56話ー空ー
再び千歳の元に集結した一行。
千歳は父の呼びかけによって目覚める。
李の猛攻を受け、大想が空を覆った。
ー中国 第3プラントー
【大想 白蝶氷柱天井】
上空を覆い氷柱を垂らす雪の天井は地へと迫る。
千歳は氷柱天井に向けて斬撃を幾度か飛ばすも、一瞬で修復してやった。そんな攻撃が通じる訳ないだろうクソめ。
「クソ!!やられてたまるか!!」
小虫のような千歳の叫びも虚しく、氷柱天井は地面へと落下し、辺りに雪煙を巻き上げた。これで奴らは瀕死。死んだとは思わない。身動きが取れない極寒の雪の中で体力を搾り取り、ゆっくりと殺す。まあ、楓太くらいのデュロルであれば死んだだろうな。うん、明らかに死んだ。
「楓太を失ったことは痛いことだ。しかし、仕方のないことよ」
まだ雪煙の漂う地面へと着地し、両手を広げて雪煙を退かそうとした瞬間だった。
空からヒラヒラと雪が舞い落ちた。
思わずその雪を手の平で受け止めて溶かす。
雪の跡を追うようにして空を見上げた。
「まだ生きているのか?」
楓太が生きているのであれば、夢見花の栽培を続けられるやもしれない。
再び両手を広げ、雪煙を退かした。
5人が固まっていた場所を見やる。
ほお、立ったまま気を失ったか。1、2、3、4、5、6。タフな奴らだ。
……6?
6だと?
数え間違えたのかと注視する。しかし、それは数え間違いではないことを明確にするだけだった。
「何だと!?おま!お前!!何故!!」
シューーと息を吐き出し、奴ら周辺の雪は溶け、水溜りから蒸気を出して佇んでいた。
「みんな、無事かい??」
「瑛太さん!!」
金髪の女は確かにそう叫んだ。瑛太だと!?
「俺の到着が遅かったら、危なかったみたいだね」
瑛太は全身から血と白い煙を出しているにも拘らず、笑顔を振り撒いていた。
「その傷……俺らを庇って……?」
「ん?ああ、これ?どうってことないよ!何せ、"弟"に会えたんだからね」
PEって凄いねと笑いながら。
楓太は、まじまじと瑛太を見つめていた。
「瑛太……!!」
「楓太がデュロルだから何だ!!俺の弟に変わりないだろうが!!」
兄はデュロルになった俺を真っ直ぐ叱ってくれた。
「勝手に決めつける悪い癖だぞ!デュロルだからって、どうして俺が楓太を嫌いになるんだよ!」
だって、だってと言葉を漏らすも、その後に言葉が続かない。
「自分に自信を持て!楓太は人を食べなくても自我を保てる!雨に打たれるだけでだよ!素晴らしいことなんだぞ!常人のデュロルじゃ為せないことなんだ!」
兄は俺のことを決して否定しなかった。
でも俺は、そんな自分が嫌で、嫌われてると思い込んで、兄にとって俺は迷惑なんだと思い込んで、よく家出したんだ。
その都度、ボロボロになりながら捜し回り、必ず見つけてくれた。
兄は俺を見つけた時、必ず叱る。
けれど、最後には必ず笑って言う言葉があった。
「帰るぞ、バカ野郎」
肩を濡らしながら1つの傘を広げ、今日のご飯何食べたい?など他愛のない言葉を交わして帰る。
俺は産まれた時から青空を観る機会が無かった。
もっと幼い頃、兄と一緒に地下へ閉じ込められて生活していた。外は危険だからって理由で。両親の過保護の度を超えたそれの所為で、唯一ある空の記憶は、分厚く濃い灰色の雲、雨。
薄暗い部屋の中で、青々に透き通る絵本の空に夢を膨らませていた。
長い年月が経過し、過酷な生活に絶望しかけた時、常に俺を励ましていた兄は立ち上がった。
母が食事を持ってくる一瞬の隙に、兄は脱出した。
凄まじく怪訝な顔で兄の後を追った母。薄暗い空間に、独りになった。
その空間はやけに広く、やけに暗く感じた。
たったの1時間程度が、当時の俺には何十時間と感じてしまう。
兄は無事なのか。
生きているのか。
帰ってくるのか。
俺はこのままなのか。
ずっと独りなのか。
外に出られないのか。
唯一の記憶であり、脳裏に焼き付いていた雨が、心の中をずぶ濡れにした。
せめて雨だけでもいい。もう一度空が見れたなら。
俺の心の雨は、その瞬間から降り続いた。
それは兄が血だらけになって帰ってきてからも続いた。
俺の姿を見た兄は、しばらく動くのを止めた。
それでも、兄は俺を守ると言ってくれた。
大人になって、俺はまた兄を傷つけてしまった。
李に拉致され、俺の所為で兄と数人の兵士が死んだと告げられた。
俺は何もかもを失ったと思った。
雨に打たれるだけで生きてしまうし、自我を保ってしまう。
数年同じ場所に縛り付けられ、餓死することもできず、ただ只管雨に打たれ続けた。
俺は考えるのを止めた。
死のうにも死ねない地獄が続いていた。それが今日、いきなり終わろうとしている。
本当にいきなりで、まだ実感が湧かないけど。
ずっと待っていた……。
生きていて欲しいと願った兄が……。
今……目の前に……。
変わらない笑顔で……兄が居る……!!
