10話ー高千穂 亜百合ー
高千穂の過去。
自分を捨てたいと思うほど。
辛く苦いものだった。
上河原奪回の際に身柄を確保した鬼神の2人、箱内 登と酒井 利樹は事情聴取に快く応じていた。
だが、身柄確保から2日と数時間を経過した現在、箱内の身体に変化が起こり始める。
「今こいつの身体は、人間としての原型を守ろうとして、人間の情報を求めている。つまり、デュロルに身体が侵食されない為の生存本能で人間を捕食したがっている」
「堀さん、デュロルに完全侵食されると確か、もう人間に戻れないんだよね」
「ああ。そうなると、デュロルは自分以外の違う人種が怖くなり、捕食の他に、恐怖で人間を殺害しだす。違う人種、つまり人間の顔を見ない限り、完全侵食された人は暴れだすことはなく、捕食することも無くなる。今世の中にはそうなってしまった人達が山ほどいる。どうにか打つ手があればいいが、デュロルと人間は見た目以外、何ら変わりが無い。白く分厚い装甲は骨。黒い皮膚は筋肉そのもの。人間の皮膚は内側へ。どうやって能力を操っているのかは未だ謎だ。助けたいが、助け方がわからない」
「そうなんか……。箱内は今、すげぇ苦しいんだよな」
「そうだろうな。彼は彼自身を保とうと今必死に身体と闘っている」
「鬼神がいなかったら、箱内は違う人生を歩んでいたんだよな」
「千歳くん……」
「ああ。家族と共に幸せに過ごせたことだろう」
「もう箱内は、親の顔も見れないんか」
「見たら暴れてしまうからな」
「……。許さねえ鬼神」
「千歳、それには俺も同意見だ」
「畑山!」
ー時は数分遡るー
「おい!畑山!!お前は俺の仲間になれ!」
「はい?」
「千歳くん唐突だよっ!説明しないと分からないでしょ!」
「どうゆうことだ?」
「千歳くんはいつかチームエル・ソルに入るから、その時の仲間を集めているの」
「今の奴らよりかはいくらかマシになるだろうな。頑張れよ」
「だーかーら!お前は俺の仲間になるんだ!あと1人チームフエゴの奴を仲間にすれば揃うんだけどな〜」
「待て待て!まだ俺が仲間になるだなん......」
「よろしくね畑山くん!」
な!?なんだこの少女の迷いのない眼差しは!
そんな瞳で俺を見つめないでくれ!
「お願いだよ畑山!な!仲間になろう!」
「畑山くんお願〜い!」
お、お願いされてる!?俺が必要なら、ま、まあ仲間になってやっても良いが、別にそんなヤマシイ気持ちなんてないし!?いつか俺もチームエル・ソルに入るんだし?まあどっ......
「聞いてる〜?おーい畑山くん?」
「ん?ああ。聞いている」
「で?入ってくれるの?」
だから、その眼差しを辞めてくれ、これ以上俺の心に矢を刺さないでくれ。これで断ったら2人の期待に背くことになり、超新星と呼ばれる俺がまるで、空気読めないダメ男と呼ば......
「お、3人仲良いな。似合ってるぞ!」
「堀さん!そうだよな!!ほら!畑山!俺ら似合ってるんだって!」
「……!?」
に、似合ってるだと!?この、このキラキラな瞳をするこの子とも似合ってると堀さんは言っているのか!?いやいや、考えすぎだ。いや、だが待てよ?仲間になれば、一緒に居れるってことなのか!?全くもってヤマシイ気持ちなん......
「堀さん、畑山くんさっきから目線泳ぎまくってるんですけど、彼ってずっとこんな感じなんですか?」
「いや、しっかり者だが?仲間に誘ってるのか?」
「そうなんですけど、誘うと答えないで目線泳ぎまくるんですこの人」
「おい畑山!お前こいつらの仲間に______ 」
いやいや、千歳は強い。俺も強い。この少女もよくニュースで見る。つまり強い。ん?ニュースで見て可愛いと思ってしまった女の子がこの子か!?あちゃー。これは大チャンスじゃないか!もしかしたら彼氏になれるかな。いや、俺だ。俺ならなれる。この女の子の彼氏に俺は......。
「______なるのか?」
「なる。あっ」
しまったああああ!声に出してしまった!!
「お!!よかった!よろしくな畑山!」
「やった〜!畑山くんよろしくねっ!」
ん?どこまで声に出ていたんだ?
「これで仲間が3人になったな!あと1人!」
ん!?ひょっとして仲間になるって答えてしまったのか!?
