番外編その3 今ここにいる理由
暮れゆく空の下で、五台の馬車が円陣を組んで停まっている。中心にはたき火が置かれ、それを囲んでキャラバンの人々が憩いの時間を過ごしていた。
キャラバンの長、シャイナもまたスープを片手に地図を見つめていた。ギルドから受けた輸送依頼の、ルートのチェックのためである。シャイナの眉間に皺が寄っているのは、進行に遅れが生じているからだ。輸送依頼は、信用が重要である。刻限通りに荷が届かなければ、たとえ荷を無事に届けられたとしても、依頼者からの、ひいてはギルドからの信用はがた落ちなのである。だから、シャイナは息を吐く。
「浮かねえ顔ですね、シャイナさん」
すっと大きな手が伸びて、シャイナの手にあったスープのカップを取り上げる。中身は既に、空っぽになっていた。それは、キャラバンの副長を務める、ゴドーの手であった。
「……ゴドー。どうにか、ならないかしらね? あと一日、縮められれば良いのだけれど」
カップの代わりに差し出された茶のコップを受け取り、シャイナは言う。手にした地図を、ゴドーも覗き込んでくる。
「ここの、山を抜ければ行けるんじゃねえですかい?」
厳つい顔に不思議そうな表情を浮かべ、ゴドーは問う。シャイナは茶をひとすすりし、苦味に少し顔を歪めつつ首を横へ振る。
「ダメよ。そこは迂回しないと。山賊の、棲み処になっているもの……ユーリがいれば、そのルートで行けるのだけれども、ね」
シャイナの言葉に、ゴドーが苦笑して見せる。
「相変わらず、元気そうで羨ましい限りで。まあ、ユーリさんが抜ける前に、受けた依頼ですからねえ。そりゃともかく、あっしが、山賊どもをどうにかできたら、ここは通っても大丈夫ですかい?」
ゴドーの問いかけに、シャイナは目を見開く。
「あなたに、出来るの? 百人規模の山賊だって、ギルドは言っていたけれど」
シャイナの上げた声に、ゴドーはにやりと笑って見せる。
「なあに、蛇の道は蛇、ってところでさ。ちょいと行ってきますので、明日の朝までシャイナさんはゆっくりと休んでいて下せえ」
そう言って、ゴドーは馬車から馬を外し、ひょいと遠乗りへ出かけるように馬に乗って駆け去ってゆく。
「大丈夫かしら、ゴドー……」
心配顔で、シャイナはその大きな背中を見送った。
そして翌朝、ゴドーは何でもない顔でシャイナの前へと戻って来た。
「話は、つきやしたよシャイナさん。あっしらの馬車は、決して襲わないそうです」
「それが本当なら、喜ばしいのだけれど」
逡巡するシャイナの前へ、ゴドーの後ろから一人の男が駆けてくる。野卑な風貌のその男は、山賊の頭と名乗った。
「ゴドーさんの連れの馬車なら、決して襲ったりはいたしやせん。男の誇りに懸けて、約束しやす!」
そう言ってシャイナに男が頭を下げる。
「……わかったわ、ゴドー。私は、あなたを信用する。仕事に、穴を開けるわけにはいかないものね」
シャイナの中で、決断は一瞬にして行われた。
「それでこそ、シャイナさんです。それじゃ、行きましょうぜ」
豪快な笑みを浮かべ、ゴドーは言った。その後キャラバンは無事に山賊の棲み処を通過して、依頼を無事に達成することができた。
「……どうやって、山賊たちを説き伏せたの、ゴドー?」
そう問いかけるシャイナに、ゴドーは不敵な笑みを見せる。
「ちょいと昔に、色々ありやしてね。それより、アレを」
町の遠くから、小さな影が近づいてくる。土煙を上げながら、それは凄まじいスピードであった。
「……もしかして、ユーリ?」
そう言ったシャイナの腰へ、真正面からその陰がぶつかった。
「ほええええん!」
鳴き声を上げるユーリと、困惑しつつも嬉しそうに抱きしめるシャイナ。両者を見やりながら、ゴドーは優しく微笑んだ。
「変わらねえですね、ユーリさんは……ちっとも、変わらねえ」
ふたりを見つめる優しい瞳が、遠い過去を見るように細められる。ゴドーの頭の中に、ふらり、と甦るものがあった。
