若気の至りとも言いますが…その1
初の番外編はカーライル公爵の学園時代のお話です。
〜注意〜
本編とは違い、若干大人仕様です。
本編でカーライル公爵は学園時代にやんちゃだったことはご存知だと思いますが、やんちゃどころか本当にどうしようもない男です。
多分、苦手に思う方がたくさんいらっしゃると思います。
女性を下に見る男性や、愛人がいる男性が苦手な方は迷わずバックして下さい。
「これは凄い」
目の前には俺の等身大の絵がある。
ここは王城内にあるカーライル公爵の執務室だ。
現在、その一室に五大公爵が勢揃いしている。
俺は絵を見下ろしながら、
「私はもっとハンサムだと思うが・・・」
「自分で言うなよ」
最年長のワイルブリッジが呆れる。
「と、言うより、この絵は今よりずいぶんと若いな」
今度は最年少のダンズレイがそう呟くように言ってから、俺の視線に気付いて、『まずい』と、言うように肩をすぼめた。この男は思ったことをすぐ口に出す。まだまだだな。
俺は鼻を鳴らすと、
「多分、パレードの時の私だろうな」
五大公爵は通常、民の前にその姿を見せることはない。
だが、絵の俺は紺の軍服を纏っている。となると、パレードの時しかない。
「ああ。何となく嫌そうな顔をしているな。カーライルはパレードが嫌いだったからな」
俺はそう言ったラムズフォード公爵に向かって笑うと、
「じゃあ、あがり症のラムズフォードはどんな顔をしているんだろうな。なっさけのない顔をしているに違いない!」
「カーライル!」
ラムズフォードは真っ赤になった。
「で?どうするんだ?」
ワイルブリッジが俺と妻の学園時代の話を元にした小説本を取り上げると、「名前は変えているが、読めば、カーライルのことだと分かるし、だいたいはっきり君と分かる絵を小説を買った人間に配るなんて、どうかしているだろう」
「まったくだ。小説の登場人物名を変えている意味がないよな。出版社の人間は頭がおかしいとしか思えない」
ラムズフォードは呆れたように首を振った。
「出版を差し止めた方がいいんじゃないか?」
ダンズレイがいやに真顔で言う。
「ダンズレイ。君の小説も出版されるかもな!」
俺はからかってやった。
ダンズレイとサラが結婚に至るまでのいきさつは物語として十分成り立つだろう。
ダンズレイは眉をこれでもかとしかめてから、
「いや、もちろん、有り得ないことではないが、ここまで他人の恋愛事情を暴露するような人間は僕の友人の中にはいないよ」
「・・・」
そう言えば、俺が学園時代に親しくしていた奴はろくでもない人間ばかりだったな。俺の行いが良くなかっただけだとも言えるが。
「もういいよ。世のレディが、楽しんで読んでくれているわけだろう?喜ばしいことじゃないか」
俺は呑気に言ったが、
「カーライル公爵」
アンバー公爵がある頁を開いたままの本を俺に差し出すと、「ちゃんと読んだんですか?」
いつものように、にこやかな笑みを浮かべながら言った。
俺は眉を寄せると、
「何だって、自分と妻の実話を元にした小説なんかを自分で読まなきゃならないんだ」
「では、せめて、ここと・・・ここを読んで下さい」
アンバーが指を差しながら言った。
面倒臭いなあ。と、俺は思いながら、アンバーが指を差した箇所に目を走らせて・・・。
「ひぇえええっ!?」
五大公爵にあるまじき声を上げていた。
「父上」
15歳の俺はベッドに横たわる父に声を掛けた。
父が目を開けて、ゆっくりと瞬きを繰り返した後、俺を見ると、
「アンドレアス・・・」
掠れた声で俺の名を呼ぶ。
俺はいつもなら父の青白い顔を見たくはないと思ってしまうのだが、しばらく会えなくなるのだから、しっかりと父の目を見つめて、
「これから王都に向かいます。ですから、ご挨拶に参りました」
明日、魔法学園の入学式がある。
今日中に寮に入っておかなくてはならない。
「そうか・・・行くのか・・・」
「はい」
「・・・すまないな。見送りすら出来なくて」
父は悔しそうに言った。
「いいんですよ。父上はご自分の体のことだけ考えて下さい」
・・・先月、父が突然倒れた。
医者の話では心臓にある管みたいなものが詰まって、心臓の動きが鈍くなっているようだ・・・とか、何とか?心臓を直接見ることは不可能だから、状態を詳しく説明することは出来ないようだ。医者だって、細部まで分かっているわけではない。
そして、患者もその家族もそのふわーっとした説明を受け入れるしかない。
だが、治療法はなく、次に倒れたら、目が覚めることはないかもしれないと言われた時は目の前が真っ暗になった。
信じたくないが、父の死期はゆっくりと、だが、確実に迫っている・・・。
まだ何も教えてもらっていないのに、俺はどうしたらいいんだ?何より父が死ぬなんて、嫌だ。何にも教えてくれなくてもいいから、生きていて欲しい。それだけでいい。
俺はそりゃ、顔も頭もいいが、子供の頃から、自慢に思うのはカーライル公爵である父だけだった。そんな父を失いたくない。そう思うのは当然だろう?