「い、いやそうゆうつもりじゃ……。ん。なると言ってしまったのなら仲間にはなろう。だが千歳。俺はお前については行かないからな」
「ああ、それはいいぞ。ただ、仲間なんだ。俺を頼れ!」
……千歳って男は中々掴めない奴だ。
「丁度いい、3人共ついてきてほしいんだ」
ー現在ー
「俺は鬼神が許せないが、デュロルが許せないって訳じゃない」
「ああ、それは俺もだ畑山!」
「能力を殺害に使うデュロルは許せない。だが、自分の意思とは別にデュロルになってしまった人は全力で助けたいんだ」
「畑山くん」
「俺がJEAに入った理由もそれだ。確かにデュロルは人間を捕食してしまって、悪い印象が根強くあってしまう。そんな世の中が息苦しかった」
「畑山。その考えは立派だ。だが、助けようがないんだ」
「まだ答えにたどり着いてないのに諦めるんですか堀さん」
「まだ諦めたわけではない。千歳の夢とやらを俺は到底叶えられると思えんが、どうするつもりなんだ?」
「千歳くんの夢聞きたいな。まだ聞いたことない」
「千歳の夢を聞いてお前らがまだ千歳の仲間でいると言うのなら、俺は全力でサポートする」
皆の視線が一斉に俺に向けられる。
「俺の夢は!父ちゃんみたいなかっこいいエキポナになって!この世界から『人種』の差別を無くすことだ!その為に今やらなければいけないことの1つ!鬼神の壊滅だ!!」
「なーんだ!思った通り」
「案外似てるな、俺の夢とも」
何だこの2人の反応は。人種の差別を無くすんだぞ!?500年を超える差別が続いてきたんだぞ!?
「誰かが手ぇ出さなきゃこの先もこの差別は続いてく。俺はやる!お前らそれでも着いてくるってんなら!絶対死なせないからな!俺を頼れよ!」
「当たり前だ千歳!見直した!俺も頼れ!」
例え99.9%以上無理な夢だとして、こいつらは人生を賭けて残りの0.1%以下の可能性に賭けるのか。それも、誰かにやれと言われたわけでもナシに。ああ、こんな馬鹿が峯岡以外にこんなにも……。奴もあいつも、今の彼らみたいにこう笑顔でいたな。
俺らが訓練生の時の元帥もこんな感じで馬鹿だったな〜。
「もちろんだよ千歳くん!私の約束も守らなくちゃいけないし!」
「そういえば、高千穂の約束って何だ?」
「そうだね、話してなかったね。私は______ 」
ー高千穂12歳ー
「パパ今日珍しくお休み取れたんだね!久しぶりにドライブするな〜」
「……」
「ねえパパ!どこに連れてってくれるの?」
「……」
「パパ……?」
パパはしっかりとハンドルを握り締め、ただ前を向いて涙を流していた。
車は次第に街から離れ、山を越え、また1つ街を越えて山を越える。
車は薄暗い林の中に止まる。
パパは無言で外に出る。
遠ざかるパパは霧の中に姿を消す。けど、パパのシルエットが振り向いて深く頭を下げたのが見えた。
間も無くしてシルエットは見えなくなる。心配になって外に出ようとするけど、「亜百合、お前は俺の一人娘なんだ。お前に何か危険なことが起きたらお父さん心配しちゃうから、安全な道を選ぶんだよ?」と、前から言われてた言葉が脳裏をよぎる。
学校後の長い車旅に体の疲れはピークだった。
私は眠りに落ちていた。
目が覚めた時、車は動いていた。
「パ……パ??」
運転席には知らない女性。貫禄があり、長く伸びたしおれた髪。黒髪の中にいくつもある白毛が目立った。
時々街頭で照らされる横顔は妖怪にしか見えない。当初の私にはその現実が受け入れきれなかった。
「誰??」
「あんたのパパはもういないよ、今日からウチに来るんだ。言うこと聞かなかったら命は無いと思いな」
ガラガラと潰れた声はより一層緊張と恐怖を強調した。
昨日までの優しいパパが運転する車と違い、激しく荒々しい運転が性格を物語っていた。
数十分車を飛ばし、ボロい二階建てアパートに車を止める。「パラダイス」と壁に文字が付けられている。
「この部屋があんたの仕事兼生活部屋だよ」
案内されたのは二階の角部屋。
「仕事?私まだ小学生だよ?」
「……働かなきゃ飯も食えやしねえよ。ここで待ってりゃ金が来る」
ベッドと、見たことない小さい箱がいっぱい入ってる棚と、買い溜めされたティッシュが部屋の角にあり、壁には時計、テーブルの上に透明のケースがポツリと置かれただけの1K部屋。
しばらくすると、来客を知らすチャイムが鳴った。
玄関のドアを開けると、そこには中年のサラリーマンが立っていた。
