大切なものってなあに?
大切なことはなにか。いくつになっても私の中で命題として残る。この本を読んで、それを考えるきっかけになればいいと思う。簡単に、わかりやすくしたかったので、童謡という形を取らせて頂いた。
森のおくにある小さな木の家に、小さな男の子が産まれたのは、5年ほど前のこと。優しいお母さんとたくましいお父さんに大切に育てられた男の子は、元気いっぱい。大自然をかけめぐり、森と一緒に育った男の子は、好奇心にあふれていました。
ある晴れた日。家の近くにあるきりかぶにすわって、男の子は空を見上げていました。
「なにかおもしろいこと、ないかなぁ。」
すると、歌が上手なコマドリが飛んできて、こんな歌を歌いました。
「この森にはね オンボロ橋っていうね
今にも壊れてしまいそうな
愉快な橋があるんだってさ〜♪
明日かな あさってかな
ゆらゆらゆれる 風にふかれる
愉快な橋があるんだってさ〜♩」
男の子はまだ小さかったため、家の周りでしか遊んだことがありません。そんな男の子にとって、森の中、森のその先、コマドリの話はとても興味深いものでした。
「よし!今からそこへ行ってみよう!」
すると、
「おやおや、オンボロ橋に行くのかい。それならば、ひとつおもしろい話をしてあげよう。」
コマドリの美しい歌声とゆかいなメロディにさそわれて、お人好しのキツネがすがたを現しました。
「この森は逆さ虹の森と言われているんだ。大昔、世にも珍しい逆さまの虹がかかったいう言い伝えがあるんだよ。なんでもその虹は本当にだいじなものを見つけた時に、見ることができるらしい。僕はまだ見たことがないのだけれど、もし散歩に行くのなら、探してみるといい。」
「逆さまの虹だって!それは見てみたいなぁ。本当に大切なものって、なんだろう。」
「さあ、なんだろうね。」
男の子は、わくわくしながらオンボロ橋に向かいました。
オンボロ橋を探して歩いていると、同じ道を行ったり来たり、困った顔のクマに出会いました。
「やあ、クマさん。こんにちは!」
男の子は元気いっぱいにあいさつをしました。
「わあ!びっくりした!こんにちは。」
よっぽど怖がりなのでしょうか。男の子の声に驚いて、クマは飛び上がってしまいました。
「なにかこまっているの?」
「それがね、おうちに帰りたいのだけど、それにはオンボロ橋をわたらないといけないんだ。あんなにぼろぼろの橋、体の大きいぼくがわたったらこわれてしまうよ。こわくてわたれないんだ。」
「オンボロ橋だって!ぼくはそれがどんな橋なのか見てみたくて、ここまで来たんだよ!ぼくが一緒にわたってあげよう!」
男の子とクマは横に並んで、オンボロ橋まで歩きました。
それはたしかに、オンボロの橋でした。ふわふわと風がふいただけでも左右に大きくゆれる橋は、そのリズムに合わせてギコギコと低い音がなりました。下を流れる大きな川は、底が見えません。きっとクマも足がつかないほど深いのでしょう。
「怖いよう。」
クマは今にも泣きそうです。
すると、男の子とクマの間をすすすと緑色のヘビが通り抜けて行きました。ヘビは橋の入り口でこちらにチラリと視線を向けました。
「おや、君たちもこの橋をわたるのかい?この橋の先にある根っこ広場には、たくさん美味しいきのみをつける樹があるんだよ。ふふふ、たのしみだなぁ。それじゃ、お先に。」
身軽なヘビは橋のうなり声でリズムをとりながら、らくらくと橋をわたって、その先のしげみの中に消えて行きました。
「おいしいきのみだって!そりゃあすごい!クマさん、僕たちも行こう!」
こわがるクマと手をつないで、ふたりは歌を歌いながらわたりました。空を見ながら歩けば、足元なんて関係ありません。
「この森にはね オンボロ橋っていうね
今にも壊れてしまいそうな
愉快な橋があるんだってさ〜♪
風の音 川の音
ゆらゆらゆれる 風にふかれる
愉快な橋があるんだってさ〜♩」
橋をわたりきると、クマは男の子にたくさんお礼を言いました。
「ゆうかんな男の子のおかげで、おうちに帰ることができるよ!ありがとう。君はぼくの恩人だ。ありがとう。」
ゆうかんという言葉と、橋をわたったという自信に、男の子はヒーローになったような気分でした。
どこからでしょう、とてもあまずっぱくて、おいしそうな香りがします。
「これが、ヘビさんの言っていた、おいしいきのみかな?」
香りをたよりに進んでみると、先ほどのヘビを見つけました。
「あ、ヘビさん!」
きのみを食べていたのでしょうか。口をもぐもぐさせながら、ヘビはこちらをふりかえりました。
