101話ー我武者羅ー
黒潮の奮闘によりユルゾック撃破。
地上を揺るがす程の大爆発。
その爆発は、これから起こる事の幕開けとなった。
ー室瀬 正人チームー
黒潮と中林の訃報は、直ぐに届いた。彼らは命をかけて、東京本部の者達を守った。
ゆっくり休んでいて欲しい。
そして、やはり東京本部に襲撃。情報が漏れていることは確定した。千歳くんは既に歩を進めているけれど、俺らも油断できない。俺らの情報だって掴まれてるに違いない。
俺のチームは装甲ヘリで北上してる。気候は雨。下はジャングル。人の気配すら無い場所。
しかし、それは奴らには関係の無いこと。
「急激な地形変動により、緊急着陸します!」
計5機の装甲ヘリは、それぞれ空き地へと着陸する。俺も見た。目の前に山が突如として現れたのを。
明らかに、俺らの行手を阻む為のもの。
以前の報告で、鬼神の中にも地形を操るデュロルは居た。
しかし、この規模では無かった。
ジジッ
「装甲ヘリは直ちに離陸してください。山の出現による、土砂が流れてきます」
装甲ヘリは離陸し、後方に飛んでいく。後続の数十機にも待機するよう指示する。
地面に残った20人で、山を作った元凶を対処する。
土砂は辺りの木々を薙ぎ倒した。それを回避して倒木に乗り、地響きに耳を澄ませ、異変を探る。
「前方山の頂上に、人影が!」
其処には、胡座をかいて辺りを見渡す人影がある。それに、あのシルエットは……鬼だ。2本のツノ……ハンマーヘッドシャークみたいなツノに、腰に注連縄が巻かれてる。
心拍数が上がった。数値化されてるからか、逆に冷静になれる。
皆も、鬼を見据える。
俺にさえ鬼が来るとなると、日本のメンバーは全員マークされてるな。
鬼は山の頂上で立ち上がると、鬼の足元の地面が勢いよく吐出した。
鬼は今視界の外だ。
何処に行……。
【土砂蟻地獄】
地面は突如急勾配になり、円錐形に凹む。その中央に、土砂は吸い込まれていく。20人全員がこの穴に居る。鬼は俺らの位置を見ていたのか。
足元は、崩れやすく踏ん張りの効かない土だけが配置されてる。技の速度と、小さな石すらを一瞬で見分けて退かす技術。そして何より、訓練されたエキポナでさえ、冷静を欠く程の精密な穴。
「落ち着け!!冷静になれば抜け出せる!想を足の裏から放り出せ!土を少しでも固めて足場を作るんだ!!」
「ああああ!!」
2名の兵士が、中央に吸い込まれた。
吸い込まれた瞬間、2名の気配が消える。何らかの技で、即死してる。
これが鬼……。東京本部に襲撃して来た分解鬼も破茶滅茶だけど、こいつも相当だぞ。
「たった2人っすか。司令塔は日本人みたいっすね」
鬼は地面から、まるでプールから上がるようにして出てきた。
「日本人なら気が合いそうっすね。俺もそうっす。室瀬 正人さんっすよね。知ってます。めっちゃ調べましたから」
若者口調。翻訳は機能してない。日本語だ。
「正人さんの技は特殊っすよ。亀戸先輩の動き止めるんすから。矢が変形、それに質量も増えてますよね。アレは想で増やしてるんすか」
知られてる。どこまで知られてるんだ?
