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3話 こだわる理由

一話の冒頭でわざと実在する歌の歌詞を冒頭に持ってきたのは『この作品の舞台は実際に起こり得るかもしれない』という若干の暗示を導くためのもので、特に深い意味はありません。

 タリン 戦闘跡地

戦場に一機だけ残った黒いギアは、再び輸送機に納められた。フォックスはコックピットの上部に吊るしてあったドッグタグを手に取り、ギアから飛び降りた。


「お帰り、フォックス」


 降りてきたフォックスに駆け寄るユリ。安堵に溢れたその笑顔は正しく花のようである。


「おう」


 先程までたった一機で戦場を蹂躙した者の表情だとは思えないほどの穏やかな微笑で、フォックスは少女のハグを受け止める。


「とりあえずは反撃を食らうことは無さそうだ」


「何で?一機取り逃がしたじゃん」


 その疑問は至極当然である。油断している勝利直後は反撃を受けやすく、過去に何度もそのような事例は発生している。


「あれのパイロットは知り合いさ」


「もしかして……ごめん」


「まだ19のガキが気にすんなってそんな事をよ。あ、シャワー浴びとくからココア淹れといてくれ」


 この特別輸送機『リバティ1』は、フォックスと少女の二人しか乗っていない。むしろ、二人だけで十分だと言うべきだろう。フォックスの乗るギアを運んで戦闘データを回収するため、そのための装備がかさばってしまっているのである。


「ふぅ……」


 脱衣室でタオル一枚になるフォックス。このシャワールームも、フォックスと少女の衛生を守るためにわざわざフォックスが注文したものだ。


「しっかしねぇ、戦死者の首にドッグタグ2枚とは笑えるよ……」


 首からぶら下げてあるチェーンの下には、2枚の金属板がぶら下がっている。これはドッグタグといい、2枚で1つの『生存確認道具』である。戦死すれば、遺族に片方の板が届き、もう一枚は軍によって処分される。だが、彼の首のドッグタグは確かに2枚ある。


 フォックス=J=ヴァレンタイン かつて、史上最多のギア撃破数合計148を叩きだした天才パイロットとして名を馳せた彼も、今となっては過去の英雄となっていた。15年前、サンパウロの戦場で新人を庇いその命を落とした……はずだった。


 しかし事実は小説より奇なりとはよく言ったもので奇跡的にコックピットが無傷であったこと、新人がパニック状態で安否確認を怠ったまま戦線を撤退したなどといった偶然により、彼は生きたまま『戦死者』となった。


「しかし、ロバートが隊長とは……時代は早いねぇ、ハッハッハ……ハァ」


 今日の動きを見るにロバートは隊長としては落第点、という評価は間違っていなかったらしい。それでも助けたのには訳があった。


「ショックで辞めると思ってたのになぁ、なんで続けてるかねぇ。さっさと戦争が終わればこんなことにはならずに終わったのによ…… 」


 適度に引き締まった肉体にシャワーの熱が染みていく。まるで生き返ったような爽快感と共にフォックスはシャワールームを後にした。




 一方、備え付けられたバリスタにココアのカップをセットする少女。フォックスが無傷で帰還してから10分以上は経つというのに、未だに頬が緩んでいる。


「ユリ?」


「へ?え、あ、いや……」


 全く気が付かなかった。なんで顔を赤くしているのか分からん、とばかりにフォックスがソファーに腰を降ろし、テレビの電源を入れる。


「……はい」


 未だに頬の熱が抜けきらない表情で少女がカップを渡す。フォックスは一口で飲み干し、「美味い」と少女の頭を撫でた。



「フフ〜♪」


 まるで猫のように頭を押し付ける少女を見て、フォックスはある日のことを思い出していた。


「……来るか?」


「……………うん」


 あの時の、絶望に満ちた悲しい顔を思えば15年で人は変わるもんだと思いつつフォックスは少女にカップを返す。彼女が片付けに向かうと同時に、テレビに男性の顔がアップで現れた。



「調子はどうだ?」


「悪くありません。ギア(あれ)の調子も完璧でした。」


 画面の向こうからも分かる威圧感を抑えつつ、男性は髭を撫でる。


「そうか。何か注文は無いか?」


「強いて言うなら……」


 突然ガチャーンという音が響き、奥からドタバタと足音がする。彼女がカップを落としたらしい。


「相変わらずドジだな、彼女は」


「まあ、他は完璧にこなしますから。」


 フォックスのフォローに眉を動かしつつ、男性は椅子に座り直す。


「これより、ユニバーサル・ファクトリーの建築部門の者らが現地の復興を開始する。やっと道が見えてきたな?」


「えぇ、15年夢見た理想が始まるんですから。」


 再びフォックスはユリを見やる。男性は髭を撫でながら話を続ける。


「もう、彼女のような子供を生んではならんのだ。」


「分かってますよ。だからこそ戦場に帰る覚悟を決めたんです。」


 ドッグタグを取り出し、握りしめる。フォックスは画面に目線を戻した。

「で、次は?」


「サンパウロだ。申し訳ない話だがの」

「補給は?」


「現地の国連直轄空港でしなさい。現地の警備スタッフにも協力を要請しておく。」


「はっ」


 フォックスはソファーから腰を上げ、軍人らしく10度敬礼で返す。間もなく画面が暗転した。


「行くの?」


「怖いか?」


 ユリがフォックスの手を握る。


「フォックスがいるから大丈夫」


「そうか。じゃあ早速出発だ」

そう言うと、フォックスは輸送機の操縦席へと歩いていった。




 一方、撤退した日米連合軍の空母の中で、ロバートは叱責を食らっていた。


「敵の倍もギアを配置して全滅とは……言い訳は?」


「ありません」


 気を付けを崩さず、画面の司令官たちを睨み付ける。数多の勲章を胸に提げる彼らを前に、たかが一部隊長のロバートに反論の余地などない。


「件の新型機は……」


「テクノ・フロンティアの上層部からは『そんな機体は作れない』との報告があった。貴官の報告は受け入れがたい」


 またもや企業のご機嫌伺いか、との文句を胸にしまい、ロバートはお叱りを受け続ける。


「まあいい、とりあえずその足でサンパウロに行け。」


「サンパウロ……ですか?」


「あぁ、そこで汚名を返上したまえ。」


 それだけを伝えて、モニターの電源が落ちる。怒りのあまりに思わずゴミ箱を蹴り飛ばす。


「クソッ!!ふざけるな……」


 奥地でぬくぬくとしてきた参謀どもに何が分かる!と一通りの怒りを吐き出して、ロバートは兵を呼んだ。


「俺の機体からデータを取って新型機の性能を分析してくれ。次は絶対に敗けん……」


用語解説:この時代の国連のありかた


国際連合(略して国連)は、国家、人種に囚われない第三者組織として存在している。傘下に『ユニバーサル・ファクトリー』という総合企業を持つ


ユニバーサル・ファクトリーは世界経済の発展に貢献するための組織で、加盟国全てに拠点となる空港道路港を持つ。

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