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旅して恋する吟遊詩人  作者: S.U.Y
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現代巫女の底力! 後編

 かろうじてコンクリートで舗装された山道の中腹で、一台のタクシーが停まった。山道を少し外れた所には、古びた鳥居があり、その奥には鎮守の森が広がっている。ガチャリと開いたドアから、転げ落ちるようにまろび出てきたのはユーリである。続いて、運転手に料金を支払ったイチタローがふらふらと出てきて、ドアが閉まる。タクシーが、土埃を上げながらUターンした。


「どうだった、ユーリちゃん? 初めての、車は」

 足を震わせながら、青い顔をしたイチタローが聞いてくる。

「ほえ……お腹の中が、どっかいっちゃうかと思ったよ……車って、馬車よりもすごい動き、するんだね」

 普段は馬車の屋根に乗って平然としているユーリも、上下左右に負荷のかかる状況は初めてのことだった。隣のイチタローが平然としていれば、まだ救いはあったかも知れない。だが、引き攣って薄気味悪い笑みを浮かべるイチタローを見れば、それが普通でない状況に気付いてしまう。思えば、ユーリの感じた恐怖とストレスの半分以上は、イチタローのせいとも言えた。

「イチタローは、どうするの? 走って帰る?」

「……駅までくらいかな、走れても。まあ、アレに乗って帰るのは、御免だったからね。ちょっと、芹香ちゃんのとこで、休ませてもらおうかな」

「ほえ……一緒に来るの? やだなあ」

 げんなりした顔になったユーリに、イチタローの頭の上でくわあと鴉が鳴いた。

「ほら、こいつも早く行こうってさ。急ごうよ、ユーリちゃん」

「……イチタローは付いてくるなって、言ってる気がするんだけど」

「ウィットに富んだジョークだね。俺とこいつはもう、魂で結ばれたブラザーで……痛っ!」

「……先に、行ってるね」

 イチタローの頭頂部を突っつく鴉に言い置いて、ユーリはさっさと鳥居をくぐり苔むした石段を登ってゆく。深い山の空気に触れて、ユーリは少しずつ元気を取り戻していった。

「ほえ、山は、空気がきれいだね」

 ぐっと、息を大きく吸い込む。ニホンという異世界に来てしまって以来、ユーリが初めて吸うそれはまともな空気だった。足音と、近づく気配に眼下へ目を配る。大股で石段を数段飛ばしに駆けあがってくる姿に、ユーリは首を傾げる。

