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若気の至りとも言いますが…その3

 賭けの対象であるマリアンナ・ヒルグレーヴと初めて言葉を交わした日の夜。

 俺は愛人の家には行かず、ポールの部屋にいた。


「で、誘ったのか?」

 俺の悪友であるポールが目を輝かせながら言った。

 俺はワインを飲んでいたが、グラスから口を離すと、

「これ、イマイチだな。親父さんに言っておけよ」

 ポールの家は手広く商売をやっていて、特に飲食業に力を入れている。だから、ポールはちょくちょく酒を盗って来てくれる。

「いや、黙って持って来てるんだから、味の感想なんか言えないって」

 ポールはごく当たり前のことを真面目腐って言うと、「いや!ワインのことなんかどうでもいいって!マリアンナ・ヒルグレーヴだよ!お茶くらい誘ったんだろ!?」

「いや。グラントに紹介してもらっただけ」

 グラントとマリアンナ・ヒルグレーヴは同じクラスだった。

 お互い自己紹介し合った後、俺はすぐに退散した。

 グラントは賭けのことはもちろん知らないが、俺が同じ年頃の女に興味がないことは知っている。そんな俺がマリアンナ・ヒルグレーヴに必要以上に愛想良くしたら、不審に思うはずだ。

 グラントは鋭いから気を付けなければならない。ただ、そんなグラントの目を盗んで、悪さをすることに俺は愉しみを覚えていたりする。


「それにしても、マリアンナ・ヒルグレーヴって、冷ややかだって誰か言ってたけど、そんな風には感じなかったけどな」

「え?そうなのか?おかしいなあ。皆、言ってたし、俺もそう感じたけどなあ」

 ポールは首を傾げた。

「ふうん・・・」

 俺も首を傾げたが、「あ」

 そうか!マリアンナ・ヒルグレーヴはグラントに惚れてるのかもしれない!

