「猫がいます」こぼれ話・呉服屋の一幕
本編『喫茶「香」には猫がいます』(N2735DX)
番外編「祭りの支度はこちらでどうぞ」からはみ出た分です。
旧web拍手のお礼小話に加筆修正しました。
慣れた呉服屋の店内に慣れぬ相手。あまり見ないようにはしているが、つい視線は向かい、何度か目が合ってしまう。急かしている風に取られなければいいのだが。
居心地は正直言ってよくないが、さりとて店外に出るという選択肢は今日に限って存在しない。そんな風にして待つともなく待っていると、女将さんが振り向いて手招きをしながら声をかけてきた。
「あ、じゃあ、マサ君ならどっちがいいと思う?」
「え?」
「下駄は決まったんだけど、鼻緒の色がね。紫もいいけど赤も綺麗ねって迷ってるの」
俺なんかが見ていいものかと躊躇いはあったが、彼女の方を見れば本当に決めあぐねているようで、困った顔でこちらを見上げてくる。
「俺、よく分かりませんが」
「いいのよ、ぱっと見で率直な意見をね」
女将さんの言葉に彼女が大きく頷くのを見て、試し履きをしている方に歩いて行く。
「これなんですけど……悩んじゃって」
小上がりになった畳の上に腰掛けて、決めた下駄の上に素足を乗せている――ちょっと待て、これは。スカートを少したくし上げた状態の、彼女の白い足の甲。そこに女将さんが赤と紫の鼻緒を交互において見せてくる……頼むから。もう、それだけでヤバイから。「ほらちゃんと見て」とか、言われなくても見てしまうって。
普段陽に当たっていないだろう白さの素足を惜しげもなく晒されて、自分よりずっと小さいその指に驚く。俺も足あるけど、全然別次元。血管が見えるほどに薄い皮膚。短く整えられた爪にはごく薄いピンクベージュのネイルがさらりと塗られていて、うわ、本気でまずい。
「えっと、あの、お見苦しいものを……」
「っ、いや、全然」
「ねえ、浴衣が藤の模様でしょ? その色からいくと紫がもうばっちりなんだけど、赤がね、肌色がすごく綺麗に見えるし――ふふ、マサ君のオススメは赤ね」
目が釘付けだもの、とにこやかに言われて思わず目線が泳ぐ。
「え、あ、じゃ、じゃあ……赤い方に、します」
「はい、赤いのすげましょうねぇ」
ころころと笑いながら、下駄と鼻緒を持って奥にいる旦那さんに渡しに行く女将さん。ガン見した言い訳の仕様もなくて、とりあえず片手で顔の下半分を押さえておくことにする。
「……すみません」
「えっ、そんな、お願いしたの私ですし、こちらこそすみません、朝からずっと靴履いていた足なんか見せちゃっ、」
「いえ、よく似合っていました」
『なんか』ってなんだ、『なんか』の訳がない。被せるように遮って言うと、少し驚いた顔をして、それから耳まで赤くしてへにゃりと笑みくずれた。
「……そ、そうですか?」
「はい」
それならよかったです、と下を向いて小さい声で呟く彼女がたまらなく可愛く見えた。
やっぱり本気で、俺はいろいろとやられている。




