100話ー幾星霜ー
ユルゾックの猛攻に押される一行。
4つの門を潜った黒潮は、異様な空間に居た。
空間に輝く、朱い門。
黒い水に朱い門は反射する。
この空間、全身に力が入らない。
水の底に骨が溜まってるんだろうけど、今すぐにでも、水に身体を預けたい。
精神的にも脱力感を与えるような場所。
俺はユルゾックと戦っていた筈。何をして、黒潮は此処に来た?
最後、俺はユルゾックの腹部を拳で貫いた。
今考えれば凄いことだ。昔の俺と比べれば、天と地ほど差がある。俺より強い"鬼"のデュロルに、攻撃が通るんだから……。
本当に通ったのか……?
こんな簡単に、俺は鬼に並ぶ強さになったのか?一応、小さいけどツノは生えた。けど、そんな直ぐに差は埋まるもんなのかな?
……今はいい。俺は何故此処に居るかが問題なんだ。
俺が拳で奴の身体を貫いた直後、あいつは何か言った。技を発動したんだ。
ふと身体を見ると、さっきまでの傷はあるものの、痛みはまるで無いじゃないか。
現実の俺が飛ばされた訳じゃない。精神だけが此処に居る……?
さっきから、水が朱い門に吸い込まれてる気がする。足元に敷き詰められた骨も、その流れに従い始めてる。
全身は刃物に刻まれてるんかなってくらい痛くなってきた。声は出ない。
ー東京本部 滑走路ー
全身の痛みに魘された。その勢いで上体を起こす。砕けた装甲が擦れて溢れる音がする。
気を失っていた。山辺は、ユルゾックの技で菅岡とぶつかった。どのくらい時間が経った?ユルゾックはどうなった?まだ視界がボヤけてる。
辺りを見回す。居た……。どうなってる?
ユルゾックの腹に、黒潮は肩を押し込んでる。殴って貫通させた?いや、にしては微動だにしない。
ユルゾックの呼吸に合わせて、黒潮は唯揺れてるだけだ。おかしい。
同タイミングで菅岡も起きる。
「菅岡!立て!黒潮がおかしい!」
菅岡はユルゾックを見やると、踏ん張りが効かない身体で立ち上がった。
ユルゾックは俺ら2人を見ても動こうとしない。
「今は止めてほしいなぁ」
【金剛絡繰】
ユルゾックが両手を叩くと、阿吽の金剛力士は復活した。
「頼むよぉ、吸収に力割いてるから、全力で守ってくれぇ」
阿吽の動きは、さっきより少し速いくらい。多分、ユルゾックの想を分けられて動いてる。ユルゾックと黒潮が動けないのには理由がある筈。奴の言う"こっち"ってのは、黒潮を中林みたいに変形させようとしてる?いや、中林は変形されてる時、苦しそうに叫んでた。吸収してるのか?例えユルゾックが黒潮を吸収してるんだとして、あの場からは動けない。今吸収する判断をしたのは、俺ら2人が気絶して戦闘不能だったから。俺らが起きたのはユルゾックにとって想定外!!
こんくらいポジティブに考えて良いだろ!
「菅岡!今しかない!限界以上出せ!!」
俺の拳より先に、菅岡の雷の方がユルゾックに届く。だから俺は、菅岡の邪魔をさせない!
