105話ー敷いた道ー
ゴンゾーが対峙した鬼。
剛脚を持ちながらも。
物体をすり抜ける。
ー宮武 権蔵チームー
何が起きたか分からなかった。
今、宮武は地面に鼻血を垂らしてる。
乾燥した砂を、俺の血は黒く染めた。
ジョニスとヘイルの盾を、ルパオはすり抜けた……?
ルパオの本当の能力か。
厄介すぎるだろ……。
ルパオは今、屈強な脚で地面に立っている。あの脚の攻撃力に、絶対的な防御力。しかし、序盤あいつは能力を使わなかった。能力を使うとデメリットがあるのか?
使わなくても俺らに勝てると踏んでいた?
それとも、奴の過去と関係してるのか?
ルパオは俺に急接近する。手前に張手で衝撃波を出した。しかし、奴の脚は俺の左肩に届く。
咄嗟に避けていなければ、ルパオの脚は俺の顎を吹き飛ばしていた。俺の左肩の骨は砕けた……。
「ゴンゾー!!」
ジョニスはシールドを展開するも、ルパオに鳩尾を打ち抜かれ、後方に構える兵士に突っ込む。
衝撃がある以上、脚の接地面は実体がある。
あの速さで蹴っておいて、衝突の瞬間だけ透過せずに実体化させてる。しかも接地面だけって……。ルパオ、器用な奴だ。
能力の練度が、これまでのデュロルと桁が違う。
これが鬼。
能力を使ってからたった3発の蹴りで、ここまで見せつけられるか。
しかし、何故だ。
ルパオから恐怖を感じない。
"力がありゃ強ぇってのは、道を舐め腐ってるなぁ権蔵。"
オヤジの方が断然に怖かったからか。
ー権蔵 10歳ー
「組長!どうしたんすかその傷!」
「アヤハハ!ちょいと道でな!ナメたガキが居てよ」
「そんガキ攫い行きやしょう!おい!表に車回しとけ!組長、1人で出るのはおやめくださいと……」
「バカヤロぉ!」
オヤジは自分の頬の血を拭きながら、若頭に怒鳴った。
「俺の力が弱えだけだ。それにあっちはカタギだ。攫うって思考を誰が教えたよ竹田ぁ」
オヤジは、絶対に手を出さない。
ヤクザなのに、暴力はしなかった。
「すいやせん。組長がそんなまでされて、許せんくて」
「その優しさを周りにも向けろ」
他の組からケツ割った竹田を、オヤジは受け入れた。そっから、竹田は若頭にまでなる。
俺は家がヤクザってことで、学校じゃ人が寄ってこなかった。
宮武組がいくら暴力しないとしても、世間の目は周りと変わらない。
俺はそれが嫌だった。
オヤジはヤクザとしては異端だ。
「オヤジ、俺家出るわ」
オヤジはしばらく黙ってから、盛大に笑った。
「10になったガキが、どう生きてくんだ?」
竹田も近くに居た。
「どうにかなる。いくらオヤジが暴力しねえからって、俺はヤクザにならねえ」
竹田は表情を動かさない。
「俺はヤクザが嫌いだからな」
「ザッハッハ!そうか!好きにしろ!俺ぁ心配だからよ、ちょくちょく様子見るで」
俺は当てもなく家を出た。
ポケットに入ってた5万を、俺は川に投げ捨てようとした。意地だった。オヤジが入れたんだろうけど、これを使ったら負けた気がしたから。
「若。ここに居やしたか」
河川敷の高架下。俺の後ろに竹田は立っていた。
「竹田……。何だ」
「俺ぁ組長を尊敬してやす」
「……知ってるよ」
「組長を侮辱した若を、俺ぁ許せやせん」
「……納めろ竹田」
その鋭利な刃は、俺の首の皮を掠める。
竹田は本気なのだと、この時に知る。
竹田を背負い、地面に叩き落とす。
「もう、俺を追うな竹田」
「何で……殴んねんすか!俺ぁ若を殺そうとしたんすよ!」
そう言われて、俺はハッとした。無意識に殴るって選択肢を除外してたから。
竹田を放し、その場から去る。
しかし、俺は背中を刺された。
幾度となく続く激痛の中で、意識は遠くなる。
気が付いた時、俺は病室に居た。
側にはオヤジが座っていた。
「気ぃ付いたか権蔵」
「オヤジ……」
「お前、何で竹田をやんなかった」
「……」
「ザッハッハ!!」
静かな病室に、その豪快な笑いは存外に響く。
その笑いに驚いて起きた身体は軽かった。手は機械に。見渡した俺の身体は機械だった。
「許せよ。そうしなきゃお前は死んでた」
俺に何があったかは、想像できた。
「竹田か」
「ああ。そうだ。俺ぁ竹田を止めらんなかった。いや、気付けなかった。あんな化け物になっちまいやがって」
何だか廊下が騒がしい。
「俺がやってきたヤクザは暴力じゃねえ」
オヤジは廊下の影をチラと見る。
「俺ぁ生き様こそがヤクザやと思っとる」
「生き様?」
「俺も生まれた時からヤクザでよお、お前みたいな考えを持ってた」
オヤジも?
