紅顔の奉公人 前編
滑り込みでなんとか投稿できました。お騒がせいたしました。
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荒野を行く、五台の馬車があった。先頭の馬車の幌の上には、少女が一人、腰掛けている。風を切って進む馬車の上で、ゆらゆらと揺れながら少女は手にしたリュートを爪弾いている。陽気な歌声は、天真爛漫の音色である。車間を空けて、続く馬車の御者台に座る少年がじっと少女を見つめていた。
「手元が、お留守になってるぜ」
少年の隣で、壮年の男が声を上げる。微かに斜行し始める馬の手綱を、少年は慌てて手繰り修正をする。
「何だ、お前。ユーリちゃんに、見惚れてたのか?」
からかうような男の口調に、少年は頬をさっと染める。見やるのは、ただ前方の馬車の背だけだ。心がけつつも、少年の視線は引き寄せられるように幌の上の少女へと移る。
「……よく、落ちないものだな、と思っただけです」
揺れる御者台の上で、少年はようやくそれだけを言った。真っすぐに馬車を走らせるのは、神経を使う。短い声を上げるだけでも、少年には精一杯のことだった。
「年季入ってるからな、ユーリちゃんは。可愛らしい形をしてるが、お前さんよりも歳は上なんだぜ」
なおも面白がるような男の声に、少年は憮然とした表情を浮かべる。男の声で、少女の演奏が聞き取りづらくなってしまっていた。
「……確かに可愛いけれど、別に、僕は」
「ほら、また斜めに走ってる。集中しろ」
少年の言葉を遮り、男が横から少年の腕を叩いた。少年はまた慌てて、手綱を手繰る。
「お前さん、そろそろ年季明けだったよな? そんなんじゃ、これから大変だぜ?」
呆れたような男の声に、少年はうなだれた。落ち込んだ少年の肩を、男がどやしつける。
「そら、背中は真っすぐ、前を向けって言ってるだろう? 落ち込む暇があったら、さくっと仕事を覚えるんだよ」
厳しい言葉の中には、男なりの優しさが含まれていた。斜行をどれだけ繰り返そうとも、男は決して少年の手から手綱を奪いはしない。根気よく、隣で小言を繰り返すのみなのである。
「……ありがとう、ございます」
少年の言った礼に、男はちょっと意外そうに目を開き、莞爾と笑う。
「その意気だ、ルタ。年季奉公が明けても、根性さえあれば商売は上手くいく。覚えておきな」
男の手が、少年の肩へと置かれる。少年は重みを感じつつも、視線はまた少女へと吸い寄せられてゆく。心地よさげにリュートを爪弾くその笑顔は、少年の瞼に焼き付いて離れることは無かった。
五台の馬車が円陣を組み、中央にたき火を拵える。シャイナのキャラバンでは、これが野営の形となっていた。夜道を駆け抜けるのは、馬の体力と御者の視力の双方に問題があるため、夜は緊急の場合を除いて早めに野営の陣を組むのである。
「ほえ、ほえ、ほえー」
奇妙な鳴き声とともに、ユーリは種火を薪へと燃え移らせてゆく。その手際は鮮やかで、瞬く間に薪がぱちりぱちりと爆ぜる音を立て始める。大きなたき火の周囲を石で囲い、乗せるのは大鍋である。十数人のキャラバンの空腹を満たすべく、ユーリは鍋に水を張って煮込み始める。
「ユーリさん。何か、僕にお手伝いできることはありますか?」
言いながら寄ってきた少年に、ユーリは笑顔を向けた。
「ほえ、ルタくん、だったっけ? うん。お鍋は大丈夫だから、お野菜持ってきてもらえるかな?」
はい、と元気よく答えた少年が、馬車の荷台からいくつかの野菜を抱えて戻ってくる。遠目に見ると野菜から足が生えて歩くような光景に、ユーリははしゃいだ笑い声を上げた。
平らな石の上で、ユーリは野菜を刻み鍋へと放り込んでゆく。放物線を描く黄色野菜に、少年はわあっと感激に目を見開いた。
