第2話
次の日、僕は四時間目終了のチャイムが鳴るのと同時に屋上に向かった。油断してたので、誰かに足をひっかけられて転んだ。ひっかけた奴が僕を怖がらせようと怒鳴っていたけど、振り向かなかった。少し足早に階段を登る。昨日のこと、やっぱり気になる。
屋上の扉を開けて、真昼の光に目を細める。ここまではいつも通り。いつも自分が座る場所に視線を移した時、僕は目をみはった。昨日見た彼女がそこに立っていたからだ。
風が吹いて、彼女のスカートについていた鈴が鳴るのが聞こえた。
彼女もこっちを見て、少し戸惑っていたようだけど、思い切ったように口を開いた。
「あの……こんにちは。あたしのこと、見えてる?」
やっぱり彼女は幽霊なんだと僕は確信する。でも、そんなことどうだっていい。
「うん、見えてる」
僕の言葉を聞くと、彼女はとても嬉しそうに笑った。
僕は、いつも座る所に腰掛けて、隣に鞄を置いた。彼女はその隣に座って、僕たちは鞄の両隣に座る形になった。
僕は鞄を開けて、底や隙間から菓子パンとジュースを二つづつ取り出して、鞄の上に置いた。
「あの、一応持ってきたんだけど……でも、食べられないよね。ごめん」
彼女は、首を横に振った。
「ううん、嬉しい。あたし、このパンすごく好きだったから。
いつもお昼はパンなの?」
今度は、僕が首を横に振った。
「学校では、普段食べないんだ」
だって、あいつらに見つかったら何されるか分からないから。この菓子パンとジュースだって、なるべく隠れるように教科書の隙間にねじ込んでたんだ。じゃなかったら、こんなに不格好なつぶれ方なんかしない。彼女だって、僕がいじめられてるって気づいてる。だって昨日、落書きされた教科書見られたもんな。
何だか悲しくなってきた。
「帰りもしないのに、教科書つめた鞄持ってウロウロしちゃってみっともないよね」
口に出してしまうと、余計に惨めになった。
彼女は、しばらく僕の顔をのぞき込んでから言った。
「あたしもね、同じなの」
え?
僕の返事の代わりみたいに、彼女がつけているスカートの鈴がチリンと鳴った。
「あたしは、お昼はお弁当食べてたの。ママが作ってくれるの、いらないって言えなくて。教室で食べるの怖いから、トイレで食べてた。
でも、今日みたいな天気のいい日に、思い切って他の所で食べてみようと思って屋上に来てみたの。そしたらいじめっ子たちに見つかっちゃって。追いかけられてフェンスによじ登ったら、バランス崩して下まで落っこちちゃったの」
僕は驚いて彼女を見た。こんな子がいじめられてたなんて、信じられないんだけど。
「それで、君はさ迷ってるの?」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「さ迷ってるって言うか、旅をしてるの」
彼女が鈴の音をさせながら立ち上がり、僕も後に続いた。
「ねぇ、あたし、もう少しだけ……夏が終わるまでこの町にいられるの。それまで、お昼休みにはここに来ても構わないかな? あたしのことが見える人って今までいなかったから、嬉しくって」
嬉しいのは、僕も同じだった。
しばらくの間、彼女はお昼休みになると屋上に来てくれた。大したことを喋るわけじゃないけど、一日のうちで、昼休みが一番楽しくて待ち遠しい時間になるのに時間はかからなかった。




