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旅して恋する吟遊詩人  作者: S.U.Y
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魔を討つ意志持つ異邦人 後編

 暗い闇に包まれた魔王城の中で、どれだけの時間が過ぎたのか。ユーリにはそれを、知る術は無かった。一週間なのか、一か月なのか、はたまた数十時間しか経ってはいないのか。陽の光を浴びることも無く、身体の感覚もおかしくなってしまっていて、よくは解らなかった。いくつかの、昼と夜が過ぎていった。それくらいは、感じることはできていた。

 ユーリに魅了の術を施した後、魔王はユーリを自室へと閉じ込め、愛玩していた。朝、天蓋つきのベッドに寝かされたユーリはまず、絞殺されるニワトリのような鳴き声を上げる鳥の魔物の声によって目を覚ます。けたたましい大音声の中、ユーリを抱いて眠る魔王はすやすやと眠っており、これを何とかして起こすのがユーリの朝一番の仕事であった。起こさなければ、そのうち腕に締め上げられて息が詰まってしまうのだ。

 起き出してくれば次は、朝の湯浴みと着替えである。頭のてっぺんから爪先まで、血の色の石鹸で綺麗に洗われたユーリはそのまま魔王によってドレスルームへと連行される。下着姿のユーリに対し、魔王は実に楽しげに、あれでもない、これでもないと様々な衣装を着せ替えるのだ。もちろん、ユーリに選択権は無い。

 永遠にも思われるような着替えタイムの後は、朝食である。食卓に並ぶ、色とりどりの毒々しい料理の数々。何の肉か、と聞くのがはばかられるような、臭気と刺激を味わうこととなる。

 そして、朝議の時間がやって来る。居並ぶ異形の将軍たちと、机を囲んで交わされるのはいかにして人間を駆逐するか、という過激な話題だ。ちなみに、ユーリとイチタローが城へ侵入してきたときには、彼らはあえて隠されていたらしい。

 長い長い会議が終われば、昼食となる。頭脳労働の後は、甘いものだという魔王の鶴の一声により、昼食はデザートばかりが卓に並ぶのだ。赤くどろどろとした蜜のようなものを、黄色いぷるんとした何かにかけたものが魔王のお気に入りらしく、ユーリは何度も胸やけをしながら相伴にあずかることとなっていた。

 昼の食休みが終われば、魔王は気まぐれにユーリを連れて魔王城の内部を散策する。このときユーリは、地下牢に閉じ込められたイチタローに再会した。

 牢の端に座り込んだイチタローが、魔王の姿を目にするなり手足を使って獣のように駆け寄ってくる。勇者の滑稽なその様に、魔王は笑いながらぺたんこ靴でイチタローの頭をぐりぐりと踏みつける。魅了されてしまっているのか、イチタローは踏まれるたびに恍惚とした表情を浮かべていた。

 散策の後は、おやつの時間を挟んで書類仕事であった。ユーリの見ている横で、魔王がペンとインクに魔法で命を吹き込み、全自動で書類は片付いてゆく。感嘆の表情のユーリを、魔王は得意げな顔で見つめていた。

 夕食前に、軽い運動をすることもあった。取って来い、と魔王の投げたフリスビーのような刃物を、ユーリは受け止めて投げ返す。油断をすれば骨まで断たれそうな力加減で投げられるそれは、程よい緊張感と疲れをユーリへと齎した。

 世にも不気味な夕餉を平らげれば、再び湯浴みと着替えが待っている。湯冷めをしてしまいそうなくらいに長い時間をかけて、魔王はユーリの寝間着を選ぶのだ。

 平時の、魔王の夜は早い。美容と健康のために、睡眠時間はたっぷりと取る主義のようだった。天蓋付きのベッドへ入る魔王に抱かれ、ユーリは目を閉じる。ひんやりとした魔王の体温に震えながら、いつの間にかユーリに眠りが訪れるのであった。


 その日も、安らかな魔王の寝息を聞きながらユーリは夢うつつにいた。

「ほえ……シア様との暮らしも、悪く、ないかも」

 ぼんやりと、半分眠った頭でユーリは呟く。シアというのは、魔王の真の名であった。そう呼ぶように、と命じられ、ユーリが名を口にすると魔王はにっこりと笑った。恐ろしい力を持つ魔王に魅了されてみると、そんな仕草がとても可愛らしく、愛おしく思えるようになってしまっていた。

「シア様、私を大切にしてくれるし……ちょっと文化は合わないけど、そのうち、慣れていけるよね」

 閉じかけた目で、ユーリは魔王を眺める。少女形態の魔王は、最終形態のそれとは似ても似つかない、あどけない寝顔だった。

「随分、仲良くなったんだね、ユーリ」

 横合いから、声が聞こえてきた。少し低い、それは優しい声だった。ユーリはぱっと跳ね起きて、きょろきょろと首を動かす。ベッドの天蓋から、ぶらんとぶら下がった褐色の顔が目の前にあった。

