102話ー磔ー
正人の前に現れた土を操る鬼。
守りに特化した正人は苦戦する。
激しい呼吸の中で聞こえた藍の声に気付かされる。
ー室瀬 正人チームー
高葦の大想が作った俺らを囲む山。その一部分の土を退かして穴を作る。
今土の中には、【磔装填】で放った大矢を、形状変化させて張り巡らせている。土の山を高葦に動かさせない為。
この山の内側に仲間が居たら、俺の"我武者羅"が発揮できない。仲間を守りながら、殺傷能力のある技を展開するのは危険すぎる。
それに、みんなを守る為に伸ばした能力を、攻撃に変更するとなると、俺ですら分からないことが起こりかねない。
けど今の俺は、みんなの援護を頼らないだけの自信がある。
何故か今、出来る気がする。
「みんな穴から出て!なるべく遠くに離れて!」
「そんな!マサトはどうするの!?」
「俺なら大丈夫だ!やってみたいことがある!」
俺を心配したルルーザの肩に、エリックが手を乗せて頷く。
俺以外の13人は穴から出て行く。
そうはさせないと高葦は土を伸ばした。俺はそれを阻む。
「いや……正人さんらしくないっすね。焦ったんすか。ここであの人達を退かせるのは誤判断じゃねっすか」
「警戒してるんだね高葦。俺が1人になったら、普通は喜ぶんじゃない?」
「もちろん警戒はしてるっすよ。ちょっと意識を広げるのが面倒なだけっすね」
焦ってるな高葦。
高葦、こいつは俺らを調べてる。
だからこそ、想定外を警戒してる。
俺はみんなを守ることしかして来なかった。吐出した攻撃性は無い。みんなを退かせた事イコール、知らない何かをする兆候。
お前は勘が良いよ。その通りだもん。
初めて、暴れてやろうって思ったんだからな。
地中の矢に意識を向けつつ、背中の矢筒から大矢を引き抜く。高葦は弦を引かせまいと距離を詰めた。
【大想 磔装填 銀根】
地中に根のように変形させ張り巡らせていた大矢。その枝分かれした先端を地上に突き出し、それぞれが高葦に向かって突き進む。
「マジっすか!」
高葦は体勢を崩しながら躱すも、数カ所は斬れた。しかし、擦り傷程度。致命傷では無い。この数を避け続けるのか?四方を囲む山の中までビッシリ根は張ってるのに。どうし……。
俺は息を呑んだ。
呼吸を乱す。
「気付くの遅いっすよ」
高葦は地面を動かしてない。
「疲れ、溜まってんじゃねっすか」
地面を動かさせない為に、俺は根を張り巡らせた。でも高葦は動かしてない。地面を動かす労力に、体力や想を使わなくて良い。
なら……。
「俺はそれを上回るだけだ!!」
更に根を増やし、雨のように先端を降り注ぐ。
高葦は動かせる土を防御に使うものの、それすらを上回る数で翻弄する。
高葦に、切り傷は増えていく。
「本っ当……つくづく……廉じゃなくて良かったって思うっすよ」
致命傷を躱し続けて、高葦は圧のある声でそう言った。
「数打てばいいってもんじゃねっすよ。何してくるんかと思ったら、想定内のことしてきたっすもんね」
想定内……だと。
「詰めが甘いと言うか。1人で暴れるより、周り頼った方が賢かったっすね」
「そんな挑発には乗らない!!お前が追い込まれてるだけだ!!」
「いや、全然っす。だって……」
【極想 祟・日望更生】
「まだこんなに想残ってるっすよ」
ここで極想……!
透化モニターで、仲間の位置を確認する。かなり離れてくれてる。
「自分のことは二の次っすか」
地面が沈んだ。液体みたく波打ち、俺の根すらもスルリ通り抜ける。
俺と高葦が居るこの位置を中心にして、円錐形に大きく凹む。蟻地獄の超デカいバージョン。一つの街は壊滅するぞ……。
俺の位置がどんだけ凹んだのかは、周囲の土を見れば分かる。その高さは600メートルを超えてるだろうな。
「かなり痛いっすよ」
高葦は周囲の土に包まれ、地中へ消えた。
天井は閉じた。
途端、全身の感覚が麻痺したと錯覚する程の衝撃に襲われる。透化モニターは砕かれ、装甲が身体へと食い込む。
そして、土は畝り始める。
俺の、生温かい血に触れた。
遠のく意識を、強引に掴んでる状態。
四肢が残り、意識があることは奇跡に近い。
もうすぐ、酸素も尽きる……。
このまま何も出来ないのか?
そんな最期で良い訳ないだろ。
足掻け。
足掻き倒せ。
大弓【磔装填】に連結させていた副腕を解除し、肩甲骨に付ける。その時、大弓を中央で分け、それぞれの副腕と連結させる。
【磔装填 爪根】
回転させた副腕で地中を突き進む。その途中、副腕から八方に乱雑に弾を射出する。適当なところで弾を棒状に変形させた。
俺が地中で動き出したことを高葦は知ってる筈。あいつは土を動かすだろう。その時に、展開させた棒との距離と、棒がどう動いたかによって俺の位置を把握する為。俺が居る位置を見失えば、命は落ちる。
正人が地中で動き出した。
土の重さが正人に向くようにしたのに、まだ動くか。高葦が調べた時は、そんなに執拗な奴だとは思えなかった。やはり土壇場で人は変わるのか?
