現代巫女の底力! 中編
本当は後編でしたが、思ったより長くなりそうだったので区切って中編となりました。どうぞ、ご容赦を。
現代日本を生きる巫女、陽神芹香はただの人間では無い。神通力を持って生まれ、神社の巫女として育ったいわば超人ともいえる存在である。幼い頃から付き従う八咫烏と共に、数多くの怪異事件に関わり、これを解決してきた。その実績と、厳しい修行を乗り越えて手に入れた力に芹香は誇りを持っている。
芹香の目の前に、リラックスした様子でお茶を飲む少女がいる。名は、ユーリ。異界の、吟遊詩人だという。その少女は、芹香の現在直面している難関そのものであった。
この世に招かれざる、理を外れた存在を送り返す。退魔、除霊の類であれば、芹香はこれをいくつも経験していた。同世代の少年少女よりも、いや、この日本の誰よりも、経験豊富なのである。
そんな彼女をもってしても、ユーリの送還は困難、いや、不可能といえた。まず、とっかかりというものが無い。悪霊や死霊であれば、この世への未練、恨みなどをとっかかりにして祓う。悪魔の場合は、顕現した依り代を破壊するなどして、霧散させる。この世に在るべきでは無いものが現れれば、そこには手段と目的が存在して然るべきなのだ。それが、ユーリには存在しない。ユーリはただ、この日本に現れた迷える旅人なのである。
本村家のキッチンを勝手に借りて淹れたお茶が、ぬるくなっていた。ユーリの長い話を聞き終えて、芹香は大きく息を吐く。こことは異なる世界の話をすんなりと受け入れて聞くことができたのは、ユーリの話し方によるところが大きい。時折ほえほえとよくわからない鳴き声が混じるが、彼女の声は聴きやすく語りも滑らかであった。
見たことも、聞いたこともない物から、芹香の身近にあるもの、例えばコップや椅子などもユーリの世界には存在する。人が、普通に生きている世界であるらしい。ユーリも、長い耳以外は普通の美少女である。大きな瞳と形良い眉は、話すたびにくりくりひょこひょこと動く。ほっそりとした手と身体も、身振り手振りを交えてちょこちょこと動く。活動的で、陽気な少女だ。何とかして、元の世界に戻してあげたい。そう思いつつも、それができない自分の力に芹香は無力感を味わっていた。
「ほえ……ごめんね、一気に色々話しちゃって。ちょっと、疲れちゃった?」
上目遣いに、首を傾げてユーリが言う。
「ううん、大丈夫よ。ちょっとお茶が冷めちゃったから、淹れなおすわ。ユーリのぶんも、コップ頂戴」
「ありがと」
出会ってまだ数時間ほどであったが、芹香にとってユーリはすでに親しい友人のように感じられていた。渡されたコップを受け取り、洗い場で軽くすすぐ。それから、急須にポットのお湯を注ぐ。ポットの使い方のあやふやなユーリにさせるよりも、芹香がした方が確実だからだ。
急須の中で茶葉が開き、ほどよい安物の香りが立ち昇ってくる。くるくると小さく急須を回し、洗ったコップをよく拭いて茶を淹れる。湯気の立った二つのコップの片方を、芹香はユーリへ差し出した。
「ありがと、セリカ」
にっこりと笑い、ユーリがコップに手を伸ばす。その指がコップに触れる瞬間、芹香の頭の中にノイズのようなものが走った。
『聞こえ……ま…か? こち…は、税務署…方から……した』
「んえ?」
突然頭の中に響いた声に、芹香はコップを取り落とす。傾きかけたコップを、ユーリが素早くキャッチした。
「ほえ、大丈夫?」
両手に熱い茶の入ったコップを持ったユーリが、首を傾げて聞いてくる。しっ、と芹香は静かにするよう呼気を漏らす。異世界にもそれは伝わるようで、ユーリがコップをテーブルに置いて口を閉じた。
