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DHUROLL  作者: 寿司川 荻丸
【結】
104/144

103話ー絵を描くー

 激闘の末に勝利した正人。


 命を奪う為の葛藤は、人の証である。


 鬼は待つ。


雪崎(ゆきざき) 蓮斗(れんと)山木(やまき) 登一(といち)チームー


 雪崎(ぼく)と山木のチームは、陸地から装甲車で北上する。


 東京本部に鬼が来て、黒潮(くろしお)くんと中林(なかばやし)くんが命を落としたと聞いた。その直後に、正人(まさと)さんが鬼と交戦。恐らく、僕ら全員のルートはバレてる。鬼は全員のもとへやって来るだろう。


「僕らのとこにも来るよね」


「来る。確実に」


 僕と山木は、千歳(ちとせ)くん達と重三(じゅうぞう)さんから少しだけ(そう)の訓練を受けた。前から扱えなかった訳じゃない。けど、意識して想を操作するってことはやってなかった。


 遅れを感じていた。


 けど僕と山木は、世界デュロル保護機構のゾディアックであるマイケルソンを倒し、"旧"最重要警戒デュロルのリチャルダンも倒した。こっちはほぼ里道(さとみち)くんのお陰だけど。


 その功績があって、この精鋭5小隊20人と、他数百人を任された。


 いやいや、僕らには荷が重いよ。なんて言えずにここまで来てしまった。


 山木も口にはしないけれど、絶対同じこと思ってる。


 見通しの悪い吹雪の中、装甲車の列は淡々と進んで行く。


 装甲車の中は、外気に侵食されるように冷んやりしていた。


 張り詰める緊迫感の中で、皆眠気に襲われる。


 装甲車は停まり、運転手まで仮眠を取り始める。


 この異様な光景を何ら不思議に感じず、僕も気持ちよく目を閉じた。





 ___。


 絶えず鳴き続ける蝉の声。


 仏壇から線香の煙が漂う。


 畳の香り。


 そんな懐かしい匂いに目は覚めた。


「蚊取り線香焚いとっても、蚊は寄るでえ〜」


 台所から婆ちゃんの声がした。


 起き上がった時、澄み切った空に入道雲が佇んでいた。


 風鈴が空気を撫でる。


 右手の甲に畳の痕が付いてる。手を枕にしてた所為で、少し痺れる。


 久しぶりに見た。人肌だった頃の僕の手。


 母さんが離婚してから、僕はしばらく婆ちゃんの家に居た。幼い頃そのものだ。


西瓜(すいか)切ったで、蓮斗(れんと)好きやろ」


「うん、ありがとう」


 懐かしいなあ。この感じ。


「母さんは?」


「パートに出とるよ。一緒に見送ったやない」


「そうだっけ」


「バアより先にボケんとくれ」


 扇風機の風に、髪は(なび)いた。


 台所から、誰かが歩いて来る。


 暖簾(のれん)を分けたその女性は、俺の知らない人だった。


 格好良い女性だ。髪は黒いショートで、毛先が金髪にグラデーションされてる。


「よお」


 その立ち振る舞いには似つかない程の、大きな胸に俺の目は釘付けだった。


 弛ませながら胡座をかく。


「話そうぜ」


「婆ちゃん、この人だれ……」


 婆ちゃんの姿は無かった。


 さっきまで真昼間だったのに、今じゃ蝉は鳴き止み、ヒグラシが囁く。その声に似合った、綺麗な夕暮れが部屋を染めていた。


「懐かしいかよ」


「うん」


「ふーん」


 女性は口を大きく開けて西瓜を頬張った。


 その咀嚼音とヒグラシの声が合わさる。


「懐かしいって、何だ?」


 女性の目は僕を掴んだ。一瞬、呼吸の方法を忘れた。


「お前にとって、懐かしいってのはこんな感じなんだろ。幼い頃を連想させれば、それは懐かしいのか」


 俺は口淀んだ。


「幼い頃……とはちょっと違う気がする。幼い頃、辛い思いした時もあるし。それは懐かしいとは違う……」


 女性の表情はどんどん強張っていく。


 僕に何を求めてるんだろう。


「懐かしいって感じる時よ、決まって(そう)が多量に発生すんだよ」


 想。


「情景を思い浮かべるだろ。脳裏にそれを描く為に、想は湧き出る。いや、溢れる」


 夢かと思っていたこれは、夢じゃないのか?


 この女性は"いつ"の僕と会話してる?


