99話ー屑だー
デュロル側に情報を流す国を特定。
偽の情報に、鬼は喰らいつく。
滑走路で対峙し、黒潮らは奮闘する。
ー東京本部 滑走路ー
山辺が中林を相手するとは言ったものの、動きが中林じゃねえ。人間が変わったみたいだ。
見た目もゴツくて巨体になったのに、速度も上がるってどうゆうこと?
早く動き回るのは得意じゃねんだい。
等身程ある腕で動き回るだけの筋力は付けた。中林も一緒に訓練した。けど、これはいくら何でも度が過ぎてる。
無理矢理に身体を動かされてる感じ。操られてるのか……?
中林の攻撃は、今のところ団扇で鋭い突風を起こすくらい。あの金剛力士達みたいに姿形を変えさす能力もあるんかな。
考えながら攻撃を読んで躱して隙突いて攻撃するって、こんなに難いのか?千歳くん達はこれを市中やらルータス相手にしてたのか?
益々尊敬するよ。
俺の振るった拳は中林の右脛に入る。装甲を砕いた!にも拘らず、痛い素振りも見せん!
「お前の感情は死んじまったのか!?中林!この声聞こえてんのかよ!!」
中林は声に反応せず団扇を振り下ろす。
この突風にも慣れてきた。俺の頑丈な両腕で防げる。そんで、今の中林には変な癖がある。
団扇の突風に、自分自身が耐え切れてない。身体を少し逸らしてる。
中林本人は、そんな隙を見せない。自分の作る風を知り尽くしてるし、その反動を利用して次の動きに繋げる。
もう本当に、"中"にも居ないのかよ。
中林は素早く移動し、締まった筋肉から団扇は振られる。巨体の体重が乗った一振りは、それに比例した突風を作り出す。
俺は左腕で顔を防ぎ、右腕に想を込める。
その突風に耐える!
俺の脚はコンクリートに減り込み、勢いを止めようと踏ん張り続ける。
突風が身体の数箇所を引っ掻いていく。
突風が弱まるのを感じた。それに合わせて想を込めていた右腕を、中林の顎目掛けて放つ。
激しい破裂音と共に、中林の顔面は上空を向く。
右腕に込めていた想を解く。すると、中林の顎に再度同じ衝撃が加わった。
装甲の奥、顎から伝って頭蓋まで砕かれた。そんな音がする。
この技を、中林に使うなんて……。
中林は大の字で倒れ、仰向けの彼はピクリとも動かない。
砕かれた装甲の下に、中林の顔は無い。分解されて再構成された身体は、もう中林では無い。ユルゾックの操り人形へと造り替えられた。
脳を破壊した。もうこいつは動かない。想も作れない。
俺の友達が、誰かの命を奪う前に止めれた。
「お前は俺の中で生きてる。安心してくれ」
風は無機質な頬を撫でる。
2人の援護に行かなきゃ。
破裂音と共に、中林が倒れちゃった。山辺は菅岡の方に駆けて来る。
僕が相手してるのは金剛力士の吽の方だと思う。顔の装甲の口らしき凹凸が閉じてるし。
吽、さっきより格段に早くなってるしさ、振るった腕だけで風圧来るし何なのさ。
畑山さんに教えてもらった"雷を少し脚に纏わせて移動の糧にする"方法、これやってなかったら僕の命は無かった。
「菅岡!頭狙うぞ!」
横で構えた山辺が叫ぶ。
吽の関節の可動域が凄くてさ、人の骨格からは駆け離れた動きするから読めないんだよ。
「菅岡!判断!悩む時間は無いぞ!」
山辺は走り出した。腕を振るった遠心力で高速移動してる。訓練以上の動き……凄いや。
「菅岡!こいつは中林と違って図体がデカい!お前の雷が必要!」
山辺が左脚を砕いて吽の体勢を崩す。片膝ついた吽の胸元に向かって、山辺は両腕を突き出して飛び込んだ。
「今だ!!」
山辺の両腕が吽の胴を弾き、さらにもう1段階衝撃が加わった。山辺って本番に強いタイプ!?訓練の時めちゃくちゃ苦労してた技を、強敵の前でやっちゃうの?
吽は後頭部を地面に叩きつける。予め右腕に溜めておいた雷を、吽の顔に照準する。
身体の全身から、右腕指先に想を集中。
体重を使って押し出すイメージ!