「帰るぞ……バカ野郎ォ……!!」
溢れ出した涙を隠さず、瑛太さんは満面の笑みを浮かべていた。
瑛太さんと楓太さんは抱き合い、兄弟愛をしみじみと感じさせる。
私もらい泣きしちゃいそう。ウルウルの目を瞑ってダメダメと言い聞かして、李を見やった。
李は空を見上げ、目を瞠っていた。
私達も空を見上げる。
雪になった雨は、止んでいた。
分厚く濃い雲が広がるだけで、粉雪の一つも降っていない。
「あ、あああ雨がァ……」
李は手のひらを空に向け、信じられないと言葉を溢しながら、降らない雪を掴もうと必死になっていた。
「私が飛ばされた場所にね、気が滅入りそうなほど暗い洞窟があって、そこに瑛太さんが捕らえられていたの。凄い傷だらけだったのに、私達を守ってくれて、感謝してもしきれないよ」
雪溶けの水溜りを眺める。雪の天井が覆い被さる寸前、私は目を瞑ってしまったから、瑛太さんがどうやって守ってくれたのか分からなかった。
多分、PEを使ったんだと思うけど。寸前まで気配感じなかったし、本当に見てるだけで痛いような傷だらけの身体なのに。
また、瑛太さんに助けられちゃったな……。
「片桐さん!ありがとう!!お陰で、李を倒せる!!」
千歳くんは瑛太さんに深く頭を下げてから、李へと振り返る。
「どういたしまして。もう身体動きそうにないから、お荷物だと思うけどね」
PEって本当凄いねと笑いを交えながら。
李は明らかに動揺していた。
「雪がァ……止んだだとォ……!」
「動揺と見た!援護してくれ!!」
その言葉を発すると同時に、畑山くんはPEを起動する。畑山くんの全身にPEが行き渡るまでに、千歳くんは楓太さんへと顔を向ける。
「楓太!兄貴抱えて待ってろ!俺らが青空見せてやっから!」
すると楓太さんは目を見開いて、小さな声を漏らした。
「どうしてそのこと……」
畑山くんは両腕に稲妻を走らせ、腰を低く構える。李はその姿を見やると、焦るようにして自身周辺の雪を蝶に変えて羽ばたかせる。
畑山くんは、左手から放出した雷盾の槍で、雪の蝶を弾きながら距離を詰める。李は畑山くんの進行方向の雪へと手の平を向けた。すると、周りから雪が掻き集められ、畑山くんは雪に覆い囲まれてしまった。
「つっかまえたああァ!!」
李は手を握ってかまくら状になった雪を押し固める。
「んァ?」
李は明らかな反応を見せた。押し固めた雪の中に、畑山くんの存在が無いことに気付いたかな。
その瞬間、畑山くんは李の上部に位置していた。
【雷迅の大盾】
畑山くんは李の真上から、手を開いた右腕を突き出した。その右腕から放出された雷は、広範囲な半円球となった。
李はそれを目で追ってはいたものの、避けることができずに直撃し、地面へと押し潰される。雷盾が触れた雪は溶ける。
【最大出力】
畑山くんがそう叫んだ瞬間、押し潰されていた部分は更に押され、目に見える威力となって砕かれて沈んだ。
しかし、李は雷盾の下で立ち上がろうと肘を立てる。溶けずに残る雪が蝶となって畑山くんへ襲いかかった。この間、瞬き一つも満たない速さで。私が蝶へと狙いを定める間も無く、蝶は畑山くんの体に纏わり付くと、雷盾は収束され、身体は地面へと落ちてしまう。
李は即座に立ち上がり、手から放った雪の蝶は畑山くんの腹部へ入り込み、雪を削りながら吹き飛ばした。吹き飛ばされた先の雪に更に覆われ、PEを起動していても身動き取れない程に固められてしまった。
だけど、畑山くんの雷はしっかりと効いてるみたい。李の動きはぎこちなく、力の強弱がうまく作用していない。
この瞬間を逃すまいと、矢尻は李を見据えていた。
【爆推弓 繼禰 燻りの矢】
私の指から離れた矢は、李へと真っ直ぐに飛んで行く。
李はその矢への反応に遅れつつも、手の平から雪の蝶を飛ばした。矢はその蝶を貫き、李に触れる手前で爆散する。矢から吐き出された黒く濃い煙は、李周辺に充満した。
デュロルにしては珍しく装甲の合間から眼球を見せる李にとって、この煙は最悪だと思う。目の粘膜から突き刺すような痛みに涙は溢れ、吸い込むと喉を劈くような不快な痛みに咽せる。そして肺に残った煙もまた、肺の機能を低下させ判断力を失わせる。黒く濃い煙なだけに方向感覚も機能しない。使い所の難しい矢だけど、畑山くんが弱らせてくれたお陰で、次に繋げられる良い使い方が出来た!