 だから、グラントの前で評判がけしていいとは言えない俺であっても冷ややかな態度は取れなかったんだろう。

 そう言えば、何となく顔が赤かった気がする。・・・なるほど。やっぱり、あの女はグラントに惚れているようだな。これはツイてるぞ。

 可哀相だが、マリアンナ・ヒルグレーヴの恋が叶うことはない。グラントにはこれ以上ない程の相手がいるのだから。

 グラントには決まった相手がいることを仄めかして、傷ついたマリアンナ・ヒルグレーヴを俺が手厚く慰める・・・うん。いいな。


 賭けのルールは俺が対象の女にキスができたら、勝ちだ。もちろん、無理矢理ではなく、俺のキスに女の方も応えてくれないと勝ちにはならない。

 あの女教師とはキス以上のことをさせてもらったが、年若い、未婚の女性の純潔を奪う程、俺は人で無しではない。

 と、言うより、結婚しなくてはならなくなるから、そんな大きな代償が伴う遊びはしない。

 ともかく、慰めついでにキスくらいはできるだろう。

 俺には劣るが、まあまあいい男であるグラントが幼なじみで良かった。


 俺が自分の思い付きにすっかり満足していると、

「もしかしたら、マリアンナ・ヒルグレーヴは四姉妹の三女らしいし、男に免疫がないだけかもしれないな」

 ポールが訳知り顔で言った。

「このワイン、俺はもういいや」

 俺は口に合わないワインを押しやると、「四姉妹かあ。女ばかりだと男に免疫がないどころか、男にある種の幻想を抱く可能性があるんだよなあ」

「幻想?どんな?」

「好きになった男はどんな男であれ、王子様に見えたり・・・例えば」

 俺は両手を握り合わせると、窓の外を見つめて、「いつかきっと王子様のように素敵な殿方が私の前に現れるはずなの。・・・みたいな?」

 ポールは吹き出して、

「気持ち悪ー!でも、そんな女、いる!いる!ロクサーヌ、上手い!」

「だろ!?」

 俺は声を上げて笑った。


 一頻り笑った後、

「それにしても、お前は本当に女子生徒のことに詳しいよなあ」

 ポールはにっと歯を見せて笑うと、

「何でも聞いてよ」

「うーん。聞くと言うより、調べて欲しいことがあるんだが」

 ポールはまた目を輝かせて、

「美人のことなら、何でも調べるよ!」

「よし。俺が賭けに勝つためには、マリアンナ・ヒルグレーヴとエレン・スターリングが一緒でない時を狙わないといけない。だから、二人がどの授業を取ってるか調べてくれるか?もちろん、エレン・スターリングが全属性持ちだってことは知っているが・・・」

 ポールはきょとんとして、

「どうして、エレン・スターリングの属性を知ってるんだ?」

「おいおい。エレン・スターリングはマーベリック侯爵家の令嬢だぞ」

「いや、俺だって、そりゃ知ってるけど、ロクサーヌは他の人間を知る必要なんかないとか言ってたじゃないか」

「マーベリック侯爵家は今となっては珍しい王族と魔女の血を受け継ぐ家だ。さすがの俺でも知ってるよ。まあ、エレン・スターリングの名を覚える気はなかったが」


 エレン・スターリングは名門のマーベリック侯爵家の令嬢だ。

 王族以外で、王族と魔女の両方の血を受け継ぐ家は今では片手で数えられる程しかない。

 マーベリック侯爵家も名門だが、アークライト伯爵家は名門中の名門だ。王室付きの魔術師を多く輩出していて、血筋だけで言えば、カーライル公爵家よりもずっと優れている。

 年が見合う娘がいれば、是非とも娶りたいと思っていたのだが・・・。


「残念ながら、アークライト伯爵家は男兄弟ばっかりなんだよな・・・」

 と、俺が言葉通り残念そうに呟くと、

「あー」

 ポールは俺を指差すと、「ロクサーヌはカーライル公爵家に王族と魔女の血を入れたいと言うわけか」

「ご名答」

 と、言って、俺もポールを指差した。

 もちろん、フェリシアを娶れたら、一番良かったのだが、グラントから奪いたいと考えたことは今まで一度もないし、今後もないだろう。

 何より、幼い頃から知っている二人には幸せになってもらいたいんだ。

 ・・・けして、二人には言わないが。


「ロクサーヌも家のことを考えているんだな・・・」

 ポールは意外そうだ。

「そりゃ、俺も次期当主として、後々のことまで考えているさ。それに、俺は天才だが、生まれて来る子まで天才だとは限らないだろう?出来るだけのことをしてやらなければならない」

「前から言いたかったけど、自分で天才とか言うなよ・・・」

 ポールはうんざりしたように言ったが、ふと細い目を丸くさせて、「え?ってことは・・・ロクサーヌはエレン・スターリングと結婚したいとかって、思ってたりして・・・?」

 俺はにやりと笑うと、

「アークライト伯爵家よりは落ちるが、マーベリック侯爵家の血はとても魅力的だ。賭けの対象はマリアンナ・ヒルグレーヴではなく、エレン・スターリングにしておけば良かったよ」