鋭く射出された雷は、轟音を響かせて吽の頭を砕いた。
山辺の判断力が凄い。僕はほぼ何もしてない。避けるのに精一杯だった。
吽はピクリとも動かない。倒せた……。
でも何だろう。嫌な予感がする。楽に倒せすぎた気がする。
それ程僕らが強くなったってこと?
残る金剛力士は1体。黒潮の援護に行かないと。
そいつ倒して、ユルゾック……。あいつの強さがまだ未知数だ……。
ふぅ。ふぅ。吽の方は倒れた。
阿、動きが速すぎる。
ユルゾックはまだ芝生で寝てる。阿を早く倒さないと。あいつが起きたら話が変わってくる。
てか、敵地で寝るってどんな神経してんだよ。マジで鬼の考えが分からん。
「黒潮!!」
山辺の叫ぶ声がした。
この声がなきゃ、後ろの気配に気付けなかった。
屈んだ頭上を衝撃が通り過ぎた。
屈んだ際に後方を見る。
ユルゾックが居る。さっきまで寝てたよね?
ユルゾックが寝てた場所を見やる。そこにはまだ奴が居る。
人形……??
「これ避けるんだぁ。やるねぇ」
中林と吽の巨体は塵となって消えた。
塵の中から、中林本人の遺体が出てきた……。
吽からも、誰か分からない人間の遺体が出てきた。
人形は、人を媒体に作ってるの?
俺が戦ってた阿も、元は誰かの身体なの?
そんな酷いことしてるの?
「金剛力士はさぁ、流石に負けないと思うじゃんかぁ」
阿の身体も塵となる。その塵はユルゾックに吸収される。
「オレがやった方が、勿体無くないよねぇ。人形作ってさぁ、それぞれがオレの人形を増やしてるんだよ。人形になったらさ、想はオレのモンなわけ。でさでさ、今人形を全部解体してさ、オレに集めたわけ。分かる?この意味分かる??」
さっきまでとは比にならない重圧。
「君達に勝ち目は無いわけ。でも同じデュロルでさ、オレの人形壊すくらい強いんだから、今すぐに仲間になるってんなら許してあげるよ」
思いの外、言葉はスラっと出てきた。
「気色悪い!!お前は生きてちゃダメだ!!」
過去の俺に言ったようだった。
人の命を何とも思わない。
関わってみたら、人はこれほどに愛おしくて、温かいのを知れた。
だからこそ、俺が奪ってしまった命に償いたい。でも償ったところで、命は還って来ない。
重々承知してる。俺が命を賭けて戦ったとしても、遺族の方は俺を許さないし、当の本人は以ての外だし。
命を奪ったらさ、もうそいつは人生で背負ってかなきゃいけないんだよ。
奪ってしまったってゆう後悔をさ。
でもこいつら鬼は、人の命を奪ったところで何も感じない。そんな恐ろしい事あっていいの?
鬼だからなんだ。元は同じ人間だろ。
こいつは、生きてちゃダメな人間だ。
こんな言葉使いたくない。けど世の中にはその種の人間がいっぱい居る。その内の1人が目の前に居る。ここでお前を倒せないとしても、俺は今立ち向かう。
許されたい為に戦うんじゃない。こいつから人々を守りたいから戦う。
【屑鬼】
「黒潮……お前……」
額から、細く短いツノが生えた。視界に入る。邪魔だ。
俺の脳裏に屑鬼の文字が見えた。そう、俺は屑だ。何の役にも立たない屑だ。
屑は何も失わない。だからこそ、全力で散らして砕けることが出来る。
「今……鬼になったぁ?」
ユルゾックは俺のツノを指差した。
「あのお方はぁ、何故今許したんだぁ!?」
【流星のパーンチ!】
細かな爆発を推進力とした右拳は、ユルゾックの鳩尾に入り込む。そこで更に爆発を加える。
「速ぁっ!」
ユルゾックは後方に吹き飛ぶ。
今すごい動ける!