「アンドレアス。しっかり学ぶんだぞ。どこへ行っても五大公爵家の誇りを忘れるな」
俺は父の言葉を胸に王都に向かったのだが・・・。
「ねえ。アンドレ」
甘ったるい声がする。
「アンドレったら、起きて」
女の声だ。
「誰・・・?」
と、俺が呟くと、途端に頭を叩かれた。
痛くはなかったが、呻きながら、顔を上げると、燃え盛る火のような赤毛の女性が俺を見下ろしていて、
「まあ、誰ですって?あんなに激しく愛し合ったばかりの私に向かって、良く言えたものね」
「・・・」
俺は叩かれた頭を撫でながら、『愛し合った』か。俺にとっても、魅惑的な愛人にとっても、ただの性行為でしかないだろうにおかしなことを言うものだ・・・と、思った。
『愛』って、ずいぶんお手軽なんだな。
俺は冗談でも言いたくない。言わない。
「寝ぼけていた」
と、俺はそっけなく言ったが、愛人は俺の肩を思わせぶりに触れながら、
「アンドレ・・・学園に戻るんでしょう?そろそろ支度しないと遅れちゃうわ」
「そうだな・・・」
「お風呂の用意も出来ているから、早くさっぱりして来なさいよ」
俺は苦笑いして、
「そんなことを言いながら、どこを触ってるんだよ」
と、言って、俺の足のつけ根に触れそうになった愛人の手を止める。
「だって、帰したくないんだもの」
愛人は拗ねたように言って、口を尖らせた。
「気持ちは嬉しいが、俺は真面目な生徒だから、帰らないといけない」
「良くそんなことを真顔で言えるわね!無断外泊する真面目な生徒なんて聞いたこともないわ!」
「ははっ」
俺は笑いながら、ベッドから抜け出し、バスルームに向かった。
愛人は笑い声を上げると、
「アンドレったら!もう明るいんだから、せめて、下半身くらい隠してちょうだい!」
俺は振り返ると、
「見せつけてるんだよ」
と、言って、口の端を上げて、笑った。
「アンドレ」
今度は男だ。
「おい。マシュー・グラント」
俺は振り返ると、「その呼び方はやめろ」
俺は睨んでいるが、その男、アンバー公爵家のマシュー・グラントはにこやかに笑っている。
俺は子供の頃から、この男が苦手で仕方がない!
「アンドレアスだから、アンドレって、呼ぶのは普通だろう?何故、駄目なんだ?」
グラントは不思議そうに言った。
「愛人がそう呼ぶんでね」
俺はそう言って、にやりと笑った。
「・・・」
グラントは少しだけ眉を寄せた。ざまあみろ。
まあ、グラントの反応は当然だ。なんせ、この男は10年近くずっと、たった一人の女性に思いを寄せている。だから、愛人がいる俺のことが信じられないのだろう。
そして、グラントが思いを寄せている女性もグラントをずっと思い続けている。
つまり、両思いだ。
お互い一目惚れだった。同時に恋に落ちたのだ。
俺もその場に居合わせたが、なかなか興味深い光景だった。
お互い瞬きすらせずに見つめ合っていた。多分、ここがどこであるかも忘れてしまっていたのだろう。
俺はそんな二人が面白くもあったが、場所が場所だったから、仕方なく二人の間に入った。
王族の盾である五大公爵家は互いの関係を強固にするため月に1回、交流会を行うことになっている。
それには絶対にではないが、王族も参加することになっている。
そして、グラントはよりにもよって、その交流会で、あの頭でっかちな大馬鹿野郎の妹に恋をしてしまった。
「アンドレアス様。おはようございます」
教室に入ると、栗色の髪を上品に纏めた女子生徒が声を掛けて来た。琥珀色の瞳は朝の光のせいか金色に輝いている。
「おお。これは、これは、フェリシア殿下。おはようございます。それにしても今日も本当にお美しい。お陰ですっかり目が覚めましたよ!」
と、俺が言うと、我が国の王女はあろうことか鼻を鳴らして、
「もううんざり!そういうのやめてちょうだい!アンドレアス様には似合わないわ!」
「そうですか?皆、喜んでくれるのに・・・おかしいですね」
まあ、俺は女によって、態度も話し方も変えるのだが。
フェリシアは嘆くように首を振ると、
「アンドレアス様は学園に入って、すっかり変わってしまったわね。私ははっきり言うけれど、あまり好きではないわ。いいえ。更にはっきり言うけれど、嫌いよ。だって、子供の頃はもっと・・・」
「・・・」
この王女、面倒くせー・・・「あ、さっき、グラントに会いましたよ」
こんな時はさっさと話を変えるに限る!
