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お題に挑戦(3)その3【飛ぶ・忘れ物・手紙】

初出:2019/07/29 Twitter

指定ワードを使って書くお題もの③

こちらのキーワードは「飛ぶ」「忘れ物」「手紙」です!



「おかあさん、これ、なあに?」

 言葉を覚え始めた娘が見つけたのは、実家の屋根裏にあった古い絵本に挟まっていた手紙――というか、手紙の中身。つまり便箋。


「お手紙ね。誰が書いたのかな?」

 ひらがなばかりの、自分が幼い頃に親しんだ絵本だ。楽しんだ記憶はあるのに、この便箋は覚えていない。

 手紙ということで中身を見るのに多少の抵抗を感じつつも、端が黄ばんだ紙を開く。経年で折り目から裂けそうな脆さにもかかわらず、インクの黒は今もなおしっかりと主張していた。


 手紙を覗き込む娘は、字が読めないなりに指でなぞっている。微笑ましく思いつつ、万年筆で書いたらしい文字を一緒に追った。


「ええと、『恵へ。誕生日おめでとう』……」

「めぐみちゃん?」

「お母さんの名前だよ。このお手紙はお母さん宛だったみたい」

「おたんじょうび!」

「そうね」


 困った。どうやら自分宛だったはいいが、全く覚えがない。

 娘に先んじて目を走らせれば、便箋の最後には『お父さんより』とあった。


 ――父は、仕事中心で家庭を顧みない人だった。

 単身赴任で年末年始の数日にしか会わない父に、私は人見知りして泣いてばかりいた。

 一緒に暮らせるようになったのは私の年齢が二桁になってからで、その後も忙しそうなのは変わらなかった。

 手紙の父は、私の五歳の誕生日を祝っている。


 会いたいのに会えないこと。

 私の写真を大事に持っていること。

 寝顔以外に目にするのは泣き顔ばかりだけれど、成長が嬉しいこと。

 遊園地に連れて行きたいと思っていること。


 親子で遊園地なんて、行ったことない。

 入学式すら来たことのない父親とは、あまり上手く話せなかった。嫌いではないが、親しめなかった。どう接したらいいかわからないまま家を出て、飛ぶように日々は過ぎた。


『近寄るとまた泣かせてしまうから、恵が好きな絵本に手紙を挟むことにした』


「お父さんってば……」

 この本は一、二歳の子に向けたいわゆる「初めての読み聞かせ絵本」だ。私も大好きだったが、五歳の私が好む絵本では決してない。

 しかも手紙には漢字も使ってあって、当時気がついたとしても読めなかっただろう。


 あの父は、そんなこともわからずに手紙を挟んだのか。自分の子どものことなど本当に一つも――


「おかあさん、ぶつけた? いたいの?」

「……痛くないよ、大丈夫」


 突然涙を零した私の頭を、小さな手が撫でる。痛いの痛いの飛んでいけ、そう歌う幼い声は開けた天窓を通って空へ向かった。


「ありがとう。もう平気」

「おまじない、きいたー!」


 きゃっきゃと両手を上げる娘をぎゅっと抱きしめる。多分、私にそうしたくてできなかった父の代わりに。

 ゆっくりと手紙をたたむと、絵本に挟む。

 ――この本を持って帰ろう。

 五歳の私の忘れ物のこの本に、いま会えてよかった。

 他にも数冊見繕っていると、ギシ、とはしごの軋む音がして、床の開口部から頭が覗いた。


「見つかったか?」

「うん、あったよ。すぐに分かった。もう戻るとこ」

「そうか」

「ねえ、お父さん。今度遊園地に行かない?」

「お、遊園地か」


 すっかり髪も白くなった父と、母になった私と、娘と、家族みんなで。

「孫娘と一緒に……リベンジ」

 そう言ってあの絵本を掲げると、今も無口な父は照れ臭そうに笑った。



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