ユルゾックは胸の前で両手を合わせる。
【壱門開門】
ユルゾックの後方で門が開いた気がした。実在すらしない門は、想がそう見せたんだろう。
「可能性から排除しようかぁ」
ユルゾックは山辺と菅岡の真後ろに移動する。
気付くのが少し遅かった。俺の拳は奴に届かない。
ユルゾックはそれぞれの背中に触れ、手を後ろに引く。触れられた2人は勢いよく宙に浮き上がった。
空中で2人は見えなくなる程離れた。
遠くから、音速で近付く。
「やめろ!!」
手が届かないと察した俺は、叫ぶことしか出来なかった。
2人は音速でぶつかり合う。その衝撃に辺りは揺れた。互いの装甲は砕け、血が滲んでる。
その直後に、俺の拳はユルゾックの頬に届いた。頬の装甲にヒビが入る。
空中の2人は糸切れたように落下する。
【星座布団!】
2人の下で細かく爆発を繰り返して、落下の衝撃を緩和させる。この爆発は肌触り優しいでしょ。
2人は気絶してるだけみたい。
良かった……。
「休んでて」
「はい油断ー!」
まずい!背中をユルゾックに触れられた。
背中を引かれる。抗えない!俺を引くのは想の紐か?細い。これを切ってしまえば……。
……門を潜った?
さっきユルゾックの後ろに出てた門を潜らされた。
今のところ身体に変化は無い。
【弍門開門】
少し考えてる間に、2つ目の門を潜らされた。
俺は背中に付いてる想を握り、小さい爆発を起こして千切る。
これ以上門を潜らされたらダメだ、嫌な予感がする。
ユルゾックの能力が未だによく解らない。人の身体を使って人形を作る能力、想の紐で動かす能力、実態の無い想の門を出す能力。人形は何の為に造られるんだ?シンプルに手駒にする為?紐は?ただの濃い想をくっ付けてるだけ?門は?潜ったらどうなっちゃうの?
能力に規則性も無いし、目的が見出せない。
ユルゾックは、何に絶望したデュロルなの?
【参門開門】
3つ目の門が出てきた。アレの場所にも規則性は無い。方角は関係無さそうだし、門から想の動きはないっぽいし。
考えるな俺!何らかの技が発動する前にユルゾックを倒せばいいだろう!まず一撃与えろ!
……一撃……さっきから、攻撃が当たってない。
ユルゾックが逃げてる訳じゃない。
門に吸い寄せられるようだ。さっきからそうだった?
目の前にユルゾックが来る。奴の掌は俺の腹部に届いていた。意識が散った。奴の掌から波紋状の衝撃波が伸びる。
【星座布団!】
俺の背中に細かな爆発を発生させ、門へと吸い込まれる力を弱める。何とか地面に足が着いた……その時には既に、ユルゾックも俺に追い付いていた。
……そう言えば、何で俺は人形にされないんだろう?
走馬灯では無いけれど、その疑問が今脳裏に過った。
3つ目の門を潜らされた。
変な汗が出て来る。まだ何も起こらない。
訳の分からない能力だから、本当何が起きてもおかしくない。山辺と菅岡は無事。助けられる距離に居る。ユルゾックは、門を出す時の姿勢を見せた。また出すの?
その瞬間て、隙だらけなんだよ?
体内で小さな爆発を繰り返し、その威力を更に想に変換して右腕に溜め込む。
同時に、両脚にも同じことをした。
腰回り、肩甲骨、衝撃に耐えうる箇所全てに想を回す。
脚に溜め込んでいた想を、地面を蹴ると同時に爆発させる。
【隕石パーンチ!】
体感したことない速度でユルゾックに接近した。振り遅れないよう注意し、右腕を突き出す。
インパクトと同時に右腕の想を解放する。
爆発を推力に!そして殴った箇所に乗せるように!
俺の右腕は、ユルゾックの鳩尾を貫通する。
腕にまとわりつく、生暖かい感触。
脳裏に、俺が起こした事件が蘇る。
「ぅぎゅる……」
ユルゾックは血混じりの声を漏らす。
【大想 死門開門】
装甲の奥で、ユルゾックは嗤った。
俺の腕が貫通した腹部……体内に門が"見える"。
視界は揺らぎ、突如別の場所に移動した。
辺りは真っ暗で何も見えない。俺の身体だけはくっきりと見えてる。重くて纏わりつく空気。下は液体?
手探りで水中を掻き混ぜると、カラカラと軽いモノが触れる音がする。
骨?
水が飛沫を上げる音がした。
目線を上げると、黒い水に反射した真っ朱な門が姿を現した。だけど、塗装は所々剥がれてる。
それでも、落ちてしまいそうな黒い空間に、その門の鮮やかな朱は輝いて見えた。