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旅して恋する吟遊詩人  作者: S.U.Y
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高嶺の花の王子様 前編

 荒野を行く馬車の一群に、馬を駆る賊徒が襲い掛かる。だんびらを振りかざし、ぱらぱらと散発的に襲い来る様はあまり調練がされていない集団と感じさせる。後方、側面とやってくる野盗に、馬車の中からは弓が鳴り、矢を受けた賊徒が落馬してゆく。

「待てやコラああああ!」

 賊徒の一人が、先頭を走る馬車に肉薄した。ぴたりと側面に付けられては、誤射を恐れて射撃はできない。賊徒はにやりと笑い、御者台の女に向かってだんびらを振り下ろす。殺った、と賊徒は確信する。直後、賊徒の耳に場違いな弦楽器の音が聞こえた。同時に、手にしただんびらの切っ先が何かに掴まれて、動かなくなる。賊徒がそちらへ顔を向けると、リュートを持った一人の少女が足の指でだんびらを固定していた。

「ああー、空はあんなに曇り空ー、今日のあなたはツイてないー」

 ポップな歌声とともに、賊徒の視界が半回転する。ぐるり、とだんびらを持った手を中心に身体が回転し、大地に衝突した。乗り手を失った馬が、早足、並足と速度を落とし、やがて止まった。

 倒れた賊徒たちを尻目に、馬車の一群は走り去ってゆく。荒野の土が巻き上げられ、煙となって晴れた後、残っているのは倒れた賊徒と草を食む馬たちだけだった。


 走り続けた馬車が、ゆっくりと速度を落とし、円を描くように並んで停まる。陽は西へと傾き、少しすれば日も暮れてしまう。馬車から降りた数人が、手早く野営の準備をし始めた。

 準備の指揮を執る女の目の前に、馬車の幌に座っていた少女が飛び降りた。

「シャイナ、大丈夫?」

「ええ。あなたのお陰よ、ユーリ。でも……」

 周囲を見渡しながら、シャイナは顔を曇らせる。五台あるキャラバンの馬車の車体には、真新しい傷がいくつも付けられていた。火を熾し、荷台から食料を取り出す人員たちの中にも、包帯を巻いた怪我人の姿があった。

「今日だけで、五回も襲撃されると、さすがに被害が馬鹿にならないわ」

 シャイナが、重く息を吐く。

「ほえ、八回だよ、シャイナ。そのうち三回は、空振りだっただけ」

 気の抜ける鳴き声とともに、ユーリが言った。それは、ユーリの口癖のようなものである。

「あなたが、気配を読んで方角を教えてくれた時ね。ありがとう」

「ほえ、どういたしまして。それにしても、やられたね」

 へとへとになった馬を撫でながら、ユーリは言う。

「目的地がある以上、方向を修正するにも限度があるもの。あなたの護衛のミスでは無いわ、ユーリ」

 言いながら、シャイナが見やるのは一台の馬車である。それはシャイナの運転していた、先頭の馬車だった。

「全部、あの厄介な積み荷のせいよ。ああ、こんなことなら依頼を受けるんじゃなかったわ」

 がしがしと頭を掻いて、シャイナが舌打ちする。まあまあ、となだめながら、ユーリも馬車を見る。

「礼金は弾んでくれるし、目の保養にもなるでしょ? ちょっとくらいの危険は、我慢だよ、シャイナ」

 そう言って、ユーリはにへらと笑う。シャイナは諦めたように、長く息を吐いた。

「ユーリ。何度も言うようだけれど……」

「ほえ、わかってる。大丈夫。私も、ちゃんと分はわきまえるほうなんだよ。あ、そろそろ夕飯出来上がるね。じゃあ、私が呼んでくるから」

 シャイナの言葉を遮り、ユーリは馬車に向かって歩き出す。後ろで何か言いかけたシャイナに、キャラバンの人員が何事かの報告を始めていた。ユーリは馬車の後ろまでやってくると、ぱんぱんと全身をはたいて埃を落とし、結い上げた髪を手で撫でつける。にぱ、と笑顔を作って、仕切りの布を開いた。