「ほえ、休憩、いるのかな?」

 元気いっぱいの様子のイチタローに追いつかれないよう、ユーリも身を翻して石段を上へ上へと進んでゆく。階段脇に置かれた石灯篭が、ひゅんひゅんと横を通り過ぎてゆく。

 やがて、石段に終わりが見えた。ぴょん、と最後の石段を、両足で踏み切る。両手を拡げ、ユーリは華麗に着地を決めた。

「ほえ、到着っと。結構、長かったね」

 首を振り向ければ、イチタローの姿が小さく見える。ユーリから見ればさほど早い登攀速度には思えないが、ペースが落ちないところは流石に元勇者で闇の魔将といえた。

 石畳の道が、古く大きな木造の社へと続いている。さわさわと森のささやきを聞きながら、ユーリはその道を真っすぐに進んだ。

「セリカー、いるー? 私だよー」

 高く澄んだ声が、社に吸い込まれていった。社の奥で、動く気配があった。

「いらっしゃい、ユーリ。ちゃんと、一週間で来てくれたのね」

 社の両開きの戸が開き、セリカが姿を見せる。紅白の鮮やかな色合いの服装に、凛とした涼やかな表情を浮かべていた。ユーリは、くんと鼻を鳴らす。

「ほえ……セリカ、ちょっと良い匂い、するね」

「香を焚きしめておいたの。まあ、気休め程度なんだけどね」

 胸に吸えば落ち着くような香りを漂わせ、セリカが苦笑して見せる。緊張をしているのか、セリカからはぴりぴりとした気配が伝わってくる。

「……難しいこと、するの? 私、何か手伝おうか?」

 ユーリの問いに、セリカは首を横へ振る。

「一週間で、仕込みは終わっているから。だけど……私も初めてだからね。ちょっと、気が張っちゃって……ねえ、ユーリ。あの、八咫烏を頭に乗せて走ってくるのって」

 セリカの言葉が終わらぬうちに、ユーリの横へイチタローが滑り込んでくる。石畳の上を、顔面からもろに、である。がりがりと、何かが削れるような音がした。

「お待たせ、芹香ちゃん、ユーリちゃん! 俺、総勢一名、到着!」

 バッと立ち上がり、爽やかな笑みを見せてイチタローが歯を光らせる。頭の上から鴉が飛んで、セリカの肩へと着地した。

「……何しに来たの?」

 そんなイチタローに冷たい目を向けつつ、セリカが言った。

「いやあ、お見送りっていうか、見物っていうか……そんなとこだよ。俺も、ユーリちゃんとは浅からぬ関係なもんで」

「ほえ、いらない」

 ね、と微笑みかけてくるイチタローを、ユーリは一刀両断に言い捨てる。

「どのみち、これからするのは秘中の秘ともいえる儀式だから……見学はお断りするわ」

 セリカが、呆れたように小さく息を吐く。

「そっか。それじゃ、ちょっとそのへんで休んでていい? 来るときに乗ってきたタクシーで、ちょっと疲れてるんだ」

 肩をすくめ、イチタローはあっさりと引き下がる。

「……境内から出ないなら、いいわよ」

「やった! 自販機とか、ある? 咽喉が乾いてるんだけど」

「観光地じゃあるまいし、無いわよ。そのへんの水でも、飲んでなさい。行くわよ、ユーリ」

 ひしゃくの置かれた水飲み場らしき場所をイチタローに指し示し、セリカがユーリを促し社の裏手へと歩き出す。ついて行きながら、ユーリはイチタローを振り返った。

「……それじゃ、元気でね、イチタロー」

「うん、またね、ユーリちゃん」

 ひらひらと、手を振りイチタローが言う。またなんて、訪れない。そう言いたかったが、セリカの姿がどんどんと進んでいくのを目の端に捉え、ユーリは何も言わず視線を戻した。イチタローの気配は飄々としており、細かいところまで読むことは出来なかった。


 社の裏手には、深い森に続く細い獣道があった。白木の杭が二本、真っすぐに門のように立てられている。何気ない足取りで歩いてゆくセリカに続き、ユーリもそこを抜ける。途端に、全身に濃密な何かの気配がからみついてくる。

「ほえ?」

「ここからは、神域よ。巫女以外は、本来入ることを許されない場所なの」

 前を歩くセリカの背中から、強い魔力を感じた。同時に、ユーリの周りにも魔力の流れが生じる。この場所でなら、魔法も使えそうだった。

 ほとんど道の無いような木々の隙間を、セリカとユーリは抜けてゆく。一歩歩くごとに、何かの気配はどんどんと強くなってゆく。ユーリの全身に、軽い圧力となってそれはのしかかってくるようにも感じられた。

「セリカ……これは」

「ユーリの存在が、この世界とは相いれないことの証明みたいなものね。どうする? 我慢できないようなら、引き返してもいいけど」

 振り向かずに発されたセリカの問いかけに、ユーリは首を横へ振った。

「大丈夫。ちょっと、息苦しいくらいだから。このくらい、地面に埋められて踏み固められた土の中から、脱出することに比べたら何でもないよ」

「……どうしたら、そんな状況になるのよ」

「ちょっとした、教育だね。セリカはしなかったの? 学校の授業で」

「しないわよ、そんな猟奇的な教育。私……日本に生まれて本当に良かったわ」

「そっか。こっちには、便利な道具、いっぱいあるもんね。授業で習わなくても、それくらい何とか」

「ならないわ。というか、あなたの世界って、そんな危険なこと、皆やってるの?」

「ほえ、私の故郷だと、わりと普通だったよ。でも、他所だと違うみたいだった」

「そう……色々、あるのね。私にとっては、縁遠い世界だけど。ほら、着いたわよ」

 セリカが、木々の向こうにあるものを指差して言った。ユーリは視線を動かし、ぽかんと大きく口を開ける。

「ほえ……これ、船?」

 鬱蒼と茂る森の中、木々の開けた広場に鎮座していたのは、大きな船だった。ユーリも、旅の身空で幾度か船に乗ったことはあった。だから、船自体については知識はある。その船も、形自体はユーリの知っているものとそうは変わらない。船体の真ん中あたりに、社のようなものがあることぐらいが変わっている所だろうか。問題は、船のある場所だった。

