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旅して恋する吟遊詩人  作者: S.U.Y
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戸惑いの心を揺らす勇者様 後編

 暗雲が立ち込める、魔王城を遠くに見つめる。遠雷が閃き、浮かび上がる白の城壁には何者の気配も感じられない。あらゆる一切のものが死に絶えたかのような、静寂がそこにあった。人間の築いた、陣地の中の軍勢の中にあって、ユーリは不安に胸が押しつぶされそうになっていた。

 一刻も早く、シアに会いたい。だけど、今はそれができない。にこやかに、隣を歩きユーリを見つめる勇者、トモという青年をどうにかしなければ、シアに危険が及ぶかもしれないのだ。

 万全の状態であれば、シアは決してトモには負けないだろう。感じられる気配は強くても、シア程に圧倒的ではない。だが、今のシアはどうだろうか。ユーリの為に魔力を大量に消耗し、性転換を果たしたシアの魔力は、回復しているのだろうか。イチタローに魔剣で貫かれた傷は、癒えているのだろうか。イチタローには後でシアに土下座させよう、とユーリは改めて心に誓いながら陣営の中を歩く。

「……みんな、怖い顔してるね」

 すれ違う兵士を眺めつつ、ユーリはぽつりと言った。

「攻略が、遅々として進んでいないからね。魔族からの反撃は無いけれど、何者かに妨害されて足止めされてるみたいなんだ。僕は、そう聞いてる」

「ほえ、反撃が無いって?」

「ひと月前に魔族領から始まった魔物の暴走、スタンピードの最中、魔物たちは突然逃げ散り、姿を消したんだ。魔物を防ぐために集められていた冒険者や、軍隊はそれに乗じて魔族領に逆侵攻を始めた。けれど、魔族からは何のリアクションも無かった。魔王城に引きこもったまま、うんともすんとも言わない。僕が聞いた現状は、そんな感じかな」