「殿下、そろそろご飯のしたくができましたー」

 ほろん、とリュートを鳴らしながら、ユーリは馬車の中へ向けて呼びかける。すると、馬車の中に所狭しと積み上げられたクッションの山が、ごそりと動いた。

「ああ、夕飯の時間だね。ありがとう、ユーリさん」

 涼やかな声とともに、クッションの中から一人の青年が身を起こす。さらりとした金髪に、甘いマスクの青年が微笑をもってユーリに応じた。服の仕立ては極上で、品よく装飾された全身からは柑橘系の良い香りが漂ってくる。うっとりと、ユーリは青年に魅入った。

「ほえ……これが、高貴な王子様の香りなんだね……」

 呟くユーリの頭上に、ごつんと拳骨が落ちる。やったのは、シャイナだ。

「単なる香水の匂いよ、落ち着きなさいユーリ」

 ふふ、と涼風のような笑いが、馬車の中から漏れた。青年が口元に拳を当てて、面白そうに笑う。それだけで、一枚の絵になってしまいそうな美がそこにあった。

「見てて飽きないね、シャイナさんとユーリさんは」

「ほえ……リオル殿下も……見飽きないです、はい……」

 あらぬことを口走るユーリの脇腹へ、シャイナの肘が良い角度で入る。ぐ、と息が詰まり乙女にあるまじき声が出そうになるが、ユーリはなんとかこらえる。その隙に、シャイナがユーリの前に立って馬車の中の青年に正対した。

「リオル殿下。お話したいことがあります。夕食後、少しお時間を頂いても?」

 厳しい目つきで見上げるシャイナに、青年はあくまで穏やかにうなずく。

「もちろん。せっかくのレディのお誘いを、断る理由はありません」

 そう言って、青年はシャイナに顔を向ける。

「ほえ、シャイナずるい! 私も、殿下とお話したいよ!」

 すぐさま復活したユーリが、シャイナの服の袖を引いて言った。

「あんたって子は……仕事の話よ? 具体的に言うと、報酬の……」

 シャイナの言葉を遮るように、ぐう、という音が鳴った。恥ずかしそうにお腹を押さえるのは、ユーリである。

「ほえ……えへへ」

「ともあれ、食事にしませんか、シャイナさん?」

 にへらと照れ笑いを浮かべるユーリへ、青年が微笑でうなずいて言った。シャイナは息を吐いて、踵を返して中央に拵えられたたき火へと歩いていく。

「食後にお話をさせていただく約束、お忘れなきよう願います」

 背中を向けたシャイナの言葉に、ユーリと青年は顔を見合わせて笑った。

 輪になった馬車の中心に焚かれたたき火の周囲に、石が並べられている。その上に、大きな鍋がぐつぐつと煮立っていた。配膳の人員がおたまで中身をすくい、椀に入れて一人一人に手渡してゆく。ユーリは二人分を受け取って、離れたところに座る青年の元へと歩み寄った。

「殿下、お夕飯持ってきましたよー」

「ありがとう。良い匂いだね」

 ユーリの差し出したお椀を、青年は両手で受け取り微笑んだ。

「ほえ、冷めると味が落ちちゃうから、熱々のうちに食べましょうね」

 ユーリの言葉に、青年はうなずいて椀の中をじっと眺める。匙を口に運び、くわえたままユーリは首を傾げた。

「ほえ? 食べないんですか?」

 ユーリの問いに、青年は首を横へ振る。

「いや、いただくよ」

 青年が匙を取って、椀の中身をすくって口に運ぶ。

「熱っ」

 直後、青年は熱さに舌を出して顔をしかめた。

「よく冷まさないと、熱いですよ」

 ユーリは椀を置いて、青年の手から匙を取って中身をすくい、ふーふーと息をかける。

「ほえ、あーんしてください」

 ほどよく熱を飛ばした匙を、青年が口にする。もぐもぐと上品に唇が動き、細い咽喉がごくりと動く。

「うん、美味しい」

 にっこりと笑う青年へ、ユーリがまた匙を運ぶ。

「ほえ、もう一つどうぞ。あーん」

 そうして、椀の中身が無くなるまで奉仕を続けたユーリが、自分の椀を手に取ると青年が右手を挙げて待ったをかけた。

「僕からもお返しに……あーん」

 青年が、やや不器用な手つきで匙を使い、ふーふーと吹いてユーリの口元へと持ってくる。

「ほ、ほえ? あ、あの、殿下……?」

 にこにこと匙を差し出している青年に、ユーリはしどろもどろになって問う。なんとなれば、青年の差し出す匙は自分の使っていたものであり、それは一つのことを意味していた。

