88話ーあの月の下でー
皆を守り抜いた峯岡。
健史に背中を押され、峯岡は笑った。
世界デュロル保護機構は壊滅する。
ー千歳 重三 7歳ー
「重三!打ち込みやろう!」
「おお!やるか!敏介は来ねえの?」
「あいつは家の手伝いやるって!」
「じゃあ!いつもんとこ行くべ!!」
埼玉県は北西部。
荻の草が生い茂る空き地。空き地と言うにも贅沢で、見晴らしも良く、夜には星と月が綺麗に見える。
そこに行くだけでもトレーニングになるし、山ん中で人通りも無い。端っこには小川もちょろちょろと流れてる。
それぞれ家柄を重視する家に生まれた幼馴染の3人がこの場所を見つけた。
人の想いを繋ぎ、先祖から受け継がれたものを守る千歳家。
剣術に長け、代々受け継がれた技を研磨する家系に生まれた、水月 春五郎。
受け継がれた技に想いを込めて刀を鍛える家系に生まれた、伊歳野 敏介。
2000年生まれにしては古風な名前だと言われる俺達だけど、俺は気に入ってる。何だか強そうだし、深いような響きだし。
そんなこんなで俺らの秘密基地を見つけてからよく遊んでる。この3人での鍛錬が1番楽しいし、本気になれる。
互いが「越えてやる!」と思えるから。
そして、3人で居ると時間を忘れる。
「ぷはぁ〜腹減った!!」
「早えよ!まだ僕全然やれてないよ!」
「敏介が来るの遅いからだろ!」
「そうだけどさ!帰り遅くなるとお前凄え怒られるじゃん」
「……そ……んなことないし!」
「今日はもう帰ろっか!敏介も重三も真っ黒だよ!服も汚してるし、これで遅れて帰ったらどうなることか……」
「はっ……!!帰ろう!!」
「帰ろうって言っときながらずっと寝転がってるのは何でなん」
「……」
「おい!重三寝るな!!」
「お!悪い!けどよ、見てみろよ。もう星が見えてきた」
俺ら3人で、徐々に主張し始める星空を見上げた。
「本当だな」
「月もさ、さっきより光ってるよね」
「春五郎は月好きだよな」
「うん、何でだろう。ここで見る事が多いからか、2人を思い出して楽しい気持ちになるんだよね」
「オシャレかよ」
「重三だってよくここに寝転んで空見てるじゃん」
「言えてる!僕もここの景色は好きだな!」
「ずーっとさ、この3人で見てたいよな。大人になってもさ」
「わーかーる」
「じゃあさ、約束しようよ。大人になっても、絶対ここに来よう!」
「それ名案!!重三忘れそうだな〜」
「忘れねえよ!俺を何だと思ってんだ!」
俺らは自然と肩を合わせて空を見ていた。
「どうする?俺らの誰かが鬼人になってたら」
面白半分で言ってしまった。
「鬼人てデュロルのこと?」
敏介は空を見ながらそう言った。
「俺らで止めよう。人を殺しちゃう前にさ、そんなの悲しいじゃん?」
春五郎の眼は真っ直ぐ空を見つめていた。
「え、殺すの?」
「それは分かんないけど、俺が成っちゃったら殺して欲しいかな。2人にだったら、良い」
"ま、そんなことはないだろうけど"と春五郎は笑った。
冗談のつもりの言葉が思いの外、真実味を帯びてしまう。
その笑顔が、俺の脳裏から離れなかった。
「てか、今何時?もう真っ暗だよ」
「やべっ!!さすがに怒られる!!」
「はあああ〜僕明日生きてるかな大丈夫かなああああ」
ー2025年 第二次世界デュロル大戦ー
デュロルが発端の大戦争が幕を開けた。
しばらくはいつも通りの日常を送っていた。戦争は遠い話だと思っていた。
しかし、日本にも火の粉は降りかかる。
16〜35歳までの男は兵として徴集された。自衛隊は既に戦場へ駆り出され、数が足りなくなったんだと。
その中でも俺と春五郎は武に長けていた為に、鬼人対策特殊部隊と呼ばれる部隊に入隊する。
支援部隊には敏介も居るらしい。
短い期間で厳しい訓練を半強制で受けさせられる。
戦線は徐々にアジア圏に近付く。
開戦から4ヶ月と16日が過ぎ、俺らは出撃する。
何隻もの軍艦に乗せられ、詳細すら知らされずに海を進む。
別進路の部隊は既に交戦してると聞いた。
春五郎は大丈夫かな……。
あいつ心優しいし、色々心配だ。
ー水月 春五郎側ー
先頭の2隻がやられた。
上からも横からも砲弾は飛んでくる。
絶やす事なく耳を劈く音。
この船も、陸に着岸するらしい。
ここが今何処なのかも分からない。
状況すら分からない。
何で今自分がここに居るのかも分からない。
胃に穴が開きそうなストレスの中、強制的に陸に降ろされる。
とにかく進めと言われる。
戦争なんて小さい頃にテレビで観たくらいなのに、いきなり雑な説明だけされて、もう命を掛けなければいけないなんて理不尽だろ。
突如顔に生暖かいものが飛んでくる。
目の前を走っていた仲間が倒れた……。
俺はそれを目で追った。
背中を押されて、倒れた仲間に躓く。俺は驚いて後ろを見ようとした。
「走れ!!死ぬぞ!!」
その言葉が脳を掻き乱した。
テレビで観たあの場所に、俺は居るんだ。
生半可な気持ちだった。
死を前にして、死を意識した。
俺はうまく息を吸えなくなった。
この呼吸が最期かもしれない。
涙すら出なかった。
どれだけ走っただろう……。
全身に血が行き渡る感覚を噛み締める。
多少は安全だと思えるこの場所に来るまで、一体どれだけの仲間が死んだのだろう。
それが何日も続いた。
俺は生き延びてしまった。
目の前で倒れる仲間を見る度に、重三は無事だろうかと、腹に錘が加わる。
俺の心は次第に壊れていった。
仲間が倒れる事を"普通"と感じてきた頃、それは耳に届いた。
「第3部隊の軍艦が全滅!!」
それ以外の言葉は俺に届かなかった。
第3部隊……。
"春五郎は第6部隊か!俺は第3部隊!大丈夫だ!何かな、俺はお前とは生きて会える気がする!でーっはっはっは!!"
