第一話 帰郷
「んー!空気がおいしい!」
僕ーーー夜威見樹は、寂びれたホームに降り立ち胸いっぱいに空気を吸い込んでいた。
東都から半日以上かけてたどり着いた故郷は三年前の記憶から少しも変わることなく目の前に広がっている。
都会とは違い緑が溢れ、空は澄んでいて空気がおいしい。やはり自分の居場所はここなのだと思わせる田舎の風景を懐かしく思い目を細めていると 遠くの空が 徐々に白んできていた。
「やっと帰ってこれた・・・」
始発の汽車できたからまだ時間は早朝といったところだ。ホームには他に誰の姿も見えずまた、それがいままで人混みの中で生活していた僕の鬱屈とした感情を和らげてくれいるように感じた。
(ほぁーあ…)
朝特有の気だるげな欠伸を噛み殺しながら樹は歩いてホームから出口に向かう。
樹がこんな時間に帰ってきたのには理由がある。
これから樹が通うことになる学校の入学式に出席するためだ。
「本当はもっと早く帰ってくる予定だったんだけど・・・。まっ 間に合ったんだし大丈夫大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟いて肩にかけているボストンバッグを担ぎ直す。
これから新しい生活が始まるんだ。誰でも期待に胸を膨らませる。新しい出会い、楽しい高校生活、そして少し甘酸っぱい青春の一ページが今から開いていくのだ。
考えただけで、テンションは上がるし、さらに今までちゃんと通うことの出来なかった学校という場所に憧れもある。そこで、かわいい女の子と出会い関係を深めていくという素敵なイベントが待っているかもしれないのだ。
樹は浮き足立つ気持ちを落ち着けながら歩き出す。これから、どんなことが待っているのか楽しみで仕方ない。
「さあっ!僕の新しい生活はどんな風景から始まるのかな?」
そして、樹は、出口への一歩を、新しい未来への一歩を踏み出し・・・・・・
・・・・・・見たものは、ごつい顔の少年?数人に絡まれている女の子という風景であった。
(えー・・・なにこれ)
樹はその状況をみて、内心ため息をこぼす。
新しい未来は樹の中ではもっと素敵なものであったはずである。こんな場末の不良なんてものが新しい生活の第一歩で目撃するとは思いもよらなかった。
しかもなんてタイミングなんだ。
現在時刻は早朝。こんな寂れた駅に人がいること自体珍しいのにそれがよりによって樹の目の前には何人もの人がいて、さらに女の子は見た感じ絡まれている様子。
いったいなんて確率なんだろうか。というか朝っぱらからこの人達はなにをしているのだろうか。
女の子の方は目深に被ったハンチング帽の下の瞳に今にも泣きそうに涙をため、持っているカバンを抱えるように震えている。
少年?達の方は何事かを喚き散らして女の子を恫喝しているようだ。明らかに不良と分かる出で立ちで、顔は、年がわからないくらいのおっさん顔。かろうじて年齢が分かるものは彼らの着ている制服ぐらいのものである。
(やばっ!)
そんな風に観察していると女の子と目があってしまい頬を引きつらせる。
(あーーもう! どうして僕はこんなについてないんだ!)
正直関わりになりたくはない。というか樹が出て行ったとしてもどうしようもないのだ。
しかし、目があっていしまった手前なにもしないというわけにはいかない。それにいつあの明らかに不良してますいう風体の奴らに見つかるかわかったものではない。
(あー!どうする?どうする!?)
内なる樹が頭を抱えていると、フッと女の子が目を反らした。
おそらく僕の心情を読み取ってくれたのだろう。自分が怖い目にあっているにも関わらず、僕に助けを求めることなく気遣ってくれたのが伝わってくる。
そのおかげか、まだ不良達は僕に気づくことなくその子を恫喝している。
おそらく今なら逃げれるだろう。女の子も震える瞳でそう僕に訴えかけていたように感じた。
しかし、久しぶりに感じた優しさに僕はーーー
ーーー自分の内心とは別に不良達の方へと足を踏み出していた。
(やっぱり無視なんかできないよ。女の子の代わりに殴られて上げることしかできないかもしれないけど・・・ここでいかないよりはマシだ!)
