“酒”に“溺”れて“一泊”する
王国の外れにある町、シバナフ。その町のさらに外れにある留置場。平和な町には不必要であるはずのその場所に二人の男が収容されていた。
「クク……まさか捕まっちまうとは」
「ここの衛兵も無能ではないってことざの」
半壊の鎧を装備している戦士のような男と東の僧侶が着る“袈裟”というものを着崩した女が嗤う。
二人の格好から察するに、恐らくはどこかのギルドを追放された野良の冒険者なのだろう。その証拠に所々身体から生傷が見えている。
「なぁに。わんらなら出ようと思えばすぐにでもこんなところ出れる」
「ああ。だから今は隠し持てたこの酒を呑もうぜ」
「むん」
鎧の男が肩の部品を千切り取ると、それを盃の代わりに酒を注ぐ。縁までぎりぎりに満たされたその盃を、袈裟の女に渡す。
「悪いの」
袈裟の女が盃を受け取ると、味など楽しむ様子もなく一気に飲み干す。女は軽く吐息を漏らすとただ一言「美味い」とだけ言った。
「いい呑みっぷりだな、チカワ」
「次はおんの番ざ、スレア」
袈裟の女改めてチカワが、鎧の男、スレアに残った酒を飲むように言う。
スレアは酒瓶に口をつけ、残った酒をチカワ同様に飲み干した。
「がぁっ! 効くねぇ!」
飲んだ勢いに任せ、スレアは空になった瓶を牢の奥に投げ捨てる。酒瓶は壁にぶつかると、花火のように四散し、牢の至るところに破片が散らばった。
「危ないざないか」
「がぁ! 許せ許せ!」
スレアはバンバン膝を叩き高らかに笑う。酒瓶の割れた破裂音とスレアの大声に反応した衛兵が足音を立てながら二人のいる牢へとやってくる。
「ほーら。おんのせいでうるさいんがやってきた」
「よっ、どうした兄ちゃんども!」
「聞いてないざろ」
ヘラヘラとしながらスレアは牢から手を出し、衛兵に向かってピースサインをする。衛兵は何も言わずに槍を突き付ける。
「がぁ! ノリが悪いな」
シッシッと衛兵に槍を退けるように要求をするスレア。そんなことをしても当然衛兵からは無視をされるのがオチだ。
「今の音はなんだ」
「おっ、ようやく口を開いてくれたか」
「質問に答えろ」
衛兵は冷たい視線で二人の牢を見渡す。あからさまに匂ってくる酒の匂いと、辺り一面に散らばるガラス片。衛兵は溜息をつきながら、槍をスレアから離す。
「お前達……またやったのか……?」
散らばったガラス片を指差しながら、衛兵は質問をする。
「スレアが持ってた酒を呑んで暴れた。わんは無罪ざ」
「がぁ! チカワてめぇ! 一人だけ逃げんじゃねぇ!」
「あー助けてー。教われるー」
「がぁ!」
言い争いを始める二人を見て、衛兵は「もういい」と言いながら牢を後にした。
「ほれ。行ったぞ」
「チカワ! お前も呑んだろうが!」
「阿呆。その話は終わりざ」
チカワは飄々とした態度で興奮しているスレアをなだめる。慣れた様子からして、このようなことは二人にとってよくある出来事なのであろう。
「呑んだら眠くなってきた。スレア、破片片付けろ」
「なんで俺が!」
「おんが割ったんざろ」
スレアはブツブツ文句を言いながら散らばった破片を拾い集める。スレアがチラッと見ると、その横で破片で怪我をしないように脱いだ袈裟を床に敷いて眠っていた。
「がぁ! それやるなら片付けろとか言うなよ!」
それにしても、仮にも女であろう者が堂々と下着も着ずに男の前で眠るのは如何なものだろうか。スレアはそう思いながら牢の隅っこに移動すると胡座をかく。
(がぁ! まあ、奴とだけはそういう関係にはなることはねぇけどな)
自分も眠るべく目を瞑ろうとしたその時、またも牢に向かってくる足音が聞こえてきた。
「がぁ! 兄ちゃん、今度はなんの用だよ!」
「スレア、チカワ!」
二人の名前を呼ぶ少年の声。その声を聞いた二人は同時に声をあげる。
「「ライト!」」
その少年、ライトは二人を見るや否や牢の格子を掴む。その腕にはどういうわけか青筋が浮き上がっていた。
(おい、チカワ……)
(むん。怒ってるな)
二人はライトに聞こえないくらいの小声で会話をする。
「ねえ二人とも。今度は何をしたんだい?」
あっ、これマジにヤバい。二人はお互いの瞳を見ながら思考する。
ただの衛兵だけだったら自分達の力で牢を出ることが出来るが、怒ったライトが加わった今ではそれも不可能。
余裕なんて持たずとっとと出ていくべきだった。
そうなれば採れる方法は一つ。
(チカワに全責任を押し付ける!)
