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若気の至りとも言いますが…その2

 俺は裏庭でのた打ち回っている男子生徒たちを見下ろしていた。全員、上級生だ。

 特に疲れてはいないが、人を殴ると自分の手も痛くなるんだよなあ。蹴りばかりだと単調になるし・・・一発で相手を捩じ伏せる方法はないかな?


「おやおや。先輩方。10人がかりで、そのザマですか?」

 と、俺は言ったが、呻くばかりで誰も何も答えてくれない。寂しい・・・。

 俺は仕方なく、俯せになって倒れているリーダー格の男の前にしゃがむと、

「せ・ん・ぱ・い。俺、無視されるの嫌いなんですよ。何か答えて下さいよ」

 そう言いながら、男の前髪を掴んで、顔を上げさせた。

 そうして見た男の顔は苦痛で歪んでいたが、

「お、覚えてろよ・・・次は・・・必ず・・・」

「はい?」

 俺はぽかんとした。

 こいつ、馬鹿だな。今の自分の状況が分かってて言ってるのか?


 俺は困ったように眉を下げて見せると、

「うーん。それは困りますね。俺、こう見えて、結構、忙しかったりするんで、なかなかお相手出来ないと思うんですよね」

 男は掠れた声で笑うと、

「女のケツを追い掛けるので、忙しいんだよな・・・」

 ばーか。それで嫌味のつもりかよ。

 俺はにっこり笑って、

「岩みたいな顔をした先輩には分からないと思うんですけど、追い掛けるのは女性の方なんですよ。俺、先輩と違って、顔も頭もいいですし・・・色んな意味で女性を喜ばせることも上手ですからね。俺の体じゃなきゃダメって、泣いて縋ってくる女性がそれはもうたくさんいて、困ってるくらいなんですよ。先輩は顔も体も岩みたいですけど、大したモノついてないでしょ?」

 すると、男は顔を真っ赤にさせて、

「うるせえ!調子に乗るな!」

 と、叫ぶと、唾を吐いた。

 その唾が俺の靴に飛び散った。

「・・・」

 ・・・うわ。でもまあ、ズボンよりはまだましか?いや、靴は革だし、水洗い出来ないな・・・うん。こいつ。殺るか。


 俺は立ち上がると、いまだ俯せになっている男の背中を跨いだ。

 男は気配で俺に跨がれていることに気付いたようで、

「な、何を・・・」

 と、言い掛けたが、俺は身を屈めると、男の左の手首を掴んだのとほとんど同時にその腕を自然では有り得ない方向に捩った。

 すると、初めて聞く音・・・上手く表現出来ないが、ただただ不快な音がした。

 ・・・へえ。骨が折れる時って、こんな音がするんだな。

 俺はつい感心してしまったが、

「ぎゃあああっ」

 男は悲鳴を上げた。

 周りに倒れていた男たちも恐怖のせいか短く悲鳴を上げた。

「これいいな」

 殴ったり、蹴ったりするより、骨を折った方があっという間に片が付く。うん。いいことを知った。


 俺はまたのた打ち回り始めた男から離れると、

「先輩。良かったですね。この世界には治癒魔法がありますからね。ころころ転がって、遊んでないで、さっさと医務室に行った方がいいですよ。それから、医務室に行ったら、何て言いますか?間違っても、アンドレアス・ロクサーヌにやられたなんて言わないで下さいね」

 と、声を掛けたが、男は足をばたつかせながら、何やら叫んでいる。俺の声は耳に入っていないようだ。

 俺は仕方なく、

「ねえ、皆さん。俺にやられたなんて、この岩顔の先輩が一言でも言おうものなら、どうなるか分かってます?」

 と、聞いたが、皆、何も答えない。「答えてくれませんかねー?」

 そうして、一人ずつ睨んでいくと、

「わっ、分かりません!」

 と、ようやく答えてくれた。

 答えてくれた男に向かって、俺は笑い掛けながら、

「ありがとうございます。俺、本当に無視されるの嫌いなんで」

 と、礼を言ったが、男は何故か引き攣ったような笑みを浮かべて、

「どういたすますて」

「ん?」

 どういたすますて?・・・何だ?もしかして、『どういたしまして』と、言いたかったのだろうか?

