29話ー退治ー
鬼神創立者 市中の明かされた過去。
市中の壮絶な人生を追っていく。
そして彼もまた、人である。
"鬼"になったその瞬間から、身体は驚くほど軽くなった。
そして、力が抜ける。全身がダルダルになった感覚だ。
力を抜いた左腕は地面にペトッと着いていた。左腕の拳を握って力を入れると、左腕はバチっと元の形に戻り、その勢いに数歩よろけてしまう。
「あいつ、デュロルになりやがった……めんどくせえな、スミレちゃん離れてな」
エキポナは刀の柄に触れる。
エキポナは首をビクッと倒し、苦い顔をして耳を抑える。
「……はい、はい。いえ、そのつもりは……はい、はい」と独り言のように呟いていた。
エキポナは刀から手を離し、両手を広げて俺を迎える素振りを見せた。
俺はエキポナに向かって歩いてく。
「ほら、良い子だから、お兄さん悪い人じゃないよ〜」
その言葉にやたらとムカついた俺は、当たるはずもない距離で右手を振ってしまう。だが、俺の右腕は振った勢いに任せて伸びていき、ちょうど肘の辺りがエキポナの顔面に当たり、ぐるぐると巻きついて、俺の腕は絡まってしまった。
エキポナは焦りながら絡まった俺の腕を解こうと力付くで掴もうとするも、うまく掴めずにいた。そんな俺も焦っていた。早く腕を元に戻したくて、右手に力を入れた。すると、右手は一瞬でバチンッと元に戻った。その次の瞬間、エキポナは力が抜けたように床に膝をついてから前に倒れた。倒れたエキポナの顔は反対に天井を向いていた。
絡まった腕を戻す時に首の骨を折ってしまったのか。
初めて人の命を奪ったが、一切の後悔も無く、むしろ摘花さんを助けたという満足感に駆られていた。
摘花さんは俺を見て泣いていた。
摘花さん怖かったよな。でももう大丈夫。俺が助けてあげたから。
俺は摘花さんの前に立って「もう大丈夫」と口にした。
すると、大粒の涙を流し、ぎこちない笑顔で「ありがとう」と言った。
その言葉が嬉しくて、俺はその場の雰囲気には似合わない喜びの感情を見せた。
「いたぞ!!あそこだ!!」
応援に来たエキポナの男2人が俺を見た途端走り寄ってきた。
そっか、今の俺は、ニュースで見る"鬼"になってしまっているのか。
俺はその場から逃げた。ここら辺の地形、山道は把握してるから、エキポナを撒くのは容易かった。
山の中で孤独な夜を迎えたが、昼間に見た摘花さんの笑顔が俺を支えた。
俺は生きるために町に下り、必要な食料や服、人を調達していた。町は俺の話題で持ち切りだった。
「あの孤児院から出たデュロル、孤児院の子たち全員を殺したんだってね」
「やっぱり?非道よね〜家族を家族とも思えないなんて」
「孤児院にいる時点で家族なんて感覚無いんじゃない?」
「それもそうよね、家族なんてわからないわよね。ウフフフフフフフ」
俺は涙を堪えることができなかった。
俺が殺したわけじゃない。家族を愛してた。でもそんなことを言っても信じてもらえないことは感じ取れた。俺も"鬼"になるまでその存在を忌み嫌っていた。だが、なってみてわかった。
「なりたくてなったわけじゃない」
"鬼"になった人はこんなにも悲しい感情に駆られてたのか。
大昔に産まれたこの人種は、長い年月をかけて"人"に恐れられた。
度々迫り来る恐怖、それを抑えたいと思う時に感じる人間への食欲。
"鬼"にとって"人"という存在は食料にしか感じない。これならば、恐れられてもおかしくはない。そう自分に言い聞かせたが、圧倒的な孤独に自分は殺されそうだった。捕食してる時が、唯一自分を取り戻せる瞬間で、1番嫌いな瞬間だった。
孤児院の事件から数週間。無事だった職員の全員はそれぞれ別の場所へと割り当てられた。
摘花さんの転勤場所へと毎日足を運び、隠れて彼女を見守った。
一瞬だけ目が合った気がした。
俺は小さく手を振ったけど、見えてたかな?
