甥と私と、それから彼のクリスマス
本編『甥と私と、それから彼と』(N1897DP)
暖かな火が燃える大きな暖炉。歳月を経た家具は磨かれ、重厚な威厳の中にも確かに愛用された趣を残す。
天鵞絨のカーテンが寄せられた客間の格子の窓からは、積もった雪が夕日に照らされて静かに煌めくのが見える。
小ぶりな水仙がたっぷりと生けられた花瓶からは芳しい香り、テーブルには心尽くしのお茶の支度……なんて素敵なんでしょう。まるで夢のようです。
そう、ここが、王都のホーソーンさまのお屋敷でなければ。
最初にホーソーンさまに連れられてこちらに参りましたのは、春の頃でした。
お義兄さまとホーソーンさまのお父さま……アッシュのお祖父様にあたり、つい先ごろ家督をホーソーンさまに譲った先代さまは、亡き義兄夫婦に対して正式に謝罪をなさり、さらに、後継は考えなくていいとのお言葉とともにアッシュをご自分の孫として認知なさいました。
天に召されるまでの短い間ただの一人の祖父としていさせてほしいだなんて、あの枯れ木のような腕で手を握られて否やなど言えるわけがございません。
そして確かにアッシュと会っている時の先代さまはお顔色もよいようでしたので、医師の勧めもあり、その後も度々、王都のお屋敷を訪問するようになりました。
夏が過ぎ、秋が来て。
アッシュを連れてお見舞いに通う時間は次第に長くなり、寝ているのもお辛そうだった先代さまは、やがて車椅子にも乗れるくらいになられました。
今日のようにローズマリーやこちらの執事のウッズさんを連れて、腕を伸ばしたアッシュが車椅子を押し、屋敷内や温室を楽しげに廻る姿を微笑ましく眺めることも多くなったのです。
アッシュとの時間のおかげでどんどん快復なさる先代さまのご様子に、もう少し、あと少し、と屋敷の方々やホーソーンさまに滞在を請われて、王都で過ごす日々は長くなる一方。
こちらに居てもお針の仕事は変わらずにミセス・ローリエが取り次いでくださってますし、留守にしている町の家も時折ホーソーンさまのご指示で手入れにも行ってくださっています。
アッシュのお友達、ケイン君のリンデン家は元々王都に屋敷があり、こちらでも行き来させていただいておりますし、不満も心配もないと言えばないのですが。
でも。今回だって、紅葉の頃に参りましたのに、今はもう、クリスマスなのです。
せめて私だけでもいい加減にお暇しませんと、あまりにも長い滞在は非常識でしょう。
帰ろうとした時に限って体調を崩されてしまう先代さまも、この頃は快さそうですしそろそろ、とローズマリーとも話しているのですが……あら、ウッズさん、それに皆さん。ええ、どうぞ、お入りになって。
ああ、クリスマスの飾りね。もちろんどうぞ。
でも、このままでも十分いいお部屋でしてよ? え、あら……まあ、そう言われてしまえば、そうですわね。ふふ、アッシュも喜びますわ。ええ、お任せします。
それは宿り木ね。ええ、もちろんこのお屋敷のどこに付けられるのも私の許可など。私はアッシュのおまけですもの。
本当に、こんなに長くお世話になってしまって。でも、そろそろ町に帰り……え、どちらかと言えば緑の方が。ええ、右のほうのが合うと思いますわ。あら、こちらも? そうね、アッシュは青いほうがいいかしら。でもこの子馬の柄も好きそうね……。
はい、まあ、玄関ホールのあの大きなモミの木が。え、今? ええ、私は大丈夫ですけど、あら、ショールまで……そうね、せっかくですし見に行かせていただきますわ。
ねえ、ウッズさん。毎年このようにクリスマスの飾り付けを? あら、やっぱり。アッシュは好かれていますわね、嬉しいですわ。
まあ、そんなに長いことやっていらっしゃらなかったの。ご馳走も……それは、お屋敷の皆さまも寂しかったことでしょうね。ああ、そんな。私のなんて田舎料理ですわ。それはまあ、お義兄さまも美味しいって仰ってくださいましたけど。
あの、ウッズさん、宿り木があちこちに見えるのだけど、ちょっと多すぎやしないかしら……あら。そうなの、そんなお二人が。それでお屋敷の皆さんで二人の仲を進展させようと?
……ああ、まあ、そうねえ。それは、やきもきしちゃうわね。
話を聞く限りでは、もうちょっと男性の方が頑張らないとダメかしら。
そうね、このたくさんの宿り木がきっかけになればいいわね。だって、ウッズさんたちがたまらずに応援するくらいお似合いのお二人なのでしょう?
ね、私も応援してあげたいわ、こっそり教えてくださらない、キッチンのマーサとベン? それともティナとトッド、 違って?
もう、笑ってごまかすなんて意地悪ね。ええ、お髭に隠しきれていませんわよ。
まあ、本当に立派……なんて素晴らしいツリーなのかしら。
あ、これはアッシュと作ったクッキーね。飾ってくださって嬉しいわ。夜になったらあの蝋燭に火を灯すのね。それは素敵でしょうね。
あら、ふふ、こんなとこにも宿り木が。本当にあちこちに置いたのねえ。
これだけあれば、絶対にどこかで一緒になるわね。でも逆に照れちゃってお部屋から出てこなかったら……まあ、そんなところまで用意周到。実は楽しんでるでしょう、ウッズさん?
今、点けてくださるの。思った通り、とても綺麗。
あら、ウッズさん、呼ばれていましてよ。ええ、一人で大丈夫、せっかくですし私はこちらに掛けてもう暫く眺めていますわ。
ねえ、本当に綺麗で……。
……歌なら、お姉さまとお義兄さまに、届くかしら。
そうだわ、アッシュにも見せてあげ……っ、ホーソーンさま、いつお戻りに?
驚かせないでくださいませ。あら、そんな。確かに見惚れていましたけれど、耳は閉じておりませんわ。そんなに笑わなくっても、だって、本当に驚いたのですもの。
――っま、まあ、聴いてらしたの? いやですわ恥ずかしい。聖歌隊にいたのだって子どもの頃の話ですわ。もう、お忘れ下さいまし。
……まあ。ふふ、そうですわね。はい。
おかえりなさいませ、ホーソーンさま。
え、上を見ろ? ……宿り木、ですわね……。
実際のところホーソーンさまがお相手なら、とっくのとうに祭壇の前に立たされてるはずですが、降ってきたのだから仕方ない。「クリスマスIF話」と思っていただければ!
ヒロイン / 特技:針、スルー
必殺技「まあアッシュ、そうね、『正々堂々』も『女性を守る』も立派な騎士道精神よ」
ヒーロー / 特技:仏頂面、威嚇
返し技「あらアッシュ、今日もホーソーンさまに遊んでいただくの? 本当、仲良しねえ 」
……すっごい今更なんですが。このお話、メインの名前は植物つながりでした。
ホーソーン(サンザシ)
アッシュ(トネリコ)
ローズマリー、ウッズ、リンデン、ローリエはそのまんま。
義兄と姉の名前も考えてましたが出番なし。
そして、肝心のヒロインは……お好きな名前で呼んでくださいませ!
※そして、宿り木何それ?って方は「クリスマス ヤドリギ」で検索してニマニマしてくださいね。
(2016.12.24の活動報告より転載)




