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DHUROLL  作者: 寿司川 荻丸
【結】
107/144

106話ー2人で英雄ー

 強力な能力の背景には比例した物語がある。


 絶望した過去に、透過した現実が重なる。


 権蔵らによって撃破される。


川崎(かわさき) 優馬(ゆうま)チームー


 川崎(おれ)は今、装甲ヘリに揺られている。


 "俺が"だ。


 千歳(ちとせ)達みたく(そう)も使えない。


 ただ、周りから英雄と囃し立てられてるだけなのに。


 楔丸(くさびまる)も居る。この狼は、俺の心情など知らずに、舌を出して俺を見てやがる。


「……ま」


 そんなに俺を見るな。撫でてやろうか。


「おい、優馬(ゆうま)


 ああ、俺に語りかけていたのか。感傷に浸るので忙しいんだが。


「なんだ楔丸。おやつは無いぞ」


「腹は減ってるが、それどころじゃない。気配を感じる」


 気配。楔丸は想を濃く感じ取る。装甲ヘリの中で、わざわざそれを言うとなれば、その理由は一つだろう。


「敵か」


「ああ。奇妙すぎる想だ。居るようで、居ないような」


 楔丸のこの曖昧な感じは何だ。いつもならデュロルだと断言するのに。


「いや……来る!」


 突如、走行ヘリの側面に物体が衝突する。車内は不気味に揺れた。その音は、決して硬くなく、むしろ生々しく液体を交えたようだった。


「血だ」


 楔丸は鼻をピクリとさせて告げる。


「辿れるか?」


「ああ。行くぞ優馬」


 その衝撃は、後方に続く装甲ヘリにも同じくして起こる。移動力のある俺と楔丸が先に出る。デュロルの襲撃だとしても、まだ本体が目視できていない状況で全隊を動かすわけにはいかない。俺ら以外は変わらずに目的地まで進んでもらう。


 【双機(そうき) 逆撫楔(さかなでくさび)


 2本の短刀。その柄先に特殊な紐を連結する。その紐は俺の腕を通り、背中のローラーに繋がる。伸縮自在。前方に片方を投げて物体に突き刺し、そこを軸に紐を引き寄せて移動する。楔丸は自らの脚で走る。


 楔丸が感じ取った違和感を辿り、それを対処してからでも、俺らの速度なら装甲ヘリに追い付く。


「この先には街があるな」


「ああ、ここからでも分かるくらい栄えてる」


 国道を大きく逸れた山の中を移動してるが、脇に見える国道に車が1台も通っていない。その静けさが、やけに不気味だ。


 街の郊外に入る。そこで確信した。


 人が居ない。


「ゴーストタウンか」


 俺がボソっと呟くと、それを否定するように楔丸は言う。


「中心部に異様な気配がある」


 ゴーストタウンと言っておきながらも、その街は荒廃してるわけじゃない。つい数日前まで人が暮らしていた。その空気が残ってる。


「おい」


 楔丸の声の後に、それは見えた。


 街の中心部から、何かの物体が頭上を通り越して行った。その物体の形状、それは限りなく人に近かった。俺は目を瞠る。


「装甲ヘリの衝撃って……」


「ああ、人だろうな」


 人が、装甲ヘリに?


 俺の理解は追いつかない。それを可能にしてるのは、デュロルしかいない。俺らは急いだ。高層ビルに謝りながら逆撫楔を突き刺し、ビル間を高速で移動する。


 そして、その異様過ぎる光景を目にする。


 ビルの間、6車線の国道いっぱいに、ビッシリと人が整列していた。その列は先が見えない程遠くまで連なっていた。隙間は無く、しかし自分の脚で立ち、目を開けて呼吸している。言葉こそ発しないものの、生きていることは確認できる。


 数人の目が俺らを捉える。それでも、言葉で訴えることはできない。表情が、表情だけが、その苦しさを伝えた。


 すると、列の中の1人が飛び上がり、空中で角度を変えて飛んで行ってしまった。直後に反応したものの、その人を掴むことはできなかった。


 空いた列を埋めるように、後方の人達は一歩前に進む。


「おい!!こんなこと許されないぞ!!出てこい!!」


 感情的になってしまった。こんなことを言っても無駄だと、俺が一番分かっているだろう。


 見つけ出さなければならない。


 非道を極めた悪の元凶を。


 この高層ビルの密集した中から……。


「テヒッ。偽善者」


 脳内にその声は響いた。


「こうゆうことは見逃せないよね。そうだと思った。だからさ、コッチから行かなくても、勝手に来てくれるんだよね。そう仕組んだんだよね」


「楔丸、辿れるか」


「いや、無理だ。想が入り乱れすぎてる」


「この状況、無視できないよね。そうだよね。偽善者だもんね。コッチの目的は、あくまで時間稼ぎ。千歳がこのルートを通ることは無いと思ったけど、もっと有名なモノが来てほしかった。ま、いいよ。遊ぼうよ」