砕けた。
何が砕けたんだろ。
もう何だか、どうでもいいや。
俺はキャンプ地を飛び出していた。
敵陣に1人突っ込み、自然と手に握っていた白い刀を振り払い、そこに居た人間を斬り伏せた。
"こんだけ鍛えてもさ、人は斬りたくはないよな!"
"怖いこと言うなよ!考えもしなかったわ!"
血が滲みて、砂が泥になった地面を見下ろす。
返り血と泥で汚れた白と黒の身体。
俺だった影には2本のツノが映る。
俺は白い刀を構え、その刀身に月の光が反射する。
異様な黄金色を放ち、同色のモヤが滲み出た。
あまりに妖艶な光に見惚れてしまう。
付近に転がっていた骸数十体は起き上がり、銃を拾い上げる。
【黄泉刀 黄泉操魂】
死者の身体を操り、俺は戦場を掻き乱した。
何処の国かもわからない敵は引き、"見慣れてるであろう仲間の死体"に撃ち殺されていく。
敵の奴らも皆、俺と同じ表情をしてる。
操っている死体にすら、親しい仲間は居て、故郷で待つ家族が居るのだろう。
悲しいなあ。
止めて欲しいなあ。
俺、デュロルに成っちゃったよ。
止め……急に周囲が暑くなる。
俺の目の前に何かが落ちてきた。地面を砕いて着地して、睨み付けられた気がする。
同じ気配。砂煙の中のシルエットも同じ。
2本のツノ。
煙を掻き分け、赤い装甲のデュロルが姿を現した。
そのデュロルは携帯端末を取り出し、何処かの国の言葉を話し始める。
「___暴れているようですね」
携帯端末はデュロルの言葉を翻訳して話し始めた。奴の口調からして、そんなに丁寧な言葉遣いじゃないことは分かる。
「___名前は何ですか」
「水月 春五郎……」
「___私はルータスです」
「___仲間になりませんか」
俺が話出そうとすると、ルータスは携帯端末をこちらに向けた。
「目的は何だ」
「___ある人物を殺したいと思っています。あなたの力が必要です」
「人殺しする為に協力はしない」
「___その人物は、こちらの敵です。人間の仲間です」
人間の仲間……。
俺はどっち側なんだ。
デュロル側と言われると、なんか嫌だ。
俺の仲間の為に、敵の人間を殺していただけだ。
どっちかと言えば、俺は人間側……だよな。
「そいつは今、何処に居る」
「___ある人物は日本に逃げました」
日本……!!
「俺はお前には協力しない」
少しの間を置いて、ルータスから溶岩が溢れ出た。
周囲の骸で射撃しても、傷一つ付きやしない。
デュロルって、こんなに頑丈なのか。
俺は刀を黄金色に輝かせた。
ルータスは攻め気味の姿勢から、驚いたように後方へと下がった。
この刀身に触れた人間は干からびて息絶え、そして俺の駒となってきた。
駒は溶岩に溶けたが、ルータスは刀身を怖がってる。
そのままルータスは後方へ飛び去って行った。
俺はしばらく周囲を警戒してから、日本へ向かう為に動き出した。
ー千歳 重三側ー
俺の乗る軍艦は破壊された。しかし、少数の死者は出たものの、大半の者は生きながらえた。
俺の誘導で海へ飛び込み、陸まで泳いだ。
俺らは別部隊の到着を待ち、一度日本へと引き返すことになる。
その途中で、第6部隊が甚大な被害を受けたことを知らされる。
「春五郎……」
そして、世間では最重要警戒デュロルと指定されたデュロルが騒がれた。
その中に、"水月 春五郎"の文字を見る。
その文字を否定したかった。違う人であって欲しいと願った。
あいつのことだから、俺が死んだと思ったんだろうなあ。
記事に載る"水月 春五郎"の近くに、2本のツノが生える悲哀に覆われたデュロルの写真があった。
俺の乗る軍艦は破壊された。死んだと思うのも無理はない。けれど。
「デュロルには成るなよ春五郎……」
幼い頃の笑顔が重なる。
その笑顔は、目頭を熱くした涙によって滲んだ。
俺は、決意しなければならない。
"どうする?俺らの誰かが鬼人になってたら"
あの日のことはよく覚えてる。
"俺らで止めよう。人を殺しちゃう前にさ、そんなの悲しいじゃん?"
