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隣のバレンタイン

本編『おとぎ話の時間です』(N1259DO)

加賀美真央(主人公友人)視点

 

 その日の給食の時間、うちらの可愛い遥が放ったとんでもない一言で、憩いのひと時は脆くも崩れ去った。


「……よく聞こえなかった」

「あのね、境君が、真央ちゃんに『チョコ欲しい』って」


 にこにこしてもう一度繰り返す遥。一言一句変わらないそれにようやく停止していた思考を再起動させるけれど……ありえない。それ、何かの間違い。

 そして何故にほのかはそんな自信たっぷりにこっちを見ている。


「昨日の放課後ね、靴箱のとこで偶然会って。真央ちゃんに伝えておくねって約束したから」

「とうとうおねだりがきたね、まあちゃん。これは今年こそあげなきゃねえ」

「えっ、一度もあげてないの? あんなに仲良いのに、友チョコも?」

「、んぐっ!?」


 ちょっと待て、遥。私と境が “仲がいい” ? せっかくのココア揚げパンをほとんど噛まずに飲み込んじゃったじゃないか、もったいない。とりあえず、白菜スープで人心地つかせてから参戦だ。

 苦しそうにした私を心配そうに見ているけれど、原因はあなただからね、遥! そしてほのかは、私が男子にチョコあげたことが一度も無いとか、そういう余計な情報を遥に入れないっ。


「そうなんだぁ……大丈夫、真央ちゃん?」

「遥は重大な勘違いをしている。私と境のどこをどう見たら “仲良し” になるの」

「……違うの?」


 小さくちぎったパンを口の前で止めて、不思議そうにこくりと首をかしげる遥。背も低く、全体的にちんまりとした遥は実に小動物っぽい。わざとやっているのでないその仕草がリスっぷりに拍車をかけて、不覚にも色々許してしまいそうになる。

 隣で「さすがパーフェクト……」と呟くほのか。何がパーフェクトなんだかよくわからないが激しく同意だ。でも今、大事なのはそこではない。


「違ーう。私と境はただの腐れ縁の幼馴染、それだけ」

「そう思っているのは、まあちゃんだけじゃないのー?」


 ほのかの笑顔が「にこり」じゃなく「にやり」に見える。こっちはこっちで同じだけ長い付き合いだから、この手の話は微妙にやりにくい。


「第一、あいつの中で私は “男子枠” だってば」


 わりに整った顔で足も速い。お父さんが単身赴任でお母さんと4つ上のお姉ちゃんと暮らす境は女の子のあしらいも上手で、小学生の時から女子に人気だった。でも私は、そんなヤツから女の子っぽい扱いを受けたことがない。休み前の重い荷物を持ってもらったことも、掃除の時に手伝ってもらったことも、風邪を引いた休み明けに体調を気遣ってもらったことだってない。

 されたことといえば体育の100メートル走の勝負や、秋のロードレースの順位争い、期末テストの総合点やそれこそバレンタインのチョコの数。いつも勝手に挑んできては、無視する私にお構いなく一人で勝った負けたと騒いでいる。それはいわゆる “仲の良い男女” のやることではない。


 そんなことを訴える私に遥は微妙な顔だし、ほのかは可哀想な子を見る目を向けてくる。


「……ねえ、ほのかちゃん。境くんって」

「そうそう。本命には残念になっちゃうひと」


 本命かどうかは知らんが、あいつは大概残念だ。

 ブレない私にこれ以上は無駄と思ったのか、友チョコをクッキーにするかマフィンにするかという平和な話題に移って、内心で息を吐いた。



 * * *



「お疲れさまっしたー!」

「っしたー!」


 部活終了の挨拶のあと、校舎に戻る仲間に手を振って校庭隅にある体育用具倉庫へ向かう。今日ハードルを戻した時に、倉庫内がごちゃついていたのがすごく気になったのだ。

 あちこちに置かれたマーカーコーンや箱からはみ出したリレー用のバトンなんかを戻していると、倉庫の入り口に人の気配がした。ここの倉庫を使っているのは私の陸上部の他は野球部とテニス部。どっちかが用具をしまいに来たのだろうと気にもしないで作業を続ける私にかけられたのは、よく知った声だった。


「あれ、お前ひとり?」

「……境。お前って言うな」


 給食時間のことを思い出してげんなりする。よりによってなんでこいつが来るんだテニス部は。後ろからラケットを運んで来た一年生たちに置き場を支持すると、自分も手に持ったボールをしまっていく。


「片付け?」

「ちょっと、気になったから……終わったんなら帰れば? ちょ、それウチの」


 後輩を帰らせた境は、野球部スペースにずれ込んだハードルを綺麗に並べて戻していく。


「散らかってると俺らも使いづらいし」

「……テニス部の方には、はみ出てないと思ったけど」

「まあまあ。二人でやれば、すぐ終わるって」


『チョコ欲しいって』そんな遥の言葉が頭に浮かぶ。こいつがどんな意味でそれを言ったのかは分からないけど、こちらからはなんだか話しづらい。

 ガタガタと金属がぶつかる重たげな音が響く倉庫の中、境はなんてことない風にいつもの通り話しかけてくる。


「真央は昔っからこういうの好きだもんな」

「は、こういうの? っていうか、名前で呼ぶな」

「まあいいじゃん。ほら、綺麗好きっていうか整理整頓好きっていうかさ。ちまちま細かいの地道にやるよなぁ」

「どういうこと」

「幼稚園の時もさ、あの、なんだっけ、折り紙ちぎって貼ってってヤツ」


 ちぎり絵だ。そう、私は見た目はこんなんだが実は細々したことが好きだし、片付け魔だったりする。しかしそれに境が気づいていたとは知らなかった。こいつ幼稚園の工作やお絵かきの時間は適当に済ませて我先に園庭に飛び出すタイプだったから、私のことなんて見ていないと思っていたのに。