「ほえ……トモは、スタンピードのときはどうしてたの?」

「僕は……そのときにはまだ、ここにいなかった。一週間前に、神聖王国にやってきたばかりだからね」

 ここにいなかった。その言葉に、ユーリの頭の中にピンと閃くものがあった。

「トモ、あなた、ニホンって、知ってる?」

 見上げて問いかけたユーリに、トモが目を大きくした。

「ユーリちゃん……君は、日本を知ってるの?」

 問い返すトモに、ユーリはうなずく。ぱあっと、トモの顔に喜色が拡がってゆく。握りしめたユーリの手を、トモが引き寄せ両手でぎゅっと包んだ。

「すごい! まさか異世界に来て、日本のことを知ってる人に会えるなんて! しかもそれが、ユーリちゃんだなんて! これは……神様の導きかもしれないね」

 興奮気味にまくしたてるトモの声音に、周囲の兵士たちがきょろきょろとし始める。気配を消しているとはいえ、大声を上げれば気づかれかねない。

「ほえ、トモ」

 ユーリはトモの手を引いて、物陰へと隠れる。一緒になって隠れたトモが、苦笑いを見せた。

「ごめんね、ユーリちゃん。嬉しくって、つい」

「……別に、トモが悪いわけじゃないよ。私が、不用意だっただけだから。ねえ、トモは、ニホンから来たの?」

「うん。日本の、東京から。ユーリちゃんは、東京、知ってる?」

 質問に、ユーリはうーんと頭を捻る。

「……テレビで、小人さんが言ってた場所かな?」

「小人さん?」

 首を傾げるトモに、ユーリは得意げに人差し指を立てる。

「ほえ。テレビの中に住んでいて、色んなことを説明したり寸劇を見せてくれたりする小人さんだよ。トモは、テレビ見たこと、無いかな?」

 ユーリの解説に、トモが暫し沈黙して、それから感心したようにうなずいて見せる。

「そっか。テレビって、ユーリちゃんにはそんなふうに見えるんだね。何だか、新鮮だよ」

「ほえ、そ、そうかな……」

 目をきらきらとさせるトモに、ユーリは後ろ頭を掻いて照れた。

「テレビを知ってるなら、僕のことも、もしかしたら見たことがあるかも知れないね。僕も、ユーリちゃんの言う、小人だったから」

「ほえ、トモが?」

 トモの足元から頭のてっぺんまで、ユーリは視線を動かしてゆく。

「……大きさが、違う気がするんだけど」

 ユーリの指摘に、トモが苦笑を見せる。

「そこは、まあ、色々説明が難しいね。でも、僕もテレビの……小人さんの世界で、色々やってきたんだ。ドラマや映画、寸劇っていうのかな。たくさん、たくさん演じてきたんだよ」

 トモの瞳は、どこか遠い場所を見つめていた。ユーリはその瞳の中に、かつて自分がニホンで抱き続けてきた色を見つける。

「……帰りたい?」

 ユーリの問いかけに、トモの瞳がユーリを見つめ返した。少しの間を置いて、トモがゆっくりと首を横へ振る。

「ううん。僕は、今はあの場所に戻りたいとは、思えない。君に、ユーリちゃんに、出会えたから」

 柔らかく微笑んで、トモが言った。とても、眩しい笑顔だった。ずきん、とユーリの胸が、軋むように痛んだ。

「トモに、そう言って貰えるのは嬉しいけど……私は」

「それでも、君が好きだ、ユーリちゃん。虚構と仮飾の世界で、ずっと生きてきた僕だけど、ようやく本物の、気持ちに出会えた気がするんだ」

 ユーリの言葉を遮り、トモが続けた。微笑に彩られた、けれども真剣なトモの顔を、直視することが出来ない。トモの何もかもが、好ましく映ってしまう。情熱的で、真摯な眼差し。それは、ユーリの心を強く揺り動かしてゆく。

「……そろそろ、行かないと。シャイナが、待ってるから」

 去りがたい気持ちを抑えつつ、ユーリは言ってトモの手をそっと解いた。微笑みを浮かべたまま、トモが素直に手を離す。

「送るよ。陣の入口の、馬車の所でしょ?」

 言って、トモはさりげなくユーリの先へ立ち、歩き始めた。離れてゆく背中に、なんともいえない寂しさを覚えたユーリは、小走りになってその後を追った。

「魔王に恨みは無いけれど……倒すべき理由は、出来たかも知れない」

 ぽつりと呟くトモの声は、ユーリの耳には届かなかった。


 物資の搬入を終えて、次回についての商談をまとめる。その間に聞きだした情報に、シャイナはそっと息を吐いた。

 魔族たちの動向については、一切が解らない。人間側の情報では、それが限界だった。神聖王国の軍勢は、おおよそ五千人。納入する物資の数から、それは予測ができた。五台分の馬車では到底まかなえる物量ではなく、他のキャラバンにも仕事が回っているのが現状だ。

 帯陣が一か月に及ぶにあたり、冒険者たちはいつしか姿を消していた。魔王城への道は今、一人のダークエルフによって封鎖されていて、これ以上の侵攻はしばらく出来そうにない。となれば、冒険者たちは他所へ行く。退屈なにらめっこに興じていられるほど、彼らは気長ではない。

 ゴドーの淹れてくれた茶を喫し、シャイナはユーリを待った。陽はとっぷりと暮れ、じきに夜が来る。夜半の出発となれば、危険も伴う。陣営の近くで、今日は野営をするしかなさそうだった。

 兵士に追い立てられるように、シャイナは馬車を出した。ひと駆けすれば、野営に適した広場がある。五台の馬車に円陣を組ませ、野営地とした。

 中央に熾したたき火を前に、シャイナは膝を抱えて座る。いまだ戻らぬユーリのことが気にかかり、陣地へと目を向ける。遠くに、篝火の灯りが見え、さらにその先には稲光に照らし出される魔王城があった。