次の日から摘花さんはその場所に来なくなった。
町のどこを探しても見つからない。
摘花さんの身に何か起きたのかな。
摘花さんを探し、盗みを働き、"人"を食し、見つかればエキポナに追われる。
そんな生活を繰り返すこと5年が経ったある日、2歳年下で9歳の黒谷と詩織に出会う。
俺と同じで幼くして"鬼"になってしまった少年と少女だ。3人で行動を共にすること1年。
都内で1歳年下で11歳の上河原、4歳年下で8歳の古田、5歳年下で7歳の頂に出会った。
皆生きるのに必死で、仲間を見つけたと喜びを露わにした。
俺たちは逃げることに専念してきた。だが、下の子5人を連れてるとどうしても逃げることが難しくなる。逃げてるだけじゃダメだ。
俺たちは強くなることを決意した。逃げるだけじゃなく、戦う術を身につけようと全員で決めた。
詩織は「傷つかない身体だから、ウチで訓練しなよ」そう言ってくれた。俺を含めた6人は能力の使い方、制御の仕方などを体で覚えた。
すると、久しく感じなかった楽しい感情が芽生えた。"鬼"にしかできないこと。自身の能力を知り、それを使いこなしていく快感。追われるだけじゃなくなった恐怖からの解放。
俺らは笑っていた。
この瞬間から、俺らは"人"を捕食したいとは思わなくなった。捕食しないと迫り来る恐怖も感じなくなった。だが、訓練で能力を使った後は、お腹が空いた感覚で"人"を捕食したいとは思った。
実際捕食することによって、身体の疲労も回復していき、能力の質や、使える回数を増やせる。
そんな特訓と、実戦を繰り返すこと3年が経ったある日のこと。
街で、摘花さんに会った。
それは突然だった。電車の広告や、ビルの壁面に貼られた広告、電車内CMに出てた摘花さんそのものだった。
「摘花さん!!覚えてる?俺!市中!久しぶりだね!!」
俺を見た摘花さんは、目を見開いていた。
俺が一歩近づくと、摘花さんも一歩引いた。そっか、そうだよね、もうかなりな有名人だから俺が近づくと人にバレちゃうもんな。もう俺も安全だよってことも伝えないと。
「摘花さん、俺もう、"人"を食べなくても良くなったんだ!!」
摘花さんは段々と真顔になっていくような気がした。
「怖くないだろ?」
一歩ずつ近づく俺に対して、摘花さんは酷い笑顔で後退りする。
俺の中にいた唯一の救いだった人間の反応がおかしい。
すると摘花さんの眉間はぐちゃぐちゃになった。
「来ないでよおおおおお!!なんで!?なんで私にばっか憑き纏うの!?ここまで逃げてきたのに。お前は死んだと思ったからこうやってテレビにも出れるようになったのに!!!」
俺は混乱した。
「だって、あの時、俺がデュロルになった時、笑ってありがとうって」
「あんなの、お前に殺されない為に決まってんじゃん!!!お前が殺したエキポナ、良い男だったのに、余計なことしやがって」
俺が唯一信じてきた人間も、所詮は"人"だった。
所詮は俺ら"鬼"を醜いものとしてしか見ていない。そうさせたのはあんたらなのに。
この瞬間から俺は人間に対し、憎悪と殺意が湧き上がった。
「こうなったのはお前ら人間のせいだ。人間のせいで俺らは産まれた。なら、産んでくれた怨返として、殺しても文句は言えないよな」
自分が信じるもの、それは自分と仲間のみだ。
摘花と名付けられた骨は自然に還り、俺の血肉となった。
「人間は俺らを産んだ悪魔だ。それを退治しよう。今日から俺らは、誰にも負けることのない、神の如く悪魔を退治する"鬼"、"鬼神"となろう」
俺が子供の時好きで読んでいた本に出てきた神様の名前がアラハバキだった。その神は、悪を次々と退治していった。俺らも、悪魔を次々と退治していく意味を込めた。
全国を転々として7年。自身の能力を磨き上げ、目に見えない速さで移動するまでに成長した。
鬼神は各地で暴れ、人間を暴食していった。
そう、ターゲットは人間。
だが、俺らは激しくやりすぎた。
世界デュロル保護機構に、この虐殺行為は目をつけられた。
世界デュロル保護機構は名前の通り、デュロルを保護する団体だ。有力な国から認められた、公式のデュロル組織と言っていいだろう。
