運命のひと 後編
朝一番に宿を出て、シアと合流する。行き先をシアに任せてみれば、連れて来られたのは大通りから大きな公園を隔てた、小ぢんまりとしたカフェだった。お店の中にも椅子とテーブルはあったが、屋外に公園を眺めながら食べられるようにとテーブルセット、そしてパラソルが置かれていた。
「ほえ、シアにしては、趣味がいいとこだね」
サンドイッチを齧り、ミルクティーを口にしながらのんびりとユーリは言った。
「余であれば、当然である。少し、引っかかる言い方ではあるが、素直に称賛と受けておこう」
ふんぞり返りながら、シアがコーヒーカップを傾ける。こちらの手許には、熱々のホットドックが置かれていた。
「今日は、どうするの、シア?」
問いかけるユーリに、シアが不敵な笑みを浮かべてうなずく。
「余に、全てを任せておくが良い。余の拠点、魔王城には劣るがこの街も中々に見どころはある。存分に楽しませてくれよう」
いつもの自信満面なセリフに、ユーリは安心を覚えて笑顔を見せる。見た目が変わっても、シアはシアのままである。
「わかった。それじゃ、よろしくね」
確信を得てにへらと笑うユーリに、シアが頼もしげに胸を叩いて見せる。サンドイッチも普通に美味しくて、悪くない幕開けだった。
朝の活気に包まれる街の大通りを、シアと並んで歩く。街の外へ出てゆく冒険者や商人の馬車が、時折砂埃を立ててゆく。シアはさりげなく、ユーリを守るような位置取りで足を進めていた。舞い散る埃などが、ユーリたちの身体に触れることは無かった。シアが、微弱なオーラを膜のように展開してくれているためである。
「手始めは、ここだ」
シアが足を止めたのは、一軒の雑貨屋である。
「ほえ、ここって、何屋さんなんだろね?」
木彫りの立像や、壺が置かれた店前を眺めてユーリは言った。
「様々なものを、扱っているらしい。人間の工夫を、余すところなく見物できるそうだ」
「……それって、誰から聞いたの?」
陶器の香炉を手にして眺めているシアに、問いかける。
「参謀の、ルクスオルからだ。奴には、人間世界の観察を任じているのでな」
「ほえ、そうなんだ。人間の工夫を、余すところなく、ね。結構、面白いこと言うね、その人」
筒に入った、都市の名前の彫られた木剣を見つめてユーリは感心する。
「……お前も、会ったことのある者だぞ?」
「ほえ? そんな人、いたっけ……」
首を傾げ、頭を回転させる。思い当たる節は、残念ながらユーリには無かった。
「……まあ、良い。いずれ引き合わせることになるだろう。奴は魔界随一の知恵者で、余の配下なのだから。さあ、入るぞ」
シアに促され、ユーリは雑貨屋の店内へと足を踏み入れる。
「ほえー……」
店内にはぐるりと棚が巡らされ、雑多にものが置かれている。迫りくるような品数に、ユーリは大口を開けて息を吐く。棚の陳列は無造作で、ナイフの横には飾り布、御守りなども置かれていれば木組みのおもちゃなども並べられていた。
「確かに、余すところないかも」
細い銀の鎖の首飾りが、ストールに巻き付けて飾られている。値札を見れば、銀貨二枚、とあった。
「ほえ、安いね、これ」
呟くユーリの横で、シアが値札に添えられた説明書きのプレートを手に取った。
「呪われているらしいな。持ち主が、不慮の死を遂げるそうだ。中々、興味深い品ではあるが……欲しいのか、ユーリ?」
「いらない」
伸ばしかけた指を、ユーリはさっと引っ込める。くっく、とシアが小さく笑った。
「案ずるな。呪いなど、余がどうにでもしてくれる。お前の為であればな」
「いいから、次……っと、これは」
悪戯っぽく笑うシアを押しのけて、ユーリが次に見つけたものは細い針金のようなものだった。
「ほう、竜の髭……」
傍らでシアが、感心したような声を上げる。
