番外編その2 悪魔と鉢とロココ調
番外編第二弾、今回は魔王シア様のお話です。
これは、シアがユーリとお友達になる、ほんの少し前の話である。
ユーリへ差し向けた最初の魔族、魔界随一の剣豪である魔将軍ギーザが、人間の剣聖を相手に無残な敗北を喫した、その翌日のことだった。
暗雲たちこめる魔王城、そこにある庭園を、シアは散歩していた。枯れ草がぽつりぽつりと生える殺風景な庭を、無目的に歩く。頭に浮かぶのは、ユーリの笑顔だった。心を縛る魔法を使っていた頃、シアに見せてくれたあの顔を、もう一度見たい。そんなことを考えながら、花壇の前までやってくる。
シアの背丈ほどもある草花が、白い蕾を揺らしていた。丸い蕾へ、シアはほっそりとした指を伸ばす。
「食事の途中だったか?」
蕾を撫でながら、シアは呼びかける。蕾がぱっくりと開き、ぞろりと並んだ牙と口の中身を見せてくる。この花は、ただの植物ではなく魔物だった。捕食した獲物を、蕾の中で分泌した消化液のような蜜でゆっくりと溶かして食らう性質を持っていた。そしてその口の中には、黒く小さな悪魔の姿がある。
「あ、まおうさま。ごきげんようです」
ねちゃり、と粘液を体中から垂らしながら、悪魔は顔を上げてシアにお辞儀をした。
「お前は……チロル、だったか。余の近衛の末に籍を置くお前が、どうしてこんな所で食われかけているのだ」
小首を傾げ、シアは問う。
「はい。ちょっとしたゆだんというものです。じせいのはいく、きいてくれますか?」
人間の子供にコウモリの羽を生やしたような姿の悪魔が、悟りきったような顔で言う。シアは、ゆっくりと首を横へ振った。
「興味は無い。それより、余の供をせよ。近衛ならば、余に付き従うは当然のことだろう」
シアは蕾の中へ手を伸ばし、悪魔を手のひらの上へと乗せる。素直に指へと這い進んで来た悪魔の代わりに、角砂糖をひとつ、魔物の口の中へと落とした。
「今はそれで、我慢せよ。今度人間どもが攻め寄せてきたら、もう少しましなものを食わせてやる」
そう言って、シアは蕾の下を指で掻くように撫でる。くねくねと茎を揺らしながら、魔物はその手に蕾を擦り付けてくる。しばらく甘えさせ、からかうように撫でていると手のひらに乗せた悪魔が復活を遂げた。
「げんき、ひゃくばいですまおうさま。じごくのはてまでも、おともできますよ?」
片手を胸に当てて、悪魔は慇懃な礼を見せる。肩の上に悪魔を乗せながら、シアは花の魔物へ目を向ける。
「……そうだ、花壇の土をもう少しいじってやろう。色とりどりの花を咲かせれば、ユーリの目を楽しませることも、出来るはずだ」
シアの言葉に、魔物が応じるように茎をしゃきりと伸ばす。シアが片手を振ると、何も無い空中から鍬が現れた。鍬を両手で持ち上げて、シアは魔物の側の土へと突き立てる。固い大地が割れて、乾いた断面を見せた。
「はたけしごと、するのですか?」
肩の上で、悪魔が言う。
「ああ。お前は、庭に水と肥料を撒くのだ。良い植物を育てるには、まずは土から変えてやらねばならぬ」
シアはうなずいて、鍬をどんどん動かしてゆく。ざくざくと掘り返された荒れた土はほぐれ、次第に柔らかくなってゆく。ぽん、とシアの肩の上で、悪魔がジョウロを出して土へ水をかけてゆく。花の魔物の周囲には、そうして肥沃な大地が出来上がっていった。
「土は、こんなもので良いだろう。さて、お前は株で増えるのだったか、それとも種が必要だったか……む?」
魔物の根元を見やり、シアは声を上げる。魔物の根元から、小さな芽が出ていた。うねうねと魔物が茎を揺らすと、芽の数はどんどんと増えてゆく。
「そうか。お前は、宿根草だったな。ならば……」
鍬を消したシアは、また手を軽く振る。今度現れたのは、陶器の植木鉢である。
「一株、貰って構わぬか? 余の部屋にも、彩りが欲しいのでな」
シアの言葉に魔物は蕾を揺らし、うねうねと蠢く。シアはスコップを取り出し、魔物の生み出した若い芽を根っこごと植木鉢へと植え替える。ぶちり、と根が切れる瞬間、魔物がわずかに身をよじらせた。
「ご苦労。お前の忠節に、感謝を」