『税務署? 最近の税務署職員さんは、テレパシーを使うの?』
聞こえてきた念話に、芹香も念話を返す。こめかみに指を当てて目を閉じる芹香の前で、ユーリが茶をすすった。
『どうでしょう? こちらの世界では、そういった方はあまり見かけませんが……そもそも、税務署って何でしょうかね? あ、繋がったようですね』
頭の中の音声が、クリアになった。
『税務署について、ご質問が? というか、貴方は誰ですか?』
念話では相手の表情などは見えないが、感情がダイレクトに表れる。芹香は思い切り訝しい感情を込めて念を送る。
『やだなあ、僕ですよ、僕。こういった詐欺も、そちらの世界では流行っているそうですね? ご老人向けに』
『悪戯ですか? それなら切りますよ? そして後程そちらへ伺い、能力を封じてあげます。よろしければ、その存在ごと』
『それは怖い。けれども、無理じゃないですかね? だって、こちらはあなたにとって異世界、なんですから』
異世界、という単語に芹香の身体が小さく跳ねた。
『……もしかして、貴方は』
『もう少し異文化コミュニケーションを楽しみたかったところですが、当方には時間がそれほど無いもので。単刀直入に、要件を簡潔に申し上げます。それはもう手短に、安直に』
『時間が無いなら早く言ってください』
『おや、ちょっとイラっとしましたね? まあ落ち着いて……はい。要件は、こちらの世界からお邪魔している、ユーリ、という女の子についてなのですが……ああ、貴方ではちょっと、お話が難しくなりそうですね。ちょっと、上位自我の方に代わっていただけます?』
念話から聞こえた名前に、芹香はぎょっとなってユーリを見つめる。それが、隙となってしまったのだろうか。ふっと、芹香の意識が薄くなってゆく。自分の中で、自分では無いものが現れ、意識を奪われる。ユーリの為に、手がかりが得られるかも知れないのに。悔しく思いつつも、芹香の意識は急速に闇へと落ちてゆく。
「ほえ、セリカ!」
倒れようとする身体を、ユーリの細くしなやかな腕が支えた。
「ユー……リ」
心配そうな顔で呼びかけてくるユーリを見上げながら、芹香はついに意識を完全に手放した。
ミチカのベッドへ、セリカを寝かせた。お茶を淹れたあたりから、セリカの様子はおかしかった。魔力の揺らぐ気配も、あった。ユーリは周囲の気配を探ってみたのだが、何も感じられなかった。ついでに、ミチカの帰って来る気配も、感じられない。アーロンと、飲み明かしているのだろうか。ぼんやりと、そんなことを考えながらセリカの額に手を当てる。熱は、無いようだった。
手のひらを、セリカの額から離そうとして、ユーリはふと手を止める。セリカの魔力に、変化がみられた。それは、先ほどの一連の魔法で受けたものよりも上質で、清廉なものだった。目を閉じ集中してみれば、その魔力に細い糸のような魔力が繋がっているのが判った。どうやら、念話をしているらしい。
「ほえ、お話し中かな……あれ?」
意識を、魔力の糸へと向ける。そわり、とユーリの胸の中に、撫で上げるような奇妙な感覚が走った。
「この、魔力……もしかして」
触れれば切れてしまいそうな錯覚のある魔力の気配を、ユーリはそっと探る。息をつめて、高鳴る鼓動を抑え、ぴんと耳を伸ばして魔力を感知する。
「これ……シアの……!」
その魔力の糸からは、異世界にある筈のシアの気配が確かに感じられた。ユーリの頬を、一滴の涙が流れ落ちる。
「シアっ……!」
魔力の糸へ、ユーリは指を伸ばした。意識の片隅に追いやっていた慕情と郷愁が、ユーリを動かしていた。出会ってから、ずっと側に感じられた魔力が、こちらへ来てしまってから失われていたその気配が、今ユーリの指先へと触れようとしていた。だが、