スレアがそう思った時、
「こいつが悪い。わんは巻き込まれただけざ」
先に動いたのはチカワの方だった。チカワは悪びれる様子もなく、スレアを指差している。
「がぁ! チカワぁ!」
全責任を擦り付けられたスレアは当然のごとく大声をあげる。チカワは「きこえなーい」と言いながら両手で耳を塞いでいる。
「ライトぉ! 違うからな! 元はと言えばこいつが!」
「分かってるさ。そもそも君たちは何か勘違いしてないかい?」
「「はい?」」
「僕は「何をしたんだ」って聞いたんだ。どっちが悪いかとか、言い訳を聞きに来たんじゃない」
あっ。終わった。本能的に二人は察する。
「がぁ……わかった……話す」
「仕方ない。ライトには嘘は効かないか……」
観念した二人は、何故牢に収容されたのか、その経緯をつらつらと語り始めた。
「昨日の番のことだ。俺とチカワはその日の疲れを癒すために酒場に行ったんだ」
「誤解しないで欲しいんざが、金はちゃんと持ってたからな?」
「それで、いつものように地酒を頼んで呑んで……」
「それでざな……その……」
二人の口が急に静かになる。
すると、事情を聞いていたはずのライトが二人の代わりに口を開いた。
「はいはい。スレアは呑んで暴れた。チカワは呑んで男女構わずつまみ食いしようとした。それで、通報されて収容……でしょ?」
「がぁ! 確かにそうだが!」
「ライト! わんが心に決めたのはおんだけで……!」
「衛兵さん帰ります」
「はっ」
「「ライトー!」」
叫ぶ二人を余所に、ライトは牢を後にする。残された二人はと肩を落とし、まだガラスにまみれた牢の床へと這いつくばる。
『まっ、仕方ねぇか』
『うう……ライト……ライト……』
牢を出た門。そこでライトは衛兵に袋を渡す。
「では明日の昼くらいに二人を解放してあげてください。酔いも抜けて反省してるでしょうし」
「それは結構ですが……こんなに受け取れませんよ」
「町の人への迷惑料です。自治に役立てて下さい」
「そういうことなら遠慮なく」
衛兵は袋を受け取ると、中に入っている金額を確認する。
「所でライト…いや、“勇者”さん。何であのような連中と一緒にいるんです?」
「スレアとチカワと? 仲間だからだけど」
「仲間ね……」
衛兵は失笑と共に声を漏らす。
「あんな“狂戦士”に“破戒僧”がね……」
そう言われて、ライトは歯を食いしばる。
「あなた今世間でなんて呼ばれてるか知ってますか。“悪者”ですよ」
「……それが」
「はっきり言って、仲間なら他にももっといるでしょう。よりにもよって彼らのような罪人を引き連れて、なんのメリットがあるというんですか?」
「君には関係ないだろ」
罪人を引き連れた悪者。確かにそうかもしれない。
スレアは数年前までは理性の欠片もない殺戮兵器だった。
チカワはその容姿を使い権力者を巧みに操って幾つもの街を廃墟へと追いやった。
本来であれば死罪を免れないはずの二人だが、何故勇者の仲間へとなったのか?
世間は知るよしもない。
(好きに言えばいい。平和のためには、絶対に二人が必要なんだ)
夜風に吹かれながら、ライトは宿へと戻っていった。