「ユーリ……」

 シャイナが呟いた瞬間、強い風が巻き起こる。吹きつける砂埃に、シャイナは片手で目を覆う。風は、すぐに収まった。

「ただいま、シャイナ」

 目を開いたシャイナの前、たき火の向こうにユーリの顔があった。

「おかえりなさい、ユーリ。首尾は、どうだった?」

 ほっと胸を撫で下ろし、シャイナは問いかける。

「ほえ……それなんだけどね」

 ユーリが、気まずいような顔を後ろへ向ける。馬車の間を抜けて、やってくる人影が見えた。

「ユーリちゃん、足、速いんだね。吟遊詩人って、もっと、こう、文科系のイメージがあったからびっくりしたよ」

 歩いてくるのは、青年だった。軽装で、そこいらにいる冒険者よりも垢抜けた感じがする。腰に提げた剣の鞘には、華厳といえるほどの装飾が施されており、それは並みの武具には持ちえない気品を放っている。

「聖剣……? まさか、ユーリ、その人……」

 青年の持つ剣を指差し凝視するシャイナに、青年が気さくに笑いかけて一礼する。

「どうも。夜分遅くに失礼します。僕は、トモ。勇者です」

 トモと名乗った青年の肩書に、シャイナは心中で戦慄した。シャイナの視線が青年へ、そしてユーリに向けられる。

「……ユーリ。ちょっとこっちへ来なさい」

「ほえ」

 ユーリを引っ張り、シャイナは馬車の影へと連れてゆく。トモがきょとんとして、ユーリを目で追いつつもたき火の前に立っていた。

「あなた、魔王のシア様に、会いに行くのよね? どうして勇者なんかを連れて来たのかしら?」

「ほえ、私だって、連れて来ようとしたわけじゃなくって、その……勝手に付いてきちゃったの」

「撒いてしまうことは、出来なかったの?」

「うん……トモは、見かけは、まあイイ男だけど、腕前も伴っちゃってるっていうか、その」

 釈然としないユーリの態度に、シャイナの頭の中にぴん、と閃くものがあった。

「ユーリ……まさか、あなた」

 途切れたシャイナの問いかけの先に、ユーリが小さく首を横へ振った。

「わかんないの……あの人、シアを倒すって、言ってるのに。私にとっても、敵なのに。シアが、好きなのに……」

 ユーリの反応に、シャイナは言葉をしばし失った。ちらり、とトモのほうを見てみれば、こちらを見ないようにして夜空を見上げている。たき火に照らされた線の細い横顔は、一枚の絵のように様になっていた。

「……ユーリ。今、あなたがしなくてはいけないことは、一つよ」

 がしりとユーリの肩を掴み、シャイナは言った。

「ほえ?」

 呆けたように鳴いて、ユーリが首を傾げる。

「シア様に、会ってらっしゃい。そうして、ただいまを言うの。あとは、あなたの心のままに行動すれば良いだけよ」

 シャイナには、ユーリの感情が手に取るように解った。だてに、長い付き合いではないのだ。

「で、でも、今行ったら、トモが付いてきちゃう」

 目を泳がせて、ユーリが言う。

「じゃあ、シア様には会いたくない? ユーリは、あの人と一緒にいたいのかしら?」

 ユーリが俯き、肩を震わせる。

「会いたい……会いたいよ、今すぐにでも」

 ユーリの目の端に、涙が浮かぶ。女のシャイナにも、ぞくりと何かがこみ上げてくるような、それは美しい瞳である。

「それなら、行きなさい。今すぐに。あの勇者は、私が何とかしておいてあげるから」

 そっとユーリの頬へ指を当てて、涙の滴を掬い取る。そうしてシャイナは、ユーリの細い身体を一度、ぎゅっと抱きしめた。

「ほええ……」

 胸の中で、ユーリが鳴き声を震わせる。もう、こんなことも最後になるのかも知れない。思いながら、シャイナは微笑する。ユーリに、親友に今必要なのは、元気だ。思い切り泣いたあと、元気いっぱいに駆け出してゆく、そんな姿を見たかった。だから、シャイナはユーリの頭にぽんと手を置いた。

