募る望郷、染み入るのは異郷の優しさ 中編
新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いします。
翌日の朝、憤然としたミチカに手を引かれてユーリは交番を出た。昨日ユーリが取り押さえた男は曖昧な供述を繰り返し、ユーリのことも覚えてはいなかった。だが、現場にあったナイフからは男の指紋が出て来たということらしく、正当防衛なるものが確認されたことで暴行の容疑というものが晴れたらしい。そう告げられてからの警察の対応は実に早く、ともすれば追い立てられるように交番の外へと出されてしまったのだ。
「ほんっとに……一言くらい、謝ってもいいじゃない、あいつら」
肩を怒らせて歩くミチカに、ユーリは苦笑する。
「悪い人と戦わなくっちゃいけない立場の人たちだから、仕方ないですよ、ミチカさん」
マツイの対応には、思うところは無くも無い。だが、この日本よりももっと治安の悪い世界を知っているユーリとしては、彼らの態度に腹を立てることは無かった。毅然としていて、調査をちゃんと進めてくれているのだから、むしろ治安機構としては優れているのだろう。法を順守するひたむきさは、一晩おいて感情を整理してみれば好ましくさえあるものだった。
「ユーリちゃん……こんなに優しい子を疑うなんて、どうかしてるわ……ああ、もう、気分を換えなくては、ダメね。今日は仕事も休みだし、ちょっと付き合ってくれないかしら?」
首を振って鬱屈を吹き飛ばすように言うミチカに、ユーリはうなずく。
「ほえ、いいですよ。ミチカさんになら、ついてきます」
きゅっと握った手に力を込めて言うと、ミチカがにっこりと笑う。
「ありがとう、ユーリちゃん。そうやって可愛く笑ってくれたら、癒されるわ」
「ほえ、それほどでも……ないです」
照れてうつむいたユーリの頬を、ミチカがからかうように突っつく。姉妹のようにじゃれ合いながら、二人は賑やかになってゆく町の中を歩いた。
「ところでミチカさん、どこへ向かってるんですか? おうちの方向とは、違うみたいですけど」
問いかけるユーリに、ミチカは笑顔を見せて足を止める。そこは、一軒の店の前だった。
「ここに、連れてきてみたかったのよ。ユーリちゃん、こういうの好きでしょう?」
じゃーん、と手を伸べるミチカに、ユーリは店へと視線を向ける。透明な仕切り板の向こうに、ギターが数本並んでいた。
「ほえ……綺麗」
目を真ん丸にして、ユーリは仕切りの向こうのギターを眺める。色とりどりの艶やかな金属光沢を放つ、異世界のギターたちはどれも美しい。優美な曲線を描く胴もあれば、刺さりそうなくらいに鋭角的なものもある。張られた銀色の弦が、朝の陽の光に照らされ眩かった。
「気に入った? 中にも、沢山あるのよ」
ぽかんと口を開けるユーリの耳に、ミチカの笑声が届く。店の入り口らしい、二枚の透明の板をくっつけた前にミチカが立てば、触れることなく板が二つへ割れて、横へ滑る。びくり、とユーリは立ちすくむ。
「自動ドアよ。ほら、ユーリちゃんも早くいらっしゃい」
伸ばされたミチカの手を取り、ユーリは店内へさっと身を入れる。少し進むと、背後で板が閉じ合わさった。
「ほえ、ミチカさん……!」
ユーリは慌てて、閉じた板へと近寄った。途端に、板は割れて横へスライドしてゆく。
「……何を遊んでいるの、ユーリちゃん?」
振り返れば、にんまりと笑うミチカの顔があった。
「これ、勝手に閉まるんですね……」
扉から遠のいたユーリの前で、板が再び閉じ合わさってゆく。
「ええ、そうよ。自動で開け閉めしてくれるから、自動ドア。おわかり?」
