57話ー晴れのち黒雲ー
兄・瑛太との再会で楓太の雨は止む。
動揺した李に、千歳一行は勝利する。
雲の隙間から太陽の光は差し込む。
楓太の念願であった、青空を見せて。
ー中国 第3プラントー
冷たい雨と雪に打たれ続けた身体は、陽の光にこれでもかと照らされる。
「青空って綺麗だろ?」
全身から白煙を吹き出し、刀を鞘に仕舞ったポーズで固まる千歳と呼ばれた男は言う。
「この雲の上には、あの青空がずーっと続いてるんだ!楓太の心に雲があるなら、その奥にも青空がある!ずーっと続く、綺麗な青空が!」
その瞬間、心にしがみ付いていた重苦しい何かは消え去っていた。俺の横で青空を眺める兄へと目を向ける。
長年待ち望んだことが、現実となった。
実感こそ無いけど、夢なんじゃないかと思うけど、嘘じゃないことだけは確かだよね。
堪えていたものが全て流れ出るように、頬に光は反射する。
「千歳くん、ありがとう。青空……綺麗すぎるよ」
その言葉を聞いて、なっはっはと笑った千歳くんは、その体勢のまま、横に倒れた。
「ん?千歳くん??」
高千穂さんは焦って駆け寄る。
「やべえ!動かねえ!全身が!痛えええ!!」
数分前に、バチャッと音を立てて着地した滝原くんは、その着地したままの体勢で倒れていた。
「これ……こんなにも動けなくなるんですね」
泥濘んだ土に仰向けで倒れる畑山くんの姿も確認する。高千穂さんは慌てて皆を起き上がらせ、近くに運んだ。動けなくなっていたのは、全身を蒼白く発光させていた人達だったから、多分その……力の使い過ぎというか、その光の効力なんだろうな。
「3人で運ぼうか!」
しばらく動けずにいた兄は、既に動けるようで、身体の節々をぎこちなく動かしていたけど、何とか立ち上がる。
「瑛太さん楓太さんすみません、手伝ってください……」
高千穂さんは苦笑いしながら言う。
「いいよ!」
変わらずの笑顔で兄は答えていた。
私と瑛太さんと楓太さんの3人で、千歳くんと畑山くんと滝原くんを担いで下山した。途中畑山くんが、避難した人達がいるから迎えに行こうと言ったので、凄い数の人達と合流した。
この人数の人達が、誰も立ち寄れない工場で無理に働かされていたなんて、と心を痛くしたけど、助けられて良かったなと深く感じた。
道を選んで迂回しながら下山して、再び村へと向かう。
斬り裂かれた雲の隙間から、気持ちよさそうに泳ぐ白い雲が見えていた。
村が近付くと、村の元住人だった人が先導してくれて、お陰で迷子にならなかった。
出迎えてくれた村人達と、工場へ連れて行かれてしまった人は抱き合って再会した。残る大多数の人は、他の場所から連れて来られてしまったんだね。
千歳くんは自分の足で立って歩けるまでに回復していた。
走り寄ってきた村長は、私達に向かって深く頭を下げてから続けた。
「ありがとうございました。貴方達は、命の恩人です。再びこの村にも、太陽の光が差し込むだなんて思いもしませんでした」
千歳くんはとんでもないと首を振る。
「貴方達は、以前助けていただいた人に似ています。とても暖かくて、元気で、優しい人に」
村長はがっはっはと笑って、その人の特徴を真似してみせた。
千歳くんは嬉しそうに、満面の笑みを見せる。
ジジッ
「やっと繋がった!どこで何をしていたんだ!GPSも反応しない、通信もできない!心配したぞ!」
急に聞こえた堀さんの声に皆ビクッと身体が動いた。
ジジッ
「す、すみません……」
ジジッ
「急に視界記録が飛んできたと思ったら、皆傷だらけだし、笑顔で出迎えてる人達は居るしで、状況把握に苦労したんだぞ!」
ジジッ
「堀さん、ご迷惑をお掛けしました」
ジジッ
「ん?瑛太か……!?無事だったか!!」
その後、瑛太さんは照れ臭そうにして状況を説明した。
