高嶺の花の王子様 後編
整えられた石畳の街道を、馬車が進んでゆく。目指す王都は、すでに遠くに見えていた。不意に、馬車の行く手を遮るように騎士の一団が現れ、停止を命じてくる。その大音声は、馬車の中のユーリと青年、リオル王子の耳にまで届いてきた。
「どうやら、迎えの者が来たみたいだね」
ユーリの身体を背後から抱いて膝に乗せたリオルが、静かな声で言った。くすぐったい振動が、背中を通じてユーリに届く。ほろん、とユーリの手の中で、リュートが鳴った。
「ほえ。敵意も感じないですし、大丈夫ですね」
ユーリの声と同時に、馬車がゆっくりと制動をかけ、停止する。後部の仕切りがめくられ、全身鎧の騎士が姿を見せて跪いた。
「リオル殿下、道中のご無事、何よりのこととお喜び申し上げます」
言上しながら、騎士は両手の手のひらを上へ向けて足場を作る。もう一人の騎士が、向かい合ってその足場に手を重ねる。
「出迎え、ご苦労。キャラバンの者たちは、身命を賭して我が身を守った忠義の者たちである。粗略に扱うことは、決して無きように。それじゃあ、ユーリ。行こうか」
凛とした表情で騎士に言ったリオルが、ユーリに向けて優しく微笑む。
「ほえ、殿下」
首を向けてうなずいたユーリを持ち上げて、リオルは騎士の手による足場を使って馬車の外へと出た。
「殿下、御馬の準備、整っております」
騎士の一人が、リオルの前に白馬をひいてやってくる。ユーリを地面に下ろし、リオルは白馬の首を叩いて撫でた。
「ああ、クリスティーナ……久しぶりだね」
リオルの声に、白馬はぶるりと嬉しそうに嘶いた。そして白馬はユーリへ、じっと目を向ける。
「ほえ……」
しばらく見つめ合うユーリと白馬であったが、その間にリオルが鐙を踏んで馬上に登る。
「ユーリ、おいで」
リオルが手を差し出して言うと、白馬は何も言わずに首を軽く下げた。
「はい、殿下」
にへらと笑い、ユーリはリオルの手を取って馬上に身を置いた。手綱を手にするリオルにすっぽりと包まれるような体勢に、ユーリは腰を落ち着ける。
「これから、よろしくね。クリスティーナ」
白馬の首を撫でて、ユーリが言った。白馬は気位の高そうな瞳でユーリを一瞥し、返事の代わりに静かに歩き始めた。
「クリスティーナも、ユーリを気に入ってくれたみたいだね」
背中を伝い、リオルの甘い声が聞こえてくる。
「ほえ、そうなんですか?」
「うん。クリスティーナは、気に入らないものを背中に乗せるのを嫌がるんだ。僕も、慣れるまでは何度も振り落とされたものだよ」
リオルの言葉に、ユーリは小さく息を吐いた。身体が密着しているので、リオルの挙動は手に取るようにわかる。手綱を持ってはいるが、ほとんど力を入れてはいない。腿で馬体を締め付けることだけで、意思を伝えているようだった。心の通い合った主従に、そんな過去があったとは信じがたいことだった。
「ほえ……おてんばさんだったんですね」
「うん。でも、一緒に食事をしたり、身体を綺麗にしてあげたり、寝る時も一緒にいたりして、心が通じ合ったんだ……僕は、ユーリともそうなりたいと思うよ」
ぎゅっと、ユーリを包むリオルの腕に力が込められる。ユーリはその腕に手を添えて、頭をぽすんとリオルの胸に置いた。
「はい……私も、殿下と一緒にいられたら、幸せです」
「良い子だね、ユーリは……お城へ行ったら、特別なプレゼントを用意してあげるよ。きっと、ユーリも喜ぶと思う」
「ほえ、私は、殿下がいれば何もいりません」
くん、とユーリが言いながら鼻を鳴らす。柑橘系の良い匂いと、白馬の馬体から上がる獣の匂いがほどよく合わさり、陶然となって目を閉じる。
「大丈夫、僕に任せて。ユーリは、『はい、殿下の仰る通りにいたします』とだけ言っていればいいからね」
ユーリの頭を片手で撫でながら、リオルは噛んで含めるように言う。
「ほえ、殿下の仰る通りにいたしますー」
ユーリの上げた歌声に、リオルは機嫌よく笑う。伝わる愉快の振動に、ユーリもにへらと笑った。ぶるる、と白馬が嘶いた。
「ほえ、クリスティーナも笑ってます」