その頃のゴドーは、大きな町に事務所を構える大旦那であった。表、裏を問わずに商売を営み、そして成功していた。荒事向けの手下も多く従え、町では嫌われ者となっていたがゴドーは気にする風も無かった。カネは、奪うか奪われるか、だ。それが、ゴドーの主義だった。違法な薬物の売り買いにも手を出し、時には人身売買もする。麦の行商からのし上がったゴドーには、様々なツテがある。それを彼は遺憾なく用い、ついに町一番の大旦那と呼ばれるまでに成り上がったのである。
様々なライバルたちを蹴落として、ゴドーは人生における絶頂期を迎えていた。急激に成長を遂げた裏側では恨みも買っていたが、カネに困った傭兵団を丸々抱え込むことにより身辺の守りも鉄壁というべきものになっていた。もはや、町の中、いや近辺の小さな町や村に至るまで、ゴドーに逆らえうる者は誰もいなくなっていたのだ。そんな折の、ことである。
事務所の最奥、一番豪華で派手派手しい机の上に腰掛けながら、ゴドーはその報告を聞いた。
「……つまり、ブルーノの野郎が、薬を売ったカネを持ち逃げした。そういうことだな?」
洒落た白のスーツを粋に着こなした、巨漢のゴドーが問う。ゴドーに見下ろされ、部下はびくりと身を震わせてうなずいた。
「へい。そういうことに、なりやす……」
身を小さくして、部下が上目遣いにゴドーを見つめる。その眼には、明らかな怯えの色があった。
「んで? どうすんだ」
じろり、と眼に力を込めて、ゴドーは部下を睨み付ける。ここですでに動いていないような部下であれば、ゴドーは問答無用で首を飛ばす。もちろん、そのままの意味で、である。机の上に無造作に置かれた、金ぴかの長剣をゴドーはそっと持ち上げる。
「も、もちろん、追っ手は既に差し向けておりやす! あとはボコって、川に沈めるだけですが……その前に、大旦那がお会いになるかどうか、聞いておこうかと思いやして」
青い顔をした部下に、ゴドーはふんと鼻を鳴らす。頭の中で、ブルーノ、という名前を思い浮かべる。誰だったか、あまり思い出せない。つまらない、ちんぴらのような男だったはずだ。確か……とゴドーは記憶力を総動員して、大きな口を開ける。
「……妹が、いたか」
ゴドーの言葉に、部下がこくこくとうなずく。
「へ、へい。病気の妹がいやして、薬代をせこせこと貯めてやがりました。この町にいる医者なんざ、ヤブかうちの息のかかった医者しかいねえってのに……まったく、馬鹿な男でさ」
「病気の、妹か……そいつの場所は、わかんねえのか?」
ぎらり、と悪辣な光がゴドーの眼に灯る。
「へい、それが……ブルーノの野郎、それだけはどんなに親しい奴にも教えていねえようでして……」
「探せ。俺を裏切った奴は、ただ殺すだけじゃ足りねえ。ただの金貨一枚だって、俺から奪うやつには思い知らせてやらねえと、いけねえんだ。俺のカネは、てめえの命よりも遥かに重いってことを、な!」
怒りに任せ、ゴドーは目の前の机を叩き斬る。真っ二つになった机に、部下は震えて跳び上がる。
「た、ただいま、探して参りやす!」
脱兎の勢いで、部下が部屋を飛び出して行った。二つに割れた机を見やり、ゴドーは長く息を吐いた。
「……ちっ、面白くねえぜ。こういうときは、アレだな」
舌打ちをしてから、ゴドーは自分の机の上にティーカップを取り出して置いた。気分がむしゃくしゃとしたとき、ゴドーは茶を喫する癖があった。まだ駆け出しの、ちっぽけな麦売りだった頃のゴドーの、それはささやかな贅沢であった。それは成り上がった今も、変わらない。変わったのは、茶葉の種類くらいのものだ。カネに物を言わせて買い求めた高級な茶葉を、自分の好みにブレンドする。ポットでじっくりと蒸らし、適温に温めたカップへと注いでゆく。
茶を淹れるひと時は、どんな時間よりも落ち着いていなければならない。美味い茶を飲むときは、余計なことは何も考えない。それが、ゴドーの守ってきた主義であった。
