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火星第一郵便局

作者: 深谷 しずく

薄く、水色のグラデーションを描いた日の出が見える朝、

僕はいつものように、青焼け火星郵便局に向かった。

赤い日の出が見える、地球からの手紙を待ちに。


郵便局に入ると、マチルダが笑顔で僕を迎えてくれた。

「おはよう。今日も早いのね。」

僕は肩をすくめてみせた。

辺りを見渡すと、いつものようにマチルダを含めた郵便局員達は、郵便物の仕分けにせわしない様子だった。

「僕、喉かわいたなぁ。ねぇマチルダ、何か飲み物ちょうだい。」

「もう、いつもいつも、仕方ない子ねぇ。何がいいの?」

僕はマチルダに、100%ポルルジュースがほしいとお願いした。マチルダは怒っているように見せかけながら、コップいっぱいにポルルジュースを入れてくれた。

「こぼさないようにね。」

「うん。ねぇマチルダ。地球から来た手紙があったら、ちゃんと教えてね。」

僕が言うと、マチルダは、毎日言われなくてもわかってるわよ、と言って少し笑った。


僕は、椅子に座ってポルルジュースを飲みながら、郵便局内にあるテレビを見て時間を過ごした。大人の難しいニュースばかりで、すぐに眠たくなってしまったけど。

午前中の仕分けが終わり、僕はマチルダの席まで行ったが、マチルダは弱々しい笑顔で、首を横に振った。いつもの事だった。

「でも、はいこれ。今日の切手。」

そう言ってマチルダは、僕に宇宙各星から届いた郵便物の切手を、いつも僕にくれた。

ガッカリした僕の心を、少しでも慰めるために。

僕は、肩から下げている茶色のショルダーバッグから、透明の瓶を取り出した。その瓶の中には、沢山の使用済切手が入っていた。おうちにも、山ほどの切手が入った瓶が、20個もある。

今日の切手は、面白い動物が映ったもの(これは18枚くらい持ってる)、どこかの星の生誕記念に大統領の写真が映ったもの(これは11枚くらい)、かっこいいPI98ロケットシャトルが映ったもの(これも11枚くらい)等など。新しい切手は1枚もなかった。


午後の仕分けまで、まだ時間があった。僕は一度外へ出て、郵便局の周りを散歩した。

赤い空には、時に飛行機やシャトルが通った。そのたびに僕は、ポケットに入れている双眼鏡を空にかざし、機体の文字を見た。

地球から来たのかどうか、知りたかったからだ。

反対のポケットから、家から持ってきた火星人をイメージしたウインナーのパン(昔、地球人が火星にいると信じた、足がにょろにょろの宇宙人の姿をあしらったパンだけど、こんな宇宙人一匹もいなかった)を取り出し、僕は空を眺めながら、お昼を食べた。いつもと同じ、のどかなお昼だった。

僕は、こののどかな世界しか知らない。

しばらくすると砂嵐がひどくなり、僕の双眼鏡は砂だらけになった。僕は郵便局内へと急いで戻った。

そしてまた、100%ポルルジュースをねだり(今度はマチルダではなく、カレンに)、午後の仕分けまでお昼寝をした。


マチルダに起こされた時は、もう夕方だった。

「はい、午後の切手。今日はもう、帰りなさい。」

そうマチルダに言われ、今日も手紙が届かなかったことを、僕は察した。

―いつものことだった。

こうしてまた、瓶の中の切手だけが増えて、僕は家に帰った。

外の青いヴェールをまとった太陽が、火星の山々に沈んでいく姿を背に。


次の日僕が郵便局に行くと、みんながテレビに夢中になっていた。

何があったのか、マチルダに聞く前に、マチルダが僕に駆け寄ってきた。

「地球内の戦争が終わったの!よかった…よかったね…!」

そう言ってマチルダは、僕を強く、本当に強く抱きしめた。僕はなんて言ったらいいかわらかなくて、目を潤ませているマチルダに、やっぱり今日も100%ポルルジュースが飲みたいと言った。