「あれ、すごいなって思ったの覚えてる。俺がでっかく二、三枚適当に破いて貼って終わらせたとこをさ、こう小さく小さく色も何色も重ねて貼って。すっげー、綺麗だった」


 虹の絵を作ったのだった。細かくやりすぎて終わらなくて、外遊びにも行かずに時間も日にちもオーバーして仕上げたのだ。出来上がりは満足で、それを見た親が気に入って額に入れてくれて、実は今も家に飾られていたりする。


「……そんなの覚えてたんだ」

「おお。俺、自分の雑さを反省したよ。一瞬な」

「一瞬だけかい」


 懐かしい園庭や先生のこと。気負いなく話せる昔話にほっとして笑いながら手を動かしていたら、片付けは本当にすぐに終わった。10分もかからなかったんじゃないか。

 綺麗になった倉庫内に満足して、一応境にも礼を言おうとしたら、口を聞いたのは向こうが先だった。


「お礼はいいから、今年はチョコちょうだいよ」

「あんた最初っからそのつもりかっ。しかしそれ、冗談じゃなかったの」

「いや、手伝ったのはたまたま。だってさあ、来年は受験でバレンタインなんかやってる暇ないだろ? で、真央の志望校は南高だろ?」

「なんで知ってる……って、お母さんか。全くもう、おしゃべり」


 家が同じ町内なだけあって、親同士も仲がいい。特に母親同士は週一でランチにいく仲だ。女子高生じゃないんだしっていつも思う。


「女子高じゃあ、チョコもらいにいくのも大変じゃないか」

「意味がわからない。境の志望校だって男子高って聞いたし、人のこと言えない」

「まあ、そうなんだけど。こうやって気楽にやり取りできるのが最後かもしれないって思ったら、断然欲しくなった。だって俺、10年以上も付き合ってるのに一回ももらったことないって」


 やっぱり意味がわからない。


「家、継ぐんだろ?」

「まあね、そのつもりの “南高”。国立行きたいし」


 うちは歯医者だ。境の虫歯も、ほのかの矯正治療も、最近では遥の定期検診だってうちの父親が診ている。強制されたわけでもないのに、そんな父の跡を継ぎたいと思ったのはいつからか。わからないけれど、心なしか両親とも嬉しそうだからまあいいかと思っている。本当は歯学部より医学部を目指すよう言われたけど、それはまた考えればいい。方向性は間違っていないはずだ。

 医療系の大学は学費がかかる。高校から私立なんて考えたくもない。国公立で一番、医大への進学率が良かったのが県内トップの女子高だった。


「北高でもいいのに」

「そっちは案外、医療系は少なかった。それに何より男子高」

「真央ならいけるかと」

「よし境、表に出ろ。それでもって歯を食いしばれ」


 大げさに謝る境を急き立てて外に出て、倉庫に鍵をかける。失礼極まりない発言は、職員室への鍵の返却を押し付けることで許してやった。


「……向いてると思うよ、歯医者」

「は、なに急に」


 差し出した倉庫の鍵を受け取らずにそんなことを言い出した境。普段と違い真面目な声音に一瞬、小学校の卒業式を思い出す。卒業生代表の答辞を述べたのは、そういえばこいつだった。


「細かい作業が得意なところとかさ、小さい子や爺さんたちにもに好かれるところとか。だから、なったらいいと思う」

「……言われなくても」

「今までみたいに、こうしてすぐそばで一緒にいられるのもあと少し。だから、真央の最初のチョコは俺がもらいたい」


 なにが『だから』なのか、話が繋がらない。でも、私をからかっているのではないことは、その様子から強く伝わった。鍵を持つ手に固定された私の目は境の表情を映さない。でも、本気なのは分かる……伊達に10年以上も一緒にいない。

 伸ばしたままの腕の先には、揺れてぶら下がる鍵。


「……わかったよ」

「やった! 約束したからな、手作りな!」


 しぶしぶ頷いて目線を上げると、見たこともない笑顔。幼稚園からの幼馴染の初めて見る表情にあっけにとられているうちに、私の手から倉庫の鍵を奪い取るとあっという間に校舎の方に消えていった。


「っ、ちょっと、手作りなんて聞いてな――」


 ちくしょう、言い逃げは卑怯だ。唐辛子でも仕込んでやろうかと、物騒なことがちらりと頭をよぎった。



 * *



「あ、もしもし、加賀美といいますが……あ、遥? うん、そう、私。あのねえ……バレンタインのチョコなんだけど。え? うん、あ、そう、そう本当? ああ、ブラウニーでもなんでもいい。よかった助かった! じゃあ材料は持っていくから……うん、グラニュー糖とバターと……カカオマス? なにそれ、板チョコじゃないの? 駅前の店に? あ、いい大丈夫わかった……うん、それじゃ、ありがと」


 ……はぁ、面倒臭いこと約束しちゃったかな。まあでも、これで恩を着せといたらしばらく忘れないでしょ、多分だけど。

 とうとう私の身長を追い越した境のことを考える代わりにお財布を手に取ると、予想外の買い物にお小遣いが足りるかどうかの心配をすることにした。





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