「あっ……」
魔力の糸へ触れる直前、ユーリの目の前でそれは霧散した。細く微かな魔力は淡く溶けて、ミチカの部屋へと散って消える。呆然と、ユーリは中空に手を伸ばしたまま固まった。シアの魔力が、気配が、無くなった。ユーリの持てる感覚器全てを駆使しても、もう欠片もそれは見つけられない。溶けた魔力のあった空間で、思い切り息を吸いこんでみる。鼻孔を通り肺腑に流れ込んできたのは、ミチカの部屋の匂いだけだった。
「ん……ぅん」
ベッドの上で、セリカが唸り微かに身じろぎした。深呼吸をして首を捻っていたユーリは、即座にベッドへ駆け寄りセリカの肩を揺する。
「セリカ! セリカ! ねえ、起きて!」
がっくんがっくんと首が取れるくらいに揺さぶると、セリカが薄く目を開く。
「あ、ユーリ……おはよ……う」
目覚めたばかりであるというのに、セリカは疲れ切ったような顔をしていた。構わず、ユーリはセリカの両肩をがっちりとホールドして首筋に顔を埋める。
「ちょ、ちょっと、ユーリ? どうしたのよ?」
「少しだけ、シアの匂いが……しないね、やっぱり」
鼻をひくひくさせて、ユーリは呟く。セリカからは、ほんのりとした香木の匂いがした。
「シアって……ユーリのために性転換したっていう魔王の……?」
「うん。セリカ、さっき誰かと念話してたでしょ? 気配探ってみたら、シアの魔力が微かに感じられて……ねえ、セリカ、もしかしてさっきの念話の相手、シアじゃない?」
セリカの首筋から顔を上げて、ユーリは至近距離で問いかける。
「ちょ、近いわよ。それに、相手は誰だか判らなかったわ。名乗りはしなかったし。でも、ユーリの言ってるシアって人じゃ、無かったと思う。話し方が傲岸不遜っていうより、正体不明っぽかったし」
思い返す様子のセリカを、ユーリはじっと見つめる。嘘や、隠し事の線は無さそうだ。表情の動きから、そう判断できた。
「それじゃ、どうしてシアの魔力が?」
「わかんないわよ。あと、顔近いから、ちょっと離れて。人様から誤解を受けそう……」
ガチャリと、部屋のドアが開いた。
「おはよー、ユーリちゃん。姉ちゃんから、今日は帰らずそのまま会社行くって連絡が……失礼しました」
ガチャリと、部屋のドアが閉じた。
「……どうしよう?」
「ほえ。とりあえずノックもせずに入ってこようとしたし、後でお仕置きしとくね。それよりも、今重要なのは」
再び、部屋のドアが開く。今度は音を立てないように、そっとノブが回された。抱き合うような姿勢のユーリとセリカの前で、忍び足で小さな四角い板のようなものを構えたイチタローが侵入してくる。
「あ、気にせず続けて? 俺は、ここでちゃんと撮影してるから」
小声で、イチタローが言った。
「ユーリ」
「ほえ」
短い言葉で、二人は通じ合った。
居間へ戻った二人は、奇妙なオブジェをソファへ安置する。鴉がやってきて、オブジェの先端をこつんこつんと嘴で突いている。等間隔で呻くオブジェを背景に、ユーリはセリカの淹れてくれたお茶をすすって気を落ち着けた。
「念話の内容は、初めのほうしか私にも解らないの。けど、安心して。たぶん、あなたを元の世界へ送り返すことは、できるから」
同じく対面で茶をすすったセリカが、ユーリに微笑みを向けて言った。
「ほえ……本当!?」
ガタン、と身を乗り出してユーリは問う。
「ええ。今すぐ、というわけにはいかないけど。諸々の準備が終わるまで……一週間、それで、何とかしてみせるわ」
「ほえ……そんなに早く? 百年とか、言われるかと思っちゃったよ」
驚くユーリに、セリカが少し呆れた表情を見せる。