「ユーリの歌が、気に入ったみたいだね。一曲、弾いてくれるかい?」
リオルの頼みに、ユーリはリュートを持ち上げて構えた。
「殿下の御心のままにー」
ほろり、ほろりとリュートが鳴る。左右を騎士たちに守られ、ゆったりとした楽の音を響かせながら白馬は王都への道を駆け始めた。空を飛ぶような快さに、ユーリはますます歌声を張り上げ、リオルは弾んだ声で笑った。そうしているうちに、一行は王都の門をくぐっていた。
王城の謁見の間は白磁の輝きが美しく、広い床には赤の絨毯が敷かれていた。旅装から正装に着替えたリオルが、赤い道の上を玉座に向かい歩いてゆく。その左手には、ユーリの小さな手が握られていた。
「リオル殿下、ご帰還!」
先導する騎士の声に、周囲の武官と文官から喜びと思しきどよめきが上がる。ユーリはリオルと共に玉座の前に進み出て、腰掛ける人物へ首を垂れた。
「女王陛下、第一王子リオル、ただいま帰還いたしました」
ユーリの側でリオルが顔を上げ、凛とした声で言った。
「おお、我が息子リオルよ。無事の帰還、嬉しく思うぞ」
玉座から返ってくるのは、中年女性の柔らかな声だった。さっと立ち上がる気配があり、それはリオルへと歩み寄る。
「陛下、公式の場ですから、自重ください」
リオルの困惑した声に、ユーリは顔を横へ向ける。白地に輝く宝石をちりばめた衣装と金の王冠を頭に頂いた女王が、跪いたリオルの身体を抱きしめていた。
「大事な肉親の帰還を、喜ばぬ母親がおりましょうや? それにそなたの無事は、国の繁栄につながるものです。妾の喜びは、国民全員の喜び。自重など、せずとも良いのです」
「母上……」
照れたように笑いながら、リオルの手も女王の背に回る。美しい、親子の再会だった。間近で見やりつつ、ユーリは目を細めた。
「……それで、リオルよ。この者は、一体何であるか?」
しばしの抱擁を終え、女王がユーリを見て言った。品定めをするような、視線が到来する。ユーリは慌てて向きを変えて、女王に向けて結い上げた髪の根元を見せるように頭を下げた。
「はい。ユーリは、吟遊詩人です。困難な旅の途中にあって、その音色と可愛らしさは、私の救いとなってくれました。母上、願わくば、この者を王宮にて暮らさせたいのですが」
リオルがユーリに柔らかな微笑みを投げて、女王に言う。
「ふむ、吟遊詩人、のう……」
小さく呟く女王からの視線が、強くなった。ユーリは固くなって、ひたすらに身を縮こまらせる。
「小さいながらに賢く、元気で明るい子でございます、母上」
リオルの言葉に、ユーリの頭にぴん、と閃くものがあった。すっと顔を上げて、ユーリはにこりと笑顔を作る。
「ふむ。姿かたちは、なるほど愛らしい。だが……このユーリとやらは、メスなのであろう? お前と一緒に暮らさせるというのは、何とも」
女王の言葉に、ユーリは顔を引きつらせそうになった。それでも、リオルの見つめてくる目が、それを抑えさせてくれる。慈愛と、信頼に満ちた瞳であった。
「ご安心ください、母上。しつけは、きっちりと行き届いております。そうだね、ユーリ」
ぱちん、とリオルが片目を瞑って見せる。
「はい、殿下の仰る通りにいたします」
ユーリの宣言を聞いて、リオルは満足そうにうなずいた。
「ご覧のとおりです、母上」
ユーリを見つめる女王の目に、優しいものが宿った。
「なるほど。確かに、賢そうな子ですね」
女王の手が、ユーリの頭に伸びる。そっと撫でてくる手の感触に、ユーリは目を細めて微笑んだ。
「それから、ユーリには贈り物があるんだ。受け取って貰えるね?」
「はい、殿下の仰る通りにいたします」
よどみなく答えるユーリに、リオルは武官の列に向けてぱんぱんと手を鳴らす。すると、列を成す群臣の中から、大柄な男が一人歩み出てきた。身長は二メートルに届くくらいで、首も顔も腕も腹も何もかもが太い。つまりは肥満に膨れ上がった武官である。
「殿下……お、お呼びでしょうか」
ふうふうと息を荒げながら、男が言う。リオルは親しげに、男の背を叩いてユーリに向き直った。
「紹介するよ、ユーリ。彼は僕の幼い頃からの守り役で、ゴンザレスと言うんだ。こう見えて腕は立つし、気立ての良い男だよ」