「ほえ……その、間接……」

「はい、あーん。早くしないと、零れちゃうよ」

 ぽたぽたと、匙から滴が零れる。汁が跳ねて、青年の衣服にかかるかもしれない。大義名分を急ぎ組み上げて、ユーリは大きく口を開け、匙をくわえた。すでに冷めてしまっており、塩辛さがあったが気にはならない。むしろ、甘い錯覚が舌の上で踊っていた。

「どう、ユーリさん?」

 首を傾げて聞いてくる青年に、ユーリはこくこくとうなずく。

「ほへ、おいひいれふ」

 もごもごと口を動かしながら言うユーリに、青年は満足した顔を向けた。

「まだまだあるから、たくさん食べようね、ユーリさん」

 そう言って、青年は匙をまた差し出そうとする。

「ほ、ほえ、あとは自分で、食べられますから……」

 慌てて止めるユーリの側へ、シャイナが姿を現した。

「殿下。食事を終えられたのでしたら、お話をさせていただきたいのですが?」

 ちらり、と二人の様子を見やり、淡々とシャイナは言う。ユーリは、ほっと小さく息を吐いて青年からちょっとだけ離れた。

「ほえ、私のことは、気にせずお話しててください。すぐ、食べ終わりますから」

 匙を逆手に持ち、ユーリは椀を顔の前で一気に傾ける。具材やら何やらが一気にユーリの口へ入り込み、そしてごくんと音立てて消えた。

「ほえ、ご馳走様でした」

 言ってユーリは、青年の食器と自分の食器を重ね、素早く洗って戻った。シャイナの正面に、ユーリと青年が並んで座る形になった。

「凄いね、ユーリさん。本当に、すぐに食べ終わってしまった」

 感嘆の声とともに、青年の手がユーリの頭を撫でる。

「ほえ、それほどでもありません」

 にへら、と笑うユーリの耳に、こほんと咳払いが聞こえてくる。

「……お話、よろしいですか?」

 引きつった笑顔を浮かべたシャイナが、青年を見て言う。漂って来る苛立ちの気配に、ユーリは背筋を伸ばして正座をした。青年も、シャイナへと向き直る。

「ええ。それで、報酬の件について、お話が?」

 青年に促され、シャイナもぴんと背筋を伸ばして口を開く。

「はい。危険手当についてです。今回、私どもがお受けしたのは、殿下の移送であり、護衛ではありません。護衛の方々は、最初の襲撃で離脱してしまわれました。ならば、護衛の方々の分の報酬も、危険手当としてこちらに上乗せしていただければ、と」

 シャイナの目が、鋭いものになっていた。敵国の人質となっていた王子を、王都まで送り届ける。簡単にいえば、それが今回の依頼だった。敵国から脱出してきたらしく、王子には追っ手がかかっている。その目を誤魔化すために、シャイナのキャラバンが利用される形となったのだ。だが、情報がどこから漏れたのか、敵国は山賊やならず者を雇い襲撃を繰り出してきた。これが続けば、無傷ではいられない。割に合わない仕事であれば、王子を放り出して逃げることもシャイナの選択肢にはあった。

「当初のお約束では、金貨千枚をお支払いいただくことになっていました。しかし、この状況が続くようでは、それでは足りません」

 シャイナの言葉に、青年はうなずく。

「馬車の補修、人員の保養……諸々の費用を考えますと、倍の二千枚はいただきたいのですが」

「ほえ、シャイナ……」

 声を上げかけたユーリに、シャイナが鋭い視線を飛ばす。金銭感覚の鈍いユーリにも、わかるほどのふっかけだった。そもそも、金貨千枚だって大金である。小さな村の、十年分の税収よりも多いくらいだ。

