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隣のバレンタイン・当日編

本編『おとぎ話の時間です』(N1259DO)

加賀美真央(主人公友人)視点

 

「ねーちゃん。境のにーちゃん来てる」


 インターホンの受話器を置きながら平坦な声で来客を告げる弟は、姉の返事も聞かずに手に持ったままだったゲームの世界へ戻っていった。


「……あんた、宿題は?」

「あるよ」

「やんないの」

「やるって。ほら、にーちゃん待ってるよ」


 画面から目を離さずに言う背中に、お母さんが帰ったら叱られやがれと念を送る。妙なところで立ち回りの上手い弟が、そんなヘマは滅多にしないと分かってはいるが……なんかムカつく。いや、ムカつきの原因の半分以上は弟でなく玄関の向こうに立ってる奴だと分かっているけど。


「……めんどくさ」


 ぽそっと呟いて廊下を進む。ガチャリと開けるドアがやけに重く感じた。


「境。なに?」

「うわあ『なに』はヒドい。せっかく貰いに来たのに」

「……やっぱり欲しいの?」

「俺、朝からずっと待ってたんだよ。なのに、学校でも真央はスルーで、放課後に期待したのに普通に部活して普通に帰るし!」


 こいつは何を言ってるんだ。だいたいにして、


「あのさあ、学校にチョコなんて持っていけるわけないでしょ。横田センセだって張り切って目光らせてたし」


 学校に学用品以外のもの――お菓子やプレゼントの類は持ち込み禁止だ。たとえそれがバレンタインといえど例外はない。見つかれば確実に没収の上、親に(・・)返却が決まりだ。誰がそんな危ない橋を渡るか。


「横センは自分が彼女いないもんだから八つ当たりだよな」

「先生たちのあの激務でカノジョと付き合いが続くとは思えない」

「まあ、そりゃなあ」


 そうすると原因は俺らか、そうは言うが悪いとも思っていなさそうだ。ニコニコしたまま両手を前に出す。


「だからこうしてもらいに来た。ちょーだい、真央のチョコ。約束しただろ?」

「……ちょっと待ってて」


 もう、なんでこんなに普通に請求して来るんだか。遥に手伝ってもらって作ることは作ったけれど、このままスルーでいけばいいと思っていたのが正直なところ。

 なんだかブンブンと振る尻尾が見えそうな境を玄関に立たせたまま、台所へ向かう。

 そういえば、小さい頃はしょっちゅうお互いの家も行き来して遊んでいた。オモチャを盛大に広げて遊ぶ私たちの横でお母さんたちはお喋りして。誕生日会やクリスマス会もした……いつからだろう、家には上がらなくなって。公園でも一緒に遊ばなくなって、学校で顔を合わせるだけになったのは。


 食器棚の中に隠すようにしまっていたブラウニーを取り出す。仕上げにかけたアイシングも、初めてにしては綺麗にできたと思う。また作るかと聞かれたら即答はできないけれど、遥と一緒に作るのは楽しかった。


「はい」

「……マジ?」


 味は多分お墨付き。目の前に出されたそれに唖然とした顔をする境に、少し胸がスッとした。可愛らしいラッピングなんかを期待していただろうか。そこまでしてやる義理はない。


「要らないなら、」

「っいや、違う違うっ、いるって! 」


 奪うようにひったくられて私の手から離れるブラウニー。


「……まさかこうくるとは」

「皿は返さなくていいぞ」

「返さねえよっ、ていうかこれ、ウチの皿じゃねーか」

「おばさんのサーモンパイは絶品だね」


 焼き型から出したまま丸ごと1個、お皿に乗せてラップをかけただけ。切ってもいない。リボンもない。こんなに色気のカケラもないこの「バレンタインのチョコレート」に、それでも、どうしてこの男は。


「……サンキュー。やべ、すっげ嬉しい」

「食べ過ぎると鼻血でるよ」

「そんなん、いくらでも出してやるわ」


 あっそ。もう、見てられなくて横を向く。なんだその笑顔……まるで、幼稚園の時のヒーローごっこで決め技が決まった時のような満足そうな顔。なんで私がチョコをあげた上に負けた気分にならなくちゃいけないんだ。


「……そういえば、今年はいくつ貰ったの」

「真央からのこれだけ」

「っえ?」

「あ、母ちゃんがくれるかもな」


 嘘だろう。だってテニス部の部活終わりを校門の外で待ってる女子が何人もいた。彼女たちが寄っていったのを見ないふりで早足で帰って来たのに。誰からも貰わなかったっていうの。


「……可哀想に。モテ期は過ぎ去ったか」

「なんでそうなる。丁重にお断りしたんだって」

「は、それこそなんで」


 私の問いには答えず、ニマニマとだらしなく手の中のブラウニーを見ている境。わからん、こいつ。


「まあ、そんなわけだから。期待して待ってろホワイトデー」

「……指差すな」


 拳銃の形を作った人差し指で、ばきゅーんと口で効果音を言うのが何だかムカつく。言い捨ててほくほくとした顔のまま境は帰っていった。なんかどっと疲れてリビングに戻ると、先ほどと一つも変わらない体勢でゲームを続けていた弟がちらりとこちらを見る。


「……なに」

「別にー。姉ちゃんこそなに笑ってんの」

「うるさい黙れ。宿題は」

「へいへい」


 悔し紛れに弟の頭をグリグリと撫で回すと、嫌そうな顔をしてゲーム機を置いてソファーから立ち上がる。

 境のにーちゃんの気が知れん。弟がリビングを出る間際に聞こえたセリフに、投げつけたクッションはドアの手前でぽすりと落ちた。




旧web拍手のお礼小話(2017.3.2 初出)多少の追加をして再録です。

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