 うーん。小さな女の子なら、舌ったらずでも可愛いだろうが、あんたは全く可愛くないぞ。

 カーライル家の厩番の娘(3歳)が『あんどれあしゅしゃま。はずみまちて』と、一生懸命、挨拶してくれた時はこの俺でさえ、可愛いと思ったくらいだった。


 そんなことを思い出して、つい和んでしまった俺だったが、気を取り直すように咳ばらいをすると、

「えー、俺の名を出そうものなら、この世に生まれたことを後悔するような目に遭うことになります。いいですかー?この岩顔の先輩だけじゃなくて、連帯責任として、全員ですよー?よーく覚えておいて下さいね」

「・・・」

 しかし、沈黙が続いた。

 その後、いくら待っても、返事がなく、苛立った俺は舌打ちすると、

「お前らさあ。俺、無視されるの嫌いって言わなかったっけ?返事くらいしろよ。今すぐにこの世に生まれたことを後悔させてやってもいいんだぞ」



「アンドレアス様」

 教室に戻っていると、フェリシアが追い掛けて来た。

「ああ。フェリシア殿下。いつ見ても、お綺麗ですね!」

「・・・」

 フェリシアは俺を睨んだが、「何だかご機嫌ね。何かいいことでもあったの?」

 俺はにっこり笑って、

「先輩が親切なことに俺のお願いを聞いてくれたんですよ。だから、嬉しくて」

「まあ。そうなの。親切な方がいらして、良かったわね」

 フェリシアもにっこり笑った。

「・・・」

 俺は危うく吹き出しそうになって、口に手をやった。

 すると、フェリシアは大きな目を更に大きくさせて、

「アンドレアス様!また喧嘩をしたわね!」

「え?」

「手の甲!擦り切れてるわ!」

 げっ!し、しまった!

 俺は慌てて、両手を背後に持っていくと、

「いや、違いますよ。喧嘩じゃなく、ちょっとぶつけただけで・・・」

「私の目はごまかせないわよ!何回目だと思っているの!?」

「・・・ちっ」

「舌打ちしない!」

「・・・すみません」

 俺は頭を傾げるようにして謝った。

 ・・・やっぱり次からは骨を折ることにしよう。


 それから、フェリシアは治癒魔法で俺の手の甲の傷を治してくれた。

「ありがとうございます」

「いえいえ。それより、喧嘩の原因は何?」

「・・・特に理由はないです」

 フェリシアは溜め息をつくと、

「五大公爵家のこと・・・また馬鹿にされたの?」

「・・・まあ、そんなところです」

 今回は五大公爵家のことだけではなく、『お前の親父、もうすぐくたばるんだよな』と、言われた。

 ・・・カーライル公爵が病に臥せっていることはこの国の誰もが知っている。

 学園が長期休暇になって、帰省した時に会った父は、強く誇り高いカーライル公爵ではなく、青白く痩せ細ったただの病人だった。

 その衝撃はあまりに大きく、情けないことに、その日の夜は一睡も出来なかった。


 フェリシアは優しい目で俺を見つめながら、

「アンドレアス様は五大公爵の座に執着してないとか可愛くないことを言うけれど、何か言われたりするとすぐ怒るわよね。人一倍、五大公爵家の人間としての誇りが高いのよね」

