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乙女ゲーム転生の話

出来心で「乙女ゲーム転生」を書いてみたらこうなりました……すみません。


 私はエイミ・ノースランド。魔術院技術局長のノースランド伯爵を父に持つ、伯爵家令嬢だ。

 会議だ研究だ試作機の試験だと、連日帰りの遅い父が珍しく陽のあるうちに帰宅した昨日。渋い顔をした父と困惑顔の母の待つ書斎に呼ばれた私は、第三王子との婚約を打診されたと聞かされ、彼の絵姿を見せられた。


「上のお二人は既に隣国からのお輿入れでの婚約が整っている。国内情勢のバランスを取るために第三王子は国内で婚姻を結ぶ必要があるのだよ」

「まあ、あなた。そうは言ってもエイミはまだ十歳ですわ」

「私もそう言ったさ。だが、あくまで候補、とのことで押し切られた」


 不本意である、との雰囲気を隠しもしない父が言うには、他にも侯爵家令嬢など、数人の候補がいるということ。

 茶会や園遊会などを通じ、一、二年ほど時間をかけて様子を見ていく意向だということなど、父の口が動くのを眺めていたが、その声は次第に遠くなっていった。

 絵姿の王子様はダークブロンドの髪に、銀色めいた明るいグレーの瞳。今はまだ十四歳という年齢相応に幼さは残るが、気品ある容姿はどう見てもえらい美形になる将来しか見えない。


 ……この顔には、見覚えがある。でも、どこで? いつ?

 まだ社交界にデビューもしていない私には、家族ぐるみで付き合いのあるごくわずかな友人達しかいない。

 兄の学友達は時々遊びに来るが、魔物討伐にハマりまくっている兄の類友は皆気さくで庶民的。こんなノーブルな人にはついぞお会いしたことがない。

 第三王子もお披露目前だから、社交誌に載ったこともないはずだ。ここは肖像権なんて無いが、パパラッチもいないのだから写真や絵姿が出回るわけは――え、なに。『パパラッチ』? はい?


「あら、エイミっ!?」


 まるで雷に撃たれたかのように目の裏が激しくハレーションを起こし、私はその場で昏倒した。


 そうして翌朝目が覚めた時には、思い出していた。

 私の前世を。

 ごく普通の女子高生だった自分を。


 ――なんてことだ。


 これはいわゆる、


「……乙女ゲーム転生?」


 高校生になってようやく持たせてもらったスマホ。いそいそとダウンロードしたいくつかのゲームアプリ。私はちっちゃいぷよぷよしているのを積み積みするのが好きで、あとは農場を作ったりして遊んでいたのだが、友人に勧められてひとつだけ、恋愛シミュレーションゲームも入れていた。

 フレンド枠充実のためと頼まれて、イベントの時だけ毎日ログインして件の友人に友プレを送るという微妙な遊び方をしていた。タイトルも覚えていないそのゲーム、絵はやたらキラキラしく美麗だった。確か、もう少し大人になった感じの「まさにあの顔」が、他の数人の各種イケメンと一緒にオープニング画面でウツクシク微笑んでいた。


 ……なんてことだ(二回目)


 オンライン小説にどっぷりハマっていた母のウェブ本棚に、こういうのがたくさんあった。ゲームの世界に転生するんだ。で、大抵はライバルキャラなんだ。ざまあ回避とかで色々やるんだ。


「でも、私の立ち位置って……友人とかのモブならいいんだけど」


 セリフがあるようなメインは嫌だなあ、人前で何かするのは昔っから苦手なんだよ。体育のダンスなんてもう、滅べばいいのに。

 ゲームで見ていたのはオープニングとフレンド画面だけで、中身は未プレイだ。チュートリアルこそはやったけど、ヒロインはまだ顔も地味で髪色も長さも選べたから、参考にもならない。


 のそのそとベッドから起き上がり、サイドテーブルにあった鏡を手に取る。

 父譲りの黒髪に、つり目がちな大きな瞳は猫のような金色。なかなか整った、しかし可愛いというより十歳にしてすでに綺麗系の顔立ち。

 ……だめだ、どんなに脇役命なキャラデザだとしても、この顔はモブではありえない。そして、父の言葉が脳裏をよぎる。「第三王子の婚約者候補」……これは、きっと、ヒロイン枠ではなく、悪役令嬢だろう。


 ――なんてことだ(三回目)


 ええ、嫌だ。

 だってあれ系の小説なんかでは大抵、好きでもない偉いさんと婚約させられて、ヒロインという名のビッチに盗られて婚約破棄されて一家離散の未来ばかりだった。そんなの最悪以外の何物でもないじゃないか。

 うちの家族は、珍しく両親は恋愛結婚で仲がいいし、領地経営もお父さんの仕事も順調。お兄ちゃんは多少元気がよすぎてたまに引くが、面倒見もよく兄妹仲も良いまま育った。

 今は学園の寮に入っていて、長期休みに帰って来る生活で――あ、あれ、あのオープニングの中にお兄ちゃんっぽいのもいた気が……遊び人の冒険者風の……うわあ、なりそう。週末ごとにダンジョンや魔獣生息地に入り浸っているあのアニキならなっちゃいそう! と、すると、兄も攻略対象とか、やっぱりか!