ジジッ
「ゾディアックを倒せたのか、良かった。瑛太も見つかったし、多くの人が助かったみたいだし、これ以上の事はない。そっちに装甲ヘリを向かわせてる。もう少しで到着する筈だ」
装甲ヘリの到着までの間、村人達は豪勢な料理を振る舞ってくれた。遠慮なんてしないでと笑顔で言ってくれる村人を見て、私は安心した。そして、料理が本当に美味しいの。美味しくて涙出ちゃうくらい。
千歳くんと瑛太さんは村人達とどんちゃん騒ぎしてるし、畑山くんと滝原くんはまだ身体を痛そうにしながらも、そんな村人達に癒されていた。
小さな女の子が、私の為に花飾りを作ってくれた時には、もう崩れ落ちちゃって……。鼻水だらだらで恥ずかしかったけど、この時の為に、私頑張ってきて良かったなって思えた。
やがて遠くから装甲ヘリの音が聞こえてくる。
村人達は再び頭を深く下げてくれた。
「これから、ここでの生活が楽しみです。明るい陽が差したように、華やかな生活になることでしょう。本当にありがとうございました」
村長のその言葉を最後に、装甲ヘリは到着した。工場に囚われていた人達は、数機の装甲ヘリへと分かれて乗り、中国の保護施設を目指して飛び立った。
私達の乗る装甲ヘリを残し、全ての装甲ヘリが無事離陸したことを確認してから、私達は東京へ向けて出発した。
「瑛太!1人でよくあのゾディアックに立ち向かったな!」
「悪魔みたいな奴でしょ?なまら怖かったって!実際怖さに押し潰されて負けちゃったし!」
千歳くん、瑛太さんのこともう呼び捨てにしてる。村でドンチャン騒ぎしてる時、2人で肩組んで踊ってたもんね。今日会ったばかりなんだよ?人見知りなんて言葉知らないのかな。
「それにしても、高千穂が見つけて良かった!俺がそこまで放り投げたらしいけど……」
「本当よ!助かったけど怖かったんだから!でも、たまたま瑛太さん見つけてさ。千歳くんがあそこに投げなかったら見つかってないもの」
「俺を放り投げた先には工場あったしな」
「僕のところには楓太さんが居ました!」
「お前は何だ、何かある場所を嗅ぎ分けてるのか?」
「本当に俺が投げたのか?全然記憶ないっ!きっとヒョーゾーが判断してくれたんだな!」
「あまりそっちの状況が把握できないけど、エキポナをあの距離投げ飛ばすって、ただ本当に凄いね。お陰で助かっちゃったし」
瑛太さんは困惑しながらも笑って見せた。
「峯岡みたいだよ本当に」
「ところで瑛太さん。瑛太さんは何でモンゴル平原に行ったんですか?」
瑛太さんは少し黙り込んだ。気まずそうに顔を上げて、目線を泳がせる。
「実はね……指定された場所に居るデュロルを解放すれば、弟を返すって言われてね……」
瑛太さんは目を伏せながら、言葉を探りながら言った。
「何ですか?そのデュロルって……」
ー中国 第3プラント跡ー
足首まで浸かる水溜りと化したプラントへ降り立つ。
見る筈の無かった陽の光に照らされるプラントを眺める。陽の光を辿り、斬り裂かれた分厚い雲を見上げた。
25あるプラントの全てを見て周るも、全ての夢見花は枯れ果てていた。緊急用水源も機能を停止していた為に起こった事だ。
第1プラント。片桐 楓太を拘束していた場所には、李の側近であった周の姿がある。今にも息絶えそうだ。
「た……たす……け……」
こいつが生き延びていたお陰で、エキポナの電波妨害は継続されているようだ。範囲は狭まっていることだろうが、ここの記録が残る事は無い。
この場所の主体となる工場からは黒煙が昇り、酷い有様となっている。全ての機能が停止していた。焼け焦げた呉の遺体を見やり、踵を返す。
廃町に隠しておいた片桐 瑛太の姿も無く、近の遺体が転がる。