正人の位置は把握している。その距離からは俺に何も出来ない。17発、小さな弾を射出したな。それは棒状に変わるやつ……やっぱりね。
自分の位置を把握する為かな。思い通りにさせてあげるよ。
地中を動かす寸前、正人の周囲に再度弾が配置された。
それに意識を取られ、棒から伸びる針に気付くのが遅れた。
「っぶね」
この棒も、根になるのか。
地中を動かし、正人の身体をへし折ろうと意識を向けた。
「……しくった」
正人と同じ形に、同じ想を込めた物が27つある。動きの癖まで似せてある。デコイかよ。これは……完全に……。
「見失っちまった」
あのデコイ達全員を、俺に近づけなければ良い。
俺はデコイ達を遠ざけようとしてる。けど、集中できない!!辺りに散らばった17本の棒が、乱雑に俺を襲ってくる。
地中は俺の天下だろ!
正人に振り回されてどうする!
デコイの1つが、真下に居る。
「やっべ!」
俺の頭蓋を狙った棒の急襲。それを躱した。
強い衝撃……変形したデコイに突き上げられた。
土を固めていたにも拘らず、俺は地上に飛び出ていた。
デコイは地中に根を張ったまま、俺に引っ付いていた。俺に触れた箇所から、デコイの根は全身に巻き付く。土でデコイを引き剥がそうにも、他のデコイから伸びる根が俺に絡み付くんだよ。
残るデコイは6体。17つのデコイを使って、俺を拘束しただけだ。残りの数で何が出来る!
「キツいのは正人さんの方っすよねえぇ!!」
全てのデコイは副腕を取り、大弓に変形させた。
「っは!!正人さん!地中から俺を射抜くつもりっすか!無謀っすよ!冷静になった方が良いんじゃねっすか!」
地中に居なくたって、俺は地を動かせる。
地中から飛ばす矢なんて、何ら脅威じゃない。
デコイ6体は一斉に矢を引いた。
くそっ!土で邪魔してんのに、身体に絡み付く根が邪魔でトドメが刺せねえ!!
デコイ6体に与えた傷は、致命傷を優に超えてるだろ!!
デコイですら想定外なのに、まだ大技が残ってるってのか……!?
想定……外……。
【極想 磔装填 磔】
極想……。
そんな想……無かっただろうが!!!
ふざけんじゃねえ!!
矢を放つ瞬間、デコイ5体は変形する。1人のデコイ……正人と俺を直線で結ぶ筒になる。その筒の根は、地中を張り巡らせ、地上にまで及ぶ。俺が動かすのに時間がかかる地盤にまで根を伸ばした。
ピクリとも動かず、一切の邪魔を許さない、矢の通り道。
空洞の筒を突き進む矢は、耳を震わせる音を放つ。その音に、俺の脳内は掻き乱れた。
死が近付く音だと、芯から理解した。
根に固定され身動きの取れなくなった俺に、正人の放った大矢は胸部を突き抜ける。
矢尻が背を貫通したところで大矢は停止し、俺の体内で根を張り出す。
ツノは崩れ、装甲を維持する力を失う。
顔は空気に触れ、雨に濡れた。
遠のく意識の中で想う。
最期の景色が、こんなぐちゃぐちゃな大地だなんて……。
この景色を見たくないから、力を付けたんだろクソ野郎。
何で思い出すんだよ……。
土に汚れた家族の顔が嫌な程見えてくる……。
あぁ……。
「やだよぉ……」
大手警備グループ【フルフェイス】
人事部勤務
鬼名【泳鬼】
高葦 砂宏 絶命。
遠のく意識を必死に掴みながら、俺は身動きの取れない地中に居た。
俺の極想で土は押し固まって、地上に繋がる穴になってた。だから酸素はある。
けど、指先すらピクリとも動かせない。
どうしよう……。
このまま土葬されるのかな……。
それに、高葦を本当に倒せたのか分からない。
想の雰囲気からして、もう息してない筈。
……。
いくら敵であっても、命を奪うのは心が痛い。
高葦は、高葦なりの理由があって、そっちの立場に居たんだろう。
でも、どんな理由があったって、罪の無い人の命を奪うことは許されない。
罪があれば命を奪っていいのかって言われると、それも答え難いんだけど、そうしなきゃ犠牲者が増えてしまうなら、俺は奪う。
誰かが止めなきゃいけない。
そう言い聞かせはするけど、やっぱり辛い。そこは変わっちゃいけない部分だと想う。
そうこうしてる間に、仲間達が俺を引き上げてくれた。命を落とした兵士の遺体も、地中から引き上げた。
また、犠牲者は出てしまった。俺の目の前で。
俺はクリスに背負われながら、横になった7人に手を合わせる。遠くで待機してもらってたチームオロの人達に、事後処理を任せ、残った13人は装甲ヘリに乗り込む。
「千歳くんのとこへ向かおう」
身体はなんとか動かせる。
みんなのとこにも、鬼は来るはず。
頼む……みんな勝ってくれ……。
俺は……何とか勝てた。
藍が、俺を叱ってくれたお陰だな。
何だか久々に藍と会話できた気がして、兄ちゃん少し嬉しくなっちまった。
何度でも想う。
あぁ、生きていたらなって。
生きていたら、廉と切磋琢磨してたよな。絶対に。
廉の双子の妹なだけあって、気も強いし。
ビックリするくらい気が合ってたし。
あの頃を、思い出しちまったなあ。