「ユーリさんの包丁さばき、凄いですね! 何だか、包丁が何本もあるみたいに見えます!」
「ほえ?」
少年の声に、ユーリは手を止める。ユーリの右手の中には、四本の包丁が並んで握られていた。
「え、本当に何本も使ってたんですか?」
驚く少年へ、ユーリは悪戯っぽく笑って見せる。
「ううん、冗談だよ。いくら私でも、四本は無理だよ」
言いながら、ユーリは二本の包丁を仕舞い残りの二本を片手で器用に操る。たちまちに、野菜が細切れに、そしてみじん切りへと変わってゆく。
「二本もいっぺんに使うなんて……凄い」
少年の、尊敬の眼差しにユーリはにへらと笑う。その背後へ、忍び寄る影があった。
「……それで、その野菜のみじん切り、どうするのよ?」
弾かれたようにユーリが振り向けば、そこにはキャラバンの長、シャイナが腕組みをして立っていた。
「ほ、ほえ……えっと、みぞれ鍋、かな?」
頬にタマネギ型の汗を浮かべ、ユーリが言う。
「……キャベツとにんじんも使って?」
シャイナが指さすのは、糸のように細く刻まれたキャベツとにんじんである。持ち上げれば溶けて消えそうなくらいに、それは細かくなり過ぎていた。
「……ほえ?」
可愛らしく首を傾げたユーリの頭に、シャイナの拳骨が落ちる。
「……調子に乗り過ぎよ。ルタも、あんまりユーリを乗せないで頂戴」
ごいん、とユーリの頭で鈍い音を鳴らしたシャイナが、腰に手を当て二人を叱る。はーい、と声をそろえ、少年とユーリは反省の色を浮かべる。
「……程々にしておきなさいよ。あと、食べ物で遊ばないこと。わかった?」
言い残して、シャイナが立ち去る。荷の点検や、ルートの確認などで忙しい身の上なのだ。
「ほえ。私のせいで怒られちゃったね。ごめん、ルタ」
苦笑をして、ユーリが少年に顔を向ける。ユーリの横顔を見つめていた少年が、弾かれたように顔を俯ける。
「い、いえ……僕も、何だかごめんなさい」
耳まで赤くなった少年が、蚊の鳴くような声で謝った。しゅん、と身体を縮める少年の頭へ、ユーリが手を伸ばしなでなでとする。
「ユ、ユーリさんっ!?」
ユーリの指が触れた途端に、少年は跳び下がる。だが、しゃがんだ姿勢からの動き、しかも相手は運動神経のおかしいユーリである。跳び下がった少年の先へと回り、ユーリはさらになでなでする。
「ふふ、恥ずかしいの、ルタ? 遠慮しなくて、いいんだよ」
「ユ、ユーリさん、僕、もうそんな年頃じゃ……あぅ」
顔を真っ赤にして身を縮める少年の頭を、ユーリは心ゆくまで撫で続けた。結果、夕食の準備が遅れ、ユーリは再びシャイナの拳骨を受けることとなった。
その日の夜、たき火の前に座ったユーリはリュートを爪弾いていた。キャラバンの団員たちの眠りを妨げない程度の音量で、ほろりと奏でるのは哀切溢れるメロディである。
音に誘われるように、シャイナがユーリの側へやってきて、隣へ座る。
「随分、楽しそうだったわね、ユーリ」
ぽつり、と言ったシャイナの言葉に、ユーリは爪弾く手を止める。夜風の音と、虫の声だけが流れてゆく。
「うん。ルタって子、構うとすぐ赤くなるの。楽しい」
弾んだ声で、ユーリが馬車を見やりつつ答える。ユーリの視線の先にある馬車には、寝息を立てる少年がいた。
「あの子、うちへ来てもう四年になるのね。そろそろ、年季の明ける頃だったかしら?」
「ほえ、そうなの?」
問い返すユーリに、シャイナがうなずく。
「十の頃にうちへ来たから……今は十四ね。成人ぎりぎりだけれど、身の振り方を考えておいてもらわなくっちゃいけないわ」
「ほえ……そっか。キャラバンに残ってくれたら、いいね。ずっと一緒にいられるもの」
たき火に薪をくべながら、ユーリがぽつりと言った。傍らで、シャイナがユーリの顔をまじまじと見つめる。