振り下ろされる吽の拳を横から弾く。腕を引き、吽の腹部に肘打ちして遠ざける。
菅岡が技を出せる時間を稼いだ。
【大想 超電磁弾】
菅岡の右腕が弾かれる。最高速度の、一点集中の強力技。あいつがずっと鍛錬した技だ。
目で追えない雷は、ユルゾックの右肩を弾き飛ばした。避けやがった。頭を避けやがった。
吹き飛ばした吽は崩れた。ユルゾックの肩から腕にかけて再生される。吽の想を回収したんだな。
「山辺!もう僕は貧弱な技しか出せない!阿を抑えることは出来るから、行ってきて!」
ありがとう菅岡。
菅岡の雷が俺の頭上を通り越し、阿の身体を遠ざける。
左腕を通常サイズに戻し、その想を右腕と全身に込める。右腕は等身サイズから更に肥大化する。
ユルゾックは阿を崩して想を回収した。両手を前に突き出す。
"いいよ、俺ごと。"
黒潮の声。
【大想 拳砕の一撃】
全身の力をフル活用した渾身の一撃は、ユルゾックの腕を砕き、顔面の装甲を砕いた。黒潮と共に、後方へと転がっていく。
右拳は砕け、血が流れ出る。
「起きろ黒潮!!!」
「起きて黒潮!!」
「おい!俺ら2人は起きたぞ!!お前が起きなくてどうすんだよ!!」
声が届いてるのかは知らない。だからって、叫ばない理由にはならない。
俺と菅岡は、言葉通りボロボロだけど、まだ戦える。黒潮が起きてくれたなら、もっと。
みんなの声が聞こえた。
でもみんなの姿は見えない。
現実の世界で呼ばれてる。
現実の俺はどうなっている?
今俺の身体は千切られてるみたいに痛い。
それに、生温かな気色悪い感覚だ。
この朱い門に近付く程、痛みは増してくし、立ちくらみもしてくる。
それにさっき身体に流れ込んだ感情"食事の邪魔をするな"。俺は今食べられてる?ユルゾックに吸収されてる?
黒い水の底に沈んでるのは、ユルゾックに喰われた残骸とでも言うのか?
だとしたら、一体何人を……。
ひょっとしたら此処に来た時点で、もう助からないのかもしれない。
現実の身体を動かすイメージが湧かない。
けどまだ身体は生きていて、感覚も生きてる。
現実の俺に、山辺と菅岡は呼びかけた。それくらいには身体を保っている。
想……使えるのかな。
俺の能力は諸刃の剣なんだって。
"黒潮、それ火力間違えると身体バラけるぞ!"
千歳くんの台詞を思い出した。
確かに爆発させる時、身体にかなりの負荷が掛かってる。でも、逆にさ。負荷を気にしないで爆発させたらどうなるんだろ?
俺でも予想できないや。
でもさ、でも。もう助からないのならさ。
ユルゾックの体内で俺が大爆発したらさ。
さすがに鬼でも死ぬよね?
俺の命で、多くの命が守れるってさ。そんな幸せな最期で良いんですか?
人の命を奪った屑な俺には、恵まれた最期なんだと心から想う。
きっと、山辺と菅岡が時間を稼いでくれたんだよね。
中林も、最期に操られないように気張ってたね。
みんなが居なかったら、俺はユルゾックを倒せなかったと思う。
ありがとうみんな。
朱い門を潜り、痛みは加速する。
「な、なんだ……なんだこいつぁ」
さっきまで抗ってたこいつの細胞が、受け入れたように全身に回り始めた。
本能が言っている。
今すぐにコイツの息の根を止めろと。
流れ込んでくる細胞が、危険信号を出している。
前にも居た。想を含んでる。
【大想 死門開門】は鬼に匹敵するデュロルを吸収する技。雑魚達は人形だけで分解して吸収できる。しかし、想が一定以上ある奴は分解できないし、もちろん吸収も出来ない。オレもそれ相応の想を使わなければいけない。
気絶させた2人を吸収しても良かったが、黒潮が厄介だった。思いの外、想を携えていやがった。
オレの判断が間違っていただと。
吸収にも時間を要した。
こいつが抗った。その力が強かった。
雑魚だと油断していた?
慎重なオレが?
何体もの"鬼"を吸収したオレが?
今までと同じ手筈だ。確実に仕留めて来た。
その鬼達の想のストックを使っても、こいつを吸収しきれなかっただと?