「ほぉ〜。新人ちゃんは若いね、しかも可愛い!珍しいくらい可愛い!」
「おじさん誰?」
「おじさんねぇ、優しい人!おじさん優しいからお金あげちゃう!」
「え?」
そう言うと財布から2万円をちらつかせる。
玄関のドアを閉じ、鍵をしめるおじさん。
「ささ、奥へ奥へ」
おじさんに誘導されるままにベッドに腰掛ける。
「1時間だから2万円置いとくね。ささ、早く脱いで!時間ないから!」
「えっ!?えっ!ちょっと!きゃーー!誰かっ!変態!!」
「ちょい!黙れ!お金払ってんだこっちゃ!」
口を塞がれ服を脱がされる。
おじさんにされるがまま。
「いや〜処女だったんだね〜。おじさんの顔よく覚えといてね?初めての人だよ?ヌフフ」
おじさんが帰る頃には何の感情も無く、ただ天井を眺めるだけだった。
次々と鳴るチャイム。次々と来る中年のおじさん達。
私を地獄に連れてきたおばさんが部屋に来る頃には透明のケースに12万円も入っていた。
「この金で食事とか部屋代電気代払え。コンドームは補充してやる。払い終わった残りは渡しな。この部屋はワタシの名で通ってるんだ」
外の街灯の明かりが差し込むこの部屋で独り、私は泣いた。
雨の音に掠れ声は消される。
誰の元にも届かぬ叫びは静かに自分で殺した。
何もかも初めてを失ったこの日から私は心に決めた。
その日からおじさんが置いてくお金を少しずつ隠していった。
おじさんが来るときは18時〜24時の間だけ。その時間だけは感情がなくなる。記憶だって消したい。
小学校の友達を思い出し、泣く。
好きだった男の子を思い出し、泣く。
鼻の下を伸ばしたおじさんの顔を思い出し、泣く。
慰めてくれる人なんていない。お金に優しい顔をすれば、それに答えてくれる。
いつからかこんな事を思うようになった。
「こんな汚れた身体、捨てたい」
ただ、死のうとは思わなかった。この身体のままじゃ汚くて死ねない。
目標は、お金を貯めてエキポナになること。
身体を機械にすればこんな中年の虫菌が付いた身体ともサヨナラできる。
毎日毎日、知らないおじさんが来ては抱かれる。
パパと同じで指輪をはめた人も。
パパ……。
後から聞かされた話だと、私は売られたらしい。パパは離婚もしてて、パパ1人で私を育てるのは大変だったと思う。けど、パパはいつもパチンコに行ってた。仕事って言ってたけど。
それなのにいつも「お金が無いんだ、ごめんよ」とか「パパの仕事は稼げないから、ご飯はこんだけなんだ、ごめんな」って。
呆れた。
何の感情も無く、ただただ早くお金が貯まる為におじさんに応える。
全く同じ境遇の女の子が隣の部屋にいて、お金が来ない昼間に意気投合した。
彼女の名は朱梨。一緒にエキポナになろうと口約束をした。
けど、彼女は日に日に弱っていくのがわかった。
その生活が続くこと2年。
本当なら中学2年生の今、珍しい金の落とし人が来た。
「お嬢ちゃんまだ若いね」
「ご要望は?」
「感情が無いみたいだ」
この日来たのは、JEAのエキポナ兵士だった。
助けてほしいって心の底から思った。
エキポナのお兄さんを部屋にあげ、泣きながら助けを求めた。
「助けて……!」
「は??僕はそんなプレイ求めてない!!早く脱げ!!」
呆れた。こいつもか。
「エキポナだからって助けを求めるな!人間性欲が消える事はないんだ!!」
普通の人とは違って、機械の体が身体をつつく。
痛いし痒いし重いし。
この人は耳が性感帯らしいから、知られないように……スイッチを入れた。
エキポナの人にも生殖器が付いてることに驚きはしたが、それ以外の感情は無かった。
行為が終わると、エキポナのお兄さんは言う。
「お前が僕に助けを求めたこと、ここのおばさんに言ってやるからな!」
そう吐き捨て部屋を出て言った。
直後、おばさんが上がり込んで、部屋の隅々を物色し始めた。
「おばさん??何してるの?」
無言でガサゴソと。嫌な予感しかしなかった。
何かを見つけたおばさんは、私の頬を力一杯殴った。腫れようが血が出ようがお構いなしに。何度も何度も。
おばさんが無言で出て行った後にお金を隠してあった場所を見ると、そのお金は無くなっていた。
また貯めればいい。
また始めから。
力が抜け切った拳に溢れる雫は、殺そうとした悔しさが素直に現れていた。
御構い無しに夜は更ける。
振り出しの夜は限りなく暗かった。