「暴力ばっか見てたからよ、反面教師ってやつだな」
それでオヤジは暴力を……。
「世の中のヤクザの印象ってのは変わらねえ。俺がいくら暴力しねえからって、風当たりは変わらん。でもよ、そんな変わり者のヤクザが居たってことを知ってもらう。ヤクザってもんが無くなりゃいいって思いながら、ヤクザやってる半端者だ」
初めて聞く、オヤジの本音。
「でもよ、それが俺の極道だ」
廊下はより一層騒がしくなる。
「そんな自分で敷いた道を、俺ぁ踏み外した」
「え?」
「俺ぁ竹田を殺した」
「……は?」
「優しいサツでよ、どうしても権蔵と話してえって言ったら聞いてくれた」
廊下の影は、警察……。
「だからこれが、権蔵との最後の会話だ。出てきたとしても、俺ぁ組のもんやっちまった。殺されんのがオチだろうな。ザッハッハ!」
「笑い事じゃ……」
病室のドアを、誰かがノックする。
「ああ、今行く」
オヤジは返事してから、俺を見た。
「権蔵、ヤクザを拒んでもよ、性根はヤクザやぜ。命狙った竹田に暴力しなかった。お前は俺以上に、自分の道持ってる格好良い漢だ」
立ち上がり、俺の髪を掻き乱す。
「自分の道は自分で敷いて歩け。踏み外すなよ」
歩き出す。
「オヤジ……?親父……親父!!!」
親父の姿が、染み付いて離れない。
俺はそんな親父が怖い。
ヤクザの世界で、縛られずに自分の道敷くのは容易じゃねえ。
それを、竹田を殺すまで貫いた親父は凄い奴だ。まあ、殺しちまったからクズに変わりねえけど。そんくらい自分の意思貫く親父の方が怖い。
ルパオも確かに強い。けど、何か、自分を否定してるように感じる。
透過する能力……辛い過去の表れ。
ルパオは過去の自分を受け入れた。俺も親父の言葉から逃げてられねえな。
ヤクザには成りなくない。けど、親父の望んだことは出来る。だから俺はJEAに入った。恵まれた体格活かして人を守りたかった。ヤクザの反面教師か。JEAの中でもなるべく暴力しないチームアルボルに入隊した。直接殴らずに済むように、盾と、衝撃波で動きを封じることに徹した。
これが俺の道。踏み外してない。
呼吸して、目の前を見る。
ルパオは透き通る。だが、あいつは地面に立ってる。触れられる。触れられるなら、動きを止められる。
【注連縄張手】の衝撃波で作った縄も、ルパオは透けた。
……ジョニスとヘイルのシールドも透けた。
けど、蹴られた。身体は当たった。
いや安直か。想だけを透けるとは考え難い。
危険だが、確かめる必要がある。
俺はルパオに正面から突っ込んだ。張り手で衝撃波を飛ばすも、ルパオはビクともしない。飛ばした衝撃波を掴んで縄にし、後方の小石を幾つか掴んで引き寄せる。ルパオのドテッ腹を貫いてる縄は俺の手元に来る。俺の手に小石があった。
ルパオは物理的にも透き通る。
難易度は爆上がりだな。
衝突の瞬間に捉えるか、不意を突くか。そう言ってる間に、ルパオの脚は俺の右腕に届きそうだった。左肩は砕けてるから、ここで右腕が使えなくなるのは困るな。
俺は退く体勢を見せた。ルパオは構わずに脚を振るう。それを見てから、俺はルパオの脚側に突っ込んだ。
賭けだった。
ルパオの脚は俺の右腕をすり抜け胴を打つ。
後方に吹き飛び、吐血する。
ルパオは衝突の瞬間だけ接地面を実体化させる。ご丁寧に、踏み切った方の脚も宙に浮かしてる。衝突の接地面だけが見事に実体化されるようになってる。
精密な想には、精密な想で対応する。
ルパオを錯覚させれば……。ほんの一瞬、俺の身体に触れる接地面に、薄い衝撃波を作る。
それに気付かれれば、ルパオは透過してしまう。
蹴る瞬間あいつは宙に浮く。ルパオに触れる瞬間は、衝突時しかない。
コンマ何秒の世界。そこに、全てを賭ける。
