タカノリ少年と絢子さん
本編『おとぎ話の時間です』(N1259DO)
円堂タカノリ視点
金曜日は荷物が多い。両手に持つのは給食着、体操着、上履きに鍵盤ハーモニカ。さらに図画工作の粘土製作。その上、重たいランドセルが肩に食い込んでいる。小学校が家の近くでよかったと、こんな時ばかり思いながら通学路をのそのそ歩く。
駅前から続く商店街にはアーケードこそ無いが、たくさんの店が軒を連ねいつも賑わっている。コンビニの角を曲がると見える、青白赤のトリコロールの小ぶりな旗。美容院と花屋の向かいに建つ白い漆喰壁のレストランが俺の家。午後休憩の看板が出ている焦げ茶色の木の扉を押しながら、ただいまぁ、と中に入った。
「おかえりー、遅かったね……って、何あんたその大荷物。三年生はみんな昨日のうちにそれ持って帰ってたはずでしょ?」
窓際のお気に入りの席で宿題をやっていた姉ちゃんは、僕を見て呆れた顔をした。指さされた先は、僕の手にようやく引っかかっている鍵盤ハーモニカ。こいつ、デカくて邪魔。
「先生に言われた時にちゃんと持って帰らないから、金曜日が大変になるんじゃん。六年のあたしより帰り遅くなってるし」
「姉ちゃん、うるさい」
「あ、ちょっと!体操着の袋、引きずってる!」
だって重くて手が痺れてるんだ。落としてこなかっただけいいと思う。お母さんより口うるさい姉ちゃんとは何かにつけてすぐ喧嘩になる。女子に手を出さないで口喧嘩にとどめている僕を褒めて欲しいよ、まったく。
「なあに、騒がしい。おかえり、隆則。いいから荷物置いていらっしゃい……ごめんなさいね、十和田さん。騒がしくって」
「え、十和田のおじさん来てるの?」
「ちょっとタカ、おじさんと遊ぶのは宿題の後なんだからねっ。それに今日は、」
休憩中のお母さんに続いて奥の個室からゆっくり現れたのは、お父さんの友達のおじさん。いつも白いコック姿のお父さんと違って濃い色のスーツやジャケットなんかを着ていて、頭良さそうなメガネはさすが大学のキョウジュって感じ。
話してくれることも面白いし、僕のことを子ども扱いしないで、いつも真面目に話を聞いてくれる。この穏やかなおじさんを、僕はかなり気に入っていた。
「やあ、隆くん……あれ、また背が伸びた?」
「そうなんだっ、この前の身体測定でさ、僕また背の順で後ろになったんだ! 後ろから二番目!」
「あら、大きいのねえ」
ヘヘッと笑うと、おじさんの影からひょこっと知らない女の人が顔を出した。え、誰……ふわふわだ。長い、ふわふわの柔らかそうな髪をしたその人は、僕が驚いているのに気がつくとにっこり笑って軽く膝を曲げて目線を合わせた。
今年来たばっかの鈴木先生と同じくらいの歳かな。白くてふわんとしたほっぺたからは、バニラエッセンスの匂いがしそう。どぎまぎしてキョロキョロしたら、十和田のおじさんが僕とお姉さんを交互に見て嬉しそうにしていた。
「はじめまして。小野木絢子といいます」
「え、あ……円堂…タカノリ、です」
「隆則くん。隆くんって私も呼んでいい? 私のことは、絢子って呼んでね」
「え、は、はいっ」
初対面のお姉さんに柔らかく微笑まれて、名前で呼ばれて……家はレストランだから、お客さんで綺麗な人もたくさん来る。目の前にいる「あやこさん」は正直、すごい美人ってわけでもない。でも、それでも、なんでか分からないけど――。
あれから二十年を過ぎた今でも揶揄われるほど、僕はこの時、真っ赤になっていたらしい。
旧web拍手のお礼小話を微修正しました。