茶をすすり、苦味にゴドーは顔を顰める。苦い茶が咽喉を通り過ぎ、そしてゆっくりと息を吸い、吐く。そうすることで、咽喉の奥から茶の香りが、口の中へと満ちてゆく。カップを片手に、ゴドーは己の手で斬った机を静かな瞳で眺めた。
「……片付けさせるか」
言って、ゴドーが使用人を呼ぼうとした、その時だった。ばたん、と部屋のドアが乱暴に開き、一人の男がまろび出てきたのである。
「大旦那! 申し訳ありやせん!」
「何だ、騒々しい! ドアくらい、ノックしやがれ!」
大声を上げる部下に怒鳴り返し、ゴドーは静かにカップを置いて抜身の剣を持った。
「す、すいやせん! ですが、大変なんです! ブルーノの野郎を追った手下が、全滅しやした!」
「何寝ぼけたことを言ってやがる? ブルーノってのは、ちんぴらじゃなかったのか?」
ゴドーの問いに、部下は青い顔で首を縦に振る。
「へ、へい。ブルーノの野郎自体はそうなんですが……やたら強ええ、ちっこい奴が現れやして、あって間に全員叩き伏せちまったんでさ」
「ちっこい奴、だ? 揃いも揃ってうちの看板背負ったてめえらが、たった一人に負けたってのか?」
ぎらり、とゴドーの掲げた剣が鋭くきらめく。
「へい、あっしは、何とか逃げ出して、こうして報告を……」
部下がそこまで言った時、開いた部屋のドアから男の身体が飛んできた。避ける暇もなく、部下は男の身体に潰され、ぐえ、と声を上げて沈む。
「……誰だ!」
驚愕を胆力で抑え、ゴドーは問いかける。ゆっくりと、事務所の中を歩いてくる小柄な人物に、ゴドーは目を剥いた。
「吟遊詩人の……ガキ?」
それはリュートを背負い、青いマントに羽根付き帽子のいでたちの少女だった。年端もいかないような少女が、どうしてこんな場所にいるのだろう。そしてどうして、少女の侵入を誰も止められなかったのだろう。二つの疑問に対する答えは、飛んできた男にあった。すぐそばまで歩み寄ってきた少女に、ゴドーは問いかける。
「……てめえか。ブルーノってちんぴらに、手を貸したのは」
大上段に長剣を振り上げ、ゴドーは言った。少女が、ゴドーに顔を向ける。幼い顔立ちだが非常に整ったそれは、非常に可愛らしいといえる顔だった。
「ほえ。あなたが、ゴドーさん?」
奇妙な鳴き声とともに、少女が首を傾げて問いかけてくる。
「ああ。俺が、ゴドーだ。何の用だ、お嬢ちゃん」
ゴドーがうなずくと、少女がにこりと笑う。殺伐とした事務所にそぐわない、それは愛らしい笑みで。
「ほえ、ブルーノさんのこと、許してもらえないかなって」
言って、少女が懐から革袋をひとつ取り出し折り重なって倒れる部下たちの上に置く。ちゃりん、と金貨のぶつかる音が、袋の中から聞こえてきた。
「何のカネだ、そりゃ?」
「ほえ、わかんない?」
問いかけるゴドーに、少女はきょとんと首を傾げる。
「ブルーノさんが盗んだ、お金だよ。妹さんをお医者様に見せるからって、たくさんのお金が必要だったの。だから、お金を盗んだんだけど……私が、王都のお医者さんに連れてったから、妹さんはもう大丈夫になったんだ。だから、お金を返そうと思って」
「そうか……よっと!」
少女に向けて、ゴドーは勢いよく踏み込み長剣を振り下ろす。一瞬の後、ゴドーは剣を握った拳に痛みを感じ、身を引いた。手からすっぽ抜けた剣が、ゴドーの背後でカランと音を立てて転がる。
「っく……てめえ……」
「ほえ、危ないもの、振り回すのは良くないよ?」
ゴドーが剣を振り下ろす前と、寸分違わぬ場所に立った少女が言った。
「ただのガキじゃ、ねえな?」
「ほえ、ガキって、失礼じゃないかな。私、こう見えても大人なんだから。それで、あなたの返事は、それでいいの? だったらこっちにも、考えがあるんだけど」
子供呼ばわりに腹を立てたのか、少女が怒った顔で言う。ゴドーは少女を見やり、冷笑を浮かべた。
「どんな考えがあるってんだ。俺を舐めるなよ、ガキが。この稼業、ちっぽけなちんぴらの裏切りだろうと、カネを返してハイそうですか、じゃ済まねえんだよ!」