言葉をかけながら、シアは魔物の蕾をそっと撫でた。いくぶんか萎びた魔物の表面が、しゃきりと引き締まる。
「……がーでにんぐとは、いのちがけのさぎょうなのですなー。ざんこくきわまりない」
悪魔が気の毒そうな視線を、魔物へと向ける。
「植物の命を扱うのだ。綺麗ごとでは済まん。お前の同胞は、決して枯らせはしないと余の名にかけて誓おう」
悪魔の声に答え、シアは蕾を優しく撫でて言った。
「すえはえりーとこうきゅうかんりょうか……こいつは、しあわせものですねー」
舌っ足らずの声で、悪魔は植木鉢の若い芽に話しかける。ゆらり、と芽がわずかに揺れた。
「クク……当然だ。この魔王たる、余の自室へ飾られるという栄誉を、存分に喜ぶが良い」
植木鉢へ不敵な笑みを向けて、鉢を持ち上げシアは庭園を後にする。
「おてがみくらいは、かかせてやるからなー」
シアの肩で、悪魔がハンカチを振りながら魔物に別れを告げていた。
胸の前に植木鉢を抱えたシアは、ゆるりと視線を巡らせる。魔王城の頂上にある、そこはシアの自室である。窓からは暗雲の垂れこめる、いつもの風景が見える。稲光が差し込み、強い光が瞬いた。
「……さて、こいつをどこへ置くか」
まず、シアは窓枠を見る。植木鉢を置くスペースは、充分にある。だが、たまに落雷が直撃してしまうので、植物の育成に向いているとは言えない場所であった。
「……雷耐性があれば、あるいは」
抱えた植木鉢の中で、まだ幼い芽がふるりと揺れる。
「たぶん、だめでしょうなー」
「余も、そう思う」
肩の上の悪魔と共に、シアは息を吐く。ならば、と机の上に目をやってみると、うず高く積まれた書類があった。
「……あれがくずれたら、ひとたまりもありませんなー。ああ、かなしいじんせい……しょくぶつだから、しょくせいですかね?」
悪魔の言葉に、シアはうなずく。そしてベッドに目をやるが、ここは論外であった。
「べっどのうえには、もうせんきゃくがいますもんね。あの、ゆーりとかいうこむすめのにんぎょうが」
ベッドの上を見た悪魔が、首を横へ振る。天蓋の付いた豪奢なベッドの上には、等身大のユーリ人形があった。日夜シアに抱き締められているそれは、少し皺が寄っていた。
「欲しいか? だが、やらぬぞ。あれは、余のものだ」
「つつしんでえんりょしときます、まおうさま」
にこりと笑って言うシアに、悪魔がぺこりと礼をする。気を取り直して部屋を眺めてみるが、植木鉢の置き場所に相応しいものは他に見当たらない。
「いっそ、ゆかにじかおきされてはいかがです?」
「……最終的な手段として、考慮しよう。だが、窓が高すぎて、光が当たらないのは少しまずい。壁際に置くのであれば、穴でも開けねばなるまいし」
「ならば、へやのちゅうおうにおいたらいかが?」
悪魔の提案に、シアは首を横へ振る。
「あのへんは、よく魔将軍やら魔参謀やらが土下座をする場所でな。まかり間違って、蹴飛ばされてはどうにもならぬ。ふむ……」
顎に手を当てて、シアは考え込む。肩の上で悪魔も考えるふりをしながら、身体を揺らして遊んだ。
「……そうか!」
ぴん、とシアの頭の中に、閃くものがあった。急に動き出したシアの肩の上で、悪魔がバランスを崩して落っこちそうになる。それを意に介することなく、シアは机から椅子を引き出し窓際にセット。その上に植木鉢を据えてうなずいた。
「置き場所が無ければ、新たに拵えれば良いのだ」
白い、骨の素材で作られた椅子は窓外の稲光とよく調和し、さらに素焼きの鉢ともマッチしている。椅子の上に揺れる花の姿を想像して、シアは何度もうなずいた。
「いすがなくなってしまいますが、そこはどうするですか? たちしごと?」
肩の上の悪魔の言葉に、シアははっと机に振り向いた。机は、シアの胸くらいの高さがある。椅子が無ければ、書類を見ることも書くことも、困難であった。
「……第二形態以降であれば、何とかなるか」
「おしごとするたびもーどちぇんじするですか?」
悪魔の問いかけに、シアはむむと唸る。魔王の形態変化は、本来戦闘に使用するものである。全身に魔力を行き渡らせ、操作することにより肉体の変化を促すのだ。デスクワークのたびに、いちいち全身に力を込めるのは酷く疲れそうだった。