「ええ、いいですよ」

 青年の答えに、シャイナとユーリは目を丸くする。

「ほ、ほえ、殿下。二千枚、いいんですか?」

 驚きのあまり片言になりながら、ユーリが聞いた。

「うん。その程度なら、僕の資産だけで足りるからね」

「……では、次の町に着きましたら、書面で保証をいただいても、よろしいですか?」

 あっけらかんとした青年に、今度は用心深い顔でシャイナが尋ねた。

「もちろん、構いません。それから、ついでと言ってはなんですが、ひとつお願いがあるのですが」

 言いながら、青年はユーリを抱き上げてひょいと膝の上に乗せた。

「ほえ?」

 気の抜けた鳴き声を上げるユーリに微笑み、青年はシャイナに向けて口を開く。

「旅の間、ユーリさんを手元に置いて構いませんか? 見ていて、飽きないので」

「勿論、良いですよ。煮るなり焼くなり、お好きになさってくださいませ」

 青年の言葉を、シャイナは即座に了承した。目が、金貨の形になっていた。


 荒野の中を、馬車が進んでゆく。ほろん、ほろんとリュートの音色が、馬車の中から聞こえてくる。それは飛び跳ねるような楽しさに満ちた、愉快なメロディだった。

「ああー、美しいー、王子様にー、私はー、金貨千枚でー、売られたー」

「いいとこ百枚よ、ユーリ」

 御者台から、シャイナが茶々を入れてくる。青年の膝の上でリュートを奏でながら、ユーリは唇をちょっと尖らせ、歌い続ける。

「でもー、いいもんー、殿下は優しくてー、良い匂いでー、大好きだからー」

 ユーリの歌声に、青年は微笑んでユーリのお腹に手を回して抱きしめる。

「僕も、大好きだよ、ユーリ」

 楽しげな声が耳をくすぐり、ぴょいんとリュートが外れた音を立てる。

「ああ……君と城で暮らせたら、どんなに愉快だろうね」

 笑声の中に含まれた、わずかな憂いがあった。ぴん、とユーリの頭の中で、閃くものがあった。

「ほ、ほえ、殿下ー、私はー」

 リュートを激しく爪弾きながら、たどたどしくユーリが歌う。だが、その直後にユーリは青年の手から抜け出し、立ち上がった。

「シャイナ、敵襲だよ!」

 叫ぶと同時に、ユーリは幌を突き破ってきた矢を叩き落とす。からん、と床の上で乾いた音を立てて矢が跳ねた。

「なるだけ加速するから、ユーリは殿下をお願い!」

 御者台でシャイナが叫び返し、ぐんと蹴り出されるような衝撃に馬車の中が大きく揺れた。バランスを崩して上体をぐらつかせる青年の肩を、ユーリはクッションを下にして押し倒す。

「殿下は、そのまま伏せていてください!」

 ユーリの意図を理解したのか、青年は仰向けの状態で黙ってうなずく。ユーリは短い両足を広げて青年の身体をまたぎながら、両手を閃かせて飛来する矢を次々に叩き落してゆく。

「ほえ、ほえ、ほえ!」

 鳴き声を上げながら、ユーリは飛んできた二本の矢をつかみ取り、両手をクロスさせて射出する。矢が幌を突き破って放たれて、しばらくするともう矢は飛んでこなくなった。

「シャイナ、もう大丈夫だよ」

 ユーリの声に、馬車の速度が緩やかになった。ユーリは軽く目を閉じて、念のために周囲の気配を探る。もう、襲撃の気配は遠のいていた。

「……ユーリ」

 ユーリの下から、青年の声が聞こえた。

「ほえ、殿下。お怪我はありませんか?」

 ユーリの問いに青年はにこりとしてうなずき、ユーリに両手を差し出した。青年の手を取ったユーリは、ぐいと引っ張られて青年の身体の上に倒れ込む。

「ほ、ほえ? で、殿下……?」

 ぎゅむ、と青年に抱きすくめられ、ユーリは戸惑った声を上げる。

「すごいね、ユーリは。ちっちゃいのに、とても頼もしい」

 言いながら、青年の手がユーリの頭を撫でる。髪を結わえていたリボンが、ぷつりと切れて落ちる。 先ほどの矢による攻撃が、掠めていたらしい。リボンと一緒に、数本の髪がはらりと散った。