いや、何を諦めてるんだオレは。
直ぐにでもこいつを殺せば済むだろ。プライドは今捨てろ。そんなくだらないもんに、命は捨てられん。
身体の芯から絞り出せ。
【極想 絡繰舞踏伍・強制閉門】
オレの身体を絡繰にする。屈辱的な技だ。
オレの原型は最早無い。そこらから無数に生える骨の刃でこいつを切り裂け。
周りの雑魚も近付けさせない。
複雑な想を扱いつつ、こいつを分解して吸収する。極想クラスの最高技術の技だ。
こいつの身体を肉片とも思わせない程に刻んでやった。
雑魚はそうやって叫んでおけ。
吸収が終われば、お前らも吸収してやる。
もう一回り強くなったオレでな。
【打ち上げ流星】
地面付近のオレの細胞が細かく爆発しだした。
オレはそんなことしていない。黒潮は死んだだろ?
爆発は次第に大きくなり、オレの身体は浮き出す。
無数の骨で地面に固定しても、その骨の付け根を爆発される。
黒潮、細胞だけになっても想を維持してるのか!?
気色悪い!なんて野郎だ!
そんなになってまで無駄に足掻くのか!
身体の内側から、芯を握り潰すような殺意を感じた。
爆発を止めれず、東京本部どころか、日本の形が分かるまでの高度になる。
オレを宇宙にでも連れて行くつもりか?
この高さから落として殺そうってか?
生きてみせるさ。
あーだこーだ五月蝿いな。お前は死ぬんだよ。俺と一緒にね。
なんだ!?あいつの声が脳に……。
俺はお前を倒して死ねれば幸せさ。
気持ち悪すぎて反吐が出る!
お前のような気持ちの悪い奴を吸収なんてしなきゃ良かった。
ん?それじゃあさ、お前は最悪な死に方するんじゃない?気持ち悪いと思った俺を吸収して、それが原因で死ぬんだもん。
まだこいつは、こんなことを吐いているのか。
こんくらいかな。この高さなら、みんなに被害は出ないよね。
全身が急激に熱くなる。
俺も分からないくらい、全力の爆発さ!
いつかやってみたかったんだ!!
夕暮れの河川敷で、星が見え始めた空に向かって大声で叫びたかったみたいに。
綺麗な星の下で。
【極想 今の時代が幾星霜、作り話だろって思われるくらい語り継がれて欲しい。俺の爆発が、何かを照らす始まりになってくれるかな。最期の大爆発だ!】
見上げた空は、夜明けだった地上とは比べ物にならない程暗かった。
大小様々な星屑が、嫌でも目に写る。
日本ヤクザ【壱輪乃会】傘下
【桃坂組】専属鬼
鬼名【絡鬼】
ユルゾック・ソクラティス 絶命。
山辺は、黒潮を目で追った。あいつの考えてることは理解できた。覚悟決めたんだなって思って。
そして、黒潮とユルゾックは見えなくなる。そんだけ高い所まで昇ってった。
夜明けの空は澄んでいて、これでもかってくらい綺麗な藍色してやがる。
菅岡も、肩揺らして見上げてる。
黒潮が最期にやろうとしてることで、ユルゾックを倒せるか分からない。それに備えて、俺らも気を失う訳にはいかない。何にせよ、黒潮を見届けなければ。
黒潮が居るであろう大凡の位置が、突如光った。目に見える衝撃波を広げる。こんだけ離れてるこの場所からでも、その爆発は大きく見えた。
黒潮の、全身全霊の大爆発。
その衝撃は遅れて地上にも届き、そこら中で車の警告音が鳴り響く。
大きすぎる音に、街は目覚め始めた。
ユルゾックの気配が残っていた元阿吽の人達から、その気配は消え去る。
黒潮のお陰で、街はこうして目覚めることが出来た。
お前の望んだ、立派な最期なんじゃねえかな。
菅岡は安堵の息を漏らし、膝を着いた姿勢のまま気を失った。
エキポナのみんなが駆け寄るのを見て、俺の意識も遠ざかっていく。
EAグループ 日本支部
東京本部所属
特別チーム チーム百歳
鬼名【屑鬼】
黒潮 和希 殉職 享年22。
中林 花男 殉職 享年22。