 船とは、海や湖を進むためのものである。波を切って掻きわける舳先も、Vの字を描く船底も、全てそのためのものだ。だというのに、この船は山の上の神社、その奥の深い森の中に鎮座している。それだけでも、異様であった。

「そうよ。この船は、天鳥船(あまのとりふね)といって、神様がこの世ならざる場所を移動するための船なの。船そのものも、神様だから、神気を感じるでしょう?」

 舳先から船尾に突き出たオールのようなものまでに手を動かし示しながら、セリがが言う。

「ほえ、神様……?」

 じりりと、ユーリの全身に圧力がかけられる。それは、魔力によるものだった。全力のシアほどでは無いが、それでも魔力の量と強さは、ユーリの持つそれとは比べ物にならない。

「怖がらなくても、いいわ。天鳥船とは、もう話はついているから」

 身をすくませるユーリに、微笑を湛えたセリカが言う。神域にいるせいか、セリカもまた神々しく力強い魔力を身に纏っていた。

「セリ、カ……?」

 わずかに身を引いたユーリに、セリカがうなずく。

「安心して、ユーリ。半分は、私だから。そしてもう半分は、アマテラス。この地における、最高位の神の依り代。それが、今の私。さあ、ユーリ。あまり、時間は無いわ。神域とはいえ、神を降ろし続けることは、長くは出来ない。それはこの身体に、私に、とても負担がかかってしまうの」

「ほえ? ど、どうすればいいの?」

 ユーリの問いに、セリカが船を指差した。

「天鳥船に、乗って。そうして、甲板の上で、楽の音を奏でなさい。そうすれば、天鳥船が、あなたを在るべき世界へと導いてくれるでしょう。でも、あなたの世界とは、天鳥船は異なる存在。長くは保ちません。次元を超えたらすぐに、飛び降りるのです。そう、すれば……」

 セリカが言葉を切り、激しく咳き込む。

「セリカ!?」

「早く……行って……天鳥船を……送る力が、私に、残っているうちに……」

 驚いて駆け寄ろうとしたユーリを、セリカの手が制する。

「うん、わかった! セリカ……元気で!」

 ユーリはうなずいて、船の甲板に向けて跳躍する。そして着地と同時に、背中のリュートを引き抜いて構えた。

「さようなら、皆。さようなら、異世界。優しい、優しい世界」

 ほろり、ほろりとリュートの弦が鳴る。真ん中の竜の髭から眩い光が放たれ、船の社へと吸い込まれてゆく。

「八百万の神たちよ……!」

 振り絞るような、セリカの声が聞こえてくる。同時に、船体が細かく揺れ始める。

「今度はのんびり、来れたらいいな……」

 船から流れる荒波のような魔力に、翻弄されつつもユーリはリュートを爪弾き続ける。ふわり、と浮き上がるような感覚が、ユーリの全身を包む。そして、船から見える大地が、いつの間にか遠く、遠くなってゆく。

「さあ、帰ろう、私の世界へ、あの人のいる、世界へ!」

 想いのままに、弦をかき鳴らす。凄まじい風圧が、船ごとユーリを包み込んだ。必死に足を踏ん張りながら、ユーリはリュートを奏で続けた。


 ふっつりと、天鳥船の神気が消えた。大地から空へとゆっくり浮き上がった巨大な船体が、霞のように掻き消える。ふらりと、芹香は倒れそうになり、木の幹へと手をついた。

「あとは……ユーリ、次第、か」

 ぐにゃぐにゃと、力の入らない身体を引き摺るように芹香は来た道を戻ってゆく。不思議な空虚が、芹香の胸に訪れていた。出会って間もない異形の少女、ユーリには奇妙な魅力があった。