斬り裂かれた雲の方角へと進んで行く。尖った山頂と山頂の間にできた窪みに、上半身のみとなった李の遺体を見つける。右胸に鳥の模様。その山頂からの眺めに、煙が目立った。その煙の出所を辿ると、村であることが分かる。
この村を見るまで、存在を忘れていた。人の足では到底辿り着けない場所にあるからと、放置していた村だろう。今では李も居ない。いつ人が入り込むかも分からない。
それにこの場所を、記憶として残してはならない。我々のトップクラスの機密事項だしな。
嵐のように訪れて、嵐のように去っていった者達。
この村を離れなければとずっと考えていた。だが、村の者は口を揃えて、この村が好きだと言った。
村の長として、出来る限りのことをしてきた。
しかし、日が経つに連れて、暮らしが厳しくなる一方だった。そんな中で、嵐のような人達は、嵐のように物事を解決して帰って行った。
「英雄チトセツトム。ありがとう。不自由の無い生活が、何よりの悲願でございました」
見ず知らずの私達の頼み事を、命を懸けて聞いて頂いた。なんと感謝を申し上げればいいのやら。
隣に居たエイタと呼ばれた男が通訳してくれた。チトセツトムは「お前達が幸せに生活できることが、最高のお礼だよ!」と。どこまでも寛大な心を持たれた方だ。
御供物も、一段と華やかになることでしょう。どうか、見守りくださいませ。今日まで貴方達が諦めずに繋いでくれたお陰です。
手を合わせて目を瞑っていると、外で子供の騒ぐ声が聞こえた。
「ねえ、また黒い雲が出てきたよ?」
一瞬にして冷や汗が直走った。外に出て見上げる。すると、斬り裂かれていた筈の雲を上回り、空全体を覆う巨大な黒雲があったのだ。
夜を思わせる程、辺りは真っ暗になる。
そして、その暗さを一掃するように、一筋の稲妻が天を走った。
これは唯の黒雲じゃない。雷雲だ。
騒ぎを聞いて集まる村人達。皆、子供が指差した先を見上げていた。
そこには、雷雲から垂れる稲妻に、まるで操り人形のようにぶら下がるデュロルの姿があった。
やがてそのデュロルは、全身から激しい雷を放出する。雷は雷雲を刺激するように突き刺し、地を削るように幾本も伸びていた。
デュロルは、雷雲へと腕を伸ばした。地面を削っていた雷は、地面と並行となり円形に変化した。それは地面スレスレに留まり、円形からは収まりきらない雷がまた地面を細かく削っていた。
その円形は、デュロルを中心にして昇って行き、雷雲へと伸ばす腕へ向かって小さく収束していく。指先にそれが届いた瞬間、勢いよく雷雲へと飛んだ。
それを受けた雷雲は、その部分を中心にして渦を巻き始める。
「怖い……」
母親に抱きつく子供を庇うように大人が前に出て遮る。村人達全員を私に向かせ、見えないよう背を向かせた。私の目の前で起こっていることが、現実ではない気がして、それでも恐怖は圧倒的で、避けきれない死を自覚する程だった。
状況が把握できず、ひたすらに泣くことしかできない子供達。まだ産まれて間もないと言うのに、この子達だけでも助かる事はできないのだろうか。
村人達全員で互いを抱きしめる。
皆涙を流して嗚咽していた。
「みんな一緒だから、大丈夫。寂しくないからね」
村長である私は、今出来る最大限のことを皆にする。これしか、してあげれないんだ。私にも、チトセツトムのように立ち向かえる力があればなぁ……。今になって、その力が欲しいと思う。
私は、今出来る最大限の笑顔を振る舞った。皆の最期に見る顔が、絶望してる顔じゃあ申し訳ないからね。涙に濡れた笑顔で勘弁してくれ。
そして、チトセツトム。私は君に、お礼出来そうにない。申し訳ない。
1人の子供が、私に抱きつく。子供は顔を崩しながらも、笑顔を作ろうと必死になっていた。
無理をさせてしまったな。
「よしよし……」
私にしか見えない後ろの光景は、一瞬の激しい光と熱を感じさせた。