 僕の記憶に、この女性は居ない。


「今お前は、五感をフル活用して過去を再現してる。それに使う想はどれ程だろうな」


 こいつ、何を。


「いい加減気付けよ愚図。夢なんかじゃねえ」


 デュロル……鬼の技か!?


「ここは、三次元の絵画だよ」


 女性は大机に肘を付く。


「もっと描け。細部まで。感覚を研ぎ澄ませろ」


 まずい、抜け出す方法がまるで分からない。


 僕の身体は幼少の頃から変わらずに居る。


 この場所に居るって感覚の所為で、ここが現実であると脳が思い込んでる。


 庭の奥に広がる田園風景が、より一層鮮明になっていく。草の一本一本から、砂利の一粒まで。


「ユイの身体を描写させるのって、基本出来ねえんだよ。想を多く扱える奴じゃねえと、こうやって目の前に来れねえ」


 ユイは僕を指差し、人差し指の先端に装甲を纏わせた。


 突如、僕は目眩を起こす。


「ユイのデュロルの姿を描写出来るか?その前に、先にお前の想が底を尽くか」


 こいつ、想を使い切らす為に……。


 俺は必死にしがみつく。


「懐かしいって、手放したくない過去なんだろ。ふとした瞬間に、その情景が思い浮かぶんだよな」


 ユイの身体のデュロル化は止まらない。左腕は装甲へと変わってる。


 畳に鼻血が垂れる。


 夢か現実かも分からず、僕はこのままユイの術中に尽きるのか?


 ユイの術中……技の芯は何だ?


 ユイは、"懐かしさ"に固執してる。


「……あんたの懐かしさって何?」


「ユイに懐かしいなんて感情は無えよ」


 僕はユイの左手首を掴んだ。


 頭が割れたんじゃないかと思うくらいの痛み。


 鼻と口じゃ収まらず、耳からも血は流れ出た。


 ユイは鬼の姿となる。湾曲して整ったツノ。腰には注連縄(しめなわ)


「ハア!?」


 大想(たいそう)以上の想を使ったのかと、ユイは徐々に声を小さくした。


 人に想を使わせる能力。何らかの方法で、脳を操作してるんだと思う。


 なら、ユイの想は僕の脳にも入ってきたんだね。


 僕の想は、呪われてるんだ。


 想を蝕む。


 あのまま、ユイの能力だと気付かずに夢を描き続けてたら、きっと(はるか)姉ちゃんも元気に出て来た筈。


 そうしたら、僕は夢の中に居続けたいと願った。ユイの思惑通り、想を使い続けた。


 その前に、ユイはかなり早い段階で僕の前に姿を現してくれた。それはユイの想定外だったかもしれない。僕の脳は、危機を察してくれた。


 そして僕は、ユイが何を原動力にしてるのか、その能力の裏に何があるのかだけが気になった。


 ユイに触れたのが夢の中か現実かなんてもう興味は無かった。どっちでも良かった。"触れた"と脳が認識した時点で、僕の想は蝕み始める。


 婆ちゃん家だった情景は、光の粒となって弾け始める。次第に、真っ白くて何も無い空間が出来上がった。


「お前!!正気じゃねえ!!」


 ユイは焦りを見せた。


 僕の鼻血が、顎先から地面に落ちる。


 真っ白い空間に、血の色は綺麗に描かれた。


 ユイは弾けた血を見据え、小さく呟く。


「……血。あっ」


 一滴の血は数を増していく。


 狭く苦しい暗い空間。地面は血で覆い尽くされ、湿った空気が漂う。


 耐え難い死臭は身体を纏った。


 思わず嗚咽する。抑えようにも涙は溜まり、頬を伝った。


 1分でも居たら、気が狂ってしまいそうな空間。


 ユイは微動だにしない。


 暗すぎて、目を凝らさないとユイの姿もろくに見えない。


 やっと捉えたシルエットは、さっきまでのユイとは異なっていた。背は、今の僕と同じくらい。


 鬼の筋肉質な手首を掴んでいた筈が、今は華奢で、冷たくて、折れてしまいそうな手首を握っている。


「お前、名前何」


 ユイの言葉が、小さな空間に反響する。


雪崎(ゆきざき) 蓮斗(れんと)


 いや、言おうとしてない。僕の脳は判断してない……言わされた?


「覚えておくよ。ユイに"懐かしさ"を思い出させてくれた奴だ」


 ユイのシルエットの髪がふわりと揺れる。


 黒いシルエットだけれど、顔のパーツを脳は判断してる。


 ユイは満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとうと、言っておくよ」


 この空間で、幼い頃を過ごしたと言うのか?