得意げに言うミチカに導かれ、ユーリは狭い店内を歩く。そこには、表にあったギターの他にも、様々な楽器が壁に陳列されていた。
「ほえ、ピアノの鍵盤が、壁に」
「ああ、あれはキーボードよ。ユーリちゃん、ピアノも弾けるの?」
問いかけに、ユーリは首を横へ振る。
「コレ一本でやってきましたから、ピアノはあんまり……」
身体を傾け、背中のリュートを示してユーリは言う。
「そっか。ちょっと、残念ね。ユーリちゃんが弾けるなら、一緒に出来るのに」
少し残念そうな表情で、ミチカが側に置いてある鍵盤へ指を落とす。みー、と奇妙な音が鳴った。ユーリはまた目を真ん丸にして、ミチカの手元を見つめる。ミチカの手元にあるのは、ピアノの鍵盤部分のみだ。音を奏でる本体部分は無く、長方形の鍵盤は細い足場をつけた四角い枠に収められている。にもかかわらず、ピアノからは不思議な音が鳴ったのだ。
「……マジックアイテム、ですか?」
ユーリの問いに、ミチカがふふっと小さく笑う。
「魔法の品、ね。言い得て妙だわ。ユーリちゃん、これは確かに、魔法の箱よ。色んな音を、生み出せるのだから……」
箱の上にある出っ張りに、ミチカが指で触れてゆく。再び鍵盤へ指を落とせば、そのピアノからはギターに似た音色が響いた。
「ほえー……」
身を乗り出し、ユーリは鍵盤を眺める。人差し指を上げてミチカを見れば、うなずいてくれる。ユーリは鍵盤へ、そっと指を落とす。やはり、ピアノがギターの音色を上げる。
「驚いた? 他にも色々鳴らすことはできるし、もちろんピアノの音だって、出せるのよ」
再びミチカが出っ張りに指を触れて、鍵盤を押した。今度は、ピアノっぽい音が鳴る。
「ミチカさんは、このピアノ、弾けるんですか?」
問いかけるユーリに、ミチカはにっこりとうなずく。鍵盤に身体を向けて立ったミチカが、指を伸ばしてリズミカルに音を鳴らしてゆく。
「私が弾けるのは、ジャズくらいだけれど……」
奏でられる軽やかな旋律に、ユーリは全身に衝撃を覚えた。異世界の不思議なピアノも驚愕に値するものだったが、ピアノが、ピアノの持つ音色が、これほどに軽く響く。そのことに驚きと、ぞくぞくとしたものが全身を駆け巡る。ほどなく、ユーリはリュートを取り出し、ミチカの演奏へ自分の音をそっと乗せてゆく。
「良い音ね、ユーリちゃん」
ミチカのメロディが、ユーリの音と溶け合い踊り始める。どこまでも軽やかに激しいステップを踏むミチカの音に、ユーリの音は最初はぎこちなく、だが次第に重ねあわさりミチカの音に引き上げられて軽妙な輪舞を描いてゆく。時には導き、時には窘め、くるくるとリズムとメロディの輪を描く音の舞踏に、ユーリは夢中になって弾き続ける。低音。高音。弦を滑らせる。不思議なピアノのような音色。空気の震える弦の音。音曲の熱の塊に、ユーリは全身を快く火照らせ、魂を震わせる。
ミチカが笑顔をユーリへ向け、それから片手を一瞬、店の奥へと挙げて見せる。ミチカの動作よりも、途切れた一瞬の音を埋めることに、ユーリは全神経を傾ける。そうしていると、ユーリとミチカの音に、もう一つの音が混じり始めた。
乾いた、軋みを上げるような音色のそれは、しかし滑らかな流れでメロディラインに軽やかに合流する。ちらりと目をやれば、ぐにゃりと曲がった金色の筒を抱くように持つ男が姿を現す。混ざってきた音色は、男の筒から流れてきている。
ユーリは男の音を遮るように、激しくリュートを爪弾く。入れるものなら、入ってみろ。そんな調子の音色に、咥えた筒先の根元にある男の口が笑うように歪んだ。ミチカの音が、後ろへ控えるようにリズムを刻む。その顔には、面白そうな悪戯っぽいような、そんな表情が浮かんでいた。