「千年生きた竜の髭……だって。すごいね。本物かどうかはわからないけど、魔力が残ってるよ、これ」
値札には、銀貨二百枚とあった。先ほどの呪いの品の、百倍である。
「こんな物に興味があるのか? 千年とはいかぬが、余の配下には長生きのドラゴンもいる。そいつらの髭を、毟ってみるのも面白いかもしれんな」
「可哀想だから、やめたげて。でもこれ……リュートの弦にできるかも。良い音鳴りそう……」
丸く束ねられたそれを、ユーリはじっと見つめる。本物ならば安いものだが、魔力を付与しただけの針金であれば、とんだムダ金になってしまう。ムダ金を使えば、シャイナが怒る。うーんと頭を悩ませるユーリの前で、シアがひょいと針金を取った。
「欲しいのであれば、買えばいいだろう」
「でもそれ、本物かどうかわかんないんだよ?」
腕を掴んで止めるユーリに、シアが不敵な笑みを見せる。
「真贋どちらであろうと、お前が欲しがるものだ。余に、贈らせてはくれないか?」
間近で見る笑顔に、ユーリの心臓がどきりと鳴る。
「……あとで、お金返してとか、言わないでね」
「ククク……ああ、承知した」
さも愉快そうに含み笑いをして、シアが竜の髭を店員のもとへと持ってゆく。紙袋に包まれた竜の髭が、ユーリに手渡された。
「……ありがと、シア」
少し熱くなった頬を誤魔化すように、そっぽを向いてユーリはそれを受け取る。
「ククク、礼には及ばぬ。これしきのことであればな」
そうして二人はしばらく雑貨屋を見物し、店の外へと出た。
次に向かったのは、ブティックである。
「いらっしゃいませ、ユーリ様」
店に入ったとたん、ユーリへ一人の女性店員がお辞儀をした。
「ほえ?」
ユーリが、シアの顔を見る。
「……余の仕込みではない。お前は、ここへ来たことがあるのか、ユーリ?」
小さく首を振り、シアが言った。
「ほえ、どうだったかな……」
視線を上に向け、ユーリは考え込む。
「早速、御召し物をご案内してもよろしいでしょうか」
店員の言葉に、ユーリの思考が中断した。
「ああ、頼む」
シアが代わりに答え、ユーリの背を押した。きょとん、となったままのユーリは、店員に言われるままに試着スペースへとやってくる。
「先日は、ダイス様と一緒においででございましたね」
小声で、店員が言った。
「ほえ……ダイス……誰だっけ?」
首を傾げるユーリに、店員はしかし、動じない。いくつかの服を、手渡してくる。
「こちらは、お連れ様からのご注文の品でございます」
「ありがと」
受け取って、ユーリはカーテンを閉める。渡された衣料に目を落とせば、小さな息が漏れた。
「……うん。シアの、趣味全開だね」
ブラウスからペチコートに至るまで、全てがレースのフリフリで構成されていた。
「魔王城でも、着せ替え人形にされてたっけ……性別変わっても、そのへんは変わらないね」
言いながら、ユーリはぱぱっと着替える。一呼吸の間に姿見の中には、フリフリフル装備のユーリが映し出されていた。
「ほえ……ちょっとデザインが、可愛すぎじゃないかな」
くるりとターンをすれば、ふんわりとスカートが広がる。あちこちに縫い付けられたリボンが、ひらひら揺れた。全体的な色調は淡いピンクで、リボンとレースは純白である。鏡の中で首を傾げるユーリは、花の妖精のような出で立ちとなっていた。
羽帽子と青マントを身に着けて、カーテンを開く。店員が、目を丸くして立っていた。着替えの手伝いをしようとしていたようだったが、ユーリの早着替えによる着付けは完璧だった。
「良く、お似合いでございます」
それでも、店員はプロであった。笑顔でお辞儀をして、店内のカフェスペースへと手を伸べる。そちらには、寛いだ様子でコーヒーカップを傾けるシアの姿があった。
「シア、どう?」