「!」
フェリシアは途端に顔を紅潮させると、「ま、マシュー様はお元気でしたかしら?最近、お会いしてないから、ち、ちょっとだけ、気になっていたの」
・・・ちょっとだけ?良く言うぜ。
俺は笑いたくなるのを堪えながら、
「会いたければ、俺が呼び出しますよ?」
すると、フェリシアは首を振って、
「偶然でなければ意味がないの!偶然だからこそ、喜びが倍増するの!」
「・・・」
うん。やっぱり面倒臭い。勝手にしてくれ。
グラントとフェリシアは両思いだと言うことに気付いていない。
グラントは何を考えているか読みにくい男であるし、フェリシアも悟られまいとしている。グラントではなく、実の兄にグラントに惚れていると知られたら、まずいことになるからだ。
昼休みにぶらぶらと廊下を歩いていると、
「げ・・・」
あいつが前から歩いて来ていた。
我が国の王子であるデヴァレル・レイバーンだ。
王子も俺に気付いて、明らかに眉を潜める。
そんな顔をしなければ、いい男なんだがな。まあ、俺の方が数万倍いい男だがな。
俺は嫌で仕方ないが、これでも一応、五大公爵家の人間であるからして、脇に寄ると、深々と頭を下げた。こうすれば挨拶をする必要もない。
王子は歩調を緩めることなく、俺の前を通り過ぎた。
足をひっ掛けて、転ばせることが出来たら、どんなにかすっきりするだろう。と、一瞬、思った。
俺はこの国の王子に嫌われている。
それでも、俺は心が広いし、両親にも言われたし、将来、仕える相手であるから、何とか歩み寄ろうとしたが、王子は無視した。人を無視するなんて良くない!無視、嫌い!
とまあ、そんなことが続き、俺はもう無駄な努力をするのは止めた。
グラントの方も何やら努力はしている様子だった。惚れた女の兄だから、何とかしたいと思ったのだろう。だが、やはり無駄骨だった。
フェリシアもそれが分かっているから、グラントへの思いをひた隠しにしている。
それでも、王子はもう3年生だから、後、数ヶ月我慢すればいいだけの話だ。
王子が卒業したら、あの2人の仲を進展させてやろう。楽しみだ。
だが、間違いなく、グラントとフェリシアは結婚することになるだろう。
現国王陛下は今までの王とは違い、五大公爵との間に信頼関係を築こうと努力をしてくれているし、俺には劣るが優秀なグラントをとても気に入っている。
だからして、グラントとフェリシアの結婚を必ず認めるはずだ。
国王陛下が認めたら、いくら王子でも、兄でも、諦めざるを得ないだろう。
しかし、あの頭でっかちが義理の弟と仲良くするわけがない。更にグラントを目の敵にするだろう。
結婚した後の方が大変になるのは目に見えている。
国王陛下が長生きしてくれることを俺たちは祈るしかない。
「よお。ロクサーヌ」
俺は4階の空き教室のベランダにやって来た。
1年生の教室が並ぶ階の一つ上は空き教室が多く、人気がない。そして、ベランダは悪ガキ共のたまり場となるのに格好の場所だ。
俺は腰を下ろすと、早速タバコに火をつけた。
「なあ、そろそろ賭けしようぜ」
悪ガキの一人が俺の隣に座りながら言った。
「んー。そうだなー」
「それにしても、まさかあの教師を落とせるとは思ってなかったよ。さすがロクサーヌだよなー」
俺は立ち上る煙を見つめながら、
「あの女もいい年だっただろ?若くていい男に甘い言葉を囁かれたら、簡単に足を開くさ」
「でも、いなくなったのは残念だよなー。目の保養だったのにさー」
「・・・」
それほど大した体じゃなかったけどな。
「そりゃ、生徒と関係を持ったなんて、学園にばれたら、クビでしょ」
他の奴が笑いながら言う。
「にしても、ロクサーヌらしくないよな。ああいうのばれないようにやると思ってたのにさ」
「うっかりってやつだよ。俺も完璧じゃない」
「それでも謹慎処分にすらならないんだから、さすが次期五大公爵だよな」
「まあな。先生に迫られたーって、泣きながら学園長に訴えたからな」
「おいおい!お前が泣くような玉かよ!それにしても、学園長が良く信じてくれたよな!」