金属の筒の上を、男の指が目まぐるしく動く。それに合わせて、男の音色がうねりを持って跳ね上がり、ユーリの音色へと並び、溶け込んでくる。自然と一体化してくる音に、ユーリの口は知らずのうちに笑みを浮かべていた。
突拍子もなく、調子を変える。リュートの弦を強く、また弱く爪弾き音質に変化をつける。高音ぎりぎりのところから、低音に落とし速度も変えてみる。暴れるメロディラインに、金属質な男の音色は翻弄されつつ、しかし気づけば主旋律を奏でている。
いつしか、ユーリは男の音色を受け入れていた。伴奏として支えていたミチカの音色も、そっと存在を主張してくる。三者三様の音が混じり合い、それは輪となって拡がってゆく。遠い異世界にあって、ユーリは音の楽しみ、音楽の神髄へと触れていた。喜びも悲しみも、不安も期待も全部、音の渦巻きの中へと溶けてゆく。それは、夢のようなひと時であった。
ユーリが、リュートの弦に最後の一音を乗せた。ミチカのピアノの音は、余韻を残さず消えてゆく。そして、男の音色が残滓となり、ユーリの音へと寄り添った。
「スンバラシー! イイ演奏だったネ!」
筒から口を離した男が、満面の笑みで叫ぶ。音の世界の余韻に浸っていたユーリは、びっくりして目をぱちくりと瞬かせた。
「ほえ!? み、ミチカさん?」
ミチカへと顔を向けると、苦笑したミチカが男へ歩み寄る。
「ちょっとタケさん、いきなり叫ばないで頂戴。この子がびっくりするでしょう? あなたって、図体と地声が大きいってこと、ちゃんと理解できていないの?」
ミチカに言われ、男が肩をすぼめて小さくなる。大柄な男がまるで叱られた子犬のように見えて、ユーリはくすりと笑った。
「ゴメンナサイ。彼女の演奏が、トテモスンバラシーだったから……」
たどたどしい言葉に、時折流暢な言語が混じる。そんな男の謝罪に、ユーリは微笑でうなずいた。
「ほえ。私は大丈夫。いきなりで、ちょっとびっくりしたけど……あなたの音も、とっても良かったです!」
男に向けてそう言って、ユーリは右手を差し出した。だが、男はユーリの手を前に、固まっていた。握手の習慣が、無いのだろうか。ユーリは小さく、首を傾げる。
「君は……僕の国の言葉、解るのかい?」
目を見開いた男が、ユーリに問いかける。
「ほえ? 私は、普通に喋ってるだけですけど……」
「発音も、完璧だ……ああ、なんてことだろう!」
感極まった様子で、男がユーリに向けて両手を拡げて突進しようとする。
「さっきから、一人で何言っているのよ、タケさん。私たちにも解るように、ちゃんと日本語使いなさい?」
大柄な男の顔へ、ミチカの手が伸びる。横合いから鼻を摘ままれた男が、ぎゃあと悲鳴を上げた。
「ミチカ、何言ってマスカ? 彼女、さっきカラ、僕の国の言葉、使ってマス……アーオゥ!」
「どう聞いたらそう聞こえるのかしら? それともタケさん、あなたは本当は日本人だったとでも? 変な理由つけて、ユーリちゃんに変な行為しないで頂戴」
もごもご言う男をすっぱりと切って捨てて、ミチカはユーリに苦笑を向ける。
「ごめんなさいね、ユーリちゃん。この人、音楽以外は結構抜けてるところがあるから。でも、根はいい人だし、とっても素敵な人なのよ?」
ミチカに言われ、まじまじとユーリは男へ目を向ける。くっきりとした目鼻立ちの、少しくすんだ色合いの肌をしている。ミチカの攻撃を受けて涙目になった瞳は青っぽく、縮れた髪は黒い。何となく、ミチカやイチタローとは違う雰囲気であり、ユーリにとっては男の顔立ちには深い馴染みのようなものが感じられる。一通り男を見つめたユーリは、未だ男の鼻を摘まんでいるミチカの腕に手を添えた。
「ミチカさん。そろそろ、離してあげよ? このお兄さん、泣いちゃいそうだから」
