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なんちゃってラムレーズンアイス

本編『喫茶「香」には猫がいます』(N2735DX)


旧web拍手お礼小話に微修正

 

 ちょっと面白いのが入ったから。そう言って正人さんが持って来たのは黄色いラベルのボトル。

 閉店後の「香」のサンルームで試作や新作の試食をするようになってだいぶ経つ。二人でいることにも慣れて、敬語もすっかり抜けた。こんな日はスタッフさんはさくさくと後片付けをしていつもより早く退出してしまい、膝の上にはチャコちゃんがいるのもお約束だ。

 グラスを1つだけ用意する正人さんにどんなワインかと聞けば、ワインではなくて「シェリー酒」だと言う。


「私、シェリー酒って飲んだことないなぁ」

「俺もこのタイプのは初めてだったけど」


 私が好きそうだと思って、そう言って目の前にとん、と置かれた瓶はキャップのところに金色の南京錠がかかっている。


「鍵? 本物?」


 遊び心があるデザインにワクワクする。小さい鍵を渡されてカチリと開ける。プラスチックの蓋の内部には短いコルクが付いていて、キュキュ、と鳴らして栓を抜くと予想外に甘い香りがした。

 少し小ぶりなワイングラスにコプコプと注がれるそれは、意外なことに赤ワインよりずっと色が濃い。濃いというよりも、


「黒いね……コーヒーみたいな色」

「シェリー酒っていったら辛口で透明なのを食前酒に、っていうのが最近は多いらしいけれどな」

「え、そうなの? 私は、少し甘口で薄い茶色かと思ってた」


 なんとなく。シェイクスピアとかによく出てくるし、いや、しっかり読んだことはないけれど、ブランデーとかと似たような扱いかと思った。何か、ドレスのご婦人が飲んでいるイメージ。

 聞けばこれはシェリーの中でも少し変わり種らしい。


「まあ、飲んでみて。多分、気に入る」


 勧められるまま手にとってグラスに唇を寄せる……とろりと喉をつたう甘く濃い葡萄の香り。これは、アレだ。


「っ、何これ、すっごく甘い。干し葡萄?」

「実際のアルコール度数は高いから、気をつけて」


 甘い喉越しに騙されそうになったが、言われてみれば胸のあたりが確かに熱い。驚いた私に満足そうに微笑んで、正人さんは瓶についたラベルを指差す。引き寄せて裏側を見れば、アルコール度数十七度。わお。結構高い。


「デザートワインの位置付けかな。ケーキにも合うらしいけれど、今日はこれ」


 器ごと冷やしていたバニラアイスに、とう、と流しかける。まさかそうくるとは思わなくて、さらに目を丸くする私を正人さんは楽しそうに見つめる。

 はい、と目の前に出されたそれを、期待を込めてそうっとひと匙すくった。


「……美味しい」


 どうしよう、すっごい好みの味。滑らかなバニラアイスの舌触りはそのままに、甘く香る葡萄と濃いアルコール。


「ラムレーズンアイスクリームみたい」

「これだと干し葡萄が入ってなくていいだろう?」


 ラムレーズンアイスは元から好きなのだけれど、コロコロと入っている干し葡萄の食感がちょっと邪魔だと思う時があったのだ。それは前に一緒にアイスクリームを食べた時の、なんてことのないおしゃべり。

 ――軽く話したそんなことを、覚えていてくれたなんて。


「え、本当においしい、びっくりした。正人さんは食べないの?」

「飲酒運転になるから」


 私の分にだけシェリー酒をかけて、自分はバニラアイスをそのまま食べている正人さんは、いつもアパートまで送ってくれる。仕事後で疲れているだろうに悪いなあとは思うものの、実際少しでも長く一緒に居られるのは嬉しくて、運転するのはストレス発散にもなるから、と言ってくれるのについ甘えてしまっている。

 気に入ったかと聞いてくる声に、スプーンを慌てて口から出して頷く。


「ん、何?」


 冷たいアイスクリームを食べているのに熱いのは、先に飲んだシェリー酒のせいか、膝の上でうとうとしているチャコちゃんから伝わる体温か。私が小さく口の中におさめた言葉を聞き返されて、照れ隠しに柔らかい縞模様の背中に埋めた指を毛並みに沿って動かす。

 普段の私ならきっと言わないけど。


「ううん、何も……好きだなあって」


 チャコちゃんも、アイスもシェリー酒も、正人さんも。

 上がる口角も染まる頬も、理由は色々つけられるから――今夜は口にしても、いいよね?




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