「やあ、橋をわたれたんだね。ここが根っこ広場だよ。」
太い木の根っこがたくさんからみあっていて、まるで木が生きているような、そんなオーラを感じる広場でした。
「ここのきのみ、おいしいんだってね!ぼくも食べていいかな。」
「ダメに決まっているだろう!ここのきのみはぜーんぶ、ぼくのものさ!」
食いしん坊なヘビはとくいげにそう言いました。
するとどうでしょう、とつぜん根っこが動き出して、ヘビをつかまえてしまったではありませんか。
「うわあ!」
とつぜんの出来事に驚いて、すわりこんでしまった男の子。ヘビはあっという間にのみこまれてしまいました。男の子はそれをただ見つめていることしかできませんでした。すると、どこからともなく声が聞こえてきました。
「ここの木々は、ウソつきをつかまえてしまうんだよ。」
「だれ?」
まわりをみわたしてみると、木の上から小さなリスがこちらを見ていました。
「このおいしいきのみが、全部自分のものだなんてウソをつくから、つかまってしまったんだね。」
きのみをたくさんほおにつめこんで、どこか楽しそうにリスは言いました。
「ぼくもそのきのみを食べてみたいんだ。ひとつ、分けてくれないかい?」
「やだね!これはわたしがとったきのみだから、わたしのものさ!」
「わかった。ぼくも自分できのみをとるよ。」
男の子はヘビのことをすっかり忘れて、近くの木に登ろうとしました。すると、いたずら好きのリスはしっぽで目隠ししてきたり、あと少しのところまできたとたんに横からうばいとったり、いたずらばかりしてきました。
「どうしていたずらするのさ!?」
とうとう男の子は泣いてしまいました。すると、リスは男の子にこうたずねました。
「きみが一番大切なものはなんだい?」
「大切なもの?それより今はきのみが欲しいんだ!」
「男の子は弱虫なんだね。」
すると、ふたたび根っこが動き出しました。男の子ははっとヘビが飲み込まれてしまったことを思い出しました。全力で広場から逃げようと、いちもくさんに走りました。
走って、走って、もうヘトヘトで動けなくなったそのとき、男の子は見覚えのない湖にいました。
「ここはどこ?」
もうこれ以上動けません。きのみも食べれなかったせいで、おなかはペコペコでした。
「クマさんはぼくのことをゆうかんだって言ってくれのに、リスさんは弱虫って言った。本当のぼくはいったいどっちなんだろう。」
霧が立ち込めて、湖の向こう側は見えません。帰り道もわかりません。座り込んでしまった男の子は、大きな瞳いっぱいにためた涙をこぼしてしまわないように、気持ちをこらえるので精一杯でした。
ふと、地面を見てみると、たくさんのドングリが落ちていることに気づきました。なんともなしに、ドングリをひとつずつ池に投げ込みました。ひとつ、ふたつ、みっつ。なんだか気持ちがまぎれるような気がして、たくさん投げました。涙はもう、いつのまにかかわいていました。すんだ湖の表面をながめながら、ふとつぶやきました。
「ぼくの大切なものってなんだろう。だれか、おしえてほしいな。」
するとどういうことでしょう、湖の表面にぼんやりとなにかの映像がうかびあがってきました。男の子はおどろいて、湖に顔を近づけます。5分ほどでしょうか。男の子はピクリともせずに、じっと見つめていました。ふいに顔をあげたかと思うと、先ほどの驚いた表情とはうってかわって、優しげな温かな表情になっていました。くるりとふりかえったかと思うと、きた道をまっすぐに戻って行きました。きっと男の子は気づかなかったでしょう。その背後、大きな空に逆さ虹がかかっていたことを。
大切なものという概念は曖昧だ。誰かにとっては大切なものなのに、ほかの人にとってもそれが大切かと言われれば、そうとは限らない。恋人なのか、家族なのか、友達なのか、それとも正義なのか、平和なのか。視点によっても変わってくる。また、私はまだ物心がつかない頃、毎晩抱きしめて眠っていた人形があった。暗い夜が襲ってくる度に、その恐怖をともに乗り越えてきたその人形は、当時の私にとってたしかに大切なものであった。しかし今では、そんなこともあったなと、このお話を書きながら思い出す始末。生きる年代、時代、世界によって、大切なものも移ろいゆく。では私たちは何をすべきか。「大切なことは何かと、自分に問い続けること」だと思う。1本の芯をもってそれを信じ続けることも大事だが、頑なに周りを受け入れず、殻に籠ってしまうのは問題だ。自分の世界、自分を取り囲む世界、すべての可能性を考慮しながら、「考え続ける」。そんな人でありたいと思う。