このカウンターは、千歳と廉に特訓してもらった。あいつらの速さで目は慣れてる。やれる。
心臓の鼓動を呼吸で整える。
ルパオは、ジョニスとヘイルに目を向けずに、俺に距離を詰めた。
ルパオに向けて衝撃波を飛ばす。構い無しにすり抜けやがる。そっから脚が届くまで、瞬き一つする間もない。
身体の動きを見る。脚が打ち込まれる場所。
それはほぼ、直感に近かった。
衝突の寸前まで、その場所に想を集めない。
さっきまでと同様に、蹴りが見えてないフリをする。
ルパオの脚は、俺の首元に来ていた。タイミングがズレれば、首は飛ぶ。死に至る。
保守的になれば、直ぐにでも想を集めたい。しかし、それが気付かれれば透かされる。
届くまでのコンマ数秒がやけに遅く感じるのは何故だ。
走馬灯を見る訳でもない……。
俺はゾーンに入ってるのか。
【極想 注連縄張手 点締】
首元の皮膚からナノにも満たない距離に、全身の想を即座に掻き集めた。
それに触れた瞬間、衝撃音が耳を劈いた。その音から逃れるように、俺の身体は反射的に動く。
一瞬目を閉じたことに気付いて、急いでルパオを見やる。
ルパオの左脚は、血飛沫を撒き散らし、脛から砕け飛んでいた。収まらない衝撃に、ルパオは空中で回転する。
「脚ぁああああぁあああああ!!!」
喉が千切れる程の絶叫の後、地面に転げる。
地面に落ちたルパオは、下半身が地面に埋もれた。透けたまま地面に着いた、それに気付いて途中で透過を解除した。見ただけでそれを理解する姿勢だった。
俺はそれが見えた。しかし、反動で飛ばされた威力が落ちずに、直ぐに向かえない。
「ジョニス!ヘイル!!」
俺がそう叫んだだけで、2人はルパオに駆け寄った。
本当、優秀すぎて助かる。
「みんな!!今だ!!」
後方で待機していた兵士達は走り出す。
地面から上がろうと腕を立てるルパオに、ジョニスとヘイルは腕目掛けてシールドで殴る。
ルパオは地面の下に入ることを嫌がっている。腕を透かす事なく、腕が砕かれてでも地面にしがみつく判断をした。
俺は地面に転げ、体勢を立て直してから再度ルパオを見た。
ルパオは足掻くのを止めていた。言わばパニック状態。奴にとってあの強靭な脚は、自身の過去と深く関わりがあったのだろう。それ故に愛で、頼った。透過という強力な能力を持ってしても、脚に執着した。
それを失ったこと。透過能力を誤り、下半身を地面に埋めてしまう。
その今の姿が、過去の自分と重なるのだろう。
ルパオは砕けた腕で頭を抱え、ただ絶叫していた。
子供のような、単純明快な恐怖。
改めて思う。
強力な想の裏には、深い絶望が携わっていることを。
その絶望を絶望のままにするのか、それを力に変えるかは、人による。
デュロルもまた人。
鬼であれ、奥にあるのは人。
ルパオは今、何を想う。
後方で待機していた兵士の刃が、ルパオの首に届こうとしてる。最初の数回は透過したが、身体が下にズレたことを境に、透過を止めた。
そのズレは透過によるものじゃなかった。地面の中で透過が解除され、下半身の位置にあった地面は退かされていた。その分、地面は脆くなる。
自身の重さで沈んだ。それを透過だと錯覚する程に、ルパオは追い込まれていた。
モーラの刃が、ルパオの首を斬った。
ルパオとの戦いは、かなり短時間だった。それに見合わない程の疲労が、俺とジョニスとヘイルに襲った。
汗と、呼吸と、傷の痛みが感じさせる。
判断を一個でも間違えていたらという、有りもしない恐怖。
俺一人じゃ成し得なかった。
俺の敷く道。
後に続く者が、安定して歩きやすいものになったなら、俺も……親父も満足だろ。
更に後方で待機していた部隊に決着を知らせ、後処理を頼んだ。
千歳の元に、歩を進める。
タイマフィア【ジャキンレーオナ】
幹部
鬼名【触鬼】
オハッチャ・ルパオ・パー 絶命。