どう見ても腕は立たない上に、身体のあちこちへねちっこい視線をぶつけてくる男にユーリは少し顔をしかめた。
「ふ、ふへへ、おいらはゴンザレス。これから、よろしくな」
そう言って伸ばしてくる手を、ユーリは女王を盾にして躱す。
「……リオルや、これは」
女王が、リオルに厳しい目を向ける。リオルは苦笑しつつ、ユーリの側へとしゃがみ込んだ。
「ユーリ、怖がることは無いよ。ゴンザレスは伯爵だから家柄もいいし、何よりあの目を見てごらん、澄んだ綺麗な瞳だろう? 髪質も柔らかで、昔はよく触らせてもらったんだ」
懐かしげに目を細めるリオルの背中越しに、照れたように頭を掻く男の姿が見える。てらてらと脂ぎった頭皮には、毛髪がほとんど生えてはいない。
「ほえ……」
身を縮めるユーリに、リオルは優しい顔を近づけて口を開く。
「ユーリと一緒になったら、きっと可愛い子供ができると思うんだ。ゴンザレスは五度目の結婚になるけれど、きっと幸せにしてくれる。彼の家は、王宮の中にあるから、僕もユーリと子供の顔を見に行くと約束するよ。だから、さあ、ユーリ」
あっ、とユーリは胸の内で、声にならない声を上げた。同時に、リオルの求める、その言葉を思い浮かべ、口を開けて息を吸いこむ。
「はい、殿下の仰る通りにはできません! ごめんなさい! 私エルフだから、たぶんゴンザレスさんとの生活は上手く行かないと思いますから! やっぱり私、野良のままでいいです! そして女王様、教育とかいろいろもっと頑張ってください! あと、礼金の振り込みはちゃんとギルドへお願いします!」
早口にまくしたてて、ユーリは懐から取り出した丸いものを地面へと叩きつける。もくもくと煙が上がり、周囲を白く覆いつくしてゆく。
「風の魔法で吹き払え、早く!」
警護兵の声とともに、宮廷魔術師が魔法を放つ。白煙が去った後には、もうユーリの姿は消えてなくなっていた。どたどたと、謁見の間を駆けまわる兵たちの足元で、ずるずると段ボール箱が遠ざかってゆく。だが、誰もその箱に気付くことは無かった。
てくてくと、短い足を生やした段ボール箱が歩いてゆく。絨毯の上はともかく、土の地面は派手な音が出てしまうので、足を生やしたのだ。見た目に反した敏捷な動きで、箱は王都を出た。石畳の道を歩き、やがてたどり着くのは一台の馬車の前だった。ぴょん、と飛び上がった箱は、向かって来る馬車の御者台に見事に着地をする。そして御者台には、シャイナの姿があった。
「……箱?」
首を傾げながら、シャイナは箱の封を切って蓋を開ける。中には、膝を抱えてうずくまるユーリの姿があった。丁寧に、首から『ひろってください なまえはユーリです』と書かれた札をぶら下げている。
「ほえぇ……」
涙目で見上げるユーリに、シャイナは息を吐いて手を広げた。
「……おかえり、ユーリ」
シャイナの胸に飛び込んだユーリは、わんわんと大声で泣いた。
青空の下、石畳から外れた馬車は道なき道をひた走る。がたごと揺れる馬車の幌の上で、ユーリは器用に足で身体を固定し、リュートを弾いていた。
「町からー町もーいいけれどー、たまには道をー、外れてみたいー」
ほろほろほろん、と鳴るリュートの音をお共にユーリは陽気な歌声を上げる。その下で、御者台のシャイナの顔は晴れないものだった。
「王都で補給入れてから出るつもりだったのに……ユーリったら、まさか一日もたないなんて」
「何か言ったー? シャイナー」
愚痴をこぼすシャイナの頭上から、ユーリの声が降りかかる。
「何でも無いわよ。それより、しっかり掴まっているのよ、ユーリ」
「ほえー」
歌声を乗せて、馬車の群れは行く。青空の下を、どこまでも。こうして、ユーリの旅はまだ続いてゆくのであった。
なお、王都では女王による第一王子の性格矯正スパルタ教育が行われ、王宮からは鞭と悲鳴が聞こえてくるようになったそうであるが、それはユーリたちの知るところではないのであった。
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