「あっ……」

 ユーリの髪が解け、隠していた長い耳がひょこんと飛び出てくる。青年の手が止まり、視線がユーリの耳に向けられた。

「君は、エルフだったんだね、ユーリ」

 優しい顔で、青年は言う。

「ほえ……エルフは、お嫌いですか?」

 ユーリの問いに、青年は首を横へ振る。

「王都では滅多に見かけないから、珍しくはあるけれど……ユーリは、ユーリだよ」

 青年は言って、ユーリの頬を撫で、耳に優しく指で触れる。

「ひゃ、く、くすぐったいです、殿下」

「はは、ごめんね。髪を下ろしても可愛いね、ユーリ」

 青年は笑い、ユーリは真っ赤になった顔を青年の胸にうずめる。ほんわかした空気を乗せて、馬車はゆったりと進み続けた。


 夜空の下、円陣を組んだ馬車の中でユーリは青年に抱かれ、寝ころんでいた。抱き心地が良い、という理由でユーリは抱き枕にされてしまっていたのだ。解いた髪の間から出た耳が、ぴくんと動く。次の瞬間、ユーリの姿は青年の腕の中から消え、代わりにクッションのひとつが収まった。青年は気づかず、静かな寝息を立てている。

 起き出したユーリは、馬車の輪の中心に焚かれた火のそばへと向かう。そこにはシャイナが一人で座り、枯れ木を火にくべていた。

「お疲れ様、シャイナ」

 声をかけると、シャイナがユーリへ顔を向ける。

「……あなたも、ご苦労様、ユーリ」

 ふっと微笑するシャイナの隣へ、ユーリは腰を下ろす。ぱちぱちと、たき火の爆ぜる音が闇に溶けてゆく。

「……ごめんね、シャイナ」

 ぽつり、とユーリが言った。

「どうして謝るのよ」

「いつもの私なら、もう少し早く気付けていたと思う」

 ユーリが言うのは、昼間の襲撃のことだった。

「大事無いわ、ユーリ。昼間の連中が狙ったのは、あくまで馬車の中にいる殿下だけだったし……他の馬車や馬には、被害は無かったもの」

 細い枯れ枝を折って、シャイナは火にくべる。ふるふると、ユーリは首を振った。

「……そうじゃ、なくて」

 立てた膝の間に顎を乗せて、ユーリが言った。

「惚れちゃったのね……まあ、今回は私も少しは原因になってるかもだけれど……いいの? いいとこ、ペット扱いよ、どう見ても」

 シャイナの言葉に、ユーリの顔がにへらと緩む。

「ほえ、殿下になら、飼われてもいいかも……良い匂いするし、優しいし、綺麗だし」

「……あなたがそれでいいなら、何も言わないけれど」

「だから……ごめんね、シャイナ。私、王都に着いたら、殿下と一緒にお城へ行く。殿下に可愛がってもらいながら、王宮で面白おかしく暮らすから」

「あなたが、王宮に入るの? そう上手くいくかしら」

「うん。だって……殿下、寂しがっているから。きっと、私を必要としているんだと思う」

 ふっとユーリの顔から笑顔が消えて、憂いが現れる。ぱちり、とたき火から火の粉が上がった。

「そう……わかった。王都へ行けば、腕利きの護衛の一人や二人くらい、見つかるわ。あなたは心配せず、達者で暮らしなさい」

「……ありがと、シャイナ」

 たき火の前で、ユーリはシャイナに寄り添った。月明かりの下、伸びた二つの影は重なりあい、やがて空が白み始めるまでずっとそうしていたのであった。

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