ユーリの言葉に、ミチカがようやく男を解放する。
「ユーリちゃんは、優しいわね。タケさん、ユーリちゃんに、感謝しなさいよ。日本じゃ、ハグはあんまり一般的では無いの。おわかり?」
「……スミマセン」
ひたすらに小さくなって頭を下げる男に、ユーリは首を振る。
「ほえ、私は、気にしてないから大丈夫です。あ、初めまして。私、ユーリっていいます。吟遊詩人をしてるんです」
差し出した右手を、男が今度は力強く握り上下させる。どうやら、握手の習慣はあるようだった。
「初めまして。僕は藤武・アーロン。タケさんト、呼んでくだサイ。皆、ソウ呼びマス」
にっと笑って、男が言った。
「タケさんは、この楽器店を経営しているの。私のジャズ仲間で、サックスが上手なのよ」
ミチカが、男の言葉に言い添えた。
「サックス?」
「ソウ、コレです」
首を傾げたユーリに、男が首から提げた金属の筒を持ち上げて見せる。金色に輝く筒の胴体には、複雑な部品がいくつも並んでいた。
「ユーリさんのギター、変わった形してマスね」
「ほえ。これは、リュートですよ」
ユーリがリュートを掲げて見せれば、男が真剣な目で覗き込んでくる。
「……スンバラシー。とても、イイモノですネ」
ほろん、とユーリが軽く爪弾いて見せると、男は感嘆の息を吐いた。
「本当に、綺麗ね。芸術品みたい……特に、この真ん中の弦……きらきらして見えるわ」
男と顔を並べたミチカも、ほう、と息を吐く。
「あ、これは……大事な人に、貰ったんです」
そっとユーリが指で触れて言うのは、シアに貰った竜の髭で出来たと言われる弦である。店内の天井の光に照らされて、仄かにそれは輝きを見せていた。だが、対照的にユーリの顔には沈んだ色が浮かび上がる。この世界へ転移する直前、シアは血に塗れ、それでもユーリに向けて必死に手を伸ばしていた。
「……ごめんなさいね。余計なこと、言っちゃったみたいね」
ぽん、と頭に優しく置かれた手に顔を上げると、困った顔をするミチカが見えた。
「……何かを失った悲しみは、時の流れが癒してくれる……僕の国の言葉デス。元気を出して」
ぽつり、と男が言った。
「……ありがと、ございます。私は……大丈夫です。ちょっと、思い出しちゃっただけですから」
力なく、にへらとユーリは笑う。顔を見合わせたミチカと男が、ほっとした表情を浮かべる。二人のそんな様子を眺めるユーリの頭に、ぴん、と来るものがあった。
「そういえば、ミチカさんはタケさんとはどういう関係なんですか? もしかして、恋人同士、ですか?」
邪気無く投げかけた質問に、慌てた様子を見せたのはミチカである。
「た、ただの音楽仲間よ! それだけなんだから! もう、ユーリちゃん、変な事、聞かないで頂戴!」
真っ赤になって否定の言葉を並べるミチカに、男は肩をすくめて見せる。
「そうダネ。ミチカはとっても可愛いケレド、残念だけど僕にはチャンスは無いんだ」
「ほえ……そう、ですか?」
ユーリは、ミチカの顔を覗き込んで言った。
「そうなの! もう、この話はお終い! それより、ユーリちゃん。さっきの演奏、どうだった? 楽しめたかしら?」
微妙になりそうな空気をばっさりと切り裂いて、ミチカが問う。
「はい。ミチカさんもタケさんも、ばっちり息があってて、混ぜて貰ってすっごく楽しかったです!」
「だから、そういうのじゃなくて……まあ、いいわ。それなら、ね? 私たちと一緒に、今度はちょっとしたステージで、演奏してみない?」
「ミチカ……ユーリさんを、僕達のバンドに入れるのデスカ?」
横合いから、男が遮った。
「そうよ。タケさんは、反対?」
問われて、男は首を横へ振る。