 僕は婆ちゃんの家で、父さんと母さんが喧嘩してた時を思い出して泣いていた。転んだだけでも泣いた。それだけ平穏だったってことだ。


 それを、(よわい)を同じにして、希望すら見えない場所で育ったのか?


 デュロルの……しかも鬼になる人の過去は、僕らの想像を超えるものなのか……。


「同情はしなくて良いぜ。誰に見せるもんじゃねえけどな」


 どんな理由かは分からない。けど、この空間の裏には、また壮絶な……。


「小さな女の子をさ、こんな空間に置くのも"人間"なんだぜ。恐ろしいよな。けどよ、デュロル様はそんな無力な人間に、抜け出す手助けをしてくれる」


 話に重みがある……。


「だからユイは、"人間"ってゆう悍ましい生き物をぶっ壊す。それを守るお前らもな。血を見ずに殺せる方法を模索して、やっと辿り着いた。想を永久に使わせて、廃人にしてやる」


 視界は晴れ、その眩しさに目を(すぼ)める。


 吹雪に当てられ、装甲には霜が付く。


「そうすれば、そいつは懐かしい幸せな夢の中、果てていくんだぜ」


 装甲車は横転し、放り出された先で昼寝するように横たわる兵士達。


 寝返りする兵士も居る。この吹雪の中、起きようとしない。


 俺も視界が晴れるまで、装甲車が横転して外に弾き出されたことなど知りもしなかった。


 山木すらも、棍棒を手放してむにゃむにゃしてる。


 俺1人が、こいつと戦える……。


「ユイの技を解いたのは、今までで雪崎だけだ。自分を誇れよ」


 このユイから、懐かしさを感じさせる匂いがする。想を粒子にしてばら撒いてるのか?それなら、脳に簡単に入り込める。


 ユイはデュロルで鬼にまで上り詰めた。接近戦も油断しちゃダメだ。


 左手を動かした時、パキッと音がした。霜が割れた。刀を離さまいと、ずっと握り締めていたんだ。


 抜刀する。


 刃こぼれの無い刀身に、雪が反射する。


 顎から垂れた一滴の血が、足元の雪に落ちて滲んでる。


 鼻血は現実でも出てたんだ。


 深呼吸してしまえば、またあの空間に飛んでしまいそう。匂いを吸わないように口で呼吸してるのに、懐かしい匂いは鮮明に脳に届いてる。


 それ程に濃く充満してる。


 ユイは、ただ立って俺を見ていた。


「ユイは、他の人間が言う"懐かしさ"を知りたかった」


 その言葉に、重圧が乗る。


「でも、ユイが感じる懐かしさは、平和でほのぼのとしたものなんかじゃねえ」


 あの暗い空間を思い出す。


「這い出た外の景色は、想像を絶する程眩しかった。血だらけで、人間の姿からはかけ離れたユイの身体が、痛いくらいに照らされた」


 ユイのツノを見つめる。


「人間になりたくて、色んな人間に触れた。みんな暖かくて、優しかった。大人に成れば成る程に、あぁ、住む世界が違うんだって思ったよ」


 匂いは濃さを増す。


「そんな優しくて暖かい人間を、虐め弄ぶ人間も居る。その人間に出会うかは運で、出会ってしまったら、もう救われない世界に行ってしまう」


 同時に、重圧が辺りを覆い尽くす。


「デュロル様が居なかったら、ユイはこっちの世界に居ない。ユイの居たあっちの世界に、誰も来ることが無いように。ユイの描いた世界が、いつか現実になるように」


 構える手に、力が入る。


「ユイは描き続ける。邪魔は許さねえ」



 【極想(きょくそう) 苦辛絵世(くるしかいせい)



 視界が揺らいだ。途端、背部から胸部にかけて、激しい痛みが生じる。体内に冷たいものが入ってくる。


「痛いだろ!?お前に刺された痛みだ!私はこの苦しみの中死んだんだ!!」


 鬼神(アラハバキ)咲村(さきむら) 詩織(しおり)がそこに居た。


 咲村は人間の姿をしてる。記憶の中の彼女は、常に鬼の形相をしていた。


 遥姉ちゃんを殺した咲村の顔が、俺の脳裏に染み付いて離れない。


 それが反映されてるのか?


