諦めて帰ろうかと思ってた時だった。
魔王が姿を現したのは。
最初に見た時の第一印象は、綺麗な女性だと思った。
赤い瞳に、黒い綺麗な髪の毛をお尻くらいまで伸ばした、気の強そうなやつだった。
額の角がなければ人間といわれても信じてしまいそうではあるが、明らかに人とは隔絶したヤバい雰囲気を感じる。
人間や魔物、今まで見たことある生物のなかでも最高にヤバい。脳が逃げろと警鐘を鳴らしてるような、そんな錯覚すら覚えた。
だがしかし、俺もここまできて止まる気はなかった。
ここで魔王を仕留めて、ギルドのやつらを見返して、俺を捨てたサリエルを後悔させてやるんだ。
俺はただ、彼女に捨てられた惨めさだけをバネにここまできたんだ。
今更止まれねぇし、誰にも俺を止める事はできない!
息を潜めて、近付くのを待つ。
――――ここだ!!!!
完璧なタイミングで、俺は飛び出した。
これはいくら何でも避けようがない。
――――カキンッ!!
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
確かに俺の不意討ちは成功した。
が、剣の刃が魔王の体に当たると同時に、ポキンと折れてしまったのだ。
単純な話、俺には魔王を両断するだけの力がなかった。
なんか急に頭が覚めてきた。
俺なんかの不意討ちが通用するのなら、そもそも魔王なんて呼ばれて恐れられてないか……
「あなた、人間ね? 見た所、かなり弱そうだけど、何で一人で私に斬りかかったの? いくら弱くても力の差くらいわかるでしょ?」
魔王は斬りつけられた事なんて歯牙にもかけず、心底不思議そうに俺を見る。
「ハハハ。何でかわかんねえけど、不意討ちなら行けると思ったんだ……それと一人なのは、仲間が居ないだけだ。俺は弱いからな」
この後、俺は殺されるだろう。
それがわかってるからか、俺はやけに冷静に魔王と話していた。
人間、死を受け入れると冷静になれるもんだな。
「そう。私も一人なの。同じね」
そう呟く魔王は、どこか儚げで、寂しそうだった。
「あなた、私が恐くないの?」
「ん~、どうだろ? 正直な話、俺は今死を受け入れてるからかな、全然恐くないわ。そんな事より、殺るなら早くしてくれ。できれば苦しまないように一撃で頼むわ」
トントンと人差し指で、自分の首を指す。
「あなた、私の所で働かない?」
「ふぁ?」
さっき以上に間抜けな声が出た。
「ほら、死ぬよりはマシでしょ? 私も他に仲間が居なくて退屈してたのよ。どお?」
どお? と言われましても……そもそも俺達、人間と魔族だし。
そこら辺は気にしないのか?
だが、まぁ、うーん。元々死ぬ筈だっだんだ。
ここは命があるだけラッキー、くらいの気持ちでいくか。
「――――給料は出るんだろうな?」
こうして俺は、『南の魔王セルティア』の元で働く事になった。
※※
「ほらよ、これでどうだ? 綺麗になってるだろ?」
汚れを指摘され、俺は二度目の洗濯から戻ってきた。
「うんうん、やればできるじゃない。よしよし」
そう言って俺の頭を撫でるセルティア。
こいつの所で働く事になったが、その内容は殆どが、家事全般とこいつの話し相手になるくらいだ。
俺は幼い頃に母を失くしてる為、料理も洗濯も全て自分でやってきた。
だからこんなのは、働いてるうちに入らない。
う~ん、楽でいいんだけど、なんか想像してたのと違うんだよなぁ……
セルティアの所で働き始めて、一月程経つが、気付いた事がある。
それはこいつが、本当に一人ボッチという事だ。
こいつの住む城に来てから、今まで誰とも会っていない。
こんなに広い所に、一人で住んでるのだ。
あ、今は二人だが。
「あーっ、トマトは入れないでって言ったのに、もうなにやってるのよ!!」
「トマトには栄養が沢山含まれてるんだ。好き嫌いせずに食え」
「ぶーっ……アルムの意地悪」
そして、こいつ。
よく喋るのだ。
まぁペラペラと、放って置いたら一日中喋ってるんじゃないかと思うくらい、よく喋る。
そのせいで、こいつが魔王って事をたまに忘れそうになる。
なんていうか、友達みたいな感じだ。
魔族がみんな、こいつみたいだったら、争いも起きないのかもな。
で、俺が一番困るのは夜だ。
「さぁ、アルム。ご褒美よ! 這いつくばって舐めるといいわ」
夜、椅子に腰かけたセルティアが、ブーツと靴下を脱ぎ、その足をそのまま俺へと向けてくる。
まだ風呂にも入ってないし、一日中ブーツを履いていたからか、部屋にはムワァっとした匂いが立ち込める。
足からはホカホカと、湯気が立ち上っている。
うん、控え目にいって臭い。
魔族の習慣なのかはわからないが、この女、毎日毎日、夜になると俺に足を舐めさせようとしてくるのだ。
恐らく、自分でも臭いのは分かってる筈なのだが。
今までは何とか誤魔化してきたが、今日という今日はガツンと言ってやる。
「ヤダよ! 何で俺がお前の足を舐めなきゃいけねーんだよ! それに臭せーんだよ! どうやったらそんな臭く何のか教えて欲しいね!!」
遂に言ってやった。
嘘は言ってない、事実だ。
こんなにも美人だが、足はマジで臭いのだ。
まぁ風呂に入る前だからというのが大きいが、それにしても臭いわ!
そして、一番質が悪いのは、その事に気付いてるにも関わらず、舐めさせようとしてくる所だ。
なにこの人、ドSなの? 俺の悶えてる姿が好きなの?
「まぁ、雇い主に向かってなんて口の利き方かしら。給料減らすわよ?」
「……それは狡くないすか? セルティアさん?」
「ふん、ここでは私がルールなのよ!」
なんて女だ……
クソ、こんな仕事もうやめてやる。