お前が望んでることなら、俺も敏介も迷わない。
"俺が成っちゃったら殺して欲しいかな。2人にだったら、良い"
俺には、重い現実だよ。
日本に着いてから俺は上司の命令を無視して、埼玉の実家へ戻った。
敏介が想いを込めて打った刀を握る為。
"重三!コレやるよ。僕が打った最高傑作なんだ。まあ、これから最高傑作は塗り替えていくんだけどな。……良いんだよ受け取れって。もしもの時まで取っといてくれよ"
敏介、今がその"もしもの時"だよな。
刀を握り、布に入れ、あの場所を目指した。
道行く景色こそ変われど、何もかも覚えてる。
街灯は今でも少ないままで、雲一つない空から月の光が辺りを照らしている。
舗装されてない山道を通り、茂った草を掻き分ける。
俺らの秘密基地。何故か、何の確証もないまま、ここへと来てしまった。迷いもなかったと思う。
あの頃と変わらず、この季節になると荻の草が生い茂る。
その真ん中に、ポツリと月を見上げるデュロルが1人。
デュロルを前にして焦りは無く、何故か微笑む自分が居た。
「やっぱりここに居たんだな、春五郎」
デュロルになっても、ここを忘れずに居てくれたこと。
春五郎は月から俺へと顔を向けた。ゆっくりと。ゆっくりと。
「安心したよ。デュロルになっても、お前は春五郎だってな」
春五郎は俺に顔を向けて、暫く硬直した。
俺は春五郎の間合いまで歩き寄る。
「重……三……なのか?」
「おう。俺だぜ」
「死ん……」
春五郎は言葉を詰まらせた。
そして、全身の力が抜けるように数歩よろける。
「重三が!死んだと思ったから!!俺は!お前が死ぬ筈無いって!でも!だから!」
「落ち着けって言っても無理あるよな。でもホラ。俺は今も生きてる」
「……」
春五郎は涙を拭う素振りをするも、虚しく装甲の当たる音が響く。
「うあああああぁぁあぁあ!俺は!取り返しのつかないことをした!人を殺した!何人もの命を奪った!お前が死んだと思い込んで、どうでも良くなったんだ!」
春五郎の顔装甲から、2本のツノは塵となって宙に消えた。
それが月の光に反射してチラつく。
「人を殺してる時、お前に止めて欲しいと願った。でも、それも叶わない……から。敏介には負けたこと無いから、アレだけど」
「敏介が聞いたら泣くな!でっはっは!」
この空気を押し込む為に笑ったけど、俺の目は引き攣ってたと思う。
「そうだよな。俺は重三に、哀しい想いさせたんだよな」
「おう、哀しいどころじゃねえ。本当に哀しいのはこれからなんだよ」
春五郎は察したようで、俺の顔を見続けた。
「俺はお前を止める。それが、あの時、この場所で交わした約束だからだ」
春五郎は下を向いた。
「今まで通りにはならない。それは俺が一番知ってる。知ってるからこそ、俺が俺でいるうちに、止めてくれ」
「それがお前の願いだろ。けどよ、一方的に刀を振るうのは嫌だ」
「は!?何言ってんだ!」
「だから!コレだよ!」
俺は布から刀を取り出す。
「敏介が想い込めて打った刀。覚えてるだろ」
「……」
「俺の手でお前を失わなきゃならねえ。だったら最後にやろうぜ、本気の"打ち込み"」
「でも……」
「俺を舐めてんな?俺はお前に負けたことねえぞ!言葉通り、真剣勝負だ!」
「……お前は言い出すと聞かねえからな」
春五郎は右掌から白い刀を生成した。
互いに刀を構え、互いの刀身は月に照らされる。
敏介の打った刀は紅く輝く。
春五郎の刀は月の光を強調するように青白く輝いた。
刀を交えた俺だけが知る、春五郎の最期。
記事に書かれた異能力、死んだ人間の屍を動かす。あまりにも率直で、俺を蘇らせたい素直な想いが能力になっていたんだな。でももう、その能力すら残ってなかった。
筋力こそ増してるものの、刀さばきは春五郎そのものだった。
ただデュロルの姿をした、あの頃の春五郎だった。
当時 最重要警戒デュロル
【願鬼】
水月 春五郎 絶命。