「うぇえええー」

 ポールは素っ頓狂な声を上げた。



 数日後。

 俺はテラスでお茶をしているマリアンナ・ヒルグレーヴとエレン・スターリングを校舎の廊下から見ていた。

「だが、どうも食指が動かないんだよなあ・・・」

 エレン・スターリングは美人だが、あのお方に雰囲気が似ているから苦手なんだよなあ。

 あのお方。・・・そう。国王陛下の妹君であるレティシア様だ。いや、今はシスター・レティシアか。

 あの方は恐ろしかった。フォルナン侯爵夫人の数百倍は恐い。

 俺が6歳だった交流会の時に、ダンレストン公爵の息子であるグリフィンと一緒に悪戯をしたら、ゲンコツを落とされた。

 グリフィンの奴、びーびー泣いてたよなあ。まあ、分からなくもないが。

 だが、俺たちにたっぷりお説教した後、レティシア様は『次期公爵がいつまでも泣くものではありませんよ』と、言いながら、グリフィンの頭を撫でてやっていた。

 俺はそれが無性に羨ましくて、俺も泣けば良かったと思ったくらいだった。

 厳しいながらも優しく、凛とした美しさを持つレティシア様に俺は多分、憧れていたのだと思う。


 レティシア様は婚約者を病で亡くしている。

 その婚約者は直系ではないが、ワイルブリッジ公爵の跡を継ぐ可能性があった男だった。

 だから、俺も葬儀に参列した。

 いつまでも、婚約者の墓の前から動かないレティシア様を見ているうちに堪らなくなった俺は、

『俺がレティシア様を幸せにしてあげるから、元気になって』

 ・・・婚約者を亡くしたばかりの女性に向かって、何て馬鹿なことを言ってしまったのだろう。

 だが、その時の俺は俺なりに真剣だった。

 レティシア様は驚いた顔をしていたが、今まで見たことのない美しい笑顔を浮かべると、

『ありがとう。アンドレは優しい子ね。いつまでもその優しさを忘れないでね』

 ・・・それがレティシア様の最後の言葉だった。

 レティシア様はその後すぐに修道院に入ってしまった。葬儀の時にはもう決意していたのだろう。・・・あの方とはもう二度と会うことはない。


 俺はつい感傷的な気分になってしまっていたが、

「この俺にも可愛い時があったんだなあ・・・」

 自分で言うことではないが、今の自分からは想像も出来ない。

 昔、憧れていた女性と似ているなら、エレン・スターリングに食指が動かないわけはないだろうと思われるかもしれないが、無理だ。多分、怒っている時のレティシア様の方が強く印象に残っているからだろう。だから、無理。絶対、無理。


 グリフィンと言えば、ちゃんと修行をやっているのだろうか。魔力量はあまり高くはないし、勉強も剣術も5、6歳下のグラントや俺に負けるような情けない奴だったから、心配だ。

 あいつ、気が弱いくせに調子に乗るところがあるから、何かやらかしそうなんだよなあ。

 気が弱いのは慎重にもなれると言うことだから、それ程、悪いことではない。

 だが、すぐ調子に乗るところは五大公爵としては如何なものか。

 グリフィンはあのまま変わらなかった場合、将来、とんでもない失態を犯すか、五大公爵の誰かに、粛清、つまり、始末されるかもしれない。

 五大公爵はそれに相応しくない人間を粛清の名のもとに始末することが出来る。当然、罪には問われないし、その家族も受け入れるしかない。

 五大公爵家は一つの家族、一族とも言っていい。そんな家族の一員を始末してまで、王族の盾で有り続ける意味なんかあるのだろうか。

 何故、そこまでしなくてはならないのだろうか。

 しかし、このことに疑問を持ってはいけないのではないかとも俺は思う。

 五大公爵家の一員として生まれてしまった現実をどうすることも出来ないように。その現実を受け入れることしか出来ないように。

「うーん。このままじゃあ、粛清されるのはグリフィンではなく、俺の方かもしれないな」

 ・・・有り得るな。やべ。


 ポールに調べてもらった結果、マリアンナ・ヒルグレーヴは水と光の属性しか持っていなかった。だから、全属性持ちであるエレン・スターリングと思ったよりも一緒にいるわけではなかった。二人になれる機会はいくらでもあるはずだ。