「さあ、行ってらっしゃいな。ユーリ」

「うん……行ってきます、シャイナ。トモのことは、シャイナに任せていいの?」

 ユーリの瞳に、輝きが戻っていた。

「ええ。任せて頂戴。私にも、それくらいは出来るわ」

 言いながら、シャイナは後ろ手でゴドーに合図を送る。シャイナの意図することを、ゴドーは言葉を交わすことなく汲み取って行動してくれる。頼もしい、仲間であった。

「ありがと、シャイナ!」

 ユーリが、シャイナの腕からするりと抜け出し駆けてゆく。魔王城を見据え、後ろを振り返らずに真っすぐに。微笑みをもって、シャイナはその背を見送り振り返った。

「お待たせしました、勇者様。私は、シャイナ。馬車五台ばかりの小さなキャラバンを率いる、商人ですわ」

 くい、と眼鏡を直し、シャイナはトモと対峙する。

「ご丁寧に、ありがとうございます。ところで、ユーリちゃんは、どこへ?」

「あまり野暮なことを、聞くものではありませんわ。月を隠す叢雲の闇夜なれば、愛しい殿御の寝所へ侍るは乙女の務め。遮るのは、無粋ですわよ」

 腕組みして立ちふさがるシャイナへ、トモが笑顔を見せる。

「僕も、魔王とユーリちゃんに、用があってね。悪いけど、お暇させてもらうよ?」

 腰をわずかに下げて、トモが駆け出す構えを見せる。

「それは困りますわ。せっかく、来て頂いたのですもの。勇者様には、今しばらく、こちらでおもてなしを受けていただかなければ……」

 トモの身体が、シャイナの眼前でブレた。あまりに早い動きに、残像が残るほどの動きはしかし、前方へ向けてではない。抜き放たれた聖剣が、トモの顔の前で火花を散らす。横合いから両断する斬撃を、トモが受け止めたのだ。

「聖剣……あんたが、俺の後釜か?」

 斬撃を放ったのは、元勇者、闇の魔将と堕ちた男イチタローである。ぎらぎらとした憎悪の眼つきはトモを、そしてトモの持つ聖剣に注がれている。

「君は……その恰好、もしかして日本人なのか?」

 戸惑うように聖剣を構え直し、トモが問う。

「かつてはな……だが、今の俺は違う! 幼女の足裏の探究者にして、闇の魔将っ! イチタローと魔剣イビルキャリバーが、お前を討つ! 死ね、このリア充!」

 無数の剣戟が繰り出され、たき火に斬風が当たり大きく爆ぜる。ゴドーに庇われ、シャイナは馬車の中へと身を引いた。

「ありがとう、ゴドー」

「……聖剣に抗する術は、魔剣のみ。こうするのが、一番でさ」

 幌の影から、シャイナとゴドーは顔を並べて戦いを見守る。イチタローが真剣な殺気をぶつけているのに対し、トモは戸惑いながら剣を受けるのみだった。

「ま、待って、待ってくれ! 同じ日本人だったら、どうしてこんなことを!」

「このっ! お前が! うりゃっ! お前のようなっ、奴がいるからぁっ! てぇい! モテモテ星のっ、住人がっ! 俺の、パラダイスはっ、どおりゃあっ! 渡さねえ!」

 渾身のイチタローの斬撃を、トモは戸惑いながらも軽く受け流してゆく。だが、トモからの反撃は無い。人に刃を向けることに、忌避感があるような、そんな動きだった。

「……この戦い、長引きそうね」

「お茶でも、淹れてきましょうか」

 身勝手な罵詈雑言を喚き散らすイチタローに、半ば呆れた目を向けシャイナは息を吐く。

「ユーリ……こっちは何とかなりそうだから、頑張るのよ」

 ゴドーの淹れてくれたお茶をすすりながら、シャイナは彼方の魔王城へ向けて祈るのであった。


 なお、この戦いはイチタローが剣を持つことが出来なくなるほどに疲れ決着を迎えたのであるが、魔王城へ向かうユーリにはそんなことに思いを馳せる余裕は無いのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

エンディングまで、残り数話です。よろしければ、最後までどうぞお付き合いください。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

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