「他の外人さんは知らねっすね。マークしてない人たちってことは確かっす」
それにしても、よく喋る。
「あ、あと。廉君は居ないんすね。ぶっちゃけ、俺の相手が正人さんで良かったっす。正人さんあんま強いって印象無いっすから」
それは俺が一番よく知ってる。小さい時から、あの時から痛い程知ってることだ。
「俺は鬼ん中じゃ弱い方なんで、もちろん油断なんてしねっす。命掛かってるんで全力っすけど、他の人相手するよりは安心したってとこっすね」
俺は北海道支部で廉を見てから、廉を支える存在でいようと思った。
守りたい想いと共に、もう失いたく無いから。
俺で良かったと安心してくれたことは、俺にとってかなり都合が良い。
「敵相手にあんま喋りたくねっすよね。喋れる最後の機会だと思うんで、何か言うことあれば聞くっすよ。あ、ちなみに高葦 砂宏っす」
18人全員が、高葦を見据えている。
「喋りすぎだ」
「そっすか」
俺の後ろで、仲間達は突き上げられる。鋭利な地面が、俺以外の17人に向かって伸びていた。
「え、全員防ぐんすか!」
高葦が驚いた通り、全員がそれを防ぎ、次の攻撃に備えて体勢を整える。
雷の弓、広範囲に届く火炎放射、地面スレスレを這う音速の鞭。その全てが、高葦に襲いかかる。
高葦は自身前方の地面を突き上げて防ぎながら、自身を後方に突き飛ばす用の地面を吐出させる。
高葦が着地する場所を狙って、俺は引いていた矢を放つ。
高葦は更に、自身直下の地面を吐出させる。
俺は視線を上へと移動させた。しかし、そこに高葦は居ない。視線を戻した場所にすら、既に居なかった。俺の矢も、何処にも落ちてない。
地面に潜っ……。
【土砂蟻地獄】
突き上げられた皆が着地するタイミングで、地面はさっきみたいに凹んだ。高葦、全体をしっかり"見て"やがる。
【蟻釜】
周囲の土が盛り上がり、俺らを包み頭上で隙間を無くす。真っ暗だ、何も見えない。
「焦るな!落ち着け!」
頭上に矢を放ち、矢尻が土に触れたと同時に展開する。矢を蜂の巣状に均等に変化させ、土に隙間を作る。薄暗い柔い光が差し込んだ。何も見えないより全然マシだ。
【気象眺蟻】
いつの間にか、俺と仲間は空中に放り出されていた。いや、全員が放り出された訳じゃない。14人だ。
高葦は全員を一気に殺しはしない。殺せないのかもしれないが、確実に殺せる人数に絞って殺してる。
タチが悪すぎる。
それを、守れない俺はもっとタチが悪い。
俺は何をした?何も出来ていない。何も出来ずに仲間が6人も命を落とした。
日本の皆みたいに、対応できない。皆は何から始めてる?いつも俺はどうしていた?
丘、廉はまず、敵の能力を視ていた。敵を知らなければ、対策なんて出来るわけない。
そっからだ。
着地して直ぐに気付いた。足場がフカフカの土に変わってる。踏ん張りが効かないし、体勢が崩れやすい。ジッとしてるだけで、地面に沈んで落ちてしまう。
高葦は土を微細なレベルで操る。そして圧倒的に、俺らの位置を把握するのが早い。
俺らが土に触れただけで、その位置が正確に伝わっている?
俺ら14人は離れた位置に居る。それぞれが足場に苦戦し、鋭利な土を避けるのに必死だった。
それに加えて、俺らは高葦の姿が見えない。
この消耗戦は、圧倒的に高葦が有利。この流れを打破しない限り、俺らに勝ち目は無い。
"全力出す場所を見極めてるんですか?何で?全力出せずに死んじゃったら、それこそ死にたくなるくらい後悔する。"
大口開けて呼吸する俺の脳裏に、千歳くんの言葉が響いた。
俺は……全力じゃない……。
"兄貴は落ち着いてるけど、我武者羅な兄貴って見たことねえな。"
お前らを援護するには冷静さが大切なんだよと、その時は言ったし、本気で思ってた。あの化け物達を目で追うにも、行動を予測するにも、冷静じゃなきゃ出来なかった。
けど今は?
化け物は居ない。居るのは、俺を信じて着いて来てくれた兵士達だけ。
我武者羅に動いて、場を乱す役目が居ない。
あいつらを間近で見てきた俺なら、掻き乱すことができる。
冷静であり、我武者羅に全力を出す。
冷静に考えれば当たり前のことだ。人の命が掛かってるんだからな。
副腕と弓を連結させ、俺は足元目掛けて矢を引いた。
【磔装填 根交廻】
地面に潜らせた矢を展開する。
細く長く強く硬く。
土中を張り巡らせるイメージで。
海のように動いていた地面は、ピタリと動きを止めた。
土の中に矢を張り巡らせたおかげで、高葦の大体の位置が分かった気がした。
土の中で軽い場所と、重くて硬い場所がある。
重くて硬い場所は移動してる。
泳ぐように移動しやがって。
「高葦を見つけた!矢の一部を地上に出す。その場所を一瞬で吹き飛ばしてくれ!」
ルルーザとクレアは爆発系の能力。2人の威力は相当だし、土を吹き飛ばして高葦を引っ張り出せる。
矢の一部を地上に出して爆破するを繰り返した。仲間達もそれに慣れてくる。そうすると、高葦の姿が見えるようになってきた。
高葦が移動できないくらい、もっともっと張り巡らせろ。耐えろ!
