74話 安息の日に
大変お待たせいたしました。
この日、『Hive』基地はとても静かであった。アレクセイと桜の解放は昨日終了しているため、本当にする事が無くなったのだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…… 」
界人はというと、いつもの様にトレーニングルームに篭り、開け放った窓から入ってくる朝日を浴びながら黙々とトレーニングをこなしていた。ランニングマシーンの距離表示が『20km』を超えたところで、界人はマシーンのスイッチを切った。
「フゥ…… さて、今日はオフだしな」
首にかけていたタオルを手に取り、トレーニングルームを出ていく界人。更衣室に着替えがあることを確認してシャワールームへと歩いていった。
「やっとこの日が…… 驚くだろうなぁ、ユリ」
これから起こることに思いを馳せつつ、界人は一人口角を上げた。
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「ん…… ン〜〜」
すでに9時を回っていたが、ユリは起きる気になれなかった。
「あと5分…… 」
寝返りを打って壁から視線を反らすユリ。連日ギアの整備をしていたのでオフの日はしょっちゅう惰眠を貪るようになっていた。再び目を閉じようとしたその時、突然扉がノックされた。
「ハイッ! 」
「起きてる? 」
界人だった。他の人に素顔を見られるという杞憂が無くなり安堵する一方で、界人を相手に声が裏返った事に気付きユリは顔が赤くなった。
「う、うん…… 」
とりあえず界人を部屋に通すも、ユリの顔の火照りは収まらない。その様子を見て界人はクスリと笑った。
「…… フッ」
「何よぉ〜、こっちが恥ずかしくなるじゃんか! 界人のバカ…… 」
「そういうところが笑えるんじゃないか…… っと、いきなりだけど今日はオフか? 」
いきなり過ぎる話の振り方にユリは困惑すると同時に、目の前の男は存外駆け引きや隠し事が苦手な事に気が付いた。
「……何をたくらんでるの? 」
「いや、久しぶりに買い物でもいかないかなぁ
、と思っただけさ。寝たいなら別に…… 」
「行く行く! 絶対に行く!! 」
ベッドから飛び上がって腕を振るユリ。界人は今度は手で顔を押さえながら笑いをこらえ始めた。
「もぅ、界人のバカ」
「はいはい、じゃあ10時にここ出るからちゃんと用意しとけよ? 」
「……分かった」
界人は静かに扉を開け、赤くなったユリの顔に向かってニヤリと笑った。
「ホント可愛いよな、反応が」
「ふぇ!? 」
ユリをひとしきりからかったまま、界人は部屋を出ていった。
「もぉ〜 」
身支度というよりは火照った顔を冷やすため、ユリは寝間着のまま洗面台へ一目散へと向かった。
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「……とまぁ、界人とユリはデートに出掛けるからって理由でパーティーの準備を頼まれたわけ」
一方のフォックスはというと、立て続けの戦闘で義手をこき使った代償として小指が動作しなくなったために医務室にいた。その締まった体には不釣り合いな診察用の小椅子に腰掛け、スコットに話しかけている。
「で、レオンは買い出しに行って、残りは基地を飾り付けとるわけか」
スコットは義手を見つめながら返答する。そして時折「なんでこうなるんじゃ? 」と首をかしげながら細かいパーツと格闘していた。
「教え子じゃろ? 手伝ってやらんでいいのか? 」
「それは天才スコット先生の義手修復がいつ終わるかによるな」
「えぇーいっ! また無茶な事を抜かしよってからに…… 」
彼の失った片腕と同等のパフォーマンスを再現するには、いかにスコットといえども至難の技であった。
「ギアの中核技術である『核融合炉小型化に関する理論』を提唱した天才でも無茶な事はあるらしいな」
「茶化すなフォックス! それをいうならお前のような無茶苦茶超人に合う義手を作った私の手腕を誉めんか、ったく…… ほれ、終わったぞ」
傷一ミリもないほどに修復された義手を受け取るフォックス。肩に填めるため上着を脱ぐと、そこには正視に耐えないほどの生々しい傷跡が残っていた。
「完璧! 流石は天才スコット先生だわ」
肩を大きく回し、手を数回握って感触を確かめた後、フォックスは立ち上がった。
「んじゃ、パーティー始まるまでのんびりしときな、爺さん」
「失敬な! しっかりビールの樽だけは空にしてやるから見ておれよ? 」
「そいつは頼もしい」と豪快に笑いながら、フォックスは医務室の扉を閉じた。長い廊下を歩きながらフォックスはふと首をかしげた。
「しかし界人のやつ、自ら誘うだけの度胸なんぞいつの間に身に付けたんだぁ? 」
上着の内ポケットから煙草とライターを取り出し、火を付けるフォックス。その口元はいつになく緩んでいた。
やっぱり日常回って大事ですね