 こいつの言うことに気を取られるな。想で充満したこの場所から、声の主を探さなくちゃいけない。


「コッチを見つけてよ。丁度ソッチの目的に沿ってるよね。いい遊びだと思うんだよね。でも、ただ見つけるだけじゃつまらないのさ。遊びには犠牲ってのが必要だよね」


 思わず、眉をピクリと動かしてしまう。


「ここにはね、72万人……くらいだっけかな。そんくらい居るんだけど、1秒につき20人の頭を破裂させるね」


「は!?」


「お!いい反応!全滅するまで、ん〜大体10時間超えるくらいかな?それまでにコッチを見つければいい。簡単でしょ?そんで、コッチが10時間時間を稼げれば、コッチの目的は達成する。腕に自信あるモノは倒すことに全力を出すと思うけど、コッチは勝てる程強くないんでね」


 こいつは何を言っているんだ!?


「じゃあ、今から始めるね。ゆっくり探してねぇ〜」


 それから、声は聞こえなくなる。そして、列のランダムな位置で、数人の頭が弾け始めた。列は穴を埋めるように、何歩も前に進む。人々は揃って嗚咽し嘔吐する。破裂した人を踏み付ける。自分の意思に反して。


 そんな理不尽な光景が、1秒毎に進んでいく。毎秒20人の命が……。


 俺と楔丸は声の主を探しまくる。アテもなく探してるわけじゃない。特に強い想が漂ってる場所を楔丸が辿り、隅々まで探る。


 肉体的に強いデュロルは山程見てきた。しかし、今回のコレは異質すぎる。


 圧倒的精神攻撃。俺らが見つけ出さない限り、無実な命は奪われ続ける。


 焦りに加え、罪悪感。


「優馬。辛いだろうが、ここは索敵に気を回せ。生憎、俺らの命は狙われていない」


 何も言えなかった。そうだと分かっている。しかし、それ以上に、この仕打ちは……。


 決壊した涙腺。視界は滲む。


 高層ビルを駆け巡る最中、俺は下の人々の列を見れずにいた。


「優馬、お前は建物を探せ。オイラは人の列を見る。規則性が無いか、ヒントを探る。無闇矢鱈なこの時間が惜しい」


「すまない」


 しかし、建物に一切の気配は無かった。


 人々の列の中に紛れてる……?


 いや、気配を消してるだけだ。俺が甘い。もっと、隅々まで……。


 途端、この高層ビルの群れが脳裏を刺激した。この数、階数、部屋数、俺と楔丸だけで到底探せる訳がない。しかも、一度探した場所に移動でもされたら……。


 俺の脚は、次第に動かなくなる。無関係な場所を探していたらとか、存外近くに居るかもしれないとか、そんな思考が体力をも削っていく。


 俺に想は使えない。だからこそ、逆撫楔の扱いを鍛錬した。皆に追い付くが為に。


 だが、今俺がしてるのは、逆撫楔を移動に使ってるだけ。本来、人を守る為にある筈の武器。毎秒20人という、背負いきれない人数の命が失われていく中、俺は、ただ移動している。守れていない。


 隣に小さな足音が来る。


「優馬。敵の思う壺だ。正気を保て。冷静になれ。焦ると、正常な思考さえ殺してしまう。オイラの声を聞け」


 楔丸の前脚で頬をペチペチされるまで、俺は立ち止まっていたらしい。


「お前は……おおか……」


 狼だから分からないだろう。なんて言おうとした。楔丸に当たろうとまでしてしまった。俺は見失っている。


「これ程まで残忍で、手の施しようが無いと思い込むのは仕方ないことだ。優馬、悔しくないのか。優馬が戦意喪失することは、敵にとって最高の喜びなのだ。そんな性格の悪い敵に、良い思いをさせていいのか」


 楔丸は、人間の心の痛みを知っている。種類は違うかもしれない。群れの狼が、言わば家族が、楔丸の目の前でデュロルに惨殺された。デュロルの八つ当たりだった。そのデュロルから必死に逃げ、俺の居た村に逃げ込んだ。