叫びながら、ゴドーは素早く背後の机にあるハンドベルをつかみ取り、鳴らす。事務所のあちこちに潜ませた、それは護衛たちへの合図である。
「ほえ……そんな音出して、どうするの?」
不思議そうな顔になる少女に、ゴドーはにやりと笑って見せる。
「てめえがどんな使い手だろうと、プロの傭兵にかかりゃひとたまりもねえはずだ。今のは、奴らへの合図だよ」
言いながら、ゴドーは机の後ろへ回り込み壁を押した。すると、壁の中から扉がせり出してくる。それは、ゴドーの緊急避難用の隠し通路だった。
「ほえ、プロの傭兵って、ここに潜んでた人たちのこと?」
少女へ背を向け、通路へ飛び込もうとしたゴドーの身体がぴたりと止まる。
「……ああ、そうだが」
「その人たちなら、もうやっつけちゃったよ。ちゃんと死なないように、手加減してあげたから大丈夫。あと……あなたに、逃げ道なんて、ないよ」
ぞわり、とゴドーの背中が総毛立つ。にこりと笑った少女が、指をパチリと鳴らした。次の瞬間、ゴドーの耳にいくつもの爆発音が、聞こえてきた。
「な、何をした!」
「ほえ。危ないお薬とか、売っちゃダメなものの倉庫の鍵とか……全部、壊したの。えっと、まず、ここの隣の納屋の中と、それから……」
少女の口から、様々な場所の名が出てくる。それは、ゴドーが苦心して隠した、裏取引の物の在処であった。隠し通路から事務所の外へ駆け出たゴドーは、町のあちこちで上がる火の手を見つめ呆然となった。
「これで、もうブルーノさんを追いかけることはできないよ。頼りになる部下の人もいないし、あなた、恨まれてるみたいだから、今度はあなたが追われる番。自業自得だね」
背後から、隠し通路を通ってきた少女が声をかけてくる。破滅を悟り、ゴドーはがくりと膝をついた。
「お、俺の、俺のカネが……全てが……」
弱々しく呟くゴドーの前に、どさりと革袋が置かれる。失ったものを考えれば、それはひどくちっぽけな額であった。
「忘れ物。それじゃ、私はブルーノさんのとこに行くから。あ、私、ブルーノさんと結婚するの。だから、まだ狙ってくるなら、今度はもっとひどいことになるからね?」
そう言って、少女はにへらと笑いながらスキップで去ってゆく。燃え盛る財産を前にして、ゴドーは革袋を片手によろよろと事務所の中へと戻った。倒れた二人の部下は、もういなくなっていた。そればかりか、事務所の中にはもう誰もいない。そう思い、ゴドーは机に座り、肩を落とす。冷めかけた茶のカップを持ち上げ、口へと運ぶ。
「ユーリったら……随分派手に、やったものね」
聞こえた声に、ゴドーは顔を上げた。誰も居なくなった事務所の壁にもたれかかり、腕組みをする一人の少女が、そこにいた。先ほどの少女よりは年上のようで、少しくせのあるウェーブのかかった髪をひっつめ、眼鏡を掛けている。それは、商人のような身なりに見えた。
「……誰だ。金貸しか?」
重い声で、ゴドーは問いかける。その少女は真っすぐにゴドーの前まで歩いてきて、じっと目を見つめてくる。
「あなた、ゴドーさん?」
質問に、ゴドーはうんざりとした表情で息を吐く。
「その質問は、今日で二度目だ。質問に、質問で返されるのもな。ああ、俺が、ゴドーだよ」
「そう。あなたが、ゴドーさんね……」
少女はゴドーから目を離し、机の上のティーセットへ目を向ける。
「ねえ、ゴドーさん。私にお茶を、淹れて下さらない?」
少女の問いに、ゴドーはしばらくぼんやりとして、少女の顔を見つめた。
「聞こえなかったかしら?」
じっと、ゴドーの顔を見返して少女が言う。
「ここは、茶店じゃねえ……」
言いながら、ゴドーはポットの中身を捨てて新たな茶葉を取り出した。全てを失った男に、茶を淹れろと命じる少女。どこか自虐的な思いで、ゴドーは茶葉をブレンドする。どうせなら、眠り薬でも盛ってやろうか。そんな考えが頭を過ぎるが、すぐに捨てた。茶を淹れるときは、落ち着いていなければならない。そして美味い茶を飲むときは、余計なことを考えない。それが、ゴドーの主義なのだ。