「よっぽど、あの子が気に入ったのね、ユーリ。まさか……」
長い付き合いのシャイナの言葉に、ユーリは先んじて首を横へ振る。
「まさか、違うよ。弟ができたみたいで、ちょっと楽しいなって思っただけ! 大体、ルタはまだ十四でしょ? さすがに惚れたりはしないよ」
笑顔で右手をひらひらとさせながら、ユーリは言った。ユーリをじっと見つめていたシャイナが、ふっと息を吐く。
「そうよね。並べてみるとお似合いくらいに見えるけれど、さすがに無いわよね」
シャイナの言葉に、ユーリはうんうんとうなずく。
「余計な気を回して、何だか疲れたわ。ユーリ、一曲弾いてくれる? 優しめのやつ」
「うん。みんなが起きないように、小さめにやるね」
こてん、とユーリの肩へ身体を預けてくるシャイナに微笑み、ユーリは再びリュートを爪弾いた。夜の空へ、ほろりほろりと優しい音が溶けてゆく。ささやかな演奏会は、明け方まで続いた。
がたごとと音立てて、小石を踏み分け馬車が進む。キャラバンの一団が進むのは、傍らに小川の流れる小道だった。先頭の馬車の幌の上で、ユーリは揺れを楽しむように身体を大きく揺らしながらリュートを弾いていた。
「がんばってー、がんばってー」
ユーリが陽気に歌いかけるのは、すぐ後ろに続く馬車の御者台である。懸命に手綱を握り、身を乗り出して馬を制御する少年の姿がそこにあった。
「おい、もっと抑えろ! それじゃ、落っこちちまうぞ!」
激しく上下に揺れる御者台で、少年の隣から叱責の声が飛ぶ。少年は、危うい体勢になりながらも何とか馬車を御していた。
「もうひとがんばり、だよー」
ほろろん、とユーリがリュートを大きく鳴らした瞬間、少年の前で馬が棹立ちになった。少年は馬を抑えるべく、さらに身を乗り出してしまう。
「あ、おい!」
少年の隣で、男が悲鳴のような声を上げる。馬を抑えた少年の身体は、御者台の縁を越えて小川へと真っ逆さまに落ちてゆく。
「ほえ、ルタ!」
ひょい、とユーリの身体が跳び上がり、馬車の幌から小川へと着地をする。大人であればひざ丈くらいの水かさだったが、ユーリはしっかりと腰まで浸かってしまうほどの深さである。ざぶん、と音立てたユーリの足元で、少年が水の中でもがいていた。
「ルタ、しっかり!」
ユーリが少年の身体を引っ掴み、肩へと担ぎ上げる。
「ユーリちゃん! 大丈夫か?」
御者台から、男の心配そうな声が上がった。
「うん。大丈夫だよ。ルタも、ちょっとお水を飲んじゃったくらいで……とりあえず、手当したらすぐに追いつくから、先へ行って」
小川の岸へと上がりながらユーリが言うと、馬車はがたごとと進行を再開した。げほげほとえづく少年の背を、ユーリは優しく擦った。
「あーあ、濡れちゃったね、ルタ」
ぽたぽたと、少年の全身から滴が落ちる。頭から落ちたために、ずぶ濡れになっていた。
「けほ、こほ、ご、ごめんなさい、ユーリさん。僕の、せいで、ユーリさんまで……あれ?」
むせながら言った少年が、言葉を切って首を傾げる。少年を追って小川へ入ったはずのユーリの服は、マントの裾に至るまで全く濡れてはいなかった。
「ほえ。岸に上がったときに、根性で乾かしたんだよ」
「こ、根性……ですか?」
目を丸くする少年へ、ユーリは両手を胸の前でふるふると振った。
「あ、違った。魔法、うん、魔法だよ? 自分にしか使えないから、ルタの身体は乾かしてあげられないけど……」
苦しい言い訳のような言動のユーリの前で、少年が小さくくしゃみをした。
「ほえ、とりあえず、服を脱いだ方がいいね」
ぽつり、と言ったユーリの前で、少年の顔がみるみるうちに赤く染まってゆく。
「ふえ? ふ、服を、脱ぐんですか? その、ユーリさんの前で……?」
両手で身体を抱きしめるようにして、少年がじりりと後ずさる。ユーリはにこりと笑い、その姿を残像にして少年の背後へと回った。