 それが、俺と楔丸の出会い。夜だった。暗い中でも、楔丸が大怪我していたことは理解できた。最初、楔丸は俺に牙を向けた。怯えたように唸って、力無く、抱える俺の腕を噛んだ。楔丸は震えていた。


 騒ぎを聞き、村の皆は駆け付けた。しかし、狼だからと、楔丸を酷く恐れた。俺から離れろと、石を投げられ、鍬を向けられる。俺の死に物狂いの抵抗で、村の皆は去った。しかし、楔丸の意識は薄れていた。


 父を呼び、楔丸を担いでもらう。家で手当てして、次第に元気を取り戻していった。


 一夜にして家族を失い、家族を殺した奴と似た姿の俺に救われる。心境は、如何程のものだっただろうか。一度、穿たれた心。入り込んだ楔。


 そして、村にデュロルが出た。昼だった。


 交番のエキポナが応援を呼ぶも、支部から離れた山中の村、到着はかなり遅れる。


 交番のエキポナは殺された。


 楔丸は、酷く怯えていた。脚に力が入っていない。妹の陽梨花(ひりか)も、楔丸に抱きついて離れなかった。働きに出ていた父母。俺が守らなければ。


 手斧と手鎌を持ち、庭に踏み込んだデュロルと対峙する。俺の立ち向かう姿を見た楔丸は、俺の横で牙を向け唸っていた。


 穿たれた心が萎まないように、その楔が食い止める。


 楔丸の牙は、デュロルの脚を穿つ。その隙に、手斧と手鎌で執拗に首を斬る。


 応援のエキポナが到着した時、デュロルの息は既に無く、血だらけの俺と、その横に楔丸が座ってる姿があった。


 一度穿たれた心は塞がらない。しかし、俺がそこを埋められたなら……。


 "今日から楔丸(くさびまる)って呼ぶ。"


 "ヴォフ!"


「ありがとう。楔丸(おまえ)の言葉で、俺は今救われた」


 楔丸は満足そうに尻尾を振った。


「それより、見つけた。規則性は無い。あくまでもランダムで人を殺してる。適当に選んでるんだ。毎秒な」


「選んでる?」


「ああ。ほんの少しだが、頭が破裂するのに順番がある。ある場所から、広がるようにしてな」


「ということは、ある場所にデュロルが居て、その場所から破裂させる人間を選んでる……?」


「恐らくな。ある場所周辺の人間は、破裂していない。そこ数人に絞ってもいい」


 楔丸の後を追い、その場所に着く。


 その列に、デュロルらしき人は見当たらない。


「居るな。想が矢鱈と散らばってる」


「行こう」


 列に分け入り、楔丸が想を辿る。


 そして、1人の服を咥えて、列を飛び出た。


 瞬間、咥えた人の頭が破裂した。


「優馬!!」


 ああ、見えた。


 正確には、見ることができた。


 飛び散る血の中で、モヤのかかったような光。


 想の流れが。


 血飛沫の合間、想が散らばる中心部に、微生物程の大きさ、ツノの生えた鬼。



 【極想(きょくそう) 視界共鳴(しかいきょうめい)



 俺と楔丸の繋がりがそうさせたのか、自分でも無意識に、想を扱えていた。


 楔丸の捉える、想の流れ。俺も、同じものを見てる。


 今、俺は焦ってない。集中している。


 微生物ほどの小さなデュロルを、俺は見逃していない。目で追えてる。


 列の人に当たらぬよう、逆撫楔を構え、驚くほど正確に投げた。


 一寸でもズレれば、本体に擦りもしない。そんな精密なコントロールが必要な場面で、俺は迷わなかった。この角度で、この力で、このタイミングで投げれば、奴の首を刎ねれると。鍛錬の直感だった。


 逆撫楔の刃は、デュロルの首を刎ねる。


 叫び声すら微細で、聞こえない。


 人の列は崩れ、自由に動き出す。


 悲しみと、嗚咽を響かせる。


 助けられなかった人が、数え切れない程居る。


 俺と楔丸の心に、大きな穴が空いた。


「あ……あの……ありがとう……ございます」


 立てなくなった女性の言葉は、俺と楔丸の心を救った。


 手を差し伸べ、やるべき事をやる。



 タイマフィア【ジャキンレーオナ】

 幹部

 鬼名【令鬼(れいき)

 グチャーマ・ナギャムトゥーマン 絶命。





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