その世界デュロル保護機構の幹部クラスの「ゾディアック」と呼ばれる階級の"鬼"が直接会いに来て警告した。
「これ以上ただ虐殺をするのは俺らデュロルにとって印象が良くない。故に、エキポナを巻き込め。事前にエキポナに虐殺予告をする。その予告を阻止する約束を投げかける。これは不可能なことで構わない。そして長期にわたる年月をかけることで、エキポナの無力さを世間に知らしめる。これを条件にすれば、虐殺を許可する。エキポナの評価を下げろ」
「長い年月とは、どのくらいだ」
「10年だ」
「何だと……!?」
俺らは反対した。
だが、世界デュロル保護機構のゾディアックの力の前に敵わず、従うしかなかった。実戦を繰り返して力を磨いた俺ら6人が、1人の"鬼"に全く歯が立たなかった。
5年、作戦の準備と計画を立て、JEAの前に姿を現し、虐殺を予告した。同時に、絶対不可能な"デュロルが人間を捕食しなくても生きれる薬"の開発を投げかけた。
JEAの前から姿を眩ませた後、"鬼"として育て上げる為の子供を誘拐していった。
育てる上での金と、世界デュロル保護機構のゾディアックに子供誘拐の後処理を依頼する金を、人身売買や売春、薬物売買やヤクザからの上納金で調達していた。
子供を"鬼"に仕上げる。その"鬼"を戦力にする為に鍛える。それぞれを戦いに使える能力にする為、調整しながら絶望させることは大変だったが、無事能力を発揮させた。その能力をそれぞれ引き伸ばし、より実戦的にしていった。
この大まかなことを9年半かけてやってきた。
そして、やっと悪魔退治ができたと思った矢先、この年にデビューした千歳のガキらによって計画は次々と崩されていき、今まさに、俺1人になってしまった。
人生の半分以上の莫大な時間をかけても、こんなにも一瞬で、この新人達にめちゃくちゃにされるのか。
俺は孤独に駆られた。
考え込めば考え込むほどに孤独と怒りが湧き上がる。
身体の底から想が湧き上がってくるのを感じる。
寄り添った仲間が、目の前にいるあいつらに殺された。
俺がここでへこたれてる場合じゃねえ。
"鬼"として、"鬼神"として生きたからには、最後までその生き様を貫いてやる。
俺を産んだことを知らしめてやるまでは、絶対に終われない。
全力でぶつかって、続きを成そう。
4人背中を合わせ、なかなか姿を見せない市中を警戒していた。
「あの、さっきの僕の攻撃で、市中のプライドは崩れたはずです。きっと僕を狙ってくる。だから、僕が囮になります!そこを狙ってください!」
滝原の声はいつもより太く立派だった。
「ダメだ!!囮になんてさせない!!」
「市中を倒す為の作戦ですよ!ここで躊躇してる場合じゃないんです!!」
滝原は珍しく強気だった。
「滝原の言ってることは兵士としては正しい!けど嫌だ!それでお前が死んだら元も子もねえ!」
「千歳の言ってることも正しい。滝原が囮になったとして、市中を倒す決定打にはなりにくいだろうしな」
「私も万が一滝原くんを射抜いちゃったらって考えると集中できないから、こうしましょう?」
「1人で囮になるなんて考えるな!俺らがいるんだ!協力して4人で気を引き合って隙をつく!!」
「千歳くんに言われちゃった〜」
「それでいこう」
「皆さん、わかりました!そうしましょう!」
「市中も人間だ!4人で気を引き合えば体力も減る!」
ドゥゥウン!
立ち込める砂煙を一瞬にして弾いて現れた市中は、高千穂ですら目視できないほどの速さだった。
「"鬼"の強さを思い知れ!」
市中は腰を落として腕を後ろに引いたと思った瞬間、音より先に滝原の背中を勢いだけが貫き、音と衝撃が遅れて届いた。滝原はその桁外れな威力にその場で膝をつくと、腹部を抑えて丸くなった。
「がはっ!」
次の瞬間には俺と高千穂と畑山が同時に同じ攻撃を受け、膝を落とした。喉の奥から鉄の味が這い上がってきて、それは口から顎へ伝った。
腹部への強烈な殴打……。その威力は背中へと抜けていき、殴られたという事実だけが残る。
その威力に砂煙は、拳の軌道に沿って円形に避けていた。
「くそっ!速え!もっと見えねえ!!」
明らかに先程よりも速く、威力も桁違いだった。
そして既に、市中の姿は消えていた……。




