79話 レオンとフォックス
久しぶりに原子力エンジンの輸送潜水艦を使うため、エンジン始動まで時間がかかる。するべきことがなくなったクルーたちは結局船のラウンジに集まってきた。
「今まで動けなかった分は派手に取り返してやりますよ」
「そうだな…… だが、焦るのだけはダメだぞ? 」
界人を含めパイロットたちはようやく戦えるとラウンジで輪を作り士気を上げ、メカニックたちは船の最終準備に奔走していた。
「ユリさんはどうしてるんです? 」
「あいつは色々動きまくってたからな。作戦前の機体チェックまでは寝てろってレオンさんに怒られてたよ」
意気揚々とクルーたちとの会話を楽しんでいた界人だが、ラウンジを見渡してある違和感を覚えた。
「そういや、隊ちょ…… フォックスがいないな」
「ん? なんか言いました? 」
「いや、気にするな」
いつも出撃前には軽口を叩きながら酒を煽ることもあるあのフォックスが、と考えると界人の胸に何か嫌なものが残るのだった。
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同時刻、ギア格納庫内
「ガァァッ…… ウグゥエェェ!! 」
「待て! 最終調整も終わってないのに勝手に同調深度を上げるな!! 」
格納庫の一番奥に収納されたギアのコックピットだけがぼんやりと光を放っている。そこにはいつもの飄々とした表情からは思いもよらないような苦悶の表情で暴れるフォックスと、黙々と作業を進めるスコットがいた。
「ハァ…… ハァ…… ウグッ!…… 」
「ここまで緩和させてもこの負担か…… これでは実践での使用は厳しいのぉ」
「俺の負担は気にするな! 黙って深度を最大レベルまで…… ゴフッ!? 」
血を吐くフォックス。すでに目は真っ赤に充血しており、血涙すら流し始めている。
「阿呆! これ以上上げたらお前が持たんわ!! 」
「気にするなっつってんだろうが!! 」
二人の男の剣幕が飛び交う。スコットが再び作業を再開しようとしたその時、突然誰かが後ろからその手を掴んだ。
「……本当に『モーショントレース』を積むバカがいたとはな」
「レ…… レオン…… 」
満身創痍のフォックスを見つめるレオン。「これは俺の問題だ」と吐き捨てるフォックスを思い切りビンタした。
「勝手に死に急いでどうするつもりだ! このタコ!! 」
「……界人を、いや誰も…… 戦場で死んでほしくない…… 」
「で、あんたが死んでどうするんだよ? 」
義手の接続部をコックピットのソケットから取り外すフォックス。その顔は汗でにじんだ血涙が張り付いて凄まじい事になっている。
「違うんだ…… 今の『Hive』はみな若い。もはや死んでいい命なのは…… 」
「ふざけるな!! お前が死んだら私は…… 」
フォックスが顔を上げる。そこには普段の冷静沈着なレオンはなく、その目は今にも溢れんばかりの涙がコックピットの薄明かりに照らされて光っていた。
「お前はいつだって…… 『自分だけは死んでもいい』って勝手に飛び込んでいくんだ…… もうやめてくれっ!! 私はお前を…… 」
「お前ってやつは…… 」
膝から崩れながらなくレオンの頭を、フォックスは静かに撫でる。その後しばらく格納庫の暗闇をレオンのむせび泣く声とスコットの作業音だけが反響した。
「……すまない、わがままな男で」
「だったら、私のわがままも聞いてくれないか? 」
静かに頷くフォックス。レオンはフォックスの手を取って、静かに目の前の男の目を見た。
「……流石に、出撃するなとは言わない。だから死なないでくれ」
「承った」
フォックスは泣きじゃくるレオンを抱き締めながら、黙って暗闇を見上げた。
「……難しい約束だな、なぁロバート」