 前世の記憶に混乱しながらも、ここはゲームの世界だったのかと、嘆きとも諦めともつかない気持ちがぐるぐると私をがんじがらめにしていって、気付けばほろほろと涙がこぼれていた。


「エイミ、具合はどう?」

「っ、お、おかあさま……」


 軽いノックに続いて、心配そうな表情でそっと部屋に入ってきたのはお母様。泣き顔の私を見ると、困った顔でベッドに腰掛けた。傾いたスプリングのままに、ぎゅうと母に抱きつく。


「あらあら、泣き虫さん。まだ気持ちが悪いの? それとも頭が痛い?」

「ちが、ちがうの。わたし、ゲームお、もいだし……」


 言ったところで信じてもらえるわけがない、そう普段だったら理性が働くのだろうけど、思い出したばかりのごちゃごちゃした頭はそこまで働かなかった。

 つい、ぽろりとこぼれた言葉は単語でさえさぞかし意味不明だったろうに、母は落ち着かせるようにぽんぽんと私の背中を撫でた。


「あら。エイミも思い出したの」

「……え?」


 驚いて見上げた母は、私と同じ金の瞳を面白そうにきらめかせてにこりと微笑んだ。


「びっくりするわよねえ、家族まるっとみんなで転生しているなんてね」

「っ、はぁ!?」

「あっちもこっちも大して変わらないから、大丈夫」

「お、お母さん」


 私の戸惑いを置いてけぼりで、家族全員思い出した記念に、お赤飯でも炊こうかしら、なんて母はにこにこと楽しそう。

 ――そうだ。こういう人だった。ちょっとずれていて呑気でマイペース、ところにより頑固。どどっと流れ込んだ前世の記憶と今世の記憶が私の中でマーブル模様になっている。

 そして母はいま、なんと言った。家族まるっとみんなで転生……みんな? え、ちょ、それは聞き捨てならないぃっ!?


「え、あの、お父さんも?」

「そうよ、お父さんも。相変わらず機械いじってるでしょ」


 お父さんはメーカーの技術者だった。今はちょっと変わった魔道具の開発をしている……おお、納得。


「お、お兄ちゃんは」

「思い出した瞬間に『リアルで狩ってやるぜ!』って。あの子はまったく……」


 ちょっと遠い目をしたお母さんが「あの肉はなかなか上手に焼けないと思うわあ」などと呟いている。双剣でエリアルがお気に入りだったお兄ちゃんと、ある時期からやたら魔術と剣術の実習に意欲的になった今世の兄が重なる。うん、アニキだ。間違いない。

 たしかに学園では成績優秀で通っているようだが、動機がモンスターをハントするワールドではっちゃけるためだなんて、誰が想像つくだろう。


「お母さんも、私も……みんな一緒に……」

「ふふ、仲良し家族ね」


 そういう問題だろうか。ああ、でも、すごく懐かしい気がする。おかあさん、と抱きつけば前髪をよけて頬を撫でてくれる、前と同じ手の温度。

 それに安心して、ここが記憶の中のゲームの世界だと思う、そして自分は悪役令嬢ポジじゃなかろうか、という疑惑をそのまま伝えた。すると母はちょっと小首を傾げる。


「ねえ、エイミ。あなたはどうしたい?」


 どうって、婚約も破棄も嫌。一家離散はもっと嫌。


「たしかにそういう小説はたくさんあったわね。で、エイミの持っていたゲームに似ている、と。でもねえ、大丈夫。ここは現実よ」

「だって、強制力みたいなのが……」


 そう、どんなに頑張ってざまぁ回避しても「ゲームの強制力」というものが働いて結局は……というパターンもかなりあった。


「そんなの、ないわよ」

「ないの?」

「お母さんが無いって言ったら、な・い・の」


 不穏な笑みを口元に浮かべるお母さんに一気に記憶がクリアになる。この顔が出ると前言撤回はありえない、反発は時間のムダだ。

 思い出したばかりの私では分からないが、きっと母にはそう言い切るだけの何かがあるのだろう。


「ああ、うん……そっすね」

「うふふ、エイミちゃん。言葉遣い」

「そうでございますわね、お母様」


 ちょっと頬が引きつってしまったけれど、そう言って笑い合う頃にはすっかり心も落ち着いた。


「で、もう一度聞くけれど。ゲームとか、そういうことはひとまず置いておいて。エイミはこれからどうしたい? せっかくだもの、何かしたいことはないの?」


 そう言われて、一つのことが心に浮かんだ。いいのかな、これを言ってもいいかな。わくわくして私の返事を待っている母に思い切って言ってみることにした。前なら即却下だったけど、今ならもしかして――。