血管が浮き出るのを感じるし、鼻血なんてとうに出まくってる。俺が耐えるだけで、高葦を地上に出すことが出来る。そう考えれば、何だって辛くなんてない。
行く手が無くなったのか、高葦は力尽くで矢をへし折ろうと突進する。高葦に多く判断させることで、俺達14人には隙が与えられる。
地面を爆破して、高葦は全身を見せた。
その瞬間、高葦の重圧は跳ね上がった。
俺達の居る一帯が凹み、外に向かって地面の波は広がっていく。
【大想 螻蟻波転】
俺達を、大きすぎる土の山が囲った。装甲ヘリの中で見た、あの山だ。
その山が地響きと揺れを伴って、四方から押し寄せてくる。押し寄せ方も恐ろしくて、頂上付近は波のようになっていた。
やがて見える空は縮んでいく。
身体中から血が溢れようが、視界が揺らごうが、俺は更に想を込めた。
俺を信じてくれた仲間達は、静かに待っていてくれた。
八方を塞ぐ山の動きは止まる。
【大想 磔装填 山崩不知】
山の動きを止め続け、高葦を捉え続けろ。
「そこまで厄介とは思ってなかったっす」
よっこいしょと、高葦は姿を現した。
高葦は一瞬で俺へと距離を詰めた。そう理解した時には既に、顎に衝撃が走っていた。脳が揺らぐ。
殴られた瞬間に見えた。
俺が抑えられるのは、地形を動かせなくするくらいのこと。土全部を抑えられる訳ない。俺の矢をすり抜けた細かな土が、高葦の身体を後押ししてた。
どんだけ微細に操ってんだよ高葦は。
俺が意識を失えば、抑えてる土がまた自由になる。高葦はやはり、俺だけを執拗に狙って来る。皆が俺を守ってくれるけど、高葦は皆を、的確に返り討ちにしてる。
殺傷能力は無いにしても、ダメージは相当だ。並みのデュロルの殴りじゃ無いし、細い土を鞭みたく使ってやがる。
今直ぐにでも矢への想を和らげて、高葦の攻撃を見極めたい。でも、それをした瞬間、高葦は地面に潜ってしまうし、攻撃の幅も威力も殺傷能力も格段に上がる。
耐えるしか……。
"それじゃ同じだろうが!!"
廉に怒られた。
でもよ、保守的になるしかないんだよ。
"そうなったのが、ウチの所為みたいじゃん。"
脳裏に聞こえた懐かしく若い声。
俺は声に出して息を吸った。
"妹の藍"の声だった。
命を落とした6人にも、友人や兄妹、愛する者が居た筈。
俺が守らなければいけないと……。
何から守るんだ?
今は高葦ただこいつからだろ。
相手が天災なら、俺は守りに徹すれば良いだろ。
今の俺は、まるで相手がどうしようも無く敵わないと決め付けてる。
だから、守らないとって感情になっていた。
高葦の攻撃を防いでいるだけで、俺は満足していたんだろ。
あの時、"俺が守らなければいけないと思った。"って、俺はずっと勘違いしていた。
俺が守らなかったから藍は死んだのか?違う。殺したのはデュロルだ。それに後悔してんのか?
"ウチが死んだからってさ、何でマサ兄が後悔すんの?ウチの所為にしても良いよ。良いけどさ、ウチの所為にするんなら、その後悔引き摺らないでよね。"
この言葉は俺の願望かもしれない。そう言って欲しいのだと。
守るだけで相手を倒せる訳ない。守るだけで倒せるなら、みんな守るだけでいい。
そうじゃない。
我武者羅のやり方が分かったよ。