俺は鼻で笑うと、
「一教師と次期五大公爵・・・どっちの言葉を信じた方が得だと思う?この学園の学園長は賢明だった。それだけさ。ただ、反省文を書かされたけどな」
すると、
「「「「それだけかよ!」」」」
と、一斉に声が上がった。
実は反省文も書いていなかったりする。だが、表向きはそうしろと学園長に言われた。
「あ!今日はついてる!」
悪ガキ共の中でも特に女子生徒に詳しいポールがベランダから身を乗り出すようにしながら、声を上げた。
俺は顔を上げて、そんなポールの背中を見ると、
「お前、自分好みの女を見る度にその台詞を言うよな」
「ああ。毎日言ってるよな」
皆、げらげら笑う。
「いや!今日は本当についてるんだって!」
「一体、誰だよ」
「マリアンナ・ヒルグレーヴ!」
と、ポールが言うと他の奴らまでもが勢い良く立ち上がった。
俺はぽかんとすると、
「皆、一体、どうしたんだよ?マリアンヌ?誰それ?」
「マリアンナだよ!ブローソン伯爵家の!」
「知らないなあ」
「ロクサーヌ。お前も貴族なんだから、伯爵家の人間くらい知っておけよ」
「俺が知る必要はない。あっちが俺を知っていればそれでいい」
「出たよ。お前くらいだよな。そんな傲慢な台詞を吐ける奴は」
「そう。俺だけだ」
と、俺はそう言って、笑うと、タバコを地面に押し付けてから、立ち上がった。
興味はないが、顔くらいは見てやってもいいだろう。
見れば、二人の女子生徒がいた。
「どっち?」
「そりゃ、金髪の方だよ。茶色の方も美人だが、修道女並にお堅い」
「エレン・スターリングだよな。俺は勘弁だな。近付いたら、鞭で打たれそう」
「あー、俺の家庭教師に似てる。俺も勘弁、勘弁」
「安心しろ。エレン・スターリングとやらもお前らなんか勘弁だろうから」
と、俺が言ったところで金髪の方の女子生徒が振り返った。
「へえ・・・」
確かにこいつらが騒ぐだけあるな。フェリシアも美しいが、マリアンナ・ヒルグレーヴはまた違った魅力がある。何より・・・「あの体はいいな」
細いが、出るところはしっかり出ている。それがフェリシアとは大違いだ。グラントは不憫だな。
「ロクサーヌもやっぱりそう思うか!?」
「俺はあのくびれがいい!」
「いや、あの胸が一番だろう!」
「今日は髪を結っていないから分からないが、うなじもいいぞ!」
「・・・盛り上がっているところ悪いが、俺の愛人の方がいい体だぞ」
「ああ。金髪の」
「いや。赤毛の」
「何人いるんだよ」
「さあな」
俺はそっけなく言うと、同じ年頃の女には興味がないから、また座ろうとしたが、
「さすがのロクサーヌでも、マリアンナ・ヒルグレーヴは落とせないだろうな」
と、誰かが言った。
「高嶺の花だからなあ」
「お茶の誘いすら断るらしい」
「男には冷ややからしいぞ。ああ。だから、お堅いエレン・スターリングと気が合うんだな。いつも一緒だし」
「なら、近付くことすら難しいわけだ」
「となると、やっぱりロクサーヌでも無理だな」
「と、言うか、彼女だけは落ちないで欲しい!」
俺はまたタバコに火を点けながら、
「無理だと言われると、燃えるなあ」
と、言うと、皆が一斉に振り返った。
皆、本気だろうか?と、言うような顔をしている。
「まあ、お前らが無理だと思いたければそれでいいさ。それに俺は女に不自由はしていないし」
「じゃあ、次の賭けはマリアンナ・ヒルグレーヴにするか?俺たちは絶対に無理だと思うけどな」
「いいぜ。お前ら、後悔するなよ」
俺はにやりと笑った。
16歳の時の俺は傲慢にも自分の思い通りにならないことなんか何もないと思っていた。
正直、あの王子に嫌われようがどうでも良かったし、五大公爵の座にも執着しているわけではなかったから、捨てたっていいとさえ思っていた。
もちろん、父の病気だけはどうにもならないことは嫌になるくらい分かっていたが・・・。
それはともかく、女の心を自分に向けさせることなんか簡単だと思っていた。
だが、簡単なことではなかったのだ。