決心して歩みを進め、不良に囲まれた女の子に近づいていく。
ここでの悪手はおそらく不良に食ってかかってヒーロー気取りになること。
ならば!
(よし!なるべく自然に近ずいてっと)
「ごめん!遅くなって!あれぇおぇーええええてなんでっぇぇぇぇ!?」
「あ!?てめぇ何もんだクラァァァァ!?」
「えええええええええっぇぇぇぇぇっぇぇぇぇ!?」
まさか話しかけた瞬間に胸ぐら掴まれるとは思っても見なかったよ!
(てか顔近い!怖いって!めっちゃ怖いて!)
話しかけた瞬間これって一帯この人達の沸点はどこにあるのだろうか。いや待て、ここで取り乱しすぎてはダメだ。
樹は先程盛大に悲鳴をあげたことをなかったことにして、なるべく冷静な表情を作る。
「あの?彼女が何かしたんでしょか?」
「あ?てめぇには関係ねぇんだよ!」
「いえ、あの、僕はその、彼女と待ち合わせをしていまして」
「はあぁ?なら、俺らが先約だっつってんだよ!」
「え?ですから僕は待ち合わせを」
「んなの関係ねぇって言ってんだろうが!ああんっ!」
(どうしよう!この人たち会話が通じない人だ!)
樹は冷や汗をかきながら頭を回転させるが、一向にこの不良A(と仮称する)との会話が成り立たない。
一様確認のために、後ろの女の子に目線をやると、フルフルと顔を横に振って否定している様子だ。やっぱりこの不良達が言っていることは嘘のようだ。
樹が不良Aに胸ぐらを掴まれながら次の言葉を考えていると
「きゃあっ!」
とすぐ後ろで女の子の悲鳴が聞こえる。
「なあ彼女?いい加減に出してくんねぇ?俺らも暇じゃないんだよねぇー」
後ろに目をやると女の子のかぶっていたハンチング帽が地面に落ちて、震える瞳があらわになっていた。
「へぇ?可愛いじゃん。金はもういいからさぁー俺らといいことしない?」
その女の子の帽子のしたから出てきた整った顔をみて金髪の不良Bが下卑た視線で舐めまわすように見て、その子の髪に触れようとする。
「その子に手を出すな!!」
その光景を見た瞬間、樹の中でどうしようもない憤りがうずまき、叫んでいた。
樹の凄まじい剣幕に押され不良Aの拘束が緩む。
「こっちへ!」
「うっうんっ!
その隙に樹は強引に不良Aの手を振り払い、女の子の手を掴むと走り出す。
「「「待っ待ちやがれ!」」」」
樹達を追って走り出す不良達。
咄嗟に走り出した樹であったが、付近に民家はあるが路地というほどの場所はない。
後ろを見ると不良達が追ってきているのがわかる。連れている女の子は、さっきの緊張が抜けきっていないのか足が遅く息も荒い。
早朝という時間のため道路を走っていても人と出会うことはない。
(でももうちょっと行けば・・・)
樹は昔この近に住んでいたから土地勘がある。あと少しで細い路地の密集する場所があり、そこまで行けば安全だ。
「あとちょっとだから頑張って!」
「ハアハア・・・うん!」
励ましながら走る樹に息を切らしながら辛そうに答える。
そして、右に曲がり路地に入った瞬間、女の子の手を握る手が強く引かれ手が離れる。
「きゃあぁ!」
それと同時に悲鳴が聞こえ、振り返るとうつ伏せに倒れており、その足には鎖のようなものが巻きついていた。
(これは|《星幽武装》っ!)
「ハアハアッ・・・手こずらせやがってようっ!!」
鎖の先を辿ると不良達の一人の手元に握られていた。その他にも不良達の手には剣や斧といった色とりどりな《星幽武装》が握られていた。
(これは本当にまずいかもっ!)
そう考えながらも女の子を庇うように前に出る。
それをあざ笑うかのようにニヤニヤしながら歩み寄ってくる不良達。
「おい、そのヒーロー気取りのバカに痛い目を見せてやろうぜ?」