「イイエ。でも、ユーリさんにも事情、あったりしまセンカ?」
と、今度は男がユーリを見つめて質問した。
「ほえ、私なら、大丈夫です。是非、日本のステージも、見てみたいです! 向こうでは、酒場のステージでよく歌ってましたから」
笑顔で言ったユーリに、ミチカがうなずく。
「それなら、決まりね。丁度、ギターの子が抜けちゃって困っていたのよ。ユーリちゃんのリュートなら、その子以上に良い音が作れると思うから、期待しているわよ」
「はい! よろしくお願いしますね、ミチカさん、タケさん!」
「ユーリさんが大丈夫ナラ、問題無いネ。ソレニ、歌も歌えるナラ、ぐーんと幅が広がりそうだヨ!」
「ユーリちゃんの声、綺麗だものね。じゃあ、今度は歌も、合わせて演奏してみましょ」
「ほえ!」
それからしばらく、楽器店の中に陽気なメロディが流れたのであった。
昼下がりの町の中を、一人の少女が歩いてゆく。道行く人々は、少女を一目見てさっと視線を逸らしてゆく。ちらちら、ちらちらと集められる視線に、少女は煩わしさを込めて息を吐く。
別段、少女の容姿が優れているための視線ではない。確かに顔立ちは、少しきつめではあるものの整ったものではある。だが、周囲の視線の意味は、そこには無い。少女の服装が、問題なのである。
紅白の巫女装束に、真っ黒な鴉を肩に乗せている。手には玉串を握りしめた、黒髪ツインテールの少女。そんなものが道を行けば、現代日本においては日常風景に溶け込めるはずもない。
「はあ……失敗だったかしら、八咫烏」
当たらず障らず、そんな視線を浴びながら闊歩する少女は、肩の上の鴉に向けて話しかける。そんな姿がさらに気まずい空気を撒き散らしているのだが、少女は残念ながら気づいてはいなかった。
少女が足を止めたのは、細い路地の前である。昨日、そこで連続通り魔の男性が警察に取り押さえられた、そんな場所だった。
「痕跡はあるけど……少し、薄いわね。辿ることは?」
鴉に顔を振り向けて、少女が言った。視界の隅で、スマホを構えた少年が慌てた様子で駆け去ってゆく。肩の上で、鴉がくわあと鳴いた。少女は、深く息を吐く。
「……さっさと、行きましょう」
静々と少女は俯きながら歩き、やがて大きな木のある公園にたどり着いた。木の根元までやってきた少女は、玉串をさっと振り上げて一本の枝を見つめる。
「ここも、痕跡だけ……うーん」
「そこで何をしている!」
背後から聞こえた声に、少女は振り向いて顔を強張らせる。見れば、お巡りさんが歩み寄ってきていた。
「あ、私は、別に怪しい者じゃないんですけど」
「そんなコスプレをして、充分、怪しいと思うが? こんなところで、何をしているんだ。身分証明書は、持っているか?」
それは、完全に職務質問であった。くわあ、と鳴いた鴉が、肩の上から飛び立ってゆく。
「あ、待って八咫烏! 置いて行かないで!」
ばさり、と羽根を羽ばたかせ、鴉は飛んでゆく。後を追おうとした少女の前に、紺色の制服が立ちふさがる。
「怪しげな衣装で、町を練り歩いていたそうだな。話は、交番で聞かせてもらおう。同行、願えるか?」
お巡りさんの言葉には、拒否権の無さそうな調子があった。
「あ、う、そ、その……ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げ、少女はお巡りさんの目の前を玉串で払う。いきなりの動作に怯んだお巡りさんであったが、背中を見せて駆け去る少女の姿にはっと我に返る。
「こら! 止まれ! 止まりなさい!」
怒声を上げて、お巡りさんが追いかけてくる。それを背にした少女は、振り返ることなく全力疾走を始めるのであった。