「大丈夫、恥ずかしがらなくても、いいよ」
「ユ、ユーリさん! い、いつの間に後ろに……あ、ちょっと、やめてください!」
するするとユーリの手が閃き、少年はあっという間に下着まで剥ぎ取られて素裸にされてしまう。
「ほえ、意外と逞しいんだね、ルタって」
言いながら、ユーリは自分の羽織っていたマントを少年へと被せる。留め金をしっかりと掛ければ、少年の裸マント仕立ての完成である。くるりと少年の身体を回し、ユーリは背中から取り出したリュートをほろんと爪弾いた。
「ほえ、完成ー! うん、似合う似合う、ルタにお似合いだね!」
恥ずかしげに内股になる少年に、変な昂ぶりを覚えながらユーリは褒め称える。
「もう、ユーリさん!」
少年が大きな声を上げた瞬間、そよ風が吹いてマントの合わせ目がひらりと動いた。ちらりと覗く少年の素肌を見たユーリが、ぎくりと全身を硬直させる。
「……見ました、ユーリさん?」
真っ赤になった少年が、涙目になって訴える。ユーリは、ぎこちない動きで首を横へ振る。
「ほえ……見てない、私、見てないよ?」
ユーリのその態度は、明らかに何かを目にしたものである。少年は声にならぬ叫びを上げて、脱がされた衣服をかき集めて胸に抱いた。傷ついた乙女のようなその所作に、ユーリの胸がきゅんと鳴った。たちまちに、ユーリの頬も赤く染まる。ぽたぽたと、少年の抱えた衣服から、水の滴が落ちてゆく。少年が、またくしゃみをした。
「あ、ルタ。身体冷えちゃうね。ごめんね。服、乾かして、皆に追いつこう?」
言いながらユーリは、少年の手から服を奪い取り、絞ってから拾った長い木の枝へ差して干した。羞恥心が吹っ切れたのか、少年はもう抵抗はしなかった。
「それじゃ、走るから。ルタはしっかり掴まっててね」
「ふえ?」
少年の上げた間の抜けた声は、ユーリに膝の裏を掬われた際のものである。少年の肩に手を回し、ユーリは横抱きに少年を抱きかかえて駆け始める。服を干した木の枝は、ユーリの背中に旗竿のように差し込まれていた。
「ちょ、ちょっとユーリさあああん! 速い、速いです!」
お姫様抱っこをされた少年の叫びが、尾を引いて後ろへと流れてゆく。流れる景色を堪能する余裕など無い少年は、目を回しながらもしっかりとユーリにしがみつく。
「ほえ。ルタも、ちゃんと男の子なんだね。力、結構強い」
そんなことを呟きながら、ユーリは瞬く間に馬車へとたどり着いたのであった。
夜になり、馬車が再び円陣を組んだ。流動食のような夕食を作ってしまったため、ユーリは罰として今日もご飯の当番をしていた。ざくりざくりと野菜を切り、小川へ入ったついでに捕まえていた川魚を素早く捌いてゆく。正確無比な手つきではあったが、ユーリの視線は宙を泳いでいた。
「ユーリさん。ちょっといいですか?」
声をかけられ、ユーリの肩がびくんと跳ねる。顔を向ければそこには、神妙な様子の少年が立っていた。
「ほえ、ルタ。体調はどう?」
ルタの顔を見れば、ユーリの長い耳の先までがほんのりと桜色に染まる。ふりふりと頭を振って誤魔化しつつ、ユーリは問いかけた。
「はい、ユーリさんのお陰で、大事には至らなかったです。ありがとう、ございます」
ぺこり、と下がった少年の頭へ、ユーリは手を伸ばして触れる。むっとした表情で、少年が見上げてくる。
「もう、子供扱いしないでください、ユーリさん」
少年の言葉に、ユーリの頭の中に昼間の光景がふっと過ぎった。大人しく手を引っ込めるユーリに、少年はどこか物足りなさそうな表情を見せた。
「……でも、撫でたいなら、どうぞ。僕、ユーリさんにそうやって撫でられるの、嫌いじゃないです」