 それから、エレン・スターリングは王室付きの魔術師を目指しているらしい。

 だが、前期試験時に偶然エレン・スターリングの実技試験を見る機会があったが、2年であの程度なら王室付きの魔術師は無理だろう。

 優秀な血を受け継いでいても、所詮、女はその程度だ。

 やはり男に比べると、基本的な体力からして劣るし、いざという時、国や王族のために命を投げ出す覚悟など出来やしないだろう。

 もちろん、試験官を務める五大公爵はありとあらゆる事柄に対して、平等でなければならないから、女だからと言う理由で合格にしないなんてことはない。

 しかし、俺から見ても、エレン・スターリングには王室付きの魔術師に相応しい実力はない。

 誰かが無理だと言ってあげるべきだが、エレン・スターリングのような人間はそう簡単には受け入れないだろう。

 まあ、それでもいつかは自分には無理だと気付く日が来るだろう。それに気付かない程、愚かな女ではないと思いたい。

 と、言う訳で、エレン・スターリングの方は焦る必要はない。どのみち俺だって、結婚はまだしたくない。


 今はマリアンナ・ヒルグレーヴを落とすことに集中することとしよう。



「なあに?さっきから、髪ばかり触ってるわね」

「ああ。ごめん。くすぐったかった?」

「ううん。心地好いわ」

 愛人が俺の胸に頬を付けた。

 マリアンナ・ヒルグレーヴをどうやって口説こうかと考えていたら、同じ色の愛人の髪をついつい必要以上に触ってしまっていた。

 愛人の髪が俺の胸に広がって、くすぐったかったが堪えることにして、

「綺麗だよな。金色って・・・」

「そう?金髪なんて珍しくないでしょ?」

「いや、俺みたいな平凡な茶色からすれば羨ましいくらいだ」

 愛人は顔を上げると、

「アンドレは髪の色以外は非凡よ。私、アンドレよりもいい男なんて見たことないわ」

 俺は微笑むと、

「嬉しいことを言ってくれるね」

 そして、俺と愛人の唇が重なって・・・。


「奥様!奥様!」


 愛人の小間使いの切羽詰まったような声が響いた。

 愛人はパッと体を起こして、

「嘘でしょう!来たんだわ!」

 俺の方はゆったりと体を起こすと、

「何が?」

「夫よ!」

 俺はぽかんとすると、

「は?生き返ったのか?」

「そんなわけないでしょ!再婚したのよ!」

「はあ?」

 何とまあ。しばらく会っていなかったと思ったら、早業だな。

 愛人はベッドから下りて、ガウンを羽織ると、ベッド周りに散らばっていた俺の服を拾い上げながら、

「今すぐ、帰ってちょうだい!見つかったら、殺されちゃうわ!」

 と、言って、俺に服を投げ付けた。


 それから俺はのんびり服を着ながら、

「前の旦那が最悪だったから、二度と結婚なんかしないって言ってなかったか?」

 愛人は手早く髪を纏めながら、

「のんびりしないで!」

 と、俺を叱り付けたが、どこか情けのない表情になると、「前の夫の遺産が尽きそうだったのよ」

「なるほど」

 俺もいくらか金はやっているが、この愛人は浪費癖があるから、俺の金なんかでは不十分だろう。

「そりゃ、アンドレが結婚してくれれば一番良かったんだけど・・・」

 愛人は俺を恨めしげに見ると、「結婚してくれないでしょ?」

「うん。無理」

 俺は即答した。

 怒るか、拗ねるくらいするかと思ったが、愛人は愉快そうに笑って、

「だから、再婚することにしたの。それに、私だって、五大公爵の妻なんか冗談じゃないもの!」

「君の判断は正しいよ」

 そう言って、俺も笑った。



 俺は身支度を整えると、ベランダに出た。

「アンドレ。また来てくれる?」

 愛人はそう聞きながらも、自信ありげな顔をしている。・・・なら、聞くなよ。

 俺は愛人の唇に軽くキスすると、

「君の傍に朝まで居させてくれるならね」

 そう言い残し、ベランダから庭に飛び降りた。


 ・・・飛び降りながら、3階だったことに気付いた。

 さすがに3階だと飛び降りる前に心構えが必要だった。


 着地した途端、足の裏がじーんとして、俺は悪態をついた。


 まあ、殺されるよりはましか。



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