「今日はいつもよりも大きなコップに入れるね。」

マチルダは嬉しそうに、僕に言った。青のグラデーションが美しいポルルジュースが、なんだかいつもよりも澄んで見えた。まるで戦争が終わった地球のように。

その日を境に、青焼け火星郵便局の忙しさはピークに達した。

何便も何便も、地球からシャトルが到着し、大量の手紙や荷物が届いた。

僕は、僕宛の手紙が見過ごされてしまうような気がして、忙しそうな局員の人たちに、

「僕宛のやつ、あったら絶対言ってね。約束だよ。」と、何度も何度も伝えた。

その間、僕はこの郵便局で、嬉しさで涙を流す人たちを、沢山見た。

でも、悲しみの涙を流す人たちも、沢山見た。多分、その倍くらい。

―そして今日も、外の青い夕焼けの時間。僕宛の手紙は来なかった。


「じゃあ、また明日ね、マチルダ。」

僕が帰ろうとすると、マチルダがしゃがんで、僕の両手をぎゅっと握りしめた。

「―大丈夫。きっと届くから。ご両親からのお手紙。」

僕はまた、肩をすくめてみせた。余裕のあるフリだ。

地球の赤い夕陽は、なんとなく覚えている。でも、まるでそれが戦火のように見えて、とても怖かったような気がする。

僕にはこの、火星の穏やかな青い夕陽の方が好きだ。でも毎日、どこか物悲しく見えて、青い光をまとう太陽が地球に見えて、最近は見るのがつらいんだ。


その日も僕は、100%ポルルジュース(新発売の炭酸入り)を飲みながら、郵便局の椅子に座っていた。

すると、入り口から見覚えのある二人が入ってきた。

「――エイデン!」

僕を呼ぶ声に、マチルダや郵便局員の皆が振り返る。僕は咄嗟にマチルダの後ろに隠れた。

「…エイデン?どうしたの?」

マチルダは驚きながら、入り口にいる彼らを見た。

「あの…どちら様で…?」

するとその二人は、マチルダに深々と頭を下げた。

「いつも申し訳ございませんでした。うちのエイデンが、毎日こちらに来てると伺ったものですから…。」

そう女性の方が言うと、マチルダは首を傾げた。

「あ、あの…失礼ですがエイデンとはどのような…。」

マチルダの言葉に、男性の方が不思議そうな顔をしながら言った。

「エイデンの両親です。」

「えっ?」

マチルダは、驚いて僕と、そして僕の両親を見た。

「ご、ごめんなさい。―ああ、火星でのご両親の方、なのね?エイデン?」

マチルダが慌てて僕に尋ねた。僕が答えない代わりに、母が答える。

「火星での…?あの、私たちはエイデンの実の親ですよ。」

「えっ??」

マチルダの声が、更に大きくなった。混乱しているマチルダを見て、父が大きくため息をついた。

「エイデン。彼女に何を話してるんだ?こっちに来なさい!」

僕はマチルダから離れ、今度はカレンの後ろに隠れた。

「本当にごめんなさい。毎日、近くの公園に遊びに行くって言ってたんですけど、公園で遊んでる姿を見たことがないって、近所の人から聞きまして。色々調べてたら、ここにきてることがようやくわかったんです。」