「そんなんじゃないですよ」

 俺はそっぽを向いたが、

「アンドレアス様。ごめんなさい」

「?」

 俺はフェリシアの方に顔を戻すと、「何故、謝るんですか?」

「兄よ。兄は公然と貴方とマシュー様を無視するわ。王族に無視されている人間を、他の貴族家の人間がどうするか分かっているでしょう?」

「同様に無視するか、見下すか・・・って、ところですかね」

 フェリシアは頷いて、

「これもあえて言われなくても分かっているでしょうけど、アンバー公爵家と違って、カーライル公爵家は元々は子爵家だわ。マシュー様より風当たりが強いのではない?」

 俺は肩をすくめると、

「さあ。それはどうでしょう。グラントは誰に対しても親切ですし、アンバーのおじさんと同じで、人望もある。俺は自業自得なところもありますから」

 フェリシアは苦笑いすると、

「そうね。アンドレアス様は日頃の行いをもっと何とかしないとね」

「はは。まったくだ。・・・ですから、フェリシア殿下はこんな俺に構わない方がいいですよ。兄君に睨まれたくはないでしょう」

 すると、フェリシアは鼻を鳴らして、

「私が誰と親しくしようが、兄には関係ないわ」

 俺は笑ってしまうと、

「グラントの前では鼻を鳴らしたりしない方がいいですよ」

 フェリシアは真っ赤になると、

「やだ!幻滅するかしら!?」

「多分」

「そ、そうよね!私、もう絶対にしないわ!」

「・・・」

 俺はフェリシアに見られないように舌を出した。

 グラントはそれくらいのことで幻滅なんかしないだろう。



 次の日。魔法の訓練施設から出て来た俺はグラントに出会った。

「グラント」

「やあ。アンドレー」

 グラントはにこやかに笑いながら手を振った。

 う、うわ!こいつ、今度は伸ばしやがったよ!気持ち悪い!