「確かに痛い……!苦しい!でも!遥姉ちゃんはもっと痛くて苦しかった筈だ!!」


「遥は苦しませずに一気に殺した!」


「体の痛みを言ってるんじゃない!心の痛みだ!!」


「心の……」


「母親に会えたと思ったら、両手で頭を掴まれて、首を捻られた!!」


「その隙に、心の痛みなんて感じるわけねえだろ!」


「感じてたわボケ!!遥姉ちゃんは___」


「首を反対に捻ったんだ!首の骨は砕けた!その一瞬で死……」


「僕はあの瞬間、遥姉ちゃんと目が合った。首を捻られた後の遥姉ちゃんの表情をお前は知らない!」


「表情……って」



 "え?お母さん……だよね?"



「囁きながら、涙を流したんだぞ!!その一瞬でも、走馬灯は見える。一瞬の内に、記憶からシーンは選出される。遥姉ちゃんが何を見たのかは知らない。でも、小さい頃に過ごしたお前との記憶が蘇ったのは間違いないだろ!!」


「……」


「じゃなきゃ、最期にあの言葉は出てこない!自分の記憶と、全く別の性格した女がお母さんだなんて想いたくないもんな!!」


「……やめ」


「遥姉ちゃんは僕に疑問残したまんま、何も分からないまま死んじゃったんだぞ!!そんな痛みに比べたら、こんなん屁でもない!!」


 咲村の姿が一瞬揺らいで、ユイの姿を重ねた。


 技をかけた人の、一番辛い記憶を引き出して見せる。そんな能力だろう。耐性の付いた僕に、またこの世界を見せられたってことは、ユイの中でも強力な技なんだね。


 でも僕には効かないみたいだ。


「ユイ。遥姉ちゃんに責められた方が、僕は傷付いたよ。それをしなかったのは、ユイがそうしたくなかったからだね」


「違う……!そんなんじゃ」


「……ユイは優しいよ」


「ちが」


「僕に同情してくれたのかい?」


「違うっ!!」


 ユイは完全に姿を現した。


 夢か現実か分からぬまま、手に握る刀をユイに突き立てる。


 ユイは左手で刀身を握る。


 左手に食い込んだ刀身から刃は(こぼ)れる。


 ユイの中に俺の想は、物理的に入った。


「起きて!聞こえてるでしょ!!」


 空間に向かって叫んだ。


「そんなことしたって起きる筈ねえだろ!」


 奴なら起きると信じて。


「起きろよ!!」


 何処からか、山木の声が反響した。


「聞こえまくってるよ!!」


 その瞬間、吹雪の中に戻される。


 全身が鏡になった山木が、雪を反射する棍棒でユイを吹き飛ばしていた。


 【極想(きょくそう) 鏡棍棒(かがみこんぼう) 棘久(とげひさ) 鏡写(かがみうつし)


 想を想の主に跳ね返す。


 ユイの想の中に入り、僕の想で山木の想に呼びかけた。大技、無理矢理発動させたこと許して欲しい。


 【極想(きょくそう) 粒刀(つぶかたな) 刺結晶(しけっしょう) 鏡写絵世(かがみうつしかいせい)


 僕以外の2人の能力を蝕ませてもらうよ。


 山木の鏡写(かがみうつし)で、ユイの能力を僕に反射させる。元々ユイの中に入った僕の想は、馴染むのが早かった。


 ユイの力を、僕が使う。


 ユイの世界を見て初めて知った。


 ユイ、君は人を殺して無いんだね。


 人に悪夢を見せて廃人にしては居るけれど、誰一人殺して無い。


 人を喰わずに、ユイの想いだけで鬼に上り詰めたんだね。


 人を傷付けず、人の想にのみ語りかける。


 でも、ごめん。


 このままユイを放っておく訳にもいかないんだ。


 みんなを夢から覚まし、ユイには幸せな世界を描いてもらった。


 ずっとここに居たいと想えるような。


 ユイの想う、最幸な世界を。


 吹雪は止み、山から顔を出した太陽が辺りを眩しいくらい照らした。


 ユイは今、子供の姿。ユイの記憶の中に居た子供達と、暖かな草原で、涼しい風が吹く場所に居てもらってる。それが、ユイの描いた最幸な世界。


 現実世界で、デュロルの装甲は崩れる。


 ユイの眩しい笑顔は、夜明けの太陽に反射した。


 その眼から、輝く雫は溢れる。


 僕が出会った中で、1番心優しいデュロル。


 美しい、笑顔だった。




 中国児童養護施設 勤務

 鬼名【絵鬼(かいき)

 (ユイ)大林(ダリン) 戦意喪失・身柄拘束。





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