75話 平和だからこそ
大変長らくお待たせしました。そして次回も待ってもらう形になります。お許しください
界人とユリは久方ぶりのオフを楽しんでいた。もちろん国際指名手配中であるから周りの目を気にして、ではある。
「でさー、技術クルーの新人たちも凄く理解が速くてさ…… 」
映画を見終えてからかれこれ一時間、二人はカフェに座ったまま他愛もない雑談に花を咲かせていた。
「ん? なんか付いてる? 」
屈託なく話すユリの表情は、界人が初めて出合ったときの暗い部分を感じなくなるほど穏やかなものである。界人は思わず笑みがこぼれた。
「いや、ユリも変わったなぁって思っただけだよ」
「え〜? 何か変わったかな? 」
「いや、フォックスから聞いた話だともっと静かな印象だったからさ」
「へ? 」
界人はユリの横顔を眺めながらフォックスの話を思い出していた。もちろんユリの身の上話である。
「……界人? 」
ユリに呼び掛けられたことでやっと、界人はテーブルに肘をついて考え事を始める姿勢になっていることに気がついた。
「ん? あぁごめん、少し考え事がさ…… 」
「え〜、界人らしくない」
「悪かったって」
頭を掻きながら謝る界人。ユリは「も〜 」と言いながら空になったコーヒーカップを置き、界人の手を引っ張りながら席を立った。
「さ、次は買い物だよ! 」
「はいはい、分かりましたよ」
ユリに続いて席を立った界人はズボンのポケットに放り込んである通信端末の画面を確認する。
「お〜い界人、行くよ〜? 」
「は〜い」
端末の画面には、フォックスからの『もうちょい引き伸ばせ、準備が終わらん』というメッセージが表示されていた。
─────────────────────
ラボの跡地を改修して作られたベースのため、『Hive』のベースには全員が集まってパーティーが出来るサイズのホールが一つだけ存在する。
「しっかし界人の野郎、よくもまぁこんな大胆な事を思い付くもんだ」
ユリの誕生日にサプライズパーティーを仕掛けるため、界人は他の『Hive』のメンバーに頼み込んでこのホールを会場にしたのだ。しかし界人本人ははユリとデートを約束していたため、結果として『Hive』全員が総出で飾り付けをする事になったのである。
「お前も人の事は言えんだろう? 士官学校のホールを私の誕生日パーティーに使ったくせに」
「違うなレオン、俺は『教官に無断で』だ」
レオンがどや顔で語るフォックスの後頭部をはたき、その場にいた大半の人間がクスリと笑った。
「やれやれ、やっと壁のデコレーションは終わりか。もう15時だぞ? 」
「仕方ないフォックス、チームを分けよう。女性陣は私と仕出しの用意! 男性陣はフォックスと飾りつけの続きだ!! 」
一瞬だけ「オーッ!! 」と声が上がり、再びホールは沈黙に包まれた。
────────────────────
「フィリップ、こんなにのんびり構えていて大丈夫か? 」
「なに、アレクセイ大佐がデータを送ってこなければ仕事が始まりませんから」
その頃、フィリップとフェルディナンドは人気のないチーフデスクを挟んで二人きりで話し込んでいた。
「そうか…… しかしフォックスという男は不死身なのか? あれには流石に恐怖すら感じるのだが」
立て込んだ話が終わり、フェルディナンドはソファーに背を沈ませながら天井を仰ぐ。フィリップも静かに紅茶を飲みながら答えた。
「彼の言葉を借りるなら、『自分を欲する者がいるか』なのでしょうね」
「うん? 」
「彼の持論としては『人が死ぬ時とは誰からも必要とされなくなった時』ですから。あそこまで割り切れたら、人間苦労しませんよ」
紅茶を飲み干してポットを手に取るフィリップ。フェルディナンドは少し手を頬に当てて考えたが、難しい顔をして質問を投げ掛ける。
「つまり、彼はまだ死ねないと? 」
「いや、おそらく『死なせてもらえない』のでしょう。昔から悪運だけは強いそうですから」
「そうか…… 」
まだ自分が理解できる話ではない、そう思ったフェルディナンドはズボンの埃を払い立ち上がった。
「わざわざありがとうフィリップ」
「そう固くなりなさんな。ほれ、今晩は飲みますよぉ! 」
二人は司令室を後にした。
伊勢戦術兵器禁止条約
西暦2495年に締結。核弾頭ミサイルの戦争目的での使用の禁止、またそれに代わる遠距離戦術兵器の開発の禁止を決めた条約。当時の国連加盟国全ての全権が調印した。