「ほえ……パパ?」

 目を丸くするユーリの前で、にっと笑った顔が反転する。音もなくベッドの脇に着地をしたその姿は、ダークエルフと呼ばれるもののそれであった。

「ほえ。良くない術に、掛かっていたみたいだね、ユーリ。僕の姿を見て、正気に返ったのかな?」

 こくん、と白銀の髪を揺らしながら、ダークエルフが頭を傾げる。どこか幼さの残る青年ダークエルフの容貌には、妖しい魅力が満ちていた。それは間違いなく、ユーリの父親であるダークエルフのダクの素顔であった。

「パパ! ほええええん! 怖かったよ!」

 鳴き声を上げながら飛びついてくるユーリを、ダークエルフが優しく受け止める。

「ほえ、大きくなったと思ったら、泣き虫さんな所は変わらないね、ユーリ」

 そう言って背中を撫でてくれる手に、ユーリは安心しきった顔で薄い胸板へ顔を埋める。

「パパ……会えて、嬉しい!」

「僕もだよ、ユーリ。仕事のついでに、顔を見ようと思ったらこんな所にいるなんて」

 父親の言葉に、ユーリは涙に濡れた顔をこてんと傾ける。

「ほえ、お仕事?」

 問いかけに、ダクは陽気に微笑みユーリを下ろし、懐から一本の剣を取り出した。

「ほえ。これを、回収する忍務……じゃなくって、依頼を受けたんだ」

「ほえ……これって、聖剣、グランキャリバー……?」

 ユーリの問いに、ダクがうなずく。

「うん。一応コレ、国宝だからね。このお城の宝物庫に仕舞ってあったから、ちょっと行って取ってきたんだ」

 そう言って、ダクが剣を懐へと仕舞う。二十四時間の警備体制である宝物庫への侵入を、まるで近くの店へ買い物にでも行くような気軽さで言う父親に、ユーリはきらきらとした目を向ける。

「ほえ、さすがパパだね。凄い!」

 感激した声を、ユーリが上げる。そのすぐ側で、ううん、と唸る魔王の声が聞こえてくる。

「ユーリ……誰と、話している?」

 うっすらと、深紅の瞳を見開いた魔王が呟くように言った。びくり、と身をすくませるユーリをかばうように、ダクがユーリの前へと出る。

「初めまして、この大陸の魔王様。僕は、ユーリの父親で、ダクっていうんだ。ユーリと、仲良くして貰ったみたいだね」

 妖しい笑みを浮かべ、見下ろすダクに魔王が身じろぎをする。だが、どうしたことか魔王は指一本、動かすことが出来ないでいた。

「……余に、何をした?」

「忍法、影縛り。しばらく、動けなくなってもらったんだよ」

 魔王の問いに、ダクは涼しい顔で答える。魔王は驚きを顔に浮かべ、眉間にしわを寄せた。

「この程度の術など……余が最終形態になれば……」

 魔王の額に、次第に汗が浮かんでゆく。ダクは慌てた様子もなく、頭の後ろで腕を組んで魔王を見下ろした。

「ほえ。魔力の集中が出来ないと、成れないよね? 悪いけど、魔力のほうも抑えさせてもらってるから。ユーリが、ここを出るまで、ね」

「……貴様、何がしたい?」

「ユーリと仲良くしてくれた人に、乱暴なことをしたくは無い。けれど、心を操る術を使ったのは、いただけない。だから、ちょっとお仕置きしただけだよ」

 事も無げに言ったダクは、ユーリへと振り向いた。

「ユーリ、行っておいで。魔王ならともかく、この城の他の魔物なら、僕が手を貸すまでも無いよね。もう、ユーリは自由だよ」

 優しく微笑む父親に、ユーリは力強くうなずいた。

「ほえ、ありがと、パパ!」

 元気よく言って、ユーリは魔王の寝室を飛び出してゆく。部屋に残った父親の心配など、する必要も無いことだった。

 地下牢への道筋は、もうユーリの頭の中に入っていた。道行く魔物たちも、ここ数日魔王に連れられていたユーリの姿を目にしているため、襲い掛かってくることは無い。大した障害も無く、ユーリは地下牢へとたどり着く。

 鋼鉄の錠前と魔法の封印で閉じられた鉄格子を、ものの数秒でこじ開けたユーリは部屋の隅で丸くなって眠るイチタローを担ぎ上げ、城の外へと向けて階段を駆け上る。勇者の救出は、あっけなく成功した。