「しかし、あの椅子はあれでしっくりきてしまっている……」
窓際に置かれた椅子を見る。あの位置だ、と一度思い定めてしまえば、それはもうシアの中では覆ることのない定位置となってしまっていた。
「いすがなければしごとになりませぬ」
それは苦しい、板挟みであった。机に椅子が無ければ仕事にならず、しかし椅子を置く位置はもう決定してしまっている。しばらく頭を抱えていたシアは、ぽん、と手を打った。
「椅子が無ければ、作れば良い」
「こぺるにくすてきてんかいだとかんしんします、まおうさま」
扇子を両手に持って、悪魔が囃し立てる。
「コペルニクス? 何だ、それは。まあ、良い。ともかく、椅子を新たに拵える。材木を用意するぞ」
「どちらまで?」
「その辺の、山だ。木の一本くらいは、生えているだろう」
ゴシックロリータの黒ドレスを翻し、シアは窓から飛び出した。ほどなく窓から戻って来たシアの両手には、大きな丸太が抱えられている。
「まさかにんげんのきこりにみつかるとはおもいませなんだね、まおうさま」
「大事無い。ちょっと脅したら、逃げてしまったではないか。それよりも椅子だ」
空中から鑿とげんのうを取り出し、シアは丸太へ向き合う。
「どんないすをつくるのです?」
問いかけに、シアは視線を動かさずにうなずく。
「うむ。すでに、この丸太の中には余の望む形がある。余はそれを、道具を使って取り出すだけだ。椅子の形は、余にはもう見えている」
こん、と鑿が丸太の中に入る。一心不乱に、シアは鑿とげんのうを振るう。幼いシアの顔が、鬼気迫る表情に彩られる。悪魔は息を呑んで、それを見つめていた。窓外では夜の帳が降りて、不穏な空気が闇に漂っている。
「……うえきばちひとつのために、たいぼくのいのちをつかう。それは、とってもつみぶかいことですなー」
「命の、在り様というものだ、それは……もう少し」
こーん、こーんと木クズを散らし、シアはひたすらにげんのうを振るった。次第に、丸太の中から丸みを帯びた、一つの形が立ち現れてゆく。形の整った部分へ、悪魔がやすりをかけ、ニスを塗布してゆく。やがて丸太は、クラシックなロココ調の見事な椅子へと変貌を遂げた。
「やりましたねー、まおうさま」
出てもいない汗を拭く仕草をしながら、悪魔が嬉しそうな声を上げる。
「うむ。余と、ユーリの部屋に相応しい、椅子だ……少し、座らせてみるか」
満足そうにうなずいたシアが、ユーリの等身大人形をベッドから持ってきて椅子に座らせる。にへらと笑った人形は、丸みのある椅子には良く合っていた。
「おお……」
胸の前で手を組み合わせ、シアは感嘆の息を漏らす。
「かんぺきですね、まおうさま!」
目の前の素敵な光景に、悪魔もはしゃいだ声を出して手を挙げる。シアは人差し指を出して、悪魔とハイタッチをした。
「これほどの、ものが出来上がるとはな……クク」
ユーリ人形を持ち上げ、抱きしめてシアは椅子に深く腰掛ける。柔らかな人形から、ぬくもりが伝わってくるような気がして、シアはうっとりと目を閉じる。
「……おかたづけ、しときますねー」
シアの肩からぴょんと悪魔が降りて、小さなほうきとちりとりを出して床の木クズを掃き集めてゆく。すっかり掃き清めた床の上で、悪魔はシアに一礼をして立ち去った。椅子の上では、ユーリ人形を抱き締めてシアが幸せそうな寝顔を見せていた。
魔王城に、新たな朝がやってくる。新たな作戦が、進行してゆく。シアは鼻歌交じりに、机の上の書類を片付けてゆく。時折、ベッドの上の等身大ユーリ人形をちらと見つめ、ククと笑う。暗雲垂れこめる窓の外では雷鳴が轟き、窓際で植木鉢に植わった若葉がゆらり、と揺れるのであった。
なお、近衛の悪魔、チロルはその後庭師の任務を願い出て繁殖した花の魔物に再び食われかけたのであるが、それはまた別のお話なのであった。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただければ、幸いです。
次回も、番外編をお送りします。