直後にそんなことを言ってくる少年の頭へ、ユーリは再び指を伸ばした。柔らかな茶色の髪の毛が、指へ絡まり解けてゆく。心地よい感触に、ユーリの頬がにへらと緩んだ。
「……ユーリさんを見てると、僕、その……い、いいえ、何でもありません」
頭を撫でられながら、上目遣いに少年が何かを言いかける。問いかけるのもはばかられ、ユーリはしばらく少年を撫で続け、取り留めのない会話に花を咲かせた。
結果、夕飯の支度がまたまた遅れ、ユーリはシャイナの拳骨をまたもや味わうこととなった。
深夜、たき火を前にリュートを爪弾くユーリの元へ、シャイナがやってきた。すとん、と腰を下ろしたシャイナが、じっとユーリを見つめる。
「……随分、仲良くなったのね、ルタと」
シャイナの言葉に、ユーリはびくんと肩を震わせてリュートを弾く手を止める。
「う、うん。仲良く、なっちゃった……」
タマネギ型の汗を浮かべ、ユーリが半笑いで答える。
「夕飯の後、ルタから聞いたわ。年季が明けたら、故郷の村へと帰って自分で商売を始めるみたいね、あの子」
ぽつり、と言うシャイナに、ユーリの頬にタマネギが追加される。
「ほ、ほえ。そうみたい、だね」
そんなユーリへ、シャイナは半目になった視線を寄越す。
「次の町から、一週間ほどの距離だったかしらね? もっとも、あの子を送るためだけに、寄り道をするつもりは私には無いけれど」
「ほ、ほえ、そうなの?」
「ええ。あの子に祝い金も渡さなくちゃいけないし、そうなると資金的に寄り道は少し厳しいわ。ユーリも、心構えはしておいて頂戴ね?」
じっと蛇のような視線にねめつけられ、ユーリは小刻みに全身を震わせる。
「あ、あの、その、ね? シャイナ。わ、私……」
「『弟ができたみたいで、ちょっと楽しいなって思っただけ!』だったかしら? ユーリ」
「シャイナ、あんまり似てないね。私の真似」
「そこは置いておいて頂戴。それで? ルタからのお願いがあったのだけれど、どういうことか説明してもらえるかしら、ユーリ?」
じわり、と全身に汗を滲ませるユーリに、シャイナが詰め寄ってくる。少しでも動けば、触れあえるくらいの距離である。
「わ、私も、その、ルタに付いて行こうかなーって、思って……その」
「その、何?」
不機嫌そのもののシャイナの迫力に、ユーリはじりと後ずさる。胸の前で、両手の人差し指をくっつけながらユーリは顔を俯かせた。
「い、意外と、大人だったなーって、思って……意識、しちゃったの。あとは、話してるうちに……えへへ」
ユーリの頭の上で、シャイナが深く息を吐く。
「……何があったかは知らないけれど、あの子、商売人としてはまだまだ未熟よ? うちで鍛えられたとはいえ、独り立ちには苦労も多く付き纏う。生半可な覚悟じゃ、足手まといになるわよ?」
厳しい顔で言うシャイナに、ユーリは真面目な顔でこっくりとうなずいた。
「うん。だから、私が側で支えてあげたいなって、思ったの。ルタも、私が付いてきてくれるならって、独立を決めたんだし」
めらめらと、瞳にたき火の炎を映しながらユーリは言った。シャイナはやれやれといった様子で、首を横へ振る。
「どうやら、本気の目のようね。それなら、私はもう止めはしないわ。止めて、言うこと聞くあなたでもないし」
「うん……ありがと、シャイナ。私、ルタと一緒に商売大きくしていって、きっとシャイナの力になれるようにするから!」
そう言ったユーリの手を、シャイナの両手が柔らかく包み込んだ。
「あら、頼もしいわね。それなら私も、陰ながら応援するわ。元々、少しは援助していくつもりではあったんだもの」
「シャイナ……」
「くじけるんじゃないわよ、ユーリ。それから、幸せにね」
「うん……」
燃え盛るたき火の前で、二人の影が重なった。混じり合った二つの影は、夜が明けるまでずっとそうしていたのであった。