「百年は長すぎでしょ。そんなに長くいたら、互いのためにもならないわ。ともあれ、一週間後に私の神社へ来て頂戴。それから、その一週間はもう歌とか音楽関係は、禁止よ」
「ほえ、わかった……」
指を立てて言うセリカに、ユーリはしょんぼりとうなずく。この世界の音楽は、組み合わせ、響き合わせることを主とした素晴らしいものだった。ユーリとしてはもう少し深く触れてみたかったが、世界の調和のためとあらば致し方ないことである。
「……聴くだけでも、ダメ?」
首を傾げて上目遣いに言ってみるも、セリカが力強いうなずきを返す。
「聴くだけじゃ、おさまらないかもしれないでしょ? 感情が乗っていれば、鼻歌でも危ないのよ」
「ほえ……うん」
「神社の場所は、そこのオブジェに聞けばわかるから。いい? 一週間は大人しくして、それから私の神社へと来るのよ?」
うなずくユーリに念を押すように言って、セリカは立ち去った。
「ほえ……鼻歌も、ダメなんだ」
コップを片付けながら、ユーリは肩を落として呟く。カチャカチャと音立ててコップを洗い、ソファへと腰掛けオブジェを眺める。
「あなたは、帰らなくていいの、ヤタガラスさん?」
羽根の中へ嘴を突っ込んでいた鴉へ、声をかける。鴉が首をユーリへ向けて、くわあとひと声鳴いた。
「そっか。お目付け役なんだね。それじゃしばらく、よろしくね」
にへら、と笑うユーリの前で鴉が再びオブジェを弄り始めた。
時間というものは、無為に過ごせば瞬く間であるが待つ身となれば長いものだった。一週間、ユーリはじりじりと焦れる気持ちを抑えつつ過ごしきった。ミチカからライブに誘われたが、断って代わりにアーロンとの惚気を聞いた。ミチカとアーロンは、付き合うことにしたらしい。二人から、お礼を言われた。また、イチタローがブルーレイとかいう円盤で、テレビの中に様々な小人たちを召喚した。暇つぶしに、とイチタローは言っていたが、テレビの中の小人たちは大戦争や大恋愛を繰り広げ大変なことになっていた。奇妙な恰好の小人たちが歌い踊るサンバという音楽は、少しだけ楽しめた。
出来事が、自分の感情の表面を上滑りしてゆく。ぼんやりと、食事や睡眠にさえ身が入らない。目に映る光景のどこかに、シアを探してしまう。お惚気を聞いても、シアとだったら、とか考えたり、小人たちの戦争にも、シアがいれば、とか思ってしまう。一度、シアの魔力を身近に感じてしまっては、もう平静でいるのは無理な話であった。
「ほえ、ミチカさん。今まで、どうもありがとうございました。私、ちょっと忘れっぽいとこあるけど、日本でミチカさんのお世話になったことは、忘れません」
それでも、最後くらいはきっちりと挨拶を、と頭を下げたユーリの身体をミチカが抱きしめた。
「いいのよ、ユーリちゃん。こっちこそ、ユーリちゃんのおかげで楽しかったわ。また日本に来ることがあったら、是非寄って行って頂戴ね」
柔らかな温かさが、ユーリに伝わってくる。ユーリも、ぎゅっとミチカを抱き返した。
「ユーリちゃん、姉ちゃん、タクシー来てるよ。いつまでやってんの?」
頭に鴉を乗せたイチタローがやってきて、呆れた表情で言った。
「うるさい。空気読みなさい、イチ」
ミチカがユーリを離し、イチタローの耳を摘まんで引っ張る。
「イタタ、姉ちゃんもう少し優しく! 痛いほうにバランス寄っちゃってるから!」
悲鳴を上げつつ、どこか嬉しそうなイチタローをミチカが嫌そうな顔で解放する。本村家において、当たり前のように見て来たその光景に、ユーリは目を細めた。
「姉弟って、いいね」
ユーリの言葉に、ミチカが目を剥いた。
「こんな変態、家族として認めたくない」
「ひどいよ、姉ちゃん」