無心で、ゴドーは茶を淹れ、新たなカップを温めて注ぐ。ゴドーと、そして少女のぶんの二つを。少女はゴドーの武骨な手からカップを受け取り、一口すすって顔を顰めた。
「……苦いわね。でも、頭がすっきりとしていくようだわ」
「……この苦味が、茶の味なんだぜ、お嬢ちゃん」
微笑み合い、二人は黙って茶を喫する。
「ありがとう、ゴドーさん」
カップを返し、少女が礼を言った。
「用はこれだけか? 早く行かねえと、お嬢ちゃんも巻き添えを食うぜ。もうすぐ、怒り狂った町の奴らが、恨みを晴らしにここへ来る」
ゴドーの言葉に、少女は首を横へ振る。
「用なら、まだあるわ。ゴドーさん、あなた、うちに来る気はないかしら?」
「お嬢ちゃんの家に、か? こんなおっさんを連れ込んで、どうしようってんだ」
「私、キャラバンを組みたいの。世界中を旅して、色んな場所で、色んな商売をしたい。そのために、優秀なクルーを集めているのよ。今はまだ、小さな馬車一台だけれど、もっともっと、大きくしていきたい。そのために、力を貸して欲しいの」
「ご立派な夢だな。だが、俺にどんな利がある? 商売なら、互いに利を得るもんだぜ」
「あなたの、身の安全を。もちろん、報酬は払うわ。あなたは、ほとんど無一文でこの町を出なくちゃいけない筈。それも、恨みを持った人たちから逃げながら。身を隠すには、丁度いいんじゃないかしら?」
「……その口ぶりだと、あの小さいのが俺を破滅させることを、読んでたみてえじゃねえか」
「ユーリのことね。そうよ。あの子から事情を聞いたとき、あなたがこうなることは予測が出来ていた。だから、私はここへ来たのよ。さあ、時間はもうあんまり無いわ。どうするか、決めて頂戴」
遠くから、怒号と足音が聞こえてくる。本当に、時間はもう無いようだった。
「俺が、全て諦めたら? そんときは、どうするんだ」
「私の、見る目が無かった、ということでしょうね。あなたがうなずくまで動くつもりは無いから、私も巻き添えかしら」
少女の言葉に、ゴドーは目を見開いた。
「……冥土の道連れにするにゃ、後味が悪すぎるぜ、お嬢ちゃん」
「シャイナ、よ」
強い光を帯びた少女の、シャイナの瞳がゴドーを射抜く。身体の中心が震えるような、不思議な感覚にゴドーは包まれてゆく。
「……わかった、いや、わかりやした、シャイナさん。あんたに、俺の、あっしの命、預けやしょう」
それは、打算ではない。ゴドーの心底から出た、言葉であった。このシャイナという少女を、死なせたくは無い。それも、己の巻き添えなどで。そして、また共に茶を喫したい。どん底のゴドーの中で灯ったそれは、新たな希望の光であった。
そうしてシャイナに従い、町を脱出したゴドーは共にシャイナと歩み、キャラバンの成長に大きな助けとなったのである。時に茶を淹れて、シャイナの良き相談役として、ゴドーは今日も歩み続ける。たまにふらりといなくなり、空中などから戻ってくるユーリに、目を丸くしながら。抱き合って再会を喜ぶシャイナとユーリに、目を細めながら。
シャイナの部下となってから、ゴドーはユーリと再会をする。だが、その時にはユーリは激しく泣いた後であり、ゴドーの顔をすっかりと忘れていたのであった。今では、少し顔の怖い優しいおじさんとして、ユーリはゴドーに接する。ゴドーとしては、少し複雑ながらもシャイナと同じく彼女の幸せを祈ることが、今では当たり前のことになっていたのであった。
なお、ブルーノというちんぴらはその後、病気の治った妹と禁断の愛に目覚めてしまい、ユーリを振って妹と山奥で二人暮らしをしているのだがその情報はゴドーがひっそりと握り潰したので、知る者はほとんどいなくなったのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
これで、今週の番外編は以上となり、次週からはまた本編へと戻ります。
楽しんでいただければ、幸いです。




