78話 波乱の予感
大変お久しぶりです。そしてエタッてしまい本当に申し訳ない
翌朝、フォックスは人目のつかない屋上で一人タバコを吸っていた。朝日に照らされたビルの林をややまぶしそうに見つめながら火を点ける。
「ふぅ…… 」
いつものフォックスと違い、髪が乱れていたりコートを着ていなかったりとやつれた様子が目立っていた。無造作にズボンのポケットから携行灰皿を取り出す。
「…… 」
無言でタバコを吸い続けるフォックス。一本目を吸いきった時、突如ズボンのポケットにしまっていた端末が着信音を鳴らす。
「こんな時間に珍しい…… ん?非通知だと? 」
通話録音のボタンを押し、恐る恐る通話に出るフォックス。しかし端末から聞こえてくる声は聞き覚えのあるものだった。
『非通知でかけたことをお詫びする』
「おぉ、アレクセイか」
お互い何の違和感も覚えずに会話が始まった。それはさながら、古くからの友人の様である。
『上海の連邦基地でデータサーバーをいじってたらな、面白いデータが見つかったぞ』
「ほぉー、で内容は? 」
2本目に火をつけながら発言を促すフォックス。もちろん端末の向こうのアレクセイは気にせず報告を続けた。
『普通は家畜の殺処分用に使われるタイプの塩素系ガスが、明後日の未明に横浜港に運び込まれることになっている。それもタンカー2隻分、護衛に第五世代ギアが12機も付くという力の入れようだ』
風にあおられてタバコの煙が尾を引いてなびく。一瞬の間をおいて、フォックスが口を開いた。
「⋯⋯そいつは随分と厚い待遇だな。で、パイロットは? 」
『⋯⋯無記名、と言って察してもらえるか?』
普通、何らかの形でギアが運用される場合、機体番号とパイロットの名前が作戦計画書に一緒に登録される。余程のことがなければこの原則は常に守らねばならない。そう、『例外を除いて』は。
「⋯⋯クローンか」
『あぁ、そういうことになる。あいつらにはそもそも名前がないからな』
フォックスはやや怒り気味に溜息を吐いた。さすがに音が乗ったのか、アレクセイが『大丈夫か? 』と声をかける。
「気にするな。嫌な予感が当たって辟易してるんだよ」
『そ、そうか』
「で、経由地はあるのか? 」
『一応、明日の晩に名古屋沖の天然ガス採掘プラントに寄港するそうだ。座標は後程送り付ける。貴官の武運を期待している』
アレクセイが通話を切る。数秒してアレクセイから地図データが送られてきたのを確認して、フォックスは端末の電源を落とし、屋上を去った。
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一時間後、ブリーフィングルーム内
「⋯⋯ということで、横浜に来る予定のこのタンカーを沈めに行く。参加メンバーは作戦案シートを確認しておいてくれ」
界人が中心となってブリーフィングが進んでいく。選ばれたメンバーは界人、フォックスと数人の新人たち、それとユリを中心としたメカニックである。
「では、作戦準備をお願いします」
その後、作戦に用いられるギアと装備品を全て地下ドックに運び込み、作戦参加メンバーは輸送船を待っていた。
「ところでフォックス、コックピットになにか積み込んだか? なぜか全備重量が増えているんだが」
作戦の事で頭がいっぱいの他のメンバーと対照的に、フォックスとレオン、界人とユリは比較的リラックスしている。こなしてきた任務の数が違うから当然と言える。
「レオンさんも思いましたよね、俺も気になってるんですよ」
レオンの質問に反応して、界人も話に乗っかってくる。ユリは多少不安そうにフォックスの顔を覗き込む。
「なに、秘密兵器を積んだだけさ」
「その秘密兵器とはなんだ? まさか『モーショントレース』ではあるまいな? 」
一瞬の沈黙が地下ドックに走る。慌ててフォックスがはぐらかした。
「さぁな。ま、使わないに越したことはない」
界人とユリは不安を押し殺すようにドックの奥に目線を戻した。しかしレオンはフォックスの言動の違和感を見逃さない。
「本気か? 死に急ぐのも大概に⋯⋯ 」
その瞬間、地下ドックの床が開き何かが持ち上がるような轟音が響いた。続いて地面が持ち上がり、潜水艦の艦橋のような建造物が現れる。
「話はあと。とりあえず乗るぞ」
既に乗り込み始めた他のメンバーに続くように、二人は輸送艦に乗り込んだ。