母がまた、マチルダに頭を下げた。

「そ、そう…だったんですね。―ええ、エイデンは毎日ここにきていました。その…」

マチルダは振り返って僕を見た。僕は目をそらすことしかできない。

「その…地球のご両親からの、手紙を待ってるんだって言って…毎日ここへ…。」

「まぁ…!」

母の驚く声が聞こえる。父の声は聞こえなかったけど、怒った表情をしていることは想像ができる。

「そんな事言っていたんですね。もう…あの子は!」

母は飽きれた様子だ。父のため息が聞こえる。

「―確かに、私たちは地球で暮らしていました。しかし、戦争が激化するだいぶ前に、火星に越してきています。」

父が言うと、マチルダの「そうだったんですね…。」という、声が聞こえた。

「どういうこと?エイデン。」

ひそひそ声でカレンが僕に聞いた。僕は、肩をすくめた。


こうして僕は、家に連れ戻された。マチルダもエレンもみんな、何が何だかわからない表情で、僕を見送っていた。

両親からはもちろん怒られて、しばらくは家の周りだけで遊ぶようにと注意を受けた。

こうして僕は、久しぶりに家の部屋の窓から、青い夕陽を見た。窓から見る夕陽は、とても小さく、元気がないように見えた。


二・三日、僕は両親の言う通り、家の周りや家の中で遊んだ。砂遊びをしたり、お絵かきをしたり、友達と縄跳びをしたり。そうやって、両親を安心させた。

謹慎四日目、すっかり安心した両親の監視がゆるんだのを僕は見逃さなかった。

父は仕事へ、母は仲良しの友人とオリンポス山のふもとのパン屋へ行く(火星宇宙人パンが売っているお店だ。)と言って、出かけていった。

僕は、家に僕がいるように見せかける為、外に音が漏れるように音楽を流した。

そして、誰も見ていないことを慎重にチェックしてから、火星青焼け郵便局へと向かった。

僕が来ると、マチルダが驚きと怒りの表情で僕に近づいてきた。

「エイデン!もう、こないだのはどういうこと?両親は地球にいるっていうのは、嘘だったのね?今日も来ちゃだめなんじゃないの?また一人できたの?」

「そんなに沢山の質問、僕には答えられないよ。」

僕はそう答え、「ポルルジュースちょうだい。」とカレンに言った。カレンはまいったといわんばかりの表情で、「いいわよ。」と言って、ポルルジュースを僕にくれた。

「ちゃんと答えて言ってくれなきゃ、ここから追い出すわよ。」

マチルダはそう言って、僕をにらんだ。僕は肩をすくめた。

「僕にだって、色々とあるんだよ。…それで、僕宛の手紙、あった?」

マチルダは僕を数秒にらんだ後、諦めたのかため息をつき、首を横に振った。

「なかったわよ。はい、これは切手。いつものくせで、切手をとっておいちゃったわ。」

そう言って、マチルダは僕の頭を優しくたたいた。

こうしてまた、僕の“日常”が戻った。切手を集め、外で空を眺め、パンを食べて。

昼寝して、また切手をもらって、青い夕陽を後ろに、帰る。

家に入るときは、今までになく慎重にはなったけど。


そしてついに、その日が来た。それは、本当に突然。

「ねぇエイデン。エイデンのスペルって、“Aiden”よね?」

マチルダが、火星宇宙人パンを食べ終え、眠そうな僕に尋ねた。

「うん、そうだよ。」

僕が眠気眼に答えると、「じゃあこれは違うかしらね。」と言って、一通の手紙を眺めていた。僕はその手紙を、夢越しに眺めていた。

「Eiden…だものね。」

そして僕の元から去り際に呟いている声が耳に入る。

「自分がEから始まるから間違えたのかと思ったわ…Ellaちゃん。」

僕は一瞬にして夢を放り投げた。

「待って!渡してその手紙!」

僕は走ってマチルダの元へ向かった。

「え?これ?でもスペル…。」

僕はジャンプして、マチルダから手紙を奪い取った。

「ちょ、ちょっとエイデン!やぶけちゃうでしょ!」

マチルダは怒ったが、僕は気にせず手紙を見た。

「エラだ…!エラからだ!無事だったんだ!」

僕は興奮して体が震えるのを感じた。状況が呑み込めないマチルダだったが、僕の様子を見て、それが僕の待っていた手紙なのだと、わかったようだ。すぐに胸ポケットから、僕にハサミを手渡してくれた。

僕は震える手でそのハサミを受け取り、中身を切らないよう気を付けながら、封筒を切った。

そして、中に入っていた1枚の便箋を取り出した。

そこに書いてあった言葉に、僕は胸がいっぱいになった。僕の心臓は今、赤く燃え上がっていた。それはきっと、地球の夕陽のように。

「エラさんは誰なの?ねぇ、なんて書いてあったの?」

笑みをこらえている僕をみて、マチルダも嬉しそうな表情で言った。

本当はマチルダに抱き着きたい気分だったけど、僕はあくまでクールでありたかったから、いつものように肩をすくめた。

「教えない。」

「えー!なにそれ!こんなにいつも、一緒に待ってたのに?」

「個人情報だからね。」

僕はそう言って便箋を封筒にしまった。

僕がずっと、大好きなガールフレンドからの手紙を待っていたなんて、カッコ悪いじゃないか。

でもマチルダは気づいていたんだ。便箋の言葉は、濃い油性ペンで書かれていたから、裏まで沁みていて、丸見えだったこと、僕は気づかなかった。

「―マチルダ、ポルルジュースちょうだい。」

僕が言うと、マチルダが今度は肩をすくめた。

「いいわよ。でも今日が最後ね。“私の大好きなエイデン?”」

マチルダはそう言って、僕にウインクした。


青焼け火星郵便局の今日の夕陽は、エラの瞳と同じ、

瑠璃色に美しく輝いていた。


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