「……魅入られちゃったのかしらね、この、私が」

 自嘲の笑みを浮かべ、芹香は空の彼方を見やる。巫女として、魔を祓う者として、それはあってはならないことだった。だが、芹香は首を横へ振る。それでも、巫女としての務めは果たしたのだ。そう、思うことに決めた。

「……また、こっちに来たらそのときは、友達になれるかな」

 有り得ることでは、ないけれど。心中でそう付け加えながら、芹香は境内へと戻って来た。もう一人、在るべき場所へと帰る人間がいるのだ。ユーリの話でもして、お茶くらいは出してあげてもいいかも知れない。そんなことを考えながら、芹香は市太郎の姿を探す。

 しばらく探しても、市太郎は見つからなかった。

「……帰っちゃったのかな? 見てても、あんまり面白い所じゃなし……」

 しょんぼりと呟く芹香の肩の上で、八咫烏がくわあと鳴いた。

「そうよね……まずは、身体を休めないと、よね」

 大きく息を吐いて、芹香は境内の奥へと歩いていった。


 真っ暗な、空とも海ともとれる場所を船は滑るように進んでゆく。ぼんやりと白く光る船体は、白鳥のように美しい。天鳥船とは、言い得て妙なものだとユーリは感嘆の息を吐いた。ユーリがリュートを奏でれば奏でるほどに、船は速度を増してゆく。やがて、船の前で暗い空間が裂けた。

「ほえ……あ、あれは、魔王城!?」

 ユーリの目に、暗雲の中に浮かぶ城の尖塔が飛び込んでくる。船の甲板に叩きつけるように吹く風の中に、馴染みのある魔力を感じた。

「も、戻って、戻って来れたんだ!」

 じわり、とユーリは涙を浮かべ、その場で飛び跳ね喜んだ。その、直後のことだった。

 船が、激しく揺れ始めた。ガン、と何かにぶつかったような、強い衝撃が船とユーリに襲い掛かってくる。魔王城の見える空間の裂け目は、指呼の間にある。だが船は、それまで滑らかに進んでいたというのに、今は完全に停止して微震を繰り返すばかりだった。

「ど、どうしたの!? しっかりしてよ、天鳥船!」

 ユーリの必死の呼びかけに、天鳥船は振動を続けながらも船の舳先を少しずつ、空間の裂け目に向けて進ませる。だが、白く仄かに輝いていた船体の大部分が、透き通るように消え始めていた。

「ここまで……なの?」

 明滅を繰り返す舳先に目を向けて、ユーリは絶望に染まった表情で呟く。あと少し、あと少しで、シアのいるあの世界へと帰れるというのに……

『行ケ』

 呆然と立ち尽くすユーリの長い耳に、不思議な声が届いてくる。ユーリは、天鳥船の社へと目を向ける。ひと際眩しく、社が白く輝いた。それは、天鳥船の、最後の力だ。理解とともに、ユーリは身体を動かした。前へ、ひたすら前へ、舳先の、ほんの少し先にある裂け目に向けて。ユーリは、跳躍する。

「ほえ、これなら……っ!」

 裂け目に、ユーリの身体は真っすぐに飛び込んでゆく。そのまま落ちれば、魔王城の上空へとたどり着く。ユーリの顔に、安堵の色が拡がってゆく。そのときだった。

「ほ、え!?」

 がくん、とユーリの身体が、裂け目の寸前で止まった。何かに、足首を引っ張られるような感触があった。だが、ユーリにそれを確かめる余裕は、無い。ユーリの身体は、下方向に急激な移動、つまりは落下を始めていた。

「ほえええええん!」

 鳴き声とともに、ユーリは暗い空とも海ともつかぬ空間を、ただひたすらに落ちてゆく。ふいに、ユーリの全身を激痛が襲い掛かり、ユーリは意識を失った。

 木の葉のように、空間を頼りなく漂うユーリの身体はやがて、空間の裂け目へと吸い込まれていく。だが、それをユーリが、知覚することは出来なかった。


 なお、本村市太郎という青年が現代日本において行方不明となり、ふっつりと消息を絶ったのであるがそれは今のユーリには知る由もない話であった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。物語も、いよいよ大詰めとなります。最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。


今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。

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