フリルをたなびかせ、ふわりとユーリは一足飛びにカフェスペースへと降り立った。
「………」
シアは黙ったまま、ユーリの全身へ視線を動かす。ルビーレッドの双眸が、すっと細められた。
「ほえ、シア?」
首を傾げるユーリに、シアがはっとなってうなずく。
「うむ。良く似合っている。完璧だ」
「そうかな? ちょっと、可愛すぎる気がするんだけど」
フリルスカートを引っ張りながら、ユーリは言う。
「問題あるまい? ひらひらは、大正義なのだから」
満悦の様相で、シアは何度も首を縦に振る。
「シアにとって、でしょ? 本当に、ひらひら好きなんだね、シア」
「うむ。この身になって後悔は無いが、ひらひらが着られなくなったことは、少し口惜しい。ままならぬものだ……」
肩を落とし、シアが寂しそうに自分の燕尾服へと目を落とす。
「恰好まで、変える必要無かったんじゃないの? 今のシアでも、充分似合うと思うよ、ひらひら」
中性的なシアの顔と華奢な身体を見て、ユーリは言った。シアが、顔を上げる。掬い上げるような視線には、強い熱が込められていた。
「お前に、男と認識させられないのでは、意味が無い」
蠱惑的に唇を歪め、シアが言った。
「シア……」
シアの視線が、ユーリの奥底までに届いてくる。そっと伸べられたシアの手に、ユーリは自分の手を重ねる。
「お前が、代わりにひらひらを着てくれれば、余はそれで満たされる」
熱っぽく潤んだ瞳で、シアが囁いた。
「……本当に、好きだね、ひらひら」
「お前の次、くらいにな」
言葉を交わし合いながら出てゆく二人を、店員は黙礼でもって見送った。余計なことは、口にしない。彼女は、プロなのだから。
昼下がりの大通りを、広場に向かって歩く。シアと繋いだ手が熱く、ふわふわと心地よい。にへら、とユーリは頬を緩める。昼食はシアの予約していたレストランで採ったのだが、味なんてわからなかった。ブティックでひらひらに向けて情熱を語るシアの顔は、ユーリの初めて見るものだった。冷たい美貌がわずかに歪んだその隙間を、可愛い、と感じてしまった。
以降、ユーリの心臓は現在進行形でどきばくと高鳴っている。
「少し、休むか」
手を繋いだシアが、街の広場を指して言った。噴水とベンチがあり、お昼過ぎの町人たちが思い思いに寛いでいる。ユーリは、ぼんやりとうなずいた。
ベンチに並んで、腰を下ろす。しばらく、シアとふたり広場の様子を眺めた。
「……ユーリ」
呼びかけに隣を見れば、真剣な眼差しがそこにあった。
「なあに、シア?」
平静を装いながら、ユーリは応える。そっと、シアの指がユーリの頬を捉えた。
「シ、シシシシシア?」
装っていた平静は、二秒で崩れた。
「少し、熱っぽいな。あまり、眠っていないのではないか?」
言いながら、シアは指をぱちりと鳴らす。周囲の人々のざわめきが、少し遠くなった。
「ほえ? 何したの?」
「結界を、張った。少々騒がしかったのでな」
その言葉にユーリは、周囲に目を配る。うっすらと、魔力の膜が二人とベンチを包んでいる。シアの強い魔力の波動は微弱に抑えられているようで、ユーリに心地よさを与えてくれる。
「眠りたければ、眠るといい。余が、こうして護っておく」
優しい声に、ユーリは小さく首を横へ振る。
「……眠れないよ。こんなに、シアの気配に包まれてるんだもん」
シアに身を寄せて、ユーリは囁く。
「そうか……」
「ちょっと、待ってて」
呟くシアの横で、ユーリが懐を探る。取り出したのは、竜の髭である。背負ったリュートも取り出して、弦の一本を張り替える。傍らでシアが静かに、その作業を見守っていた。
ぴん、と張った竜の髭を、ぴんと爪弾いてみる。ほろん、と鳴った音には、どこか深みがあった。
「弾いていい?」
問いかけると、シアがうなずく。
「ああ。余も、お前の音が聞きたい」