「……猫が飼いたい」

「言うと思ったわ!」


 クイズが当たったように喜んで、両手をパチンと叩く母。だって、前の時はお父さんも私もアレルギー持ちだったから、動物が飼えなかったんだ。ものすごく好きなのに。


「ここにはスギもヒノキもイネもないから、花粉症もないでしょう。お父さんも今はアレルギーないよね?」


 ノースランド伯爵家は、使用人の数は普通より少ない程度だが、掃除にだけは十分すぎるほどに配置していて、常に埃一つ落ちていない。ハウスダストにも反応していた「お父さん」の差配に違いない。


「猫と鳥と犬が飼いたい。フェレットでもいい」

「いつか絶対に言い出すと思って、何も飼わないで待ってたのよ」


 私に選ばせるつもりだった、と言う母に嬉しくなる。今までも飼いたかったけれど、どうしてか言い出せなかったのだ……これはもしや、覚えていない過去の記憶に引っ張られていた系だろうか。

 早速探そう、買うのではなく保護猫や捨て猫を引き取りたいんでしょう? と言われて大きく頷いた。そんなことまで覚えているなんて、やっぱりお母さんだ。


「あ、でも、あっちはどうしよう。婚約とか、嫌なんだけど……」


 ゲームの世界でなかったとしても、あの画面のイラストが私の記憶にある以上、なんとなく怖い。出来ることなら近づきたくないと思ってしまう。


「簡単よ。候補者はほかにもいるのだから、選ばれなければいいの」

「なんてお気楽な」


 自分で言うのもなんだけど、この顔はなかなか美人だと思う。ついでに魔法素養も高く、母の実家は海運に強い影響力を持つ辺境の領主だ。

 いつも後継争いで揉めている某侯爵家や、わがまま姫と評判の高い某伯爵令嬢(三歳)ら、ほかの候補者と比べると困ったことに消去法でも残りそうじゃないか。

 でも、母は自信たっぷりに問題ないと言い切る。

 ……は! もしや第三王子は、びーえる?

 私の思考などダダ漏れらしく、母におでこをぐりぐりと戒められた。はい、スミマセン。不敬でした。


「ほほほ、エイミ? その歳で貴腐人は困るわぁ。あのね、食べなさい」

「は?」

「太ればいいのよ」


 どキッパリと胸を張る母にめまいがする。


「ぷくぷくになっても、エイミは可愛いウチの娘よ! だから心配しないでいっぱい食べてたっぷり太りなさい! そう、ドレスがはちきれんばかりに!」

「えぇー?」


 でも確かに、このあたりの国では美人の条件の一つに「痩せている」というのがある。特に王族は対外的な外面もあって、容姿端麗は必須条件で……あら、もしかして、なかなかいい案?


「エイミは男の人が苦手でしょう? 外見なんて気にしない、優しい旦那様を探す役にも立つわ」


 そう、前世の私は男の子が苦手で女子校にまで行ったんだ。健康的に太って、外見ではなく性格とかを見てくれる人と結婚して、動物たくさん飼って――なんだこれ、最高じゃないか。お母さん、ナイスアイデア!

 母とハイタッチを決めたその日以降、私の食事の皿数が増やされたのだった。







エイミ・ノースランド伯爵令嬢:

一家まるごと転生者。黒髪金眼の美人さん。家族大好き、動物大好き。兄は膨大な魔力を武器に空中を舞うような剣技で各種モンスターを討伐しており、学生ながら冒険者としても名を馳せる。実力のある家、さらに容姿も可愛いとの噂を聞きつけた王子の側近たちによって強制的に婚約者候補にされる。第三王子との初対面時には噂と違いすぎる姿に驚かれた。順調に候補から外れると思いきや「動物大好き」な第三王子に妙に懐かれ、友情が芽生えてしまっている。ゲームだったら嫌だなあ、と思いつつも、王子から贈られた白フクロウの「ふくた」を伝書鳩代わりに文通をする日々。



第三王子:

優秀な第一王子、縁の下の力持ちな第二王子という出来た兄二人と歳の差でひょっこり生まれた末っ子王子。王族として己のみそっかすな立ち位置に疑問と不安があり、言えない鬱屈を馬や犬に語っていた寂しい人。自分は政略結婚くらいでしか役に立たないし、と半ばやさぐれて挑んだ顔合わせの場で、一人明らかにぷっくぷくな伯爵令嬢の堂々とした姿勢に度肝を抜かれる。話せば同じ動物スキー。今は家にいる動物たちに夢中で恋愛は興味ないと即却下されてしまったので、せめて眼中に入れてもらおうと頑張っている。



――――――――――


※「そんなことより、猫が飼いたい〜乙女ゲームの世界に転生しました〜(N5290ET)」として連載を開始しました。

リクエストありがとうございます!(2018/05/17)

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マシュマロ

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