冷たく言い放つミチカと、口を尖らせるイチタロー。一見仲が悪そうに見えるものの、姉弟の間には確かな絆があるのだろう。でなければ、この場にイチタローは居ない筈である。
「お姉さんを、ちゃんと大切にするんだよ、イチタロー」
「それは、俺の役目じゃないよ、ユーリちゃん」
「余計な事言うんじゃないわよ、イチ」
言い合いながら、ユーリたちは家の外へ出て茶色い車の待つ道路ぎわへと歩いた。
「ほえ、ここの景色も、見納めだね。ちょっと、感慨あるかも」
「ユーリちゃん。故郷で辛いことがあったら、いつでも戻って来ていいのよ。あなたはもう……私の妹だから」
言いながら、ミチカがユーリへ小さな箱を差し出した。
「ほえ、ミチカさん。これは?」
首を傾げて箱を受け取ったユーリに、ミチカが片目を瞑ってみせる。
「私とタケさんからの、贈り物よ。落ち着いたら、開けてみて」
「ミチカさん……本当に、ありがとう!」
「ユーリちゃん……っ!」
固く握手を交わし、ユーリとミチカは互いに瞳を潤ませる。
「ユーリちゃん。早く乗らないと、運転手さんが待ってるんだよ」
車の後ろ側の開け放たれたドアの向こうから、イチタローの急かす声が聞こえてくる。
「イチ!……もう、本当に空気読まないんだから。それじゃ、ユーリちゃん。国へ帰ったら、お手紙出してね。待ってるから」
「はい。ミチカさんも、お元気で。お手紙、ちゃんと出しますね」
「……多分、届かないと思うけど。ほら、ユーリちゃん、乗って乗って」
再度イチタローに促され、ユーリもドアの向こうにある椅子へと腰掛ける。ドアが、ひとりでに閉まった。
「ほえ!?」
驚くユーリをよそに、車が動き出す。テレビで小人が乗っているのは見たことがあったが、実際に乗るのは初めてであった。
「それじゃ、陽神神社までで、いいんだね?」
前後に仕切られた車内の前方から、男が声をかけてくる。
「はい、お願いします」
答えたのは、イチタローだった。神社まで無事にユーリを送り届ける、という名目で同行することになったのだ。
「はいよ。それじゃお客さん、ベルト、ちゃんと締めてね」
後ろのガラスに身を乗り出し、ミチカへ手を振っていたユーリに男が言った。
「ほえ、ベルト?」
腰のあたりを探り、ユーリが首を傾げる。
「シートベルト……そこの、椅子のとこにくっついてるベルトだよ。ほら、こんな感じで」
イチタローを見れば、椅子から伸びたベルトで身体を座席に固定している。見様見真似で、ユーリもベルトを締めた。
「高速、使うからね。きちんと締めてもらう決まりなんだ……ところで、お客さん」
ちらり、と男が小さな鏡でイチタローを一瞥した。
「はい、何ですか?」
「その、頭の上の鴉なんだけど」
もの言いたげな男の視線に、イチタローが大きくうなずいた。
「大丈夫です。彼は俺の、大事なパートナーですから。大人しくしているので、心配はいりません」
自信満面に言い放つイチタローに、男がますます微妙な表情になってゆく。
「……暴れるようなら、すぐに降りてもらうからね」
男の言葉に、鴉がくわあ、と鳴いた。そんなやり取りをよそに、ユーリは窓から流れる景色を見つめていた。
「ほえ……走ったほうが、早いかも」
時折お行儀よく停まる車の中で、ユーリは呟いた。男は黙って、車を運転しつつ片手で何かを操作する。静かだった車内に、突然激しい音楽が流れ始めた。
「いい度胸だ、お嬢ちゃん……」
据わった目で、鏡ごしにユーリを見つめて男が言う。
「ほえ?」
きょとん、と首を傾げるユーリに、
「飛ばすぜ」
男が、ぽつりと言った。車が、急激な加速を始める。
「ほえええええ!」
背中を蹴り上げられるような加速に、ユーリは鳴き声を上げた。