微笑みかけるシアにうなずいて、ユーリはリュートを構えた。中段に張った竜の髭の弦の音から、そっと爪弾いてゆく。流れるメロディは、陽気で、繊細な旋律である。
「ねえ、私、あなたに恋してる……」
ユーリの口から流れるのは、細く高い歌声だった。
「いきなりすぎて、びっくりしたけど、変わったあなたは、素敵になった」
心に浮かぶ詩を歌に乗せて、ほろりほろりとメロディが紡がれてゆく。
「私のために、変わってくれた、私のために、変わらぬ愛で……」
どきどきを、ふわふわを、ひらひらを乗せて、ユーリは歌い上げる。
「いろんなものを、私にくれた、優しいあなたに、歌を贈るの、恋の歌を」
じっと、シアが見つめてくる。弾けるような笑顔と歌声で、ユーリはそれに応えた。
「ねえ、私、あなたに恋してる。これからずっと、恋してく。あなたはずっと、愛してくれる? ねえ……」
ほろん、と竜の髭が最後の一音を奏で、余韻を残す。小さくうなずいたシアが、拍手をした。
「ユーリ……」
「うん。今の、私の気持ち。シアに、聞いてもらいたくって」
にへら、と笑うユーリに、シアが甘い笑みを見せる。青白い肌に、ほんのりと朱が差しているように見えるのは、気のせいだろうか。再び発見した初めてのシアに、ユーリの胸はきゅんと疼いた。
シアの指が、ユーリの頬に触れる。すっと近づく赤い唇に、ユーリはそっと目を閉じた。シアの吐息が、ユーリの口へと触れる。
どんがらがっしゃん、と物音が鳴ったのは、そんな時だった。シアの結界は、音を遠ざけるものではあったが遮断をするものではない。だから、広場でものをぶちまけて転んだ通行人の立てた物音は、しっかりと二人の耳へ届いてしまったのだ。
ぱっと弾かれたように、二人は顔を離して音のほうへ目を向ける。大工の師弟が、怒鳴り合いながら散らばった工具を回収していた。
「ほえ……びっくり、した」
「ふむ……」
ぽりぽりと、頬を掻くユーリ。傍らでシアが、小さく息を吐いた。それからふたりは顔を見合わせ、小さく笑い合う。差し伸べられたシアの手を、ユーリはしっかりと握った。
「……行くか」
「うん」
騒然とする広場を後に、ふたりは大通りを歩いていった。
夕陽が、バルコニーへと差し込んでくる。暮れ始めた街の、美しい空をシアと並んで見上げる。シアが連れてきてくれたのは、大通りの高級な宿屋のスイートルームであった。部屋の入口には、曲がりくねった変な大剣を背負った真っ黒なフルプレートの置物が立っている。だが、そんなものは気にならない。
暮れゆく空は淡く紅に色づき、沈みゆく太陽が遥か地平にゆるゆる見える。
「綺麗……」
思わず、感嘆の息が漏れる。夕日など、旅の身空でいくらでも見てきたユーリではあったが、シアと並んで見るそれは特別に美しく、輝いてみえた。
「ククク……何とも、良い赤ではあるが、余にはそれが、霞んで見えるぞ、ユーリ」
傍らで、シアが低く笑う。
「ほえ? 目、疲れてる?」
振り返ったユーリの視線の先には、シアの金髪が淡く溶けゆくように映った。
「案ずるな、そうではない。お前の立ち姿のほうが、何倍も美しい。そう、言いたかっただけだ」
「ほえ……あり、がと?」
赤い夕陽の光の中で、ユーリの頬も負けないくらいに真っ赤に染まる。柔らかに笑むシアの表情には、いつもの傲岸不遜はなりを潜めていた。
「ユーリ、リュートを、弾いてはくれないか?」
夕陽に照らされてか、シアの顔も真っ赤に染まっていた。
「うん、わかった」
ユーリはさっとリュートを取り出し、軽く爪弾く。
「曲は、先ほど弾いていた、あれがいい。ただし、歌は無しだ」
「ほえ……注文多いね。でも、いいよ」
にへら、と笑ってユーリは、陽気で甘いメロディを爪弾いてゆく。夕焼け空を背景に、ほろり、ほろりと音が溶けてゆく。