既にその煙の上空には、PEを起動して飛び上がっていた滝原くんの姿があったから。
「滝原くんお願い!!」
「ありがとうございます!千歳さん上げますよ!!」
「頼んだ!!」
滝原くんは大槌を煙に向ける。
【嘉弦 砂鉄一本釣り】
すると、煙の中の李が居るであろう場所から湿った土が舞い上がり、それに釣られて李も煙を越えて浮かび上がった。
「おおおお!!凄ええええ!!」
千歳くんは目をキラキラさせて叫んだ。
上空で滝原くんが大槌を振るい上げると、それに呼応して李は上空へと跳ね上がった。
「磁力解除!飛んでけ!!!」
滝原くんの横を通り過ぎて行き、李は遥か上空へと飛んで豆粒程の大きさになる。
千歳くんは首元のPEを起動して目を瞑り、腰を落とし、左手で鞘を持ち、右手は柄に添える。
そして大きく大きく深呼吸をする。
すると、千歳くん周辺の地面から若干の白煙が、囲むように渦巻いた。
その瞬間、私のではない何かの感情が、流れ込んで来る感覚に陥った。
"李によって連れ去られた楓太。"
"雨に打たれることによって生きながらえてしまうことを利用され、違法薬物製造プラントに縛り付けられ、育っていくのを見せつけられる。"
私ですら知らない情報が、どうして……。これは楓太さんの感情?
"その花粉によって様々な夢を見させられたんだよな。辛かっただろ。何より、兄が自分の所為で死んだと思い込むよう仕向けられてた。"
違う、これは……。
力んで歯を噛み締める千歳くん。
"楓太を助け出す為に、峯岡のおっちゃん達は立場に逆らいながら奮闘し、垣越さんは命を落とした。"
これは、千歳くんの感情だ……。
"違法薬物の為に奴隷として働かされてた人も居る。"
"兄を待ち続けた弟。"
"弟を助けたいと願い続けた兄。"
ふと瑛太さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。
"雨が降り続いてる影響で暮らせたもんじゃない村なのに、この土地が好きだからって、笑顔を見せる村人達!!"
"全員の想い!無駄になんてしねえ!"
思わず息を飲む。
"俺が!その想い受け取った!!"
「お前は!!こいつらの想いを受け止める責任がある!!」
千歳くんの感情が全部流れて来た。千歳くんにはこうやって、他の人の感情も流れて来てるのかな。
これまでも千歳くんに、どれだけの想いが募っただろうか。
千歳くんは、どれだけその想いを受け止め、行き場の無い想いに感情を殺しただろうか。
千歳くんの涙は、渦巻く想いに散った。
「地獄の底で!噛み砕けるもんなら噛み砕いてみろクソ野郎おぉおおおぉお!!!」
大口で叫んだ千歳くんは柄を握った。
渦巻いていた煙は捌け、一瞬の静寂が訪れる。
あれ?今一瞬……千歳くんが……。
【雲斬晴天 飛斬一文字】
目で追えない抜刀は、遅れて風を吹かす。
一瞬歪んだ空。
李は歪みへ乗せられ、更に上空へ。
そして、その想いは雲へと届く。
分厚く黒い雲に、一本の光の線は引かれる。
光の線に巻き上げられるようにして、黒い雲は隙間を空けた。
この場所に終わりを告げるように、晴れ晴れとした青空が顔を覗かせていた。
太陽の光が辺りを照らし出す。一体何年の間、陽の光を浴びていなかったのだろう。山々は嬉しそうに太陽を見上げていた。
そしてこの青空は、しっかりと楓太さんにも届いていた。
楓太さんは顔の装甲をボロボロと崩し、青すぎる空に見惚れていた。
あまりの美しさに、涙が流れていることすら忘れて。
聞いてた通りだよ。
綺麗で、心が晴れ渡る気持ち。
とても、暖かな気持ち。
こんな美しい景色が、雲の上にはずっとあったんだね。
見れたよ……。
青空……。
デュロル組織【世界デュロル保護機構】
第10ゾディアック【酉】
李・強王 絶命。