 俺はそんなことを思いながらも、グラントの顔を見つめて、

「・・・闇の授業だったのか?顔色が悪いぞ」

 グラントはにこやかな笑みを絶やさず、

「心配してくれているのか?」

「するか!・・・グラントがもし暴れたら、止められるのは俺くらいだからな。ある程度、状態を把握しておかないといけないだろ?」

 グラントは軽やかな笑い声を上げると、

「大丈夫。先生に相談しながら、上手くやってるから」

「・・・そうか」

 グラントは闇の力に苦しめられている。

 グラントは闇の力を緩和する役目を担う光の属性を持っていない。おまけに闇の力が強過ぎる。

 攻撃魔法の授業の後、特に闇の授業の後は全力で走った後のような状態になる。


 初めは何だか気分が高揚する・・・何てグラントらしくないことを言っているなと思ったら、しばらく経った頃、『何だか、アンドレを無性に殴りたい』と、言い出した。

 さすがの俺もグラントに殴られたら、相当なダメージを食らうだろうから、慌ててしまったが、グラントはにっこり笑って、

『多分、闇の力のせいだ。私が暴れるようなことがあれば、アンドレしか止められないと思うから、頼むな』

 と、言ったのだった。


 闇の属性を持っていると、攻撃魔法や補助魔法の威力や効果が通常より爆発的に上がる。

 ・・・俺は魔力量が高いから、闇の属性がなくても、どうってことはないけどな。

 更に移動の魔法や結界術などの高難度の術も簡単に習得出来ると言う利点もある。

 ・・・俺は天才だから、難度なんか関係ないけどな。

 中には術を一度見ただけで、自分の物に出来る人間もいるらしい。今のところそんな人間は見たことはないが、呪文を覚えなくていいから、羨ましい。

 ・・・いや、俺は記憶力も抜群にいいから、そんな能力は全く必要ないけどな。


 闇の力を持っていると、万能だと思うかもしれないが、諸刃の剣とも言える側面がある。

 未熟な人間が闇の力を使い続けると闇に精神を蝕まれてしまうことがあるのだ。

 未熟でなくても、グラントが言っていたように人や物を傷つけたいと思ってしまう攻撃的な精神状態に陥る人間は特に多い。

 最悪の場合、廃人のようになってしまうらしい。

 グラントは状態が酷くなる前に周囲に自分が闇の力に苦しめられていることを正直に打ち明け、教師に相談しながら、闇の力と上手く付き合っていく方法を探している。

 次期五大公爵のグラントがそうすることで他の生徒も同様に教師や友人を頼るようになった。

 グラントの行動のお陰で一人で苦しむ生徒はいなくなったと思われる。

 グラントは常に人の見本となれ。と、言われている五大公爵家の教え通りのことをやっているだけだと言うかもしれないが、なかなか出来ることではない。

 ・・・グラントのこういう所は絶対に敵わないと思う。


 かと言って、俺だって、闇の力に苦しめられていたとしたら、痩せ我慢なんかしないけどな。

 魔術師は女や酒で気を紛らわせることが多いと聞くから、俺もそうすればいいだけだ。

 だいたい我慢して何になるって言うんだ?時間の無駄だろう。

 闇の力に苦しめられるなんて、恥ずかしい。誰にも知られたくない。弱いと思われたくない。・・・なんて、思う奴は自己憐憫に浸っているだけだろう。

 となると、あの頭でっかちの王子も打ち明けられないだろうな。

 俺、嫌われているから、いきなり殴られたりして・・・。


 それは冗談として、王子には婚約者がいるからなあ。辛かったら、癒してもらえばいい。いや、婚約者だからこそ言えないか。

 王子は我が国の同盟国でもあるセレリウス国の王女と婚約している。セレリウス国一の美人らしい。・・・羨ましい。

 王子は本当は婚約者にべた惚れなのだが、フェリシアの話では絶対に顔にも態度にも出さず、素っ気ないくらいらしい。

 本当に厄介な王子だな。

 せめて、二人の間の子供は素直で手の掛からない人間になって欲しいものだ。でないと俺やグラントが苦労する。王子には絶対に似ないで欲しい!切に願う!

 だが、俺の父は『王族を育てるのも、正しい方向に導くのも、五大公爵の役目だ』と良く話していた。

 ・・・こんな俺にそんなことが出来るのだろうか?


 そんな話をグラントにすると、

「何だ。アンドレーは何だかんだで五大公爵になりたいんだなあ。やる気もあるんだなあ」

 グラントは感心したように言った。

 俺はそんなグラントを睨むと、

「なりたくねえし、やる気なんかねえよ。それから、アンドレーって、伸ばすなよ。気持ち悪いなあ」

「アンドレって、呼ぶなって言ったから・・・」

「それなら、普通、ロクサーヌって呼ぶだろう」

「アンドレ。マシューって、呼んでいいから」

「はあ!?一体、何の話だ!?あんたは人の話を聞いてるのか!?」

「照れるなよ。アンドレは可愛いな」

「可愛い!?あんたは何を言ってるんだ!?」

「何を?聞こえなかったか?アンドレは可愛いなと言ったんだ」

「そんな台詞をにこやかに言うな!」

「アンドレはもう少し感情を抑える練習をした方がいいぞ。五大公爵は感情に左右されてはならない。アンドレのお父上もそう教えてくれたのではないか?まあ、私はすぐ感情的になるアンドレは嫌いではないが・・・いや、物凄く好きだぞ」

「俺が感情的になっているのは誰のせいだと思ってるんだ!頼むから、黙ってくれ!」

 俺とグラントがくだらない言い合いを、いや、俺が一人で怒っていると、


「あ、グラント様。お会い出来て良かったです」


 ん?

 俺はグラントと向かい合って立っていたから、グラントの背後に立つ人間が誰だかすぐには分からなかった。

 だが、振り返ったグラントが、

「ああ。ヒルグレーヴさん。どうしました?」

 ん?ヒルグレーヴ?って、もしかして?

 俺はグラントの隣に立った。

「あっ」

 俺に気付いたマリアンナ・ヒルグレーヴは顔を赤らめると、「お話し中、失礼致しました。申し訳ございません」

 俺は爽やかな笑顔(多分)を浮かべると、

「いえ。大したことは話していませんから、気にしないで下さい」

 と、愛想良く言った。


 そうしながら、マリアンナ・ヒルグレーヴの頭のてっぺんから、爪先までサッと目を走らせた。

 ふうん。当たり前のことかもしれないが、近くで見ると、更にいいな。

 今日は髪を結い上げている。是非、後ろからの眺めも見てみたいものだ。

 だが、俺はマリアンナ・ヒルグレーヴの均整の取れた体付きよりも、ふっくらとした唇が特にいいと思った。

 この唇にキスをする時が楽しみだ。


 俺はグラントと真面目な顔で話をしているマリアンナ・ヒルグレーヴの唇を見つめながら、そんな不埒なことを考えていた。



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