 魔王城から離れた街道で、ユーリは下着一枚で虚ろな目をしたイチタローの頬を何度も叩いた。

「ほえ、イチタロー! 目を覚まして! もう、助かったんだよ! ねえ、イチタロー!」

 ユーリの必死の平手打ちに、頬を赤く腫らしたイチタローの目に理性の光が戻ってくる。

「ユ……リ?」

 掠れた声で言ったイチタローへ、ユーリは両目に涙を浮かべて飛びついた。

「イチタロー! 正気に戻ったんだね! 良かった!」

 抱きついて頭を擦り付けるユーリへ、イチタローは困惑した瞳を向けてくる。

「ま、待ってくれ、ユーリ。た、助かったって……どういうこと? 魔王様は、どうしたの?」

 イチタローがユーリの肩を押して、身体を離す。ユーリは涙を拭きながら、イチタローに向けてにへらと笑う。

「もう、大丈夫だよ。イチタローは、何も気にしなくても、いいの。魔王はもうきっと、悪さなんてできないから。帰ろ、イチタロー。そんで、平和な世界を、私と二人で旅しよ?」

 呆然とするイチタローへ、ユーリは手を伸ばす。じっと、イチタローの瞳が、ユーリの手を見つめてくる。しばらく、時間が過ぎていった。

「ほえ……イチタロー?」

 首を傾げ、問いかけるユーリへイチタローが首を横へ振って見せた。

「……ユーリ、ごめん」

 ユーリへ向けられたのは、すまなさそうな顔と謝罪の言葉であった。

「どうして、謝るの、イチタロー? 魔王に負けちゃったのは、イチタローのせいじゃないから……」

 イチタローが、再び首を横へ振る。わからない、という表情のユーリへ、イチタローがゆっくりと口を開く。

「俺……わかったんだ。さっき、ユーリに頬っぺた叩かれて……足りないって、思っちゃったんだよ。魔王様って、ユーリよりもちっちゃくて……あの綺麗な足で、ぐりぐりってされるのが、俺……」

 あっ、とユーリは声にならない声を上げる。すでに、手遅れだった。何が、かは解らないが、手遅れになってしまった、ということだけはユーリにも理解できたのだ。ユーリは、大きく息を吸いこんだ。

「イチタローの……馬鹿! 変態! 幼女趣味ぃぃぃぃ!」

 ばちん、とイチタローの頬を叩き、ユーリは素早く身を翻す。物足りなさそうな顔で首を振るイチタローを背にして、ユーリは猛然と都市への道を駆けてゆく。目の前に現れた、高い防壁へ足をかけたユーリは垂直に壁を走り抜け、そのまま宿へと向かってダイブした。宿の窓ガラスに激突する寸前、ユーリの両手が閃き窓のカギを開けて引き開ける。いささか物理法則を無視した動きになったが、ユーリは気にしなかった。

「ユーリ! 無事だったのね!」

 軽くバウンドして部屋へと入ったユーリを、シャイナが抱き留めた。

「ほえ……シャイナ! ほええええん!」

 シャイナの胸に顔を埋めて、ユーリは泣いた。ついさっき叫んだ自分の言葉が、ブーメランとなって突き刺さってきたので、いつもよりさらに激しく泣いていた。

「ユーリ、もう、一週間も、居なくならないで頂戴……! 心配、したんだから!」

 シャイナの叱る声を聞きながら、ユーリはただひたすらに、泣いていた。


 平和な街道を、キャラバンの馬車が連なってゆく。ぽかぽか陽気の、良い日和である。幌の上に座ったユーリが、リュートを手に後ろをちらちらと見やっていた。

「ほえー……いつまでー、ついてくるのかなー」

 ほろんほろん、とリュートを爪弾き、奏でるのはどこか崩れたメロディである。馬車の背後には、悠々と歩く魔王シアの姿があった。

『魅了の術は、もう使わないように説得しておいたから、あとは自分で何とかしなさい パパより』

 父親からいつの間にか届けられた手紙が、ユーリの懐でひらひらと揺れている。

「クク、こうして青い空の下、のんびり歩くのも悪くは無いな」

 魔王の呟く声が、風に乗ってユーリの耳へと届いてくる。複雑な音色を奏でるユーリを乗せて、馬車はどこまでも進んでゆくのであった。


 なお、異世界より召喚されたという勇者イチタローは、どういう因果か魔王軍に寝返り、裏切りの魔将軍として人類と激しい戦いを繰り広げることとなるのだがそれはユーリたちの知らない未来の話なのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次回は、番外編を投稿するかもです。

お楽しみいただければ、幸いです。

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