「ねえ、君を、愛してる……」
形良いシアの唇が震え、歌声を出す。シア? と目だけで問いかけると、夕陽よりも鮮やかなルビーレッドの瞳がユーリをじっと見返してくる。ユーリは、黙ってリュートを奏で続ける。
「唐突すぎる、この身の変化、君は素敵と言ってくれた」
朗々と歌い上げるシアの声は、透き通った夜空を思わせる。古代詩らしいイントネーションで紡がれる歌声は、いかにもシアらしいものだった。
「君のために、変わることが出来る。君のために、変わらぬ愛で……」
沁みとおってくる歌声に、ユーリは目を閉じる。そうしていても、シアの熱い視線は感じられる。
「多彩なものを、教えてくれた、優しい君に、歌を贈ろう。愛の歌を」
熱い気持ちが、こみ上げてくる。目を開いたユーリに、シアは優しく微笑みかけた。
「ねえ、君を愛してる。これからずっと君を愛してる……ねえ、一緒に、なってくれますか……?」
そっと伸ばされたシアの掌へ、ユーリは手を伸ばす。絡み合う指先が、互いの存在を確かめるように動いた。引き寄せ合ってふたりは、身を近づける。ほろん、と弦が音を鳴らした。
「シア……嬉しい」
「余も、嬉しいぞ、ユーリ……」
リュートを抱えたまま、ユーリはそっと膝を曲げる。シアと同じ目線の高さで、見つめ合う。視線だけで、互いに通じ合えた。シアの手が、ユーリの背に回る。端正な、シアの顔を見つめてユーリはゆっくりと瞼を閉じてゆく。唇に、冷たく柔らかな感触が、一瞬触れた。
次の瞬間、ユーリの胸を衝撃が打ち付けた。息を吐く暇も無く、ユーリの身体はバルコニーの手すりに打ち据えられる。
「かはっ……」
肺の中から、空気が漏れた。痛みよりも驚きで、ユーリは閉じていた目を見開いた。
「シア……?」
ユーリの前に、両手を突き出した姿勢のシアが立っていた。
「ユー…リ」
シアの口の端から、一滴の血が流れ落ちる。青い、悪魔の証の血である。それは同時に、シアの胸からも大量に溢れ、流れ落ちた。シアの胸からは、尖った闇色の刃が燕尾服の襟を破り突き出していた。
「あっはははははは! 油断、大敵ですわあ! シア様!」
けたたましい笑い声が、シアの背後、空中から響く。
「ほえ……?」
視線を上げたユーリにまず見えたのは、悪魔の翼だった。コウモリのような、漆黒の翼。視線を辿らせれば、黒い艶やかな縦ロールの巻き髪、白く酷薄そうな美幼女の顔。そして、シアを貫く悪魔の大鎌。
「こ、の、魔力……貴様、チロル、か……?」
闇色の刃を素手で掴み、シアが首を曲げて後ろへ問いかける。
「はい。そうですわ。魔王様の近衛兼、肉食植物の飼育係。元小悪魔のチロルでございます、シア様」
悪魔の声はまるで歌うように、楽しくてたまらぬといった風情で発せられた。
「おのれ、くせ者!」
部屋の入口に立っていたフルプレートの置物が、いきなり動き出す。曲がりくねった大剣で、斬りつけるのは悪魔に向けて。ユーリの視力ですら捉えきれないほどの斬撃を、悪魔はしかし優雅に空中へ身を飛ばし、躱した。
「魔将軍、ギーザ。いらぬ邪魔が、入りましたわね。まあ、シア様のお体さえ手に入れば、もう用はありません。御免遊ばせ」
悪魔はつまらなそうに言って、シアを突き刺したままの鎌を肩に担ぐ。
「ぐ、は、離せ、チロル!」
「イヤです。ささ、シア様。魔王城へ帰りましょう」
血を吐きながら喚くシアへ、悪魔が歌うように語り掛ける。二人の姿が、光に包まれてすっと消える。
「魔王様ーっ!」
バルコニーの手すりを両手で掴み、フルプレートが叫ぶ。
「ほえ……」
ユーリにはただ、呆